「栄光なき天才たち」

― 狂った歯車の中で… エンリコ・フェルミ ―

 作.伊藤智義


1.快晴の空
  朝日に輝く一機の爆撃機(B29)。
 ― 広島 ―
  そのB29から一発の爆弾、投下される。
  爆弾 ― 閃光を放ったかと思うと、猛烈な爆発。
  続いてわき上がるキノコ雲。
 N「1945年8月6日、人類は大きな十字架を背負った ― 」

2.二つの原子爆弾
  爆弾A。
 ― リトル・ボーイ ―
 「直径71cm、全長3.05m、重量約4t、ウラン爆弾、1945年8月6日広
  島に投下」
  爆弾B。
 ― ファット・マン ―
 「直径1.52m、全長3.25m、重量4.5t、プルトニウム爆弾、1945年
  8月9日長崎に投下」
 N「原爆開発 ― 当時二十年はかかると言われていた。それがわずか数年で成し得た大
  きな理由は、当時最高の科学者たちがその総力を結集したためである」

3.無数の科学者の横顔
  A・アインシュタイン(独・1921年ノーベル物理学賞受賞)
  J・フランク(独・1925年ノーベル物理学賞受賞)
  H・A・ベーテ(独・1967年ノーベル物理学賞受賞)
  E・フェルミ(伊・1938年ノーベル物理学賞受賞)
  E・セグレ(伊・1959年ノーベル物理学賞受賞)
  E・P・ウィグナー(ハンガリー・1963年ノーベル物理学賞受賞)
  N・ボーア(デンマーク・1922年ノーベル物理学賞受賞)
  J・チャドウィック(英・1935年ノーベル物理学賞受賞)
  A・H・コンプトン(米・1927年ノーベル物理学賞受賞)
  H・ユーリー(米・1934年ノーベル化学賞受賞)
  E・O・ローレンス(米・1939年ノーベル物理学賞受賞)
    ・
    ・
    ・
 N「なぜこれほどの人たちが原爆製造という狂気の計画に参画していったのだろうか?
  さらに彼らの中にはドイツやイタリアなどの科学者も多く含まれている。なぜだろう
  か?
   それは彼らの多くがユダヤ人であることから理解できる。この狂った時代を象徴す
  る”ナチス対ユダヤ人”の構造が、浮かび上がってくるのである。」

4.熱狂的な聴衆を前に演説をするヒットラー
 ― 1933年 ドイツ ヒットラー政権樹立 ―
 N「狂った歯車はこの時回り始めた。 ヒットラーは政権獲得とともに独裁制をしき、
  狂気のユダヤ人迫害政策を始める」
 「ハイル・ヒットラー!」
 「ハイル・ヒットラー!」
  熱狂的に叫ぶ人々。
 N「この年、全世界を驚かせたのは、ユダヤ人であり、世界的に最も著名な物理学者、
  アインシュタインの国外追放である」

5.研究所
 ― アメリカ プリンストン高級研究所 ―
  アインシュタインを出迎える人々。
 男A「ようこそ、アインシュタイン博士」
  握手するアインシュタイン。
 N「ここに史上最大の頭脳流出が始まる。当時世界一と言われたドイツから、ユダヤ人
  を中心に、ノーベル賞科学者20人を含む約2000人の科学者が国外に流出、その
  大部分がアメリカに流れたと言われる。
   当時まだ科学後進国だったアメリカで原爆が作り得たのは、こうした亡命科学者の
  力に負う所が大きい」

6.朝焼けに染まる大海原
 N「そして1939年初頭」
  そこを進む船。
 N「ヒットラーの影響が強くなり始めたイタリアから、ユダヤ人を妻に持つひとりのイ
  タリア人が亡命してくる」
  小柄な男が甲板からぼんやり朝焼けを見ている ― 非常に疲れきった表情。
  妻が静かに来る ― これまた疲れている様子。
 妻「きっとアメリカには自由があるわよね」
  男、見る。
 妻「あ、見て!朝日よ!1939年の夜明けだわっ」
  男、見る。
  鮮やかな朝焼けの中から、一条の光がスーッと伸びてくる。
  男、思わず目を細める。
 ― エンリコ・フェルミ(38歳) ―
 N「イタリアの生んだ天才核物理学者、彼の亡命こそ、後の原爆製造に決定的な影響を
  与えることになるのである」
  フェルミのアップ。

