「栄光なき天才たち」

 ― 執念のライター ドルトン・トランボ ―

   作・伊藤智義


1.工事現場
 ― 1957年 アメリカ ―
  汗水流して作業をしている男たち。
  その中に、メガネをかけた、どことなくその場にそぐわない男がいる。
  その男に声が飛ぶ。
 「おい、トランボ。ここの土をねこ(一輪車)で運んでおけっ」
 男「はい」
  慣れない手つきながら一生懸命に作業を始めるその男。
 ― ドルトン・トランボ 52歳 ―

2.雑誌社
  資料を見ている編集長。
 編集長「おい、このロバート・リッチって何者だ?」
 記者A「ロバート・リッチ?」
 編集長「今年のアカデミー賞の原作にノミネートされている ― 」
 記者B「『黒い牡牛』の?」
 編集長「そうそう」
 記者B「全くの新人らしいですよ。素性も全くわかっていません」
 記者C「(来て)それそれ。その話、ちょっと面白い噂があるんですよ」
 編集長「(見る)なんだ?」
 記者C「そのロバート・リッチという男、実はドルトン・トランボじゃないか
  って ― 」
  一同驚き、
 「ドルトン・トランボ?!」
  新人記者Dが一人だけ間の抜けた感じで、
 新人「ドルトン・トランボって?」
 編集長「(無視して)あの”ハリウッド・テン”のか?」
 記者C「ええ」
 編集長「まさか…」
 新人「“ハリウッド・テン”て、何ですか?」
 記者C「(無視して)しかし、あれだけの作品、ポッと出の素人に書けると思
  いますか?」
 編集長「ウーム…」
  考え込む編集長。
 新人「…」
 編集長「それがもし本当だとすると…ちょっと面白いな。よし調べてみよう!」
 「はいっ」
  飛び出して行く記者たち。
 記者A「(顔だけ戻し)オイ新人っ!行くぞっ」
 新人「は、はいっ」
  あわてて飛び出して行く。
 新人の声「(かぶって)こうしてぼくは、ドルトン・トランボという男を調べ
  ることになった。
   まずこの時の状況を説明するには、十年ほどさかのぼらなければならない」

3.対立するトルーマン米大統領とスターリンソ連共産党書記長
 N「1940年代後半、第二次世界大戦の戦後処理が進む中、米ソの対立は次
  第に顕著になってきた。“冷戦”の始まりである」

4.大勢の聴衆を前にして演説するトルーマン
 ― 1947年3月 トルーマン・ドクトリン ―
 トルーマン「…そして今こそ我々は、自由主義諸国に対する共産主義の脅威と戦
  わなければならないのであるっ!」
  沸き上がる大きな拍手。
 N「ソ連の脅威を感じ始めたアメリカは、徹底的な反共政策をとる。いわゆる
  マッカーシズム、”赤狩り”の始まりである。
   まず“見せしめ”として狙われたのが大衆に最も影響力があると考えられ
  た、ハリウッドであった ― 」
  
5.聴聞会
 ― 1947年10月
   非米活動委員会 第一回聴聞会 ―
  超満員の聴衆で埋まっている。
 議長「あなたは共産党員であるか、あるいはかつてそうであったか?」
 N「すべてはこの質問から始まった。完全な思想統制である」
  証言台に立たされているトランボ。
 N「これに対してハリウッドは、映画の自由を守るために、この証言を拒否す
  ることで対抗した。トランボをはじめ、証言を拒否した10人の映画人を総
  称して“ハリウッド・テン”と呼ぶのである。」
  しかし ―
 トランボ「宗教の自由も黙秘権も憲法で保証されています。したがって私は…」
 声「黙れっ!」
  見るトランボ。
 委員A「(立ち上がり)真のアメリカ人はすべて、君は共産党員であるか、あ
  るいはあったか、という問に答えることを誇りとするはずである。真のアメ
  リカ人はすべて!」
 トランボ「そんなムチャクチャな…」
 議長「(槌を叩き)質問にのみ答えなさい。ミスター・トランボ。あなたは共
  産党員か?」
 トランボ「あなた方は何の権利があって私たちに証言を強制しようというので
  すか?何の権利があって…」
 委員B「あくまで我々の質問に答えないつもりかっ!?」
 委員C「(立ち上がり)議会侮辱罪だっ!」
  見るトランボ。
 委員D「そうだっ、侮辱罪だっ!」
 委員E「侮辱罪だっ!」
 委員F「議長っ!」
 議長「(槌を叩き)質問に答えなさいっ!トランボ!イエスかノーかっ!」
  騒然となってくる場内。
 トランボ「…」
   *
 N「1950年、最高裁判所で“議会侮辱罪”が確定し、トランボたちは投獄
  された(禁固一年)」
  
