「栄光なき天才たち」
― W・C・デュラント ”Never Mind, I'm Still Running” ―
― G 崩壊 ―

 作.伊藤智義


1.倉庫
  出荷されずに残っている自動車の数々。
  その数をチェックしている一人の男 ― A・P・スローン。
  スローンの略歴。
 N「1919年、空前の繁栄を遂げたGMは、光景期の波に乗って1920年に入って
  も拡大に次ぐ拡大を続けていた。
   この時はまだ、戦後の不況の嵐がすぐそこまで迫っていることに気づくものはほと
  んどいなかった」
 スローン「ふむ…」

2.経理課
  帳簿を調べているスローン。
 N「GM史上デュラントと並び重要な人物、後にGMを世界最大の企業に導くことにな
  る男A・P・スローンは、この時期、デュラントによってGMの経営委員に抜擢され
  ていた」
 スローン「ふむ…」
 N「スローンは、放漫な運営機構を見て不安を感じた」

3.GM社長室
 デュラント「操業を縮小しろだと?」
 スローンが来ている。
 スローン「はい。今一番やらなければならないことは在庫の整理です。一月現在、在庫
  合計は1億3700万ドルにのぼっています」
 デュラント「戦争が終わってから、自動車の需要は伸びている。それくらいの在庫、す
  ぐに捌けるだろう。私は、供給が需要に追いつかなくなることの方が心配だ」
 スローン「ですが、限度を越えた在庫の増大は会社の財務状態を危うくするおそれがあ
  ります」
 デュラント「ふむ…」
 スローン「それに、新規事業の進出にも再考が必要だと思われます」
 デュラント「ん?」
 スローン「現在のGMの運営機構には問題が多すぎます。まずそれを改善しておかない
  と…。これは私がまとめたレポートです」
 デュラント、スローンからレポートを受け取り、パラパラとめくってみる。
 デュラント「わかった。後で検討しておく」
  と、引出しの奥にそのレポートを放り入れる。
 スローン「よろしくお願いします」
  と出て行く。
   *
 N「しかし、デュラントがそのレポートに目を通すことはなかった。当時まだデュラン
  トは組織というものに関心を持ってかなかったのである」

4.イメージ
  デュラントとスローン。
 N「現在の視点から見れば、デュラントはアメリカ企業史の前半の100年 ― 産業帝
  国の時代 ― を代表する人物であり、スローンはその後半 ― 企業の経営革新の時代
   ― を代表する人物である」

5.イメージ
  産業帝国を築いた人々。
  鉄鋼王A・カーネギー(1835〜1919)
  金融王J・P・モルガン(1837〜1913)
  石油王J・D・ロックフェラー(1834〜1937)
 N「しかもデュラントがGMを作った頃は産業帝国時代の末期に当たる。あくまで自動
  車帝国を夢みるデュラントには、変革を要求する時代の流れが見えなかった」

6.証券市場
  混乱している。
  男が叫ぶ。
 「GM、20ドル安!」
 N「1920年4月、戦後恐慌が膨れきったGMを直撃した」

7.デュポン社・社長室
  P・S・デュポンとラスコブ。
 デュポン「おそろしいもんだな。先月370ドルあったGM株が、あっという間40ド
  ルを割ってしまうとは…」
 ラスコブ「ええ。完全に不意をつかれました」
  デュポン、一通の手紙をラスコブに渡す。
 デュポン「3000万ドルのGM新株の買付けをキャンセルしたいと言ってきた」
 ラスコブ「え?」
 デュポン「どうする?デュポンはGMに対してすでに5000万ドルを越える投資を行
  なっている。もうデュポンで引き受けるわけにはいかないぞ」
 ラスコブ「ふむ…仕方ありませんね…」
 デュポン「ウォール街を頼るのか?」
 ラスコブ「ええ。デュラントとモルガンの仲が悪いことは承知の上ですが、今はモルガ
  ンにすがるしかないでしょう」
  うなずくデュポン。

