BRAINS〜コンピュータに賭けた男たち〜』

第一部 苦難の開拓者たち 第三章 コンラート・ツーゼ

@Z1


1.ヨーロッパ地図

N「1945年、東部戦線ではソ連軍が、西部戦線ではイギリス・アメリカ連合軍が、

 ともにドイツ本土を目指して進撃を続けていた。第二次世界大戦は最終局面を迎え

 ていた」

 

2.夜の市街地

 大量の爆弾を投下するイギリス空軍機。

− 1945年4月 ベルリン −

 崩れ落ちた建物から男が、計算機の部品を腕一杯に抱えて飛び出してくる。

− コンラート・ツーゼ −

 その直後、その建物に爆弾が直撃。

 トラックの運転席から別の男が叫ぶ。

− ヘルムート・シュライヤー −

シュライヤー「Z4は積み込んだ!はやく!」

 懸命にトラックに飛び込むツーゼ。

 ツーゼが乗り込むと同時にスタート。

N「その敗走を続けるドイツに、イギリス・チューリングのグループに対抗し得るコ

 ンピュータ技術者がいた」

  *

 爆弾の破裂する中を縫うようにトラックを走らせる二人。

N「しかし彼らはあまりにも不遇であった」

 

3.居間

− 1938年 ツーゼの自宅 −

 ツーゼ(28歳)が数人の友人に自分の計算機を見せている。

− 機械式計算機Z1 −

友人1「ほう、これが君が作ったという計算機械かい?」

ツーゼ「試作1号機Z1だ。まだ目標にはほど遠いけどね」

友人1「目標?」

ツーゼ「夢はプログラム制御の汎用デジタル計算機を作ること」

友人1「プログラム制御の…何だって?」

ツーゼ「つまり、何でも計算できる計算機ってことさ」

友人1「ふーん」

友人2「しかし、よくこんなものを作る暇があったな。仕事はどうした?」

ツーゼ「辞めたんだ」

友人1・2「辞めた!?」

友人1「せっかく入ったヘンシェル航空機をか?」

ツーゼ「ハハハ…」

友人1・2「…(あきれている)」

 

4.イメージ

 コンピュータを作っている二人の若者。

− 1978年 ウォズニアクとジョブス

  自宅でアップルI(パソコンの原型)を開発 −

N「コンピュータの歴史では、しばしばアマチュアが重要な役割を果たす。その最初

 にして最大の人物がツーゼである」

 