6.獄中のトランボ
 N「それは同年勃発した朝鮮戦争と無関係ではなかった」
  トランボ。
 ― 戦争遂行のために、反戦思想は徹底的に押え込むつもりか… ―
  トランボ―
 「ふざけるなっ!」
  と、こぶしで壁を叩く。
 ― オレは負けんぞ。たとえ何年かかろうとも、再びハリウッドに自由を取り戻
  してみせる。この手で。必ず ―
 N「これ以後、ハリウッドはまさに“赤狩りの嵐”にさらされた。危険を感じ
  たチャップリンら良心的な映画人が数多くヨーロッパへ“亡命”していった
  のもこの頃である。
   そして、トランボら”赤の容疑者”はすべて、ハリウッドから姿を消した
   ― 」
  
7.映画会社
  記者A、しつこく男Aにつきまとっている。
 記者A「ねえ教えて下さいよキングさん。あなたは『黒い牡牛』のプロデュー
  サーなんだから、知らないはずはないでしょう?ロバート・リッチって何者
  です?一度会わせてくれませんか」
 男A「(逃げるように)悪いが、急いでるんだ」
 記者A「もしかしてロバート・リッチって、ドルトン・トランボのことじゃな
  いですか?」
  ドキッと立ち止まる男A。
 男A「…(ビックリして見ている)」
 記者A「そうなんですね」
 男A「(ハッと我に返り)まさか…」
  男A、行く。
 男A「(早足に去りつつ)トランボだって?ハハ、こりゃ笑いだ…」
 記者A「あ、ちょっと…」
  そこに新人、来る。
 新人「(Aに)トランボの居所がわかりましたよ」
 記者A「えっ(と見る)」

8.工事現場
  汗水流して働いているトランボ。
  土を一輪車で運んでいる。 
  突然フラッとなり、その土をこぼす。
 現場監督「バカヤロー!しっかり運べ!」
 トランボ「すいません」
  こぼれた土を一輪車にいれなおすトランボ。
  その光景がロングになって ―

9.遠くからトランボを見ている記者たち
  一様にボー然となっている。
 記者A「あれが、トランボか?」
 新人「そうです」
 記者B「あれが、あの?」
 記者A「信じられん…あれが一本7万5千ドルといわれた大物シナリオライター
  の末路か」
 記者B「みじめなもんだな」
  新人。
 記者A「違うな。ロバート・リッチはトランボじゃない。ああなっちゃもう、
  何も書けんだろう」
 新人「え?(と見る)しかしぼくの調べた所じゃ…」
 記者A「おまえの調べはアテにならん」
 新人「しかし!」
 記者A「確証でもあるのか?」
 新人「そこまでは…」
 記者A「(ちょっと息をつき)見てみろ、あの姿を。あそこまで落ちぶれて何
  ができるっていうんだ。トランボはもうおしまいだ。 ― さ、行くぞ」
 新人「あ、ちょっと待って下さい。誰か来ますよ」
 記者A「ならおまえだけ残っていろ」
  新人を置いて行ってしまう記者たち。
 新人「…」
  ― トランボの方へ目を向ける。
   *
  作業中のトランボ。
  そこに男B、来る。
 男B「捜したぞ、トランボ」
  トランボ。
 男B「かわいそうに…こんな仕事しかありつけないのか…」 
  トランボ。
 男B「でももう大丈夫だ。ヨーロッパ行きの手はずは整えてきた。一緒にヨー
  ロッパに行こう、トランボ。向こうじゃおまえを大歓迎している。また一緒
  に映画を作ろうじゃないか」
 トランボ「(作業を続けながら)せっかくだが、行くなら一人で行ってくれ」
 男B「え?(と見る)今何て言った?」
 トランボ「オレは行かないよ。どこへも行かない」
 男B「なぜだトランボ!また映画が作れるんだぞっ、うれしくないのか?」
  トランボ。
 男B「オイ、トランボ!」
 トランボ「仕事の邪魔だ。帰ってくれないか」
 男B「…」
  トランボ。
 男B「おまえまさか…」
  トランボ。
 男B「もう映画作りがいやになったんじゃないだろうな?」
 トランボ「…」
 男B「どうなんだトランボ。そうなのか?」
 トランボ「どう思われても構わないよ」
 男B「みそこなったぞトランボ!ハリウッドの自由を守るためにあえて証言を
  拒否した闘志はどこへ行った!映画の自由を守るために刑務所行きも辞さな
  かったあの闘志はどうしたんだっ!」
  黙々と作業を続けるトランボ。
 男B「(失望)落ちるところまで落ちたなトランボ。栄光のシナリオライター
  もついに死にたえたか…」
 トランボ「…」
  そこに声がとぶ。
 「こらトランボ、サボるんじゃなーいっ!」
 トランボ「すいませーん」
  がっかりしている男B ― 。
   *
  その様子をじっと見ている新人。
 新人の声「(かぶって)その時ぼくは確信した。ロバート・リッチはドルトン
  ・トランボだと ― 」
  