8.モルガン商会
  来ているラスコブ。
  モルガン商会の男1が、ラスコブに、散々、デュラントに対する嫌みを言っている。
 男1「だいたいデュラントのような男に経営をまかせておくからいけないのですよ。あ
  の男は市場と言うものが全くわかっていない」
  ラスコブ、閉口している。
 男1「これじゃ10年前と全く同じだ。あの時もあの男のせいでGMは潰れかかった」
 ラスコブ「(小さく)しかし彼は見事に返り咲いた」
 男1「それがGMの悲劇だったんですよ。あのまま銀行シンジケートにまかせておけば
  よかったものを…」
 ラスコブ「(イライラしてくる)それで、引き受けて頂けるんでんすか?」
 男1「普通株…140万株をお引受けすることにしましょう。但し一株20ドルですよ。
  附帯条件としてですね、その他に、20万株をインサイダー値段の10ドルで頂戴し
  ます」
 ラスコブ「な…」
 N「それはクールな取引というよりは、残酷物語であった」
 男1「さらにですね、GMが残りの新株を発行する間、ウォール街が値を支えて差し上
  げることを約束する代わりに、GMの役員シートを6つ頂戴したい。デュラントにG
  Mを任せておくわけにはいかないでしょう」
 ラスコブ「あなたが…GMの役員におなりになるのか」
 男1「そうです。後の5人の役員は、ウォール街で私が組むことになるシンジケート5
  社から出して頂きます」
 ラスコブ「ふむ!」
 男1「お嫌ですか?」
  ラスコブ。

9.GM・社長室
 デュラント「何だって!?モルガンに泣きついた!?」
 ラスコブ「仕方がないだろう!このままではGMは倒産する。倒産してしまってはどう
  しようもないだろう」
 デュラント「しかし、何もモルガンに頼らなくたっていいじゃないかっ」
 ラスコブ「じゃ、どこを頼ればいい?こういう状況下で金が出せるのはモルガンぐらい
  じゃないのかね?そんなことはあんたが一番身にしみてわかっているはずだろう」
 デュラント「(見る)…」
   *
 N「しかし、株価の下落はいっこうに止まらなかった」

10.イメージ
  フォードの恐慌対策。
 N「このころ、フォード社では、徹底的な不況対策が行なわれた。20〜30%の値下
  げに踏みきり、社内の60%に相当する600台の内線電話をはじめタイプライター
  など不要不急の備品を売却した。また、一台当りの生産要員を15人から9人に削減
  し、事務職員1047人を528人に半減させた。さらに、全国に散在する1万70
  00件のディーラーに対しては、年間販売契約を楯にいつも通りの現金取引を強要し
  た。当時、フォードT型車は依然として全盛期にあり、ディーラーはその独占代理権
  を維持するために、不況故に過剰在庫を覚悟の上で、金融機関などから借金をしなが
  らもこれを引き受けた。このような仮借ない措置 ― 人員削減による労働強化、ディ
  ーラーや納入業者といった弱者への危険転嫁 ― などによって、フォード社は恐慌を
  乗り切ることになる。
   しかし、拡大を続け、内部機構が統制されていなかったGMでは、有効な対策が実
  行できなかった。
    *
   9月、事態はさらに深刻化した」

11.イメージ
  GMの状況。
  生産が止まった工場。
 N「操業は4分の1まで落ち込み」
  在庫の山。
 N「在庫は2億ドルを越え」
  建築途中のデュラント・ビル。
 N「世界一となるはずだったデュラント・ビル(後のGMビル)の建築はストップした」

12.GM社長
 N「GM株は20ドルを割ろうとしていた」
  ラスコブが電話に向かって叫んでいる。
 ラスコブ「どういうことだ?モルガン商会は値を支えてくれるといったじゃないですか
  ?…しかし現実には全然買い支えていないっ!」
 デュラント「もういいよ、ラスコブ。後は私が何とかする」
  出ていくデュラント。
 ラスコブ「おい、ビリー。どこへ行くんだ?」

13.同・廊下
  厳しい表情でデュラントが行く。
  その顔にかぶって、
 ― GMを失うわけにはいかない ―
  すれ違うスローン。
  ただならぬ気配に
 「…ん?」
 と振り返るスローン。
  デュラント。
 N「ここから、デュラント最後の大挑戦が開始される」

14.デュラントの個人オフィス
  秘書を使ってGM株を買いまくっているデュラント。
  デュラント。
 秘書1「(電話に)買ってくれっ。…そう、売られてくるGM株は全部…」
  指示を出している懸命なデュラント。
 N「デュラントは、個人的な資産を背景に、信用取引を続けてGM株の値崩れを支えよ
  うとした」

15.イメージ
  知人宅を一軒一軒訪ねて歩くデュラント。
 N「友人にも頼んだし、株主にも一人一人依頼して歩いた」

16.証券市場
 N「しかし、この動きに対してウォール街は一斉に売りで反発、GM株価は続落を続け
  た」

17.デュラント個人のオフィス
  電話の対応に追われている秘書たち。
  彼らにも疲労の色が見えている。
 秘書2「(電話に出ている)なにっ!?ついに20ドルを割った!?」
  一同の視線が集まる。
  デュラント。
 秘書2「(電話を聞いている)…うん…うん(振り向き、デュラントに)GM株が20
  ドルを割ったそうです。まだ買い続けるのか、と言ってきています」
  デュラント、受話器を取る。
 デュラント「(電話に)もちろん買いだ。売られてくるGM株はすべて私が買う」

