「栄光なき天才たち」
― 夢を追いかけて… エリシャ・グレイ ―
作.伊藤智義
1.壮大な研究所
― アメリカベル研究所 ―
N(ナレーション)「ノーベル賞科学者をも多数輩出する、世界有数の研究施設である」
2.イメージ
ベルの横顔。
N「アレキサンダー・グラハム・ベル(米1847〜1922)
電話機の発明者として余りに有名である」
3.街かど(日本)
電話をかけている若者。
N「が ― 」
若者「(電話に)あ、オレ ―、そうそう ― 」
N「ベルと時を同じくして、電話機の発明の夢に託している男がいた ― 」
若者「(楽しそうに)アハハ…そうそう、あいつがさあ…」
N「エリシャ・グレイ ― アメリカの発明家である ― 」
4.小さな研究部屋(アパート)
方々にガラクタが散らばっている。
― アメリカ1875年秋 ―
そのガラクタらしき物のひとつを、いじっては考え、いじっては考えている男がいる。
― エリシャ・グレイ40歳 ―
グレイ「よし、やってみるか。― オイ、マイク、そっちはいいか?」
部屋の隅に助手のマイク(20)がいる。
マイク「こっちはいつでもいいですよ、先生」
グレイ、うなずくと、そのガラクタらしき物に向かって話しかける。
グレイ「あー、あー、こちらグレイ、マイク、聞こえるか?」
一方のマイクも、これまたヘンテコな装置に耳を当て、真剣な表情をしている。
その様子をしゃがんで見守っているメアリー(19)。
グレイ「あー、あー、聞こえるか?」
*
聞き耳を立てているマイク。
*
メアリー「…」
*
マイク、あきらめたように装置から耳を離し、グレイに向かって首を振ってみせる。
グレイ「そうか…ダメか…どこがいけないのかなあ?」
メアリー「(立ち上がり)やっぱり電話なんて無理なんじゃない?電線を通して話がで
きるなんて、どう考えたって不可能よ」
マイク「いやメアリー、理論的には20年ぐらい前にフランスのブルサールって人が提
案してるんだ。あとは実用化できるかどうかという問題で…」
とそこへノックの音。
声「グレイさん、いるかい?」
グレイ「(ハッとなる)あっ、まずい、大家さんだ。(二人に)あとのことは頼んだぞ」
グレイ、窓から逃げていく。
あっけにとられるメアリーとマイク。
大家(女)、入ってくる。
二人。
大家「グレイさんは?」
マイク「今ちょっと出かけてますけど…」
大家「ん?」
開け放たれた窓。
大家、ハッと気づき、窓にかけ寄る。
窓から、スタコラ逃げていくグレイの姿が見える。
大家「(ムカッとくる)あの人また…」
グレイに向かって叫ぶ。
大家「オーイ!ポンコツ屋!いつまでも家賃払わないと追い出すよーっ!!」
5.逃げていくグレイ
6.研究部屋
大家「まったくもう…」
プンプン怒って出ていく。
バタン!と激しくドアが閉められる。
メアリーとマイク「…」
メアリー「(マイクを見る)グレイさん、家賃も払えないの?」
マイク「うん。今は厳しい所だからね」
メアリー「あきれた。そんなことだから奥さんにまで逃げられちゃうのよっ!」
マイク「おいおい、グレイさんが一番気にしてることを…」
メアリー「だってそうじゃないっ。チャランポランばかりやってて…いつまでもこんな
調子じゃ一生エリーヌさんたち、戻ってこないわよっ」
マイク「それは違うよ、メアリー。チャランポランだからお金がないんじゃないんだ。
真剣にやってるからこそ、お金がないんだよ」
メアリー「(見る)なにそれ?おかしいじゃない」
マイク「いや、仕事の依頼は結構あるんだ。だけど先生はそれを全部断わって、すべて
を電話に…」
メアリー「また電話?そんなものできるわけないでしょっ」
マイク「できるかできないかは、やってみなくちゃわからないだろっ」
メアリー「それじゃできなかったらどうするのよっ。一生、”大ぼら吹きのグレイ”で
終るのよっ」
マイク「そんなことはグレイさんが一番よくわかってるよっ」
メアリー「なによ!グレイさん、グレイさんって!あんな大ぼら吹きのポンコツ屋のど
こがいいの?!」
マイク「だから違うんだメアリー。みんな誤解してるんだよ」
メアリー「そんなにグレイさんがいいんなら、グレイさんと結婚すればいいんだわっ!