9.トランボ家(深夜)
  二階に一室だけ、明りのついた部屋がある。
  近くに立っている大木。
  その一本に新人、来る。
  新人、双眼鏡を首からぶら下げて、登っていく。
 ― (かぶって)一度裕福を経験した人が貧しさに耐えることは大変なことだ。
  一本7万5千ドルの地位から、週給50ドルの肉体労働に一転することは、
  並み大抵のことではないはず。落ちぶれてできることじゃない。むしろ逆だ。
  強い信念に支えられてこそはじめて可能だ。ましてトランボは好条件のヨー
  ロッパ行きをも断ったんだ。何かある。トランボは何かを狙っている。それ
  はおそらく… ―
  登ってくる新人。
  明りのついた部屋がよく見える。
  中では、トランボが、疲れきったからだにムチ打って、執筆している。
 新人「(つぶやく)みろ。トランボは死んじゃいない。寝る時間を削ってまで
  も書き続けているんだ。ザマーみやがれ」
  新人、双眼鏡でのぞく。
  乱雑な部屋。
  その中を、双眼鏡の視界が動く。
  書き下ろしのシナリオが無造作に置かれている。
  その一冊 ― 双眼鏡がスーッと通り過ぎるが、ハッとすぐに戻る。
  その一冊のアップ ― 題名に『黒い牡牛』。
 新人「あった!」

10.夜の道
  新人が喜び勇んで帰っていく。笑いが止まらない。
 新人「ハハハ…やったぞオレは。無能な先輩たちにオレの実力を思い知らして
  やる。ハハハ…」
  が、その笑いがハタと止まる。
 新人「待てよ」
 ― もしこの事実を公表したら、トランボはどうなる?たった一人で闘い続けて
  いるトランボの立場は… ―
 新人「ウーム」
  一転して考え込んでしまう新人。

11.雑誌社
  新人、来る。
 編集長「どうだ、トランボの方は?何かつかめたか?」
 新人「(見る。少しためらうが)いえ、何も ― 」
 記者A「そらみろ。だから言っただろっ」
 記者B「ま、こうやって一歩一歩一人前の記者に育っていくんだ。わかったか」
 新人「…」
 ― 今は黙っていよう。それがお互いのためだ ―
 N「アカデミーの規定に、赤狩りのブラックリストにのせられた人物は候補者
  としての資格がない、という項がある」
  新人。
 ― 今年のアカデミー賞は面白くなるぞ ―

12.カレンダー
 1957年3月29日。

13.トランボ家
  その日付をじっと見ているトランボ。
 ― あれから十年か…長かったな…しかしようやく今夜、反撃の第一歩が始ま
  る… ―
 妻「(来て)あなた、始まりますよ」
  振り向くトランボ。

14.同・居間
  妻、テレビのスイッチを入れる。
  とたんに流れてくる盛大な拍手。
  見ているトランボ。
  妻、トランボの隣に座る。
  画面に、
  ― 1956年度映画芸術・科学アカデミー賞 ―
  その華やかな映像がそのまま、