7.研究室
 ― コロンビア大学 ―
  あいさつをするフェルミ。
 フェルミ「お世話になります。エンリコ・フェルミと言います」
 教授A「お待ちしてましたよ、フェルミ先生。ここでは何の不自由もさせません。好き
  なように研究を続けてください」
 フェルミ「ありがとうございます」
  フェルミを迎えて興奮気味の教授たち。
  そこへ若い助手、飛び込んでくる。
 助手「ビックニュース!ビックニュース!」
 教授A「(にらむ)騒がしいぞっ!イタリアからフェルミ先生がいらしたばかりだとい
  うのに…」
 助手「えっ(ドキッと見る)フェルミ…?フェルミって、あの?」
 教授A「そうだ。去年のノーベル物理学賞を受賞された、エンリコ・フェルミ先生だ」
 助手「(カーッと血が上がってくる)よ、ようこそフェルミ先生。ぼくは…」
 教授A「おまえの自己紹介はいいっ。それよりなんだ、ビックニュースって」
 助手「あ、はい。今アメリカに来ているボーア博士の報告によると、ドイツのオットー
  ・ハーン博士が核分裂現象を確認したそうです」
 「カクブンレツ?」
  顔を見合わせる教授たち。
 フェルミ「(表情が変わり)詳しく話してくれないか」
 助手「はいっ」
   *
 N「核分裂反応とは現在よく知られているように、ウラン235などの重たい原子核に
  中性子を打ち込むと、ほぼ真っ二つに割れるという現象である。
   この実験は、実はフェルミがイタリアにいた時に世界で初めて行ったものであった
  が、結果がハッキリしていなかった。それをドイツのハーンが、核分裂という極めて
  劇的な現象としてとらえたのであった。(ハーンはこの発見により1944年度ノー
  ベル化学賞を受賞)」
  ときおりうなずきながら、真剣に聞いているフェルミ。
 N「ハーンの実験結果は誰にもまさった原子核反応の専門家であったフェルミに、新し
  い展望を開いて見せた」
   *
  考え込んでいるフェルミ。
  教授たち、フェルミが何か言うのを息をひそめて待っている。
 フェルミ「もし本当に核分裂が行なわれるのならば、」
  と、フェルミが重い口を開く。
 フェルミ「その際余分になった非常に大きいエネルギーが放出されることが考えられま
  す」
 「おお」
  と声を上げる一同。
 フェルミ「さらに、」
  注目する一同。
 フェルミ「この際やはり余分になった何個かの中性子が放出される可能性が極めて強い」
  顔を見合わせる一同。
 教授A「そうすると、どうなります?」
 フェルミ「放出された中性子が次々とウランに衝突し、核分裂反応がネズミ算式にまし
  ていく、いわゆる連鎖反応が起こる可能性がきわめて強くなります」
 「おお!」
  声を上げる一同。
 助手「そ、それじゃ、今まで架空のものとされてきた新型爆弾の可能性は?」
 フェルミ「理論的には可能になったと言えるでしょう」
 「おお!!」
  どよめく一同。
 フェルミ「こうしちゃいられない。(教授Aに)すぐにでも研究チームを編成したい。
  お願いできますか?」
 教授A「(見る)もちろんですっ」
 フェルミ「ありがとう!」
  燃えてくるフェルミ。
   *
  “原子核のエネルギーが解放された”
 N「この劇的なニュースは世界中をかけめぐった」