私はいつ婚約破棄したっていいんですからねっ!」
マイク「(ビックリ)おっおい、何を言い出すんだ急に…」
メアリー「フン!」
怒って出ていく。
マイク「お、おい!メアリー!」
あわてて追おうとするが、ドア、バタンと閉まる。
マイク「…」
7.公園
メアリー、プンプン怒ってやってくる。
メアリー「グレイさん、グレイさんって、頭にきちゃう!私のこと、どう思ってんのか
しら!」
フン然とベンチに腰をおろすメアリー。
*
そのちょうど背中合わせのベンチ。
グレイが座っている。
対照的に疲れた表情。
ひとつ息をつき ― ボンヤリ空を見上げる。
― ポンコツ屋か… ―
澄み渡る青空。
そこに、
グレイの声「(かぶる)オレの発明がポンコツ?」
8.回想(グレイ家)
エリーヌ「ポンコツで悪かったらゴミクズよっ!」
グレイ「(ムッと見る)」
グレイの妻エリーヌ、食ってかかっている。
エリーヌ「あなたは変わったわ。昔はいくら忙しくてもまず家族のことを考えたわ。い
くら苦しくても明るくて、陽気で、頼りになって…それが今じゃ…」
グレイ「今は忙しいんだっ。わかってくれよ、エリーヌ。電話機の…」
エリーヌ「また電話?電話、電話って、いつまでそんな夢みたいなこと言ってるつもり?
― 夢の話はもうたくさん!」
グレイ「なにっ!」
グレイの顔 ― みるみる真っ赤になってくる。
グレイ「(震える声で)夢を追って、どこが悪いっ!」
エリーヌ「(涙声)夢だけじゃ生きていけないのよっ!!」
グレイ「…」
*
部屋の隅、二人の子供がその様子をじっと見ている。リック(10)とエミリー(7)。
二人 ― ただじっと見ている。
*
その場面に、
グレイの声「(かぶる)そんなことはわかってる」
9.公園
グレイ。
― そんなことはわかってるけど… ―
グレイ「夢がなけりゃ生きていけないじゃないかっ」
メアリー、ビクッと驚いて振り向く。
驚いたようにグレイを見る回りの人たち。
グレイ ― ハッと我に返り、思わず立ち上がっている自分の姿に気づく。
急に恥ずかしくなり、
グレイ「(誰とはなしに)いやあ、悩みが多いと、ひとり言が多くなっていけないなあ。
ハハハハ…」
などと笑ってごまかしながら去っていく。
クスクス笑っている人たち。
メアリー。
メアリー「…変な人」
プイ、と行ってしまう。
10.街並
秋、一層深まっていき ―
11.研究部屋
研究を続けているグレイとマイク。
グレイ、ひどくやつれている。
突然グレイ、フラフラッとなる。
マイク、あわてて抱きかかえる。
マイク「先生、少し休んで下さいよ」
グレイ「いや大丈夫。あと少しなんだ、あと少しで…」
と、起き上がろうとするが、またフラフラと足がもつれる。
マイク「先生!」
と、かろうじてグレイを支える。
12.湯気をたてているお茶
13.研究部屋
そのお茶をすすりながら休憩しているグレイとマイク。
間。
グレイ「(ポツリと)なあマイク。おまえなんでオレみたいな男と一緒にいるんだ?」
マイク「え?」
グレイ「メアリーに嫌われちゃったそうじゃないか」
マイク「ああ。― いいんですよ、ぼくは発明を選んだんですから。メアリーには、しょ
せん、夢なんかわかりっこないんですよ」
グレイ「(見る)フーン…」
間。
マイク「ねえ先生。一度きいておこうと思ってたんですけど、発明家にとって一番大切
なことって何ですかね?」
グレイ「え?」
と見る ― そしてしばらく考える。
グレイ「何だと思う?」
マイク「やっぱり才能ですか?」
グレイ「フム…昔はオレもそう思ってたよ」
マイク「違うんですか?」
グレイ「違うな」
マイク。
グレイ「いや少なくともオレは違うと思う」
マイク「それじゃ何ですか?」
グレイ「勇気じゃないかな。夢を追い続けられるだけの強い勇気…」
マイク「勇気?」
グレイ「(うなずく)夢を見つけることも難しいが、それを追い続けることはもっと難