5.ツーゼ家・居間

 先から会話に加わらずにZ1をじろじろと見ている若者がいる − シュライヤー。

 シュライヤー、Z1を見ながら、表情豊かにブツブツ言っている。

シュライヤー「なるほど、こうなっているのか…。まてよ?するとここはどうだ?」

 Z1の一部を念入りに見つめる。

シュライヤー「(ハッと気付く)チキショー!そうきたか…泣かせるねえ…」

 言葉をなくして見ている三人。

ツーゼ「(友人1・2にきく)誰?」

友人2「ヘルムート・シュライヤー。ベルリン工科大学の学生だ。君の話をしたらぜ

 ひ見たいって…」

ツーゼ「ベルリン工科大?それじゃぼくの後輩かい?」

友人2「君は土木科出身だろ?彼は電気科だ」

友人1「(シュライヤーに)こら、ちゃんと挨拶しないか」

シュライヤー「あ、初めまして、ツーゼさん。いや、この計算機があまりに素晴らし

いんで、つい…」

ツーゼ「(嬉しい)君は少しはわかるようだな」

友人1「これが素晴らしい?」

友人2「おいツーゼ、動かしてみろよ」

ツーゼ「よし」

 スイッチを入れるツーゼ。

 ワクワクして見ているシュライヤー。

 モーターが回転し、多数並んでいる金属片がガチャンガチャンと音を立てて動き始

 める。

ツーゼ「(得意)今計算が始まったところだ」

友人たち「ほう」

 うなずくシュライヤー。

 しかしZ1、ギーギーと変な音を立て、止まってしまう。

シュライヤー「ん?」

ツーゼ「(首をひねる)おかしいな。どうも安定性が良くないようだ」

「フフン…」と笑う友人1と2。

友人1「今からでも遅くはないぞ。夢ばかり見ていないで、真面目に働いた方がいい

 んじゃないか?」

 ムッと見るツーゼ。

シュライヤー「機械式というのが良くないんじゃないかな?」

ツーゼ「ん?」

シュライヤー「リレーを使ってみてはどうですか?」

ツーゼ「リレー?なんだい、それは?」

シュライヤー「電磁石を利用したスイッチング回路ですよ。電話器なんかでよく使わ

 れているんです。電気で動作するから速いし、きっとこれより安定するはず」

友人2「さすが電気科」

シュライヤー「(ちょっと得意)常識ですよ」

ツーゼ「なるほど…2号機はリレーでやってみるか」

 そこにツーゼの母親、来る。

母親「コンラート、手紙」

 受け取るツーゼ。

ツーゼ「特許局からだ」

一同「特許!?」

ツーゼ「ハハハ、何でもできる計算機なんて聞いたことがないだろ?一応特許だけで

 も押さえておこうと思ってな」

一同「ほう!」

 ドキドキして封を開けるツーゼ。

 が、その顔が、ドーンと落ち込む。

友人1「どうした?」

 シュライヤー、ツーゼから手紙を受け取る。

 読む。

シュライヤー「プログラム制御のデジタル計算機…すでに特許が取られている。チャ

 ールズ・バベッジ、イギリス人です」

友人1「知ってるヤツか?」

 首を振るツーゼ。

シュライヤー「しかも百年も前に…」

友人1・2「百年!?」

「ハハハ…」と笑い転げる友人1と2。

友人1「会社まで辞めて君は一体…」

 笑いが止まらない二人。

 どんよりとなるツーゼ。

シュライヤー「…」

 

6.イメージ

 バベッジと解析機関。

N「ツーゼの基本構想は百年前にバベッジが考え出した解析機関と驚くほどよく似て

 いた」

  *

 計算機の技術のいくつか。

N「その他にも、二進法、浮動小数点演算、アドレスを含む命令形式など、当時の最

 先端の技術を、他の先駆的業績を一切知らずにツーゼは使っていた」

 

7.ツーゼ家・居間

 猛然と設計に取りかかっているツーゼ。

N「それは逆に、ツーゼの才能を示す証でもあった」

 そこにシュライヤー、来る。

シュライヤー「おや、復活してるみたいですね、ツーゼさん」

ツーゼ「当たり前だよ。バベッジの解析機関は百年たった今でも実現していないとい

 うじゃないか。私はそれを作り上げる!」

シュライヤー「それでこそツーゼさんだ。ぼくも手伝いますよ」

ツーゼ「頼む」

 ツーゼ、大きな設計図をテーブルの上に広げる。

ツーゼ「シュライヤー。リレーは良いよ。設計も回路規模もうんと楽になる」

シュライヤー「でしょ?」

ツーゼ「バベッジにはリレーはなかった。リレーを使えば汎用計算機は必ず…」

シュライヤー「うん。だけどツーゼさん、リレーよりもっと良いものもあるんですよ」

ツーゼ「ん?」

シュライヤー「真空管です」

ツーゼ「(見る)」

  *

N「ツーゼの計算機に対する先見性とシュライヤーの電子化に対する先見性 − この

 時期、この二人のアマチュアが、いきなりに世界のトップを走り始める」

 

8.教室

− ベルリン工科大学 −

 集まっている教授や学生。

教授1「(けげんそうに)電子計算機?」

 教壇に立っているのはシュライヤーとツーゼ。

シュライヤー「(熱く語る)そうです。二千本の真空管を使って計算機を作るのです。

 計算機設計はここにいるコンラート・ツーゼさんが行います」

 隣で胸を張るツーゼ。

 不思議そうな顔を浮かべている聴講者たち。

教授2「何のために?」

シュライヤー「計算速度が画期的に速くなるんですよ。リレー式の千倍、歯車式に比

 べれば百万倍は速くなるはずです」

教授3「(笑いを浮かべて)百万倍ねえ…」

シュライヤー「百万倍です」

教授4「バカバカしい。真空管で計算機を作るなんて話、聞いたことがない。君は真

 空管が一本いくらするのか知っているのか?」

シュライヤー「だからこうして予算のお願いをしているんじゃないですか」

教授4「送電所だってせいぜい二〜三百本だ。真空管二千本だなんて、君は一体何を

 考えているのかね?」

学生1「(はやしたてる)いっそ大学に発電所でも作ってもらえよ、シュライヤー」

 爆笑が起こる。

「ムム…」と見るシュライヤー。

ツーゼ「…」

 

