BRAINS〜コンピュータに賭けた男たち〜』

第一部 苦難の開拓者たち 第三章 コンラート・ツーゼ

Bプランカルキュール


1.雪原

 その中を列車が行く。

N「1940年11月英国本土進攻作戦失敗

  1941年6月独ソ開戦

  12月アメリカ参戦 …

 大戦当初ドイツに傾いていた戦局は、1942年に入ると大きく転回し始めていた」

 

2.列車・中

 冬支度をした兵士たちが詰め込まれている。

 その中にいるツーゼ。

 みな堅い表情。無言。

 ツーゼ。その顔に

− 東部戦線か… −

 そこに将校3、来る。

将校3「これから名前を呼ばれた者は次の駅でベルリンに戻ることを許可する」

 見る一同。

 ツーゼ。

将校3「…グローマン、シュローダー…」

 緊張している一同。

 ツーゼ。

将校3「ツーゼ」

 ハッと顔を上げるツーゼ。

 

3.ツーゼ技術開発社

 閑散としている社内。

 女性社員1が一人、引越し作業の指示をしている。

 引越し作業員1が、作りかけの計算機を指さし、きく。

作業員1「これもですか?」

女性社員1「ええ、全部」

 女性社員1、寂しそうにつぶやく。

女性社員1「ツーゼさんがいないんじゃ…」

 作業員1がその計算機を運び出そうとする前を一人の男が立ちはだかる。

 見る作業員1。

 立っているのはツーゼ。

女性社員1「(びっくり)ツーゼさん!」

 入ってくるツーゼ。

ツーゼ「君だけか?」

女性社員1「男の人は徴兵されたり、他の仕事場に移ったり…。でもツーゼさん、

 一体どうして…」

ツーゼ「兵役免除になったんだ…」

女性社員1「…」

 見ている作業員1。

作業員1「どうしますか?これ」

女性社員1「(ハッとなる。作業員たちに)中止!移転は中止よ!」

 倒れ込むように、どっかりとイスに座るツーゼ。

 そして、大きく一つ息をつく。

 

4.ヘンシェル航空機社

 忙しそうに研究員たちが働いている。

 その中を、ワーグナーがツーゼを連れて歩いていく。

ワーグナー「兵役免除になったって?ようやく君の重要性が認められたってわけか?」

ツーゼ「いいえ。エンジニアの中から無作為に選抜されたらしいです」

ワーグナー「(見る)無作為?フン、軍部の目は節穴か。そんなことだから戦争に勝

 てんのだよ」

 ツーゼ。

ワーグナー「まあ、何にしても良かった。君にはまだまだ計算機を作ってもらわなけ

 ればならないからな」

 奥の部屋。

 その扉を開けるワグナー。

 

5.その部屋

 入ってくるツーゼ。

ツーゼ「(驚く)これは!?」

 その中央に全長5メートル余りのミサイルが設置されている。

 ツーゼ、圧倒されたようにそのミサイルに目をやる。

− ヘンシェルHS293空対地ミサイル −

 全長 5.58メートル。

 全幅 3.14メートル。

 発射重量 785キログラム。

 射程 16キロメートル。

 爆薬 330キログラム。

ツーゼ「できたんですか!?」

ワグナー「うむ」

  *

N「それは戦後の誘導弾時代の原型となる世界初の無人誘導ミサイルであった」

 

6.イメージ

 戦艦に命中するヘンシェルHS293。

N「その威力はすさまじく、1943年9月、降伏後連合国軍側についたイタリアの

 誇る3万5千トン級最新鋭艦『ローマ』をたった一発で沈めたのである」

 

7.ヘンシェル航空機社

 がっちり握手を交わすワーグナーとツーゼ。

ツーゼ「おめでとうございます、博士」

ワーグナー「みんな君の計算機のおかげだよ」

N「しかし、ヘンシェルHS293も起死回生の兵器とはならなかった」

 

8.イメージ

 パラシュートで降下してくる連合国軍空挺部隊。

N「1944年6月に第二戦線(西部戦線)が張られると、ドイツ軍は一気に壊滅し

 ていく」

 

9.ベルリン工科大学・シュライヤーの研究室(夜)

 ツーゼが電子計算機の実験機をいじっている。

 スイッチを入れると、それに応じて10個のランプが点滅する。

ツーゼ「すごいじゃないか、シュライヤー。ちゃんと足し算しているよ」

 シュライヤー、コーヒーを二つ持って、来る。

シュライヤー「10bit(2進法の10桁)だけどね。はい、最後のコーヒー」

ツーゼ「ありがとう(受け取る)。10bitだって立派な電子計算機だ」

シュライヤー「100個の真空管を全部注ぎ込みましたよ。ぼくの結晶です。最後の…」

ツーゼ「最後?」

 電子計算機のランプが不安定に点滅し出す。

ツーゼ「(見る)あれ?」

 そのランプ、すっと消えてしまう。

ツーゼ「消えちゃった…」

 その直後部屋の灯りも消える。

シュライヤー「とうとう電気も止まったか…」

 遠くで空襲警報が鳴る。

 ツーゼ、立ち上がり、窓から外を見る。

ツーゼ「(うんざりしたように)今日も空襲か…」

 そこに女性社員1、あわてて飛び込んでくる。

女性社員1「ツーゼさん!会社が…!」

 見るツーゼ。

 

10.夜の街

− 1945年4月 ベルリン −

 来襲している爆撃機の編隊。

 激しく鳴り響く警報。

 各所で爆弾が爆発、火の手が上がっている。

 