8.ヒットラー
 N「次いでドイツ、占領地チェコスロバキアからのウラン鉱の輸出を禁止すると発表」

9.新聞に見入っている科学者
  “ドイツが原子爆弾を作る!”
 N「この恐怖はことに亡命ユダヤ人学者たちを動揺させた」

10.研究室
 ― アメリカ プリンストン高級研究所 ―
  アインシュタインを説得している三人の科学者。
 科学者A「この手紙にサインをお願いします、アインシュタイン博士。博士のサインが
  あれば…」
 アインシュタイン「何だい?この手紙は」
 科学者B「ルーズベルト大統領あての、原爆製造を促す手紙です」
 アインシュタイン「原爆製造を促す? ― 何をバカな」
 科学者C「フェルミ博士の研究などで、原爆が製造可能なは理論的に明らかです。もし
  ドイツが先に原爆を手にいれたら…」
 アインシュタイン「ドイツにはもう、それほどの科学者は残っていないだろう」
 科学者A「何をおっしゃるんですかっ!核分裂を発見したハーン博士も残っていますし、
  だいちまだ、ハイゼンベルク博士(量子力学建設者の一人、1932年度ノーベル物
  理学賞受賞者)が残っているじゃないですかっ」
 アインシュタイン「しかし私は…」
 科学者B「博士が平和主義者であることはよく存じております」
 科学者C「しかしもしナチスが先に原爆を手に入れたりしたら、我々ユダヤ人は地球上
  から消滅してしまうかもしれないのですよ」
 アインシュタイン「(見る)…」
   *
 N「科学者から政治家に兵器開発を催促するなど、今から見れば極めて異常な事態であ
  る。が、当時のナチスのユダヤ人迫害は、それをはるかに上回るほどの異常性を示し
  ていた。1945年までに虐殺したユダヤ人は500万人とも600万人ともいわれ
  ている。
   彼らにとってナチスの存在は、最大の憎悪であり、最大の恐怖であったのである」
   *
  じっと考え込んでいるアインシュタイン。
  間。
  アインシュタイン、ペンをとり、手紙にサインする。
 N「1939年8月、原爆製造計画、世に言う“マンハッタン計画”の始まりである」

11.進行する戦車の一団
 N「翌9月1日、ドイツ、ポーランド侵攻 ― 第二次世界対戦勃発 ―
   狂った歯車はそのスピードを一気に速める」

12.フェルミ宅
 「シカゴ?」
  驚いて見るフェルミの妻ローラ。
  荷作りを始めているフェルミ。
 フェルミ「うん。シカゴ大学でさらに大規模な研究チームを組織しなければならなくな
  ったんだ」
  ローラ、持ってきた二つのコーヒーをテーブルに置く。
 ローラ「例の…新型爆弾の?」
 フェルミ「(見る)ああ」
 ローラ「(腰をおろし)あなたが…爆弾の研究…」
 フェルミ「そうだよ。それがファシズムから世界を救う早道なんだよ」
 ローラ「でも、爆弾なんか…一体アメリカに来たのは何のため?戦争の道具を作るため
  だったの?違うでしょ?アメリカに来たのは自由と幸せを求めて…」
 フェルミ「自由や幸せなんか、どこを捜してもないんだよ、ローラ。それは自分自身の
  手でつかみ取るものなんだ」
  ローラ。
 フェルミ「今、行動を起こさなければ大変なことになる。一刻の猶予も許されないんだ」
 ローラ「だけど…」
 フェルミ「わかってくれよ、ローラ。今は科学者といえども社会から目をそらして生き
  ていくわけには行かないんだ。そういう時代なんだ」
 ローラ「…」
 フェルミ「(見る。強く)そういう時代なんだよ」

12.研究所
  大勢の研究者を前に説明しているフェルミ。
 ― シカゴ大学 ―
 フェルミ「原子爆弾は原理的には極めて簡単かつ明瞭です。核分裂をおこす物質は、あ
  る質量以上の塊にすると自然に爆発を起こし、それ以下では決して爆発しないことが
  わかってきました。それを臨界量といいます」
  真剣に聞いている研究者たち。
 フェルミ「したがって爆弾の構造としては、臨界量以上の核分裂物質を小さな部分に分
  けておき、ある瞬間に一つの塊にすればいいわけです」
  図を示しながら、
 フェルミ「例えばA図、またはB図のような構造が考えられます」

13.図

14.研究所
  説明を続けるフェルミ。
 フェルミ「このように原理的には極めて明瞭であるわけですが、工業的には極めて困難
  な問題が残されています。まず第一に、核分裂を起こすウラン235は天然ウランに
  わずか0.7%しか含まれていないこと。これをいかに分離し、濃縮するか(濃縮ウ
  ラン)。第二に…」
  説明を続けるフェルミの姿、次第にロングになり ― 、
  そこに急降下する飛行機の音、かぶってくる。

15.グーッと急降下していく攻撃機の一群
  港に滞泊している軍艦めがけて爆撃。
  次々と炎上していく艦船。
 ― ハワイ 真珠湾 ―
 N「1941年12月8日、日本、アメリカに宣戦布告。アメリカ、ついに世界大戦に
  参入」