9.イメージ

 コロッサス。

N「シュライヤーのその構想は、イギリスのコロッサスとほぼ同規模のものであった。

 しかも、コロッサスが誕生する5年も前のことである」

 

10.道

 壁にある国家宣伝用ポスター(例えば軍隊に志願する若者)。

 そこを意気消沈したツーゼとシュライヤーが通っていく。

シュライヤー「(怒り出す)クソーッ、わからず屋の石頭連中が…」

ツーゼ「(なぐさめる)仕方ないよ、シュライヤー。君の構想は確かに素晴らしい。

 しかし、そういうものは得てして凡人には理解できないものさ」

シュライヤー「だけど!」

ツーゼ「理解させるためには、実物を見せることだ」

シュライヤー「(見る)実物を見せるためには、資金が…」

 ツーゼ、首を振る。

ツーゼ「どんなに小さくたっていいんだ。どんなに粗末でもいい。実際に動くもの作

 ることだよ。言葉では人は動かない」

シュライヤー「(一つ息をつく)フム…」

ツーゼ「君は大学で電子計算機の研究を続けたまえ」

シュライヤー「(見る)」

ツーゼ「ぼくはリレーで自分の夢を追うよ」

シュライヤー「…(うなずく)」

 

11.イメージ

 シュライヤーと彼が考案した真空管回路。

N「シュライヤーはその後、大学で真空管回路の研究を続け、1941年に博士号を

 取得する。それは、アメリカのアタナソフと並び、歴史上もっとも早い電子計算機

 に対する取り組みであった」

 

12.ツーゼ家

 一人で計算機開発を行っているツーゼ。

ツーゼ「焦ることはないんだ。今できることを、一つずつ、一つずつ…」

N「コンピュータの開発には、数学者からのアプローチと工学者からのアプローチの

 二つがある。前者の典型がバベッジやチューリングであり、後者の典型がツーゼで

 あった」

 

13.イメージ

 チューリングとチューリング・マシンの模式図。

N「数学者が壮大な構想を描きがちなのに対して、工学者はより現実的であろうとす

 る。周囲の理解を失った時、バベッジやチューリングが手も足も出なくなったのに

 対して、ツーゼはどんな状況においても自分のなすべきことを知っていた」

 

14.ツーゼ家

 来るシュライヤー。

シュライヤー「できたって!?」

 うなずくツーゼ。

N「そこには数学者にはない工学者としてのたくましさがあった」

 完成したばかりの計算機。 − リレー式計算機Z2 −

ツーゼ「まだプログラム制御とまではいかないけどね。まあ、リレー式の試作機だよ」

シュライヤー「動かしてみて下さい」

ツーゼ「うん」

 スイッチを入れるツーゼ。

 カチカチとミシンのような音を立てて動作するZ2。

シュライヤー「お、今度はちゃんと動くみたいだ。やりましたね、ツーゼさん」

 笑顔がこぼれるツーゼ。

ツーゼ「だけど問題はこれからだ」

シュライヤー「次はいよいよプログラム制御の汎用計算機ですね」

ツーゼ「(うなずく)バベッジの夢をつかみ取る!」

 

15.イメージ

 ポーランドに侵攻するドイツ軍。

N「しかし、1939年9月、第二次世界大戦勃発」

 

16.ツーゼ家・表

 郵便を受け取り、ぼう然となっているツーゼ。

N「イギリスのチューリングが最重要人物として政府の研究機関に招請されるのに対

 して、ツーゼは一兵卒として召集されていくのである」

ツーゼ「…」

 

(@・終)


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