11.ツーゼ技術開発社

 来るツーゼとシュライヤー。

 ぼう然となる。

 爆撃を受け、炎上している。

ツーゼ「私の計算機が…」

シュライヤー「クソッ」

 シュライヤー、何を思ったか、その中に飛び込んでいく。

ツーゼ「シュライヤー!」

シュライヤー「運べる物は運び出しましょう!」

ツーゼ「危ないぞ!」

シュライヤー「戦後のドイツのために!」

 見るツーゼ。

 入っていくシュライヤー。

ツーゼ「クッ…」

 後に続くツーゼ。

 

12.同・中

 火がくすぶっている中、入ってくる二人。

 計算機が崩れた壁に押しつぶされている。

シュライヤー「Z3は全壊か…」

ツーゼ「地下室にZ4があるんだ」

 

13.同・地下室

 来る二人。

ツーゼ「ここは無事だ…」

 無傷で残っているZ4。

シュライヤー「急ぎましょう」

 

14.同・表

 Z4を運び出してくる二人。

 そこに1台のトラックが止まる。

 降りてくるのはワーグナー。

ワーグナー「それを持ってベルリンを脱出したまえ」

 見る二人。

ツーゼ「ワーグナー博士!」

ワーグナー「許可証は私が取った」

シュライヤー「ありがとうございます」

  *

 トラックの荷造りを急いでいるシュライヤー。

 見上げると爆撃機の編隊。

シュライヤー「ム、第二波か…(建物に叫ぶ)ツーゼさん、はやく!」

 姿を現さないツーゼ。

 バラバラと降ってくる爆弾。

シュライヤー「(叫ぶ)ツーゼさん!」

 ツーゼ、部品を抱えて崩れかかった建物から飛び出してくる。

 その直後、その建物に爆弾が直撃。

 必死の形相でトラックに飛び乗るツーゼ。

 その瞬間にトラックを走らせるシュライヤー。

 

15.夜の市街地

 激しい空襲にさらされている中、二人のトラックがそれ縫うように駆け抜けていく。

 

16.田舎道

 夜明け。

 ツーゼたちのトラックが止まっている。

 外に出て、トラックにもたれるようにぼう然と座り込んでいる二人。

 朝日がまぶしい。

シュライヤー「どうやら助かったみたいですね…」

ツーゼ「うん…」

シュライヤー「…」

ツーゼ「…」

 シュライヤー、立ち上がる。

シュライヤー「ここで別れましょう」

ツーゼ「(驚いて見る)何だよ、急に…」

シュライヤー「戦争は終わりです。ドイツは負ける。ぼくはもうドイツにはいられな

 い」

ツーゼ「(立ち上がる)なぜ?」

シュライヤー「ぼくは…」

 ハッと見るツーゼ。

N「シュライヤーは1933年、ヒトラーが政権を取った年にナチスに入党していた」

 

17.イメージ

 ナチスの党大会。

 熱狂的な支持者で会場が埋め尽くされている。

 その中にいる若き日のシュライヤー。

シュライヤーの声「あの時ぼくは『強いドイツの再興』という言葉に酔いしれていま

 した」

 

18.田舎道

シュライヤー「言い訳するわけではありませんが、あの時ぼくはまだ十代。血気盛ん

 な頃でした」

 ツーゼ。

シュライヤー「すぐに後悔しましたけどね」

ツーゼ「…」

シュライヤー「…」

ツーゼ「大丈夫だよ。だって君は何も…」

シュライヤー「(振り切るように)計算機作り、楽しかったです」

ツーゼ「…」

  *

 遠くで手を振るシュライヤー。

シュライヤー「またいつか!」

N「シュライヤーはその後計算機開発に関わることはなかった。戦後ブラジルに渡っ

 たシュライヤーはその地で電話システムの構築に大きく貢献することになる」

 それが遠景になり −

− 1945年5月8日 ドイツ無条件降伏 −

 

19.ツーゼの自宅2

 ガランとした部屋。

 ツーゼが一人、その中を見回している。

ツーゼ「人もいなくなった…。物もなくなった…」

 ツーゼ、机をトントンと叩く。

ツーゼ「だけど…、紙もあるし、鉛筆だって残っている」

 ツーゼ、短くなった鉛筆を取り上げ、フッと笑顔を見せる。

ツーゼ「さ、始めるか!」

N「ハードウェアの開発が不可能になっても、ツーゼがくじけることはなかった」

  *

 一人机向かっているツーゼ。

N「この時期ツーゼは世界初の本格的なプログラム言語『プランカルキュ−ル』を開

 発する。ツーゼはチューリングと同様、この時すでにソフトウェアの重要性に気付

 いていたのである」

 

20.ベルリンの街

 がれきの中で顔を出しているZ3の残骸。

N「歴史家は考える。もしドイツが彼らに理解を示していたら歴史は変わっていたか?」

 そこに連合軍の兵士2、来る。

 兵士2、そのZ3の残骸の一部品を、何気なく拾い上げる。

N「後にツーゼは語っている。『私は暗号解読にコンピュータを使うことなど夢にも

 思いつかなかった』と」

兵士3「(来る)何だい、それは?」

兵士2「さあ、ただのガラクタだろう」

 Z3の残骸を放り投げる兵士2。

 道端に転がるZ3の残骸。

N「しかし、コンピュータに限っていえば、その歴史は大きく変わっていたに違いない」

 

21.イメージ

 ツーゼとシュライヤー。

N「ドイツの生んだ悲運の先駆者、コンラート・ツーゼ(1910〜)とヘルムート

 ・シュライヤー(1912〜1984) − 彼らの業績は1960年代に入って世界に知

 られることになる」

 

(B・終)


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