しい。勇気がいる」
マイク「夢を追うのに勇気なんているんですか?」
グレイ「そりゃそうだよ。夢に破れた男ほどみじめなものはないからな。金にならない
のはもちろん、回りからはバカにされ、家族には逃げられる…二十年間も”ポンコツ
屋”なんて呼ばれてみろ。それがどんなに悔しいか…」
マイク「…」
グレイ「それが発明家なんだ。それが発明家の真の姿なんだよ。だから必死なんだ。夢
を追うことは決してカッコイイことじゃない。みっともなくて、みじめで…たしかに
才能も大切だし、努力も必要だと思う。― だけど、それにもましてまず、勇気がい
る。夢を追えるだけの勇気が…」
マイク「…」
グレイ「この手を見てみろよ」
と、自分の手を出して見せる。
マイク「(見る)?」
グレイ「かすかに震えてるだろ?」
マイク、見てみる。
確かに震えている。
グレイ「こわいんだ」
マイク「え?」
グレイ「ダメだった時のことを考えると、たまらなくこわいんだよ」
マイク「…」
グレイ「(ちょっと笑って)これが発明家グレイの、真の姿さ」
マイク「…」
グレイ「…」
間。
グレイ「(お茶をゴクッと飲みほし)さあ始めようか」
マイク「えっ?(と驚いて見る)今日はもう休んだ方が…。このままじゃ電話が完成す
る前に先生の方がぶっこわれちゃいますよっ」
グレイ「それならそれでもいいさ。とにかく時間がないんだ」
マイク「時間が?どういうことです?」
グレイ「(見る ― ポツリと)金が...続かんのだよ」
マイク。
グレイ、小さく笑って立ち上がり、作業の続きに取りかかる。
マイク ― 。
14.窓(外)
窓越しに見える二人の姿。
そこに、
N「(かぶる)グレイの苦闘は、さらに数カ月続いた」
15.街全景
雪がちらついてくる。
N「そしてついに ― 」
16.研究部屋
装置に向かって、緊張気味のグレイ。
― 一段とやつれてはいるが、その目は活気に満ちあふれている。
グレイ、装置に向かってしゃべる。
グレイ「あー、あー、こちらグレイ、聞こえるか?マイク」
*
部屋の隅、真剣な面持ちで装置に耳を当てているマイク。
装置から ―
声「(かすかに)あー、あー、こちらグレイ、聞こえるか?マイク…」
それは非常にかすかではあるが、確かに機械から出ている声。
マイクの顔 ― みるみる興奮してくる。
マイク「(小さく)やった…」
立ち上がり、
マイク「(叫ぶ)やりましたよっ!先生!」
*
ハッと見るグレイ。
グレイ「やったのか?」
マイク「やりました!」
グレイ ― 興奮のあまり、ブルブル震えてくる。
グレイ「これで…これで…天才グレイの誕生だっ!!」
二人「(思わず涙を浮かべて)バンザーイ!バンザーイ!」
そして豪快に笑い出す。
大家、怒って怒鳴り込んでくる。
大家「こらっ、いい加減におしよっ!家賃も払わず騒がれたんじゃたまんないよっ!」
二人、それを見て、また大笑い ―。
17.街並に ―
二人の笑い声が高らかに響いて ―。
18.特許局・表
― 1876年2月14日 ―
さっそうと現われるグレイとマイク。
入っていく。
19.同・中
局員A、提出された書類に目を通している。
神妙な面持ちで座っているグレイとマイク。
局員A「ん?」
と、思わず書類をのぞき込む。
局員A「これは…」
と言ってしばし絶句。
見ているグレイとマイク。
局員A、突然立ち上がり、他の局員たちに方に行く。
局員A「オイ、ちょっとこれ、見てくれよ」
局員たち、「なんだ?」「どうした?」と集まってくる。
グレイとマイク「…」
*
集まっている局員たち。
ワイワイ討議している。
その端々に、
「まさか…」「しかし…」「ウーム…」「スゴイ…」
などの感嘆の声が聞きとれる。
*
グレイとマイク、その反応の大きさに、次第に顔がほころび、思わず顔を見合わす。
グレイ「やったぞ、マイク!」
