『BRAINS〜コンピュータに賭けた男たち〜』

コンピュータの基礎講座C アナログとデジタル


 アナログとは連続的に変化するもの、デジタルとは離散的に変化するもののことである。例えば、アナログ式の時計では針が連続的に回り、デジタル式では数字がとびとびに(離散的に)変わる。

 デジタル式にはアナログ式に比べて、大きく三つの利点がある。

(1) 計算精度を高くできること。
(2) 雑音に強いこと。
(3) データ加工が容易なこと。

 例えば、そろばんはもっとも単純なデジタル式計算機の一つであるが、珠の数を増やせばいくらでも計算精度を上げることができる。また、一つ一つの珠が傷ついたり欠けたりしても計算精度には影響しない、つまり雑音に強い。一方、アナログ式の例として定規を考えてみよう。定規の目盛りはとびとびにしか書かれていないが、目盛りと目盛りの間も連続的につながっているので、アナログ式に様々な長さの直線を引くことができる。しかしその精度は定規そのものの精度によって決まり、それ以上高くできない。しかも温度などの条件で伸び縮みすれば誤差も増える。つまり、雑音に弱い。

 最近では音楽やビデオなどをダビングする時にアナログとデジタルの違いを実感できる。ある信号をコピーする時、アナログ式ではその信号をそのまま写し取ろうとする。現実には全く同じようには写し取ることはできないので、コピーを繰り返していくうちに信号が劣化する。一方、デジタル式ではまず信号を細かく分けて数値化する(デジタル化する)。そしてその数値の列をコピーする。したがって、完全にコピーすることが容易で、いくらコピーを繰り返しても信号が劣化することはない。

 また、データの一部を変更しようするとき、アナログではその影響が全体に及ぶが、デジタルでは局所的に数値を変更するだけで済む。したがってデジタルでは、細かなデータ加工が可能となる。

 もちろんデジタルにも欠点はある。それは各桁の数値を一つ一つ扱わなければならないので、データ処理に時間がかかることである。バベッジのデジタル計算機が百年間世に出なかったのはそのためである。
 
 ブッシュは計算速度の問題をアナログ式にすることで解決した。ブッシュの作った微分解析機は、人間が歯車式の卓上計算機を使用して計算する場合の約50倍の演算速度を達成し、10年にわたって計算機の世界に君臨する。当時行われたデジタル計算機の開発は、ある意味ではすべて微分解析機への挑戦であったともいえる。ツーゼのZ3もハーバード・マークTもベル研の計算機も速度の面で微分解析機を凌ぐことはできなかったが、電子計算機の登場でアナログ計算機はその使命を終える。それは同時に、本格的なコンピュータ時代の幕開けでもあった。

 自分の築いた時代が終わるその時に、ブッシュは現代のコンピュータ社会に通ずる一つの重要な構想を発表した。仮に『Memex』と名付けたシステム。それは、居ながらにして自由に情報のやり取りができる装置であった。情報処理技術が人間の知的活動を増幅するために使え得ることを最初に明確にしたものであったといわれる。

 その構想は戦後、ダグ・エンゲルバート(米1925〜)らの手を経て『ハイパーテキスト』として具体化される。ハイパーテキストでは、ある特定の文字列や(ボタンやアイコンなどの)マークを指定するとそれに関連する別の情報が自動的に呼び出される。

 ハイパーテキストを実現した最初の代表的なソフトウェアは、アップル・コンピューター社が1987年に開発した『ハイパーカード』であった。アップル社はマッキントッシュにハイパーカードを標準添付し、マルチメディア・パソコンの先駆者としての地位を不動のものにした。

 最近では、爆発的な普及を見せているインターネットでハイパーテキスト機能を備えているHTML(HyperText Mark-up Language)が利用されている。これにより私たちは、まさに居ながらにして世界中の情報を手にすることができるようになった。

 この源流には、現在のコンピュータ科学から見ると過去の人物だと思われがちな、アナログ計算機で一時代を作った男ヴァネヴァー・ブッシュの存在があったのである。


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