16.シカゴ大学
  工場のような大研究施設。
  その中でテキパキと指示を与えているフェルミ。
  そのフェルミをじっと監視している軍人が数人いる。
 N「イタリア人のフェルミは”敵性外国人”という不愉快な立場になりながら、その優
  れた能力を存分に発揮し続けた」
   *
 N「そして1942年12月、ついに人類史上初めての原子炉が完成する」
  緊張している研究員たち。
  フェルミ、スイッチを入れる。
  炉内で装置が作動し、メーターが、グーッと上がってくる。
 「おおーっ」
  と声が上がる。ついで、
 「やったあ!」
  喜びが爆発する一同。
  みんながみんな、フェルミに握手を求める。
  興奮気味のフェルミ、その手をしっかり握り返していく。
   *
  ひとりの男が喜びの電話に出ている。
 ― A・H・コンプトン(米・1927年ノーベル物理学賞受賞) ―
 コンプトン「あ、ワシントン? ― こちらシカゴ。 ― (ニヤッとして)今、イタリア
  の探検家が新大陸に上陸したよ」
  そう言ってフェルミにポーズを送る。
  笑顔でこたえるフェルミ。
   *
 N「マンハッタン計画の進展と歩調を合わせるかのように、世界情勢も大きく連合国側
  に傾いていく」

17.ローマに入る連合軍
 ― 1943年9月 イタリア無条件降伏 ―

18.海岸に上陸する大兵団
 ― 1944年6月 連合軍、ノルマンディー上陸 ―

19.三色旗が舞い、喜びに沸く市民
 ― 同年8月、パリ解放 ―
   *
 N「一方マンハッタン計画も大詰めを迎えていた」

20.荒野
 ― ニューメキシコ州 ロス・アラモス ―
 N「この人里離れた高台に研究所を新設」
  こつ然と現われる近代的な大研究所群。
 N「各地から科学者たちが続々と集合していた」

21.ロス・アラモス研究所
  続々とやってくる科学者たち。
  その中にはフェルミの姿も見える。
 N「そして原爆完成を目前に控えた1945年5月7日」

22.慌れはてたベルリン市街
 N「ドイツ、無条件降伏 ― 」

23.研究所
  所員A、号外を手に駆け抜けていく。
 所員A「ドイツが降伏したぞーっ!」
 研究者B「えっ?!」
   *
 研究者C「えっ?!」
   *
 研究者D「えっ?!」
   *
  フェルミ。

24.同・ロビー
  即席の祝勝会が開かれている。
  ビールを手に喜びを語り合っている科学者たち。
  だがその中でフェルミ、なぜか考え込んでいる。
  研究者B、
 ― J・R・オッペンハイマー(米・研究所長) ―
  来る。
 オッペンハイマー「どうしたんですか?フェルミ博士」
 フェルミ「いや(小さく笑う)。ただ…」
 オッペンハイマー「ただ?」
 フェルミ「ナチス・ドイツが崩壊した今、原爆を作ることに何の意味があるのだろうか?
  ― ふとそう思ってね」
 オッペンハイマー「え?」
 声「私もそれを考えていたよ」
  見る二人。
  研究者C、
 ― J・フランク(独・1925年度ノーベル物理学賞受賞者) ―
 フランク「特に私のような亡命ユダヤ人科学者はナチスの憎しみのためだけに原爆開発
  に尽力してきたんだ。もはや今となっては原爆を作る意味が見い出せない」
 オッペンハイマー「それは違う。原爆こそ、人類を戦争から救う唯一の手段ですよ」
 フランク「抑止力ってやつかね?」
 オッペンハイマー「そうです」
 フランク「アメリカ人の考えだね、それは」
 オッペンハイマー「(見る)」
 フランク「しかし、あのノーベルがダイナマイトを作った時だって、それで戦争がなく
  なると信じていたっていうじゃないか」
 オッペンハイマー「ダイナマイトと原子爆弾じゃ規模が全く違いますよ」
 フランク「ふむ、そうかもしれない…だが心配なのは、ドイツが日本より先に降伏した
  ということだ」
 二人「?」
 フランク「ということはつまり、アメリカが最初に原爆を用いる相手は白人ではなく有
  色人種であることを意味する」
  二人。
 フランク「ドイツがまだ頑張っているとしたら、アメリカはドイツに原爆を落とすだろ
  うか?瀕死のヨーロッパにアメリカが原爆を落とせるだろうか?」
 二人「…」
 フランク「フェルミ博士。あなたは故郷、永遠の都ローマに原爆を落とすなんてこと、
  真剣に考えたことがあるかい?」
 フェルミ「(見る)…」
 フランク「だがこれが日本なら、もしかすると、落としてしまうかもしれない」
  見る二人。
  間。
 オッペンハイマー「(ちょっと笑って)人類はそれほどおろかじゃないでしょう」
 フランク「(見る)そうだろうか?」
  オッペンハイマー。
  フェルミ ― 。
  と、そこへ酔っぱらった研究者D、来る。
 研究者D「何を話してるんですか?今日ぐらいパーッとやりましょうよ。さ、さ、グラ
  スを持って。ホラ、フェルミ先生も、」
  みんなにグラスを持たせる研究者D。
 研究者D「(大きな声で)かんぱーい!」
  一同、声をそろえて、
 「かんぱーい!」
  フェルミ ― 。

