BRAINS〜コンピュータに賭けた男たち〜』

第一部 苦難の開拓者たち 第三章 コンラート・ツーゼ

AZ3


1.陸軍駐屯地

− 1940年 ドイツ・ライン地方 アイフェル −

 訓練を受けている新兵たち。

 銃を持って、ほふく前進している。

 その中にいるツーゼ。軍服が似合わない。

− ドイツ陸軍 歩兵部隊 −

 遅れまいとして懸命のツーゼ。しかし、遅れてしまう。

 上官1の叱責が飛ぶ。

上官1「こらー!そんなことじゃ実戦では役にたたんぞ!」

ツーゼ「はい!」

 懸命のツーゼ。

 

2.兵舎

 夜。

 兵士たちが疲れ切ったように自分のベッドに潜り込む。

 ツーゼ、ベッドの上でノートを開く。

 月明かりを頼りにえんぴつでメモを取っている。

 昼間と打って変わって顔色が生き生きしている。

ツーゼ「(ブツブツと)問題はメモリーだな。ここはZ1の技術を生かして…」

 若い兵士1が二段ベッドの上から顔を出す。

兵士1「ツーゼさん、また計算機の設計ですか?」

ツーゼ「夜だけは自分の時間だからね」

声「そういう口は、昼間ちゃんとしてからするんだな」

 ビクッと見るツーゼ。

 上官1が立っている。

上官1「連隊長がお呼びだ」

ツーゼ「…」

 

3.連隊長室

 来ているツーゼ。緊張している。

将校1「もっと前に来たまえ。君はそんなに軍人が嫌いかね?」

 ツーゼ、あわてて前に進み出る。

将校1「(笑う)好き嫌いの問題ではないな。向き不向きの問題か…」

ツーゼ「…」

将校1「ベルリンのヘンシェル航空機は知っているかね?」

ツーゼ「以前少しだけ勤めていたことがあります。すぐに辞めてしまいましたが…」

将校1「そこで今、新兵器の開発が行われている。行ってみる気はあるかね?」

ツーゼ「え?」

将校1「ここにいるよりは役に立つだろう」

 ツーゼ。その顔に

− ベルリンに帰れる? −

 

4.会社1

− ヘンシェル航空機会社 −

 

5.同・中

 案内されてくるツーゼ。キョロキョロしている。

− こんな所、あったかなあ… −

 その一室の前で案内係が立ち止まる。

 見るツーゼ。

 ドアに − 特別部署 (Special Division) F −

ツーゼ「特別部署?」

 案内係、入っていく。

案内係「ワーグナー博士、新しいエンジニアを連れて参りました」

 

6.特別部署F・中

 入ってきて目を見張るツーゼ。

 大勢の研究員たちが忙しそうに働いている。

 そのグループを指揮している男。

− ヒルベルト・ワーグナー −

ワーグナー「君、得意分野は?」

ツーゼ「はい、計算機を少々…」

ワーグナー「よし。それじゃ、君は計算グループだな。あそこにいる…」

ツーゼ「(あわてて)いえ、"計算"ではなく、"計算機"です」

ワーグナー「ん?」

ツーゼ「あ、いえ…。計算も得意です」

ワーグナー「うん。人手が足りなくて困っているんだ。早速ですまないが、今日から

 働いて欲しい」

ツーゼ「はい」

 ツーゼ。その顔に、

− 軍隊生活よりはましだからな −

 行こうとするワーグナー。

ツーゼ「あ、すみません。ここでは一体何を…?」

ワーグナー「(見る)無人誘導ミサイルの開発だ」

ツーゼ「無人誘導ミサイル?」

 

7.ドイツ空軍省

 来ているシュライヤー。

 応対している将校2、けげんそうに聞き返す。

将校2「電子計算機?」

シュライヤー「はい。二千本の真空管を使って計算機を作るのです。優秀な設計技師

 一万人分くらいの仕事はこなせるはずです」

将校2「一万人分ねえ…(相手にしていない)」

シュライヤー「この戦争で航空機の需要は急増しているはずでしょう?ドイツのため

 です」

将校2「それはいつできるのかね?」

シュライヤー「二年あれば必ず…」

将校2「ハハハ…二年もかかっていたら戦争は終わってしまうよ。我がドイツの大勝

 利でね」

 

8.同・表

 シュライヤー、出てくる。

シュライヤー「クソ!そんなことだと、また負けてしまうぞ!」

 そこに通りかかるツーゼ。

ツーゼ「シュライヤー!」

シュライヤー「(見る)ツーゼさん!」

 

9.道

 歩いていくツーゼとシュライヤー。

シュライヤー「ヘンシェル航空機に配置換え…そりゃ良かったですね」

ツーゼ「君は?」

シュライヤー「ベルリン工科大で助手のポストにありつけました」

ツーゼ「ほう、おめでとう」

シュライヤー「だけど大学の予算だけじゃ何にもできなくて…。それで軍に交渉しに

 行ったんですけど…」

ツーゼ「ドイツ軍は完璧だってか?」

シュライヤー「ええ」

ツーゼ「だけど、そのおかげでぼくは兵役から解放されたのかもしれないよ。自分で

 言うのもなんだが、兵隊としては役立たずだからね」

シュライヤー「この勢いで早く戦争が終わってくれるといいんですが…」

ツーゼ「(見る)」

 