マイク「やりましたね、先生」
グレイ「これでオレたちは一躍有名人だ。大金持ちだっ」
腹の底から笑みがこみ上げてくるグレイとマイク。
20.イメージ
札束の中ではしゃいでいるグレイとマイク。
21.特許局・中
「フフフ…」
と笑いをこらえきれない二人。
グレイ ― その顔に、
― 驚くなよ、エリーヌ… ―
*
局員A、興奮気味に戻ってくる。
局員A「いやあ、驚きましたよ」
グレイ「そうでしょう、そうでしょう。なんと言っても電話は人類の夢ですからねえ」
局員A「(聞いていない)いや、これなんですけどね、」
と、グレイの提出した書類と、別の書類をテーブルの上に並べておく。
グレイ「?」
局員A「こちらがあなたが提出された申請書で、こっちがつい先ほどベルというボスト
ン大学の先生が提出して言った申請書なんですがね、」
グレイ「フム…(と見る)」
局員A「なんとこれ、同じなんですよ」
グレイ「え?」
マイク「同じって?」
局員A「いや内容もさることながら、特許の請求範囲もほとんどおんなじなんですよ。
いやあ、驚きましたよ。私も長年ここで働いていますけど、こんなことは初めて…あ
るもんですなあ」
グレイ「(あせる)そ、それじゃ…」
マイク「(身を乗りだし)グレイ先生の特許は?どうなるんです?」
局員A「(見る。こともなげに)特許と言うものはいわば早い者勝ちですからなあ。お
気の毒というしかありませんね」
グレイ「…(呆然)」
22.イメージ
札束に埋まるグレイ。
23.グレイ
24.イメージ
人々から賞賛を浴びるグレイ。
25.グレイ
26.それらのイメージが、音をたてて崩れていき ―
27.特許局
グレイ ― 思わず目をつぶり、"クーッ"とうつ向いてしまう。
28.道
雪が降りだしている。
その中を、梢然と帰路についているグレイとマイク。
29.アパート
二人、重い足どりで帰ってくる。
ドアを開けると、
突然中から、
「やったあーっ!」
という大歓声。
ビックリする二人。
30.研究部屋
大勢の人が集まっている。
男A「ホントに聞こえたのか?」
男B「(興奮気味)ああ、ホントだとも!」
男A「よしっ、じゃオレも」
女A「なによ!次は私の番よ」
男A「オレが先だよっ」
女A「ズルーイ!」
*
あっけにとられて見ているグレイとマイク。
みんな、グレイの作った電話に夢中なのである。
その中のひとりがグレイの姿に気づく。
男C「あっ、グレイさんが帰ってきたぞ」
「えっ」と一同、見る。
そして沸き上がる拍手かっさい。
メアリー、マイクに抱きつき、
メアリー「おめでとう!マイク」
マイク、驚いたように見る。
グレイ「…」
大家「(歩み寄り)とうとうやったね、グレイさん。電話。あたしゃ、いつか完成さす
んじゃないかと信じてたよ。これでエリーヌさんたちも戻ってくるだろうし、万々歳
だね」
男A「なに言ってんだよ、クソババア!てめえなんか、グレイさんのことをポンコツ屋
だなんて呼んでたくせに、今頃になって」
大家「あ、何言ってんだいっ、そりゃあんたたちだろうがっ」
男A「あ、ひとのせいにする気か!」
大家「なによっ、やるっていうの?」
「いいぞ、いいぞ」「やれやれ」
と一同、楽しそうに盛り上がっている。
が、グレイとマイクは ―
グレイ「…」
間。
グレイとマイク、どちらがともなく顔を見合わせ、
やりきれない、寂しそうな笑顔を見せる ―。
*
N「翌1877年、エジソンにより電話機は改良され、本格的に実用化への道をたど
り始める。
そして電話機とともに、ベルの名は全世界に知れ渡っていく。
が、エリシャ・グレイの名は…」
31.街全景
雪がシンシンと、降りしきっている ―。
N「わずか二時間の差であった ― 」
32.街かど(日本)
楽しそうに電話をかけていた例の若者。
チン、
と電話を切って去っていく ― 。
(終)
[戻る]