25.フェルミ宅(夕方)
  窓辺に腰かけてボンヤリしているフェルミ。
  夕焼けに染まっているその顔 ― 疲れている。― そう、ちょうど亡命してきた時の
  ように。
  妻のローラ、コーヒーを持ってくる。
 ローラ「どうしたの?ボンヤリして」
  フェルミ、見る。
 ローラ「ずいぶん疲れてるみたい…」
  フェルミ。
  間。
 フェルミ「(ポツリと)私は何のためにアメリカに来たのかな…」
 ローラ「(見る)」
 フェルミ「今まで私のやってきたことって、何だったのだろう…」
 ローラ「(微笑を浮かべて)しかたないわよ。そういう時代だったんだから」
  フェルミ。
 ローラ「でもそれももうすぐ終わりでしょ?今度の仕事が終わったら…戦争が終わった
  ら、また自由に研究できる時代がくるわ。それまでの辛抱よ」
  フェルミ。
 フェルミ「そうだな」

26.荒野(砂漠)
 ― ニューメキシコ州アラモゴルド 1945年7月16日午前5時 ―
  ただひとつだけ立っている高さ30mほどの塔。
  その先端 ― 一発の原子爆弾。

27.観測所
  その実験地点から非常に遠く離れている。
  (約17Km)。

28.同・中
  科学者や将軍たちが緊張して待っている。
  誰もがみな、防護用の黒眼鏡をしている。
 声「30秒前」
  フェルミ。
 ― とにかくこれさえ成功すれば、また自由な時代が来る ―
 声「10秒前」
  フェルミ。
 ― また自由な時代が… ―
 声「5、4、」
  極度に緊張してくる科学者たちの顔。
 声「3、2、」
  誰かがゴクッと生唾を飲む。
 声「1、0!」
  と同時に目もくらむような閃光。

29.爆心地
  爆発する巨大な火の玉。
  あたり一帯いっせいに照らし出される。
  山、
  雲、
  地平線 ― 。

30.科学者たちの顔
  みるみる血の気が引いていく。

31.爆心地
  火の玉、突如盛り上がったかと思うと、アッという間に天を貫くキノコ雲になる。

32.観測所
  震撼となっている科学者たち。フェルミ。だがその表情も次第に和らいでいき、誰か
  の、
 「やった…成功だっ!」
  の声を合図に喜びが爆発する。
  ホッと安堵するフェルミ。
 「おめでとう」
  握手を求める研究者E。
 フェルミ「おめでとう」
  がっちり握手をかわす。
   *
  喜びにわく科学者たち。
 N「彼らの苦闘はここに終わった。
  が、それは同時に、新たな苦闘の始まりだったのである ― 」

33.わき上がるキノコ雲
 ― 広島 ―

34.わき上がるキノコ雲
 ― 長崎 ―
   *
 N「この投下の報を聞いたときのアインシュタインの悲嘆はよく知られている」

35.記者会見
 アインシュタイン「オー・ヴェイ(おそろしい)…」
  そう言ったきり絶句してしまうアインシュタイン。
   *
 N「が、フェルミは黙して語らなかったという ― 」

36.個室に閉じ込もって頭を抱えているフェルミ

37.苦悩する二人の姿が重なって ―


(終)


解説


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