10.イメージ

 荒廃した街。

− 1920年代のベルリン −

N「第一次世界大戦(1914〜1918)に敗れたドイツは、その後、厳しい負債

 にあえぐことになる」

 紙屑同然の札の山を荷車で引いていく婦人。

 あてもなくさまよっている失業者たち。

 街の真ん中にポツンといる小さな男の子。

N「天文学的数字のインフレと空前の失業率、貧困」

 街角では男が何かをがなりたてている。

 その小さな男の子が、突然泣き出す。

 しかし誰もそれに関心を示さない。

N「そして、気力を失った人々…」

 

11.道

シュライヤー「もう、あんな思いはたくさんですからね」

ツーゼ「全くだな」

N「その記憶が生々しく残っているドイツでは、第二次大戦初期の相次ぐ勝利に歓喜

 する一方、常に厭戦気分も漂っていたという」

 

12.イメージ

 ロケット開発。

N「この時期、ドイツが科学技術に無関心であったわけでは決してない。事実、ドイ

 ツは戦後に多大な影響を与えることになるロケット開発を精力的に進めていた」

  *

 レーダー網とコンピュータ(英)、ロケット(独)、原子爆弾(米)。

N「イギリスの情報通信システム、ドイツのロケット、アメリカの原子爆弾 − 第二

 次世界大戦はまさに科学技術の戦争でもあった。ツーゼとシュライヤーがその表舞

 台に立てなかったのは主にその知名度による。彼らは国を動かすにはあまりに無名

 であった」

 

13.シュライヤーの研究室

 ツーゼを連れてくるシュライヤー。

ツーゼ「へえ。ここが君の研究室か…なかなか立派じゃないか」

N「シュライヤーは大学の助手にすぎず、ツーゼにいたってはその身分さえもはっき

 りしていなかった」

 シュライヤー、奥から段ボールを抱えて来る。

シュライヤー「リレーです。使って下さい。中古ですけど」

ツーゼ「(見る)」

シュライヤー「また始めるんでしょ?」

ツーゼ「ありがとう」

  *

N「しかし、コロッサスやENIACがまだ存在していなかったこの時期、この二人

 こそが世界最強のコンピュータ・グループを形成していたのである」

 

14.ヘンシェル航空機会社・特別部署F

 計算グループが図面の山を前にぼう然となっている。

 その端に控えめに座っているツーゼ。

研究員1「無理ですよ、ワーグナー先生。これだけの設計を行うには人手が足りなさ

 すぎる」

ワーグナー「それは私もわかっている。しかし、『できん』では済まんのだよ。これ

 は戦争なんだ」

 その様子をチラチラとうかがっているツーゼ。

研究員2「それは私たちも理解しているつもりです。しかし現実問題として…」

ワーグナー「できんというのか!」

一同「…」

 重い空気が流れる。

 ツーゼ、おそるおそる口を出す。

ツーゼ「どうでしょうか…私の計算機を試してみませんか?」

 見る一同。

ワーグナー「計算機?」

 

15.ツーゼの自宅

 新しい計算機の手入れをしているシュライヤー。

 そこにツーゼ、ワーグナーを連れてくる。

ツーゼ「準備はできているかい?シュライヤー」

シュライヤー「いつでもいいですよ」

 ワーグナー、入ってきて、驚いたように見る。

ワーグナー「これは…!?」

ツーゼ「汎用計算機Z3です」

ワーグナー「汎用計算機?」

  *

N「1941年5月、Z3完成」

  Z3。その仕様。

  二進数・浮動小数点の採用。

  22ビット×64メモリ。

  パンチカード・テープによる入出力。

  プログラム制御。

N「それは世界初のプログラム制御のデジタル計算機であった。バベッジの見た夢が、

 百年の時を越えて、ドイツで花開いたのである」

  *

ワーグナー「いつの間にこんなものを…」

ツーゼ「作る気になれば、時間は意外とあるものですよ」

ワーグナー「…」

シュライヤー「乗算なら3秒でできますよ」

ワーグナー「私は君に大変失礼な仕事をさせていたようだ…」

ツーゼ「使ってもらえますか?」

ワーグナー「もちろんだとも。こちらからお願いするよ」

 

16.会社2

− ツーゼ技術開発社 −

 数人の社員を使って計算機開発を指揮しているツーゼ。

N「ヘンシェル航空機社から理解を得たツーゼは自分の会社を設立、Z3の改良機Z

 をはじめ、航空機設計専用の計算機S1、S2の開発を進めていく」

 ツーゼの姿にそれらの計算機がかぶる。

N「しかしそれでもなお、ツーゼは正しい評価を受けなかった」

 

17.ツーゼ家・表

 郵便を受け取り、ぼう然となっているツーゼ。

N「ツーゼのもとに二度目の召集令状が届くのである」

 

18.イメージ

 真冬の市街戦。

 激しい戦闘を繰り広げているドイツ軍とソ連軍。

− スターリングラード攻防戦(1942年8月〜1943年2月) −

N「1942年、ドイツは東部戦線でソ連と泥沼の戦闘に突入、第二次世界大戦史上

 最大の激戦を展開していた。この時期の召集はそこへの兵力補充を意味していた − 」

 

(A・終)


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