15.アカデミー賞受賞式会場
  大きな拍手に包まれて、司会者の登場。
 司会者「レディース・アンド・ジェントルメン…」

16.同・客席
  座っている記者たち。
  新人。― その顔に、
 ― もしかしたら今日、アカデミー賞の歴史が一つ、変わるかもしれない ―

17.舞台
 司会者「さあ続いて原作賞の発表です」

18.客席
  新人。
 ― いよいよだ ―

19.トランボ家
  見ているトランボ。
  妻、いつのまにかトランボの腕にしがみついている。

20.会場
 司会者「本年度のアカデミー賞原作賞は…」

21.見ている観客

22.見ているトランボ

23.司会者
 「ミスター・ロバート・リッチ!」
  沸き起こる盛大な拍手。

24.客席
 新人「やった…」

25.トランボ家
 トランボ「…」
 妻「…」
 トランボ「(妻を見る)」
  妻の目に、涙が一杯たまっている。
 トランボ「な、だから言っただろ。ハリウッドは、たとえオレの名前は追放で
  きても、オレの才能までは追放できないって」
 妻「(笑顔を見せる)」
  トランボ。
  テレビ画面からは、しきりに声が流れてくる。
 声「ミスター・ロバート・リッチ。壇上へどうぞ。栄光のオスカーを受け取り
  に来て下さい」
  
26.会場
  司会者、困惑している。
 司会者「ミスター・ロバート・リッチ」
  場内、ざわめいてくる。
 N「この夜、ついに”ロバート・リッチ”は姿を現さなかった」

27.トランボ
 N「翌30日、無名の新人”ロバート・リッチ”は受賞を拒否 ― 」

28.会議室
  ― アカデミー協会 ―
 会員A「なに?ロバート・リッチはドルトン・トランボだと?!」
  苦がりきった表情に変わり、
 会員A「ふざけやがって…」
 N「名誉を傷つけられたアカデミー協会は、この年をもって原作賞を廃止する」

29.トランボ家
  深夜。
  執筆を続けているトランボ。
 ― 勝負はこれからだ ―
 N「1960年、『栄光への脱出』で追放組として初めて実名でハリウッドに
  復活し、そのぶ厚い壁をぶち破ったトランボは、1970年、怒りの集大成
  とも言うべき念願の『ジョニーは戦場へ行った』の映画化に自らが監督とし
  て着手する」
  
30.『ジョニ…』の原本
 N「『ジョニーは戦場へ行った』 ― 1938年、トランボが33歳の時、第
  一次世界大戦下の悲劇をもとに書いた強烈な反戦小説。第二次世界大戦、朝
  鮮戦争と、戦争のたびに絶版処置がとられた幻の名作である」
  
31.撮影現場
  メガホンをとり、精力的に指揮をとるトランボ(65歳)。
    *
  その姿を遠くから見ているかつての新人記者D。
 記者Dの声「ぼくは、この時はじめてトランボの真意がわかったような気がし
  た」
  
32.回想
  聴聞会。
  糾弾される証言台のトランボ。
 声「あの時も ― 」
    *
  投獄されるトランボ。
 声「あの時も ― 」
    *
  工事作業をしているトランボ。
 声「あの時も ― 」

33.記者D
 ― すべてこの日のために耐えてきたんだ…。原作執筆から31年、まさに執念
  の映画化だな ―
 記者E「しかしベトナム戦争が激しさを増した今のアメリカじゃ、こういう反
  戦映画は売れないでしょうね。徹底的に抑えこまれてしまうでしょうから」
  見る記者D。
 ― だからこそ価値があるんだ。これこそトランボ最後の大勝負… ―
 記者D「いいかよく見ておけよ新人。おまえもこの世界で生きていくつもりな
  ら、あの姿を忘れるな。あのトランボの姿を ― 」
  
34.精力的に指揮をとっているトランボ
  その姿がアップになって ―
 N「トランボの執念も通じず、『ジョニー…』は結局、アメリカ国内では全く
  売れなかった。
   が、海外での評価は極めて高く、日本をはじめ、世界各国で大ヒットする
  のである ― 」


 (終)


解説


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