18.証券会社A
  電話に出ている男2。
 男2「しかし、デュラントさんの信用取引はもう300万ドルを越えてるんですよっ。
  うちとしてはもう…」

19.オフィス
 デュラント「(電話に)担保は私のすべての個人資産だっ。私は逃げも隠れもしない。
  証書が欲しければ取りに来たまえっ!」
  電話を切るデュラント。
  デュラント ― その顔にかぶって、
 ― GMは私が守る ―
 N「デュラントは44の株式仲買業者を使って、なり振り構わず信用取引を続けた。
   それでもやはり、時の流れを変えることはできなかった。
    *
   スローンはこの頃の状況を後に、こう語っている。
  『デュラント氏は、ナイアガラばく布の上に独りで立って、自分の帽子で、落下して
   くる大濁流を必死に掬いあげようとしていた』と」

20.デュポン社・社長室
  P・S・デュポンのもとに秘書が来る。
 「モルガン商会のモロー様がお見えになってますが…」
 デュポン「通してくれ」
   *
  モローとデュポン。それにラスコブ。
 モロー「デュポンさん…、このままでは、もう放置できない状態が参っております。デ
  ュラントのGM株の清算買い(信用取引)で、ウォール街がパニックに陥る危機に瀕
  しています」
 デュポン「ふむ…」
 モロー「いかがでしょう。デュポンさん…あなたと私が、半々に分担してでも、このパ
  ニックは、避けなければなりません。GMを救済することが必要です!」
 デュポン「デュラントの清算買いは…いったい、どのくらいになりましょうか」
 モロー「最低に見ても、8000万ドル!」
  ビックリして見るデュポンとラスコブ。
   *
 N「これは当時では、やはり天文学的数字だったが、実際には1億ドルを越えていた」

21.デュラントのオフィス
  秘書たち、グッたり疲れて椅子に座っている。口を開く元気もない。
  デュラント。
 N「11月、株価が15ドルを割った時、デュラントはボロボロになって力尽きた。
   400ドル近くあったGM株が、わずか半年で、1ケタ目前まで暴落したのである」
  電話が鳴る。
  見る一同。
  秘書1が取ろうとする。
  デュラントがそれを制する。
 デュラント「もういい…終わったんだ…」
   *
 N「1920年11月30日、デュポン社とモルガン商会はGMの救済に乗り出し、デ
  ュラントはGMを去った」

22.GM・社長室
  部屋の整理をしているデュラント。
 N「恐慌は一年足らずで収束した。それはデュラントの予測通り短期間であったが、デ
  ュラント個人を救うほどには短くなかった。
   GMはこの後、順調に回復し、デュポン社が送り込んだ80名の新役員すべてがミ
  リオネアー(百万ドル長者)になるのに、数年とかからなかったのである」

23.建築が止まったデュラント・ビル(GMビル)
  見上げているデュラント。
  そこにかぶって、
 『デュラント氏は、大きな弱点を備えた偉人であった。というのは、創造するのは得意
  だったが、管理は苦手だったのである。氏は、はじめは馬車、ついで自動車の世界で、
  四半世紀以上の間、創造者として栄光の座にあったが、ついに有終の美を全うするこ
  とができなかった。氏がゼネラル・モーターズという偉大な組織の構想を立てた本人
  でありながら、結局それを完成することができず、またその中においていったんは占
  めた独裁的な地位を守り通せなかったことは、アメリカ産業史の悲劇的な一こまであ
  る。(A・P・スローン『GMとともに』より)』
  寒風の中、寂しくその場を去っていくデュラント ― 。

24.イメージ
  現在のGMビル。

25.イメージ
  その一角に彫られた”D”の文字。
 N「GM本社ビルの一角にある”D”の文字。現在ではその意味を知るものは少ない。
  GMの創設者W・C・デュラント ― 彼の名は、アメリカ人の間でさえ、忘れ去られ
  てしまったという」

26.イメージ
  ビュイック車に乗る生き生きとしたデュラント。
 N「しかし、今日の自動車産業の繁栄は、デュラントを抜きにしては語れないのである
   ― 」


 (終)



 解説


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