「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
 ― Dスプートニク(1) ―

 作.伊藤智義


1.ソ連軍需省
 ― 1946年 11月 モスクワ ―
  軍需大臣ウスチノフに文書を提出するグルートルップ。
 ウスチノフ「なんだね、これは?」
 グルートルップ「抗議文書です。私たちドイツ科学者は、何の同意もなくソビエトに
  連行された。それに対する…」
 ウスチノフ「わが国はポツダム協定で、賠償の一環として5,000名のドイツ人を
  強制連行する権利を与えられているのだよ」
 グルートルップ「しかし私たちは…」
 ウスチノフ「もし君たちが協力を拒否するのなら、私には君たちを鉱山大臣に引き渡
  す用意がある」
 グルートルップ「(見る)」
 N「それは、ソ連に協力しなければ、ウラルの鉱山に送り込むという脅しであった」
 ウスチノフ「(ふと微笑して)アメリカには原爆があるが、ソ連には何もない。せめ
  てロケットを作ってほしいのだよ。グルートルップ君。君が中心になって」
 グルートルップ「…いつ故郷に帰してくれるのですか?」
 ウスチノフ「ロケットを宇宙に飛ばすことに成功した時です」
 グルートルップ「…」

2.ロケット工場
  エンジン・テストをしているドイツ人技師たち。
 N「グルートルップを中心としたドイツ・チームに与えられた最初の任務は、V2号
  を復元して打ち上げることであった」
   *
  V2号の復元作業をしているドイツ人技師たち。
  それを指導しているグルートルップ。
 N「しかも、打ち上げ日は1947年10月29日に指定されていた」
  技師1、工具を床に叩きつけ、グルートルップにくってかかる。
 技師1「無理ですよっ!期日まで指定されて、それまでにやれ、なんて。確かに本体
  はドイツからほぼ完全なものを持ってきていますが、ここは決定的に設備が不足し
  ているっ!今のままでは絶対間に合わないっ!」
 グルートルップ「やるんだ。指定日には政府要人が視察にくる。『できなかった』で
  は済まされないんだよ」
 技師1「しかしっ!」
 グルートルップ「マグナス。我々は敗戦国民なのだよ。”No”という返事は存在しな
  い」
  そこに、
 「そう悲観しないで下さい、博士」
  と男が来る。
 男「私たちロケット研究のソ連チームも全面的に協力させてもらいますから」
  見るグルートルップ。技師1。
 男「ソ連チームの責任者になったコロリョフです。よろしく」
 グルートルップ「コロリョフ?…ああ、コロリョフ博士ですか!」
 コロリョフ「私を知っているのですか?」
 グルートルップ「ええ、名前だけは」

3.イメージ
  若き日のコロリョフ。

  (図:1933年11月25日に飛行したソ連最初の液体推進ロケット「GRID X」
   とその開発メンバー) 

 N「S・P・コロリョフ。
   1933年11月25日、ソ連で初めて液体燃料ロケットを打ち上げたチームの
  一人。
    *
   しかし、1937年、スパイ容疑で逮捕。それとともに、ツィオルコフスキー以
  来の伝統を誇るソ連のロケット研究は大きく中断した。
    *
   ソ連のロケット研究が再開されたのは、大戦後、コロリョフが自由の身になって
  からである」

4.ロケット工場
 コロリョフ「あの頃はソ連の方が進んでいると思っていた。液体燃料ロケットではド
  イツに2年遅れをとったけれども、世界最初の宇宙飛行は我々の手で ― そう意気
  込んでいたものですよ。しかし、大戦中にすべてが変わってしまったようだ」
  グルートルップ。
 コロリョフ「V2号、見ましたよ。すごい!全く驚きです。あのV2号を土台に研究
  を続ければ、必ずや宇宙飛行は可能となるでしょう」
 グルートルップ「コロリョフ博士、一つお聞きしたい。ソ連の最終的な目的はなんで
  すか?宇宙飛行ですか?月旅行や、火星旅行をめざすという…。それとも…」
 コロリョフ「(表情が曇る)…それは国家機密になりますので、私の口からは言えま
  せん。今、私たちがしなければならないことは、10月29日に、V2号を打ち上
  げてみせることです」
  見るグルートルップ。

5.ロケット発射場
 ― 1947年10月29日 ―
  ステップ地帯に作られた発射場。
  発射台に立てられたV2号。
   *
  政府の視察団。
   *
  緊張気味の技師たち。
 技師1「もし失敗したら、私たちはどうなるんですか?」
 グルートルップ「大丈夫。V2の打ち上げなんか、ドイツで嫌というほどやってきた
  じゃないか」
 技師1「でも、成功率は最後まで80%止まりだったじゃないですか」
  見るグルートルップ。
   ― フッと笑う。
 声「点火10秒前!」
   *
  V2号。
 秒読み「…9、8、7…」
 グルートルップの声「(かぶる)たしかにドイツは戦争に負けた」
   *
  政府高官。
 秒読み「…6、5…」
 グルートルップの声「しかしドイツの…」
   *
  技師たち。
 秒読み「…4、3…」
 グルートルップの声「我々の技術は」
   *
  グルートルップ。
 秒読み「…2、1…」
 グルートルップの声「世界一だ!」
   *
  点火スイッチ。
 声「点火!」
   *
  爆音を響かせるV2号。
  上昇していく。
   *
  しかめっ面(ツラ)した政府高官の顔が、みるみるほころんでくる。
   *
  あっという間に天空に吸い込まれていくV2号。
   *
  子供のように無邪気にはしゃぐ政府高官たち。
   *
  ほっと笑顔を見せるグルートルップ。
  技師1とガッチリ握手。
  コロリョフが祝福に来る。
 コロリョフ「いやあ、すごい!感激しましたよ」
  政府の高官たちが次々にやってきて、グルートルップに抱擁する。
 「ありがとう、博士」
 「ありがとう」
  その、余りの感激ぶりに、戸惑ったような笑顔を見せるグルートルップ。
   *
 N「この日以来、ソ連のロケット研究は軌道に乗り始める」

6.イメージ
  研究を進めている科学者たち。
 N「グルートルップらドイツチームは、V2号の改良型ロケットを次々に開発してい
  き、コロリョフをはじめとするソ連チームは、彼らの技術を学んでいった」

7.グルートルップの家
  豪華な邸宅。
  ドイツ人技師たちが集まって、談笑している。
 技師1「でも本当に、ソ連(ここ)の生活がこんなに快適だなんて、夢にも思わなか
  ったな」
 技師2「一般のソ連人の生活水準の2倍は保証してくれているからな。ソ連政府(か
  れら)は上がった成果には必ず報酬をしてくれる」
 技師3「ここなら、夢がかなうんじゃないか?」
 「夢?」
 技師3「宇宙ロケットだよ。月に飛ばしたり、火星に飛ばしたり…」
 「ほう!そいつはスゲェや」
 技師1「しかし、まんざらでもないぞ。ソ連はロケット開発を最重点に置いている。
  金はふんだんに使える」
 グルートルップ「いや、そう判断するのはまだ早いよ」
  見る一同。
 グルートルップ「彼らはいまだに我々に最終目的を教えようとはしていない」
 「最終目的?」
 グルートルップ「(うなずく)彼らの最終目的が宇宙ロケットなのか、ミサイルなの
  か…」
 技師2「ミサイル?それはないと思うな。ロケットの軍事的価値は低いよ」
 技師4「ぼくもそう思います。大戦中にドイツがロンドンに打ち込んだV2は1,3
  00発以上だといわれてます。しかし戦死者はわずかに2,500人。連合軍のじ
  ゅうたん爆撃が一晩で何万人もの戦死者を出したのに比べれば、あまりにも微力で
  す。しかも極めて高価だときている。ロケットは、兵器としては極めて効率が悪い
  ものだといえます」
 グルートルップ「今はな」
  見る一同。
 「どういう意味ですか?」
 グルートルップ「(つぶやくように)確かに、ただの火薬を積んでいたのでは、あま
  りにも高すぎるのだが…」
 「?」
  顔を見合わす一同。

8.ロケット研究所
  研究に従事している技師たち。
  グルートルップ。
 男1「(来る)グルートルップ博士。ウスチノフ軍需大臣がおみえになっています」
  見るグルートルップ。
 N「1949年春、グルートルップは、ウスチノフ軍需大臣から、新たな命令を受け
  た」

9.所長室
 ウスチノフ「グルートルップ君、3t(トン)の重量物を搭載して射程が3,000
  Kmの大型ロケットを大至急設計してくれたまえ」
 グルートルップ「3t…3,000Km…」
  ハッと見るグルートルップ。
 N「グルートルップはその意味を即座に理解した」

10.イメージ
  わき上がるキノコ雲。
 ― 1949年8月29日 ソ連 核実験成功 ―
 N「この年、ソ連は世界で2番目の核保有国になった ― 」


 (D−1・終)


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