「栄光なき天才たち」
― 極地に消えた探検隊 ロバート・ファルコン・スコット ―
作.伊藤智義
1.大氷原
吹きすさぶ地吹雪。
― 1912年1月 南極 ―
その中を人力でソリを引いて進む探検隊(5人)。
先頭の男。
― ロバート・ファルコン・スコット(43) ―
ギシギシときしみをたてているソリ。
猛烈な地吹雪がくる。
思わず顔をそむける隊員たち。
つきささるような氷の粒。
隊員A「スコット大佐、これ以上の行進は危険です」
スコット「うむ。しかたがない。この辺でキャンプを張ろう」
2.テント・内
じっと自分の両手を見つめている隊員C ― その手はひどく凍傷にやられている。
隊員たちの顔は雪に焼け、目は雪目に冒されしょぼくれている。 ― みな、疲れ切
っている。
そして、不安に耐えるように、一様に無言。
激しく吹きつける吹雪の音だけが、不気味に響いている。
3.テント・外
猛烈なブリザード(雪嵐)にさらされている。
スコットの声「(かぶる)ここは恐ろしい所です。せめて初到達という栄誉でもなけ
れば恐ろしすぎます…」
4.テント・内
隊員B「(ポツリと)南極点まで、あとどれくらいだ?」
隊員A「39マイル。あと二行程か三行程だ。天候さえ良ければ、あと数日で到達で
きるはずだ」
見る隊員たち ― その疲れきった顔に、微かに笑みを浮かべる。
スコット「がんばろう。我々の栄誉とユニオン・ジャックのために ― 」
うなずく隊員たち。
5.イメージ
南極大陸。
N「氷の大陸 ― 南極。長らく人類を寄せつけなかった酷寒の地。最後の辺境。
そこに人類が足を踏み入れたのは、ようやく20世紀に入ってからであった」
6.イメージ
大英帝国。
N「当時繁栄の頂点にあった大英帝国は、その威信をかけて探検隊を南極に送り込ん
だ。その隊長がスコットである」
7.イメージ
南極で調査を進めるスコットとその隊員たち。
― 1901〜1904年 第一次スコット隊 ―
N「スコット隊の役割は未知の世界“南極”の科学調査にあった。
この第一次スコット隊の越冬観測によって、南極大陸は、内部の厚いベールがは
がされ、その姿を現しはじめていた」
8.イメージ
北極点に星条旗をたてるピアリー。
― 1909年4月6日 ピアリー(米)、北極点到達 ―
N「ちょうどその頃、北極点到達がなし遂げられると、南極点到達への気運は一気に
高まった。スコットは第二次越冬隊を組織し、再度南極へ向かう。1911年のこ
とであった」
9.船
― テラ・ノバ号 ―
10.甲板
船員が叫ぶ。
「南極だ!南極大陸だっ!」
飛び出してくる船員たち。
隊員A「再び我々はやってきたんですね、スコット大佐」
うなずくスコット。
11.氷原
ベース・キャンプを設営しているスコット隊。
― 1911年1月 越冬基地設営 ―
N「“スコットなら南極点も征服してくれるだろう” ― 英国の期待と世界中の注目
を一身に浴び、スコットは再び南極にのり込んできた。南極はまさにスコットの一
人舞台であった。
が、そこに突如強敵が現われる」
*
「アムンゼンが南極へ向かった!?」
驚いて見るスコット。
驚いて見る一同。
隊員C「はい。電文が届いています」
受け取るスコット。
のぞき込む一同。
電文「Madeira. Am going South, Amundsen(マディラ発、我南に向かう、アムンゼ
ン)」
隊員A「バカな…アムンゼンは北極をめざしていたんじゃなかったのか!?」
隊員C「北極点をピアリーにとられたから急きょ変更したんですよ」
隊員D「それじゃ…」
隊員C「うん。アムンゼンは南極点のみを狙ってくる」
隊員B「科学なし、調査なし、何もなし、めざすは南極点のみか?」
隊員C「そうです、南極点のみ」
騒然となってくる一同。
隊員D「大佐!今すぐ出発しましょう!極点めざして!」
隊員B「そうだ!我々はノルウェーに先を越されるわけにはいかないっ!」
スコット「落ち着け。南極はこれから、秋から冬へと向かう。極点旅行などできるわ
けがないだろう」
隊員D「しかし!」
スコット「それはむこうも同じだ」
隊員B「しかし」
スコット「すべては冬を越してからだ」
一同。
スコット「それに我々の第一の目的は南極の科学調査にある。そのことを忘れてはい
けない」
一同「…」
スコット「さあ、冬を越す準備を急ごう!」
「はい」
と作業に戻る隊員たち。
*
スコット「…(一抹の不安がよぎる)」
12.冬の南極
一日中太陽の上らない暗闇の世界。
スコットの声「(かぶる)ここは恐ろしい所です。せめて初到達という栄誉でもなけ
れば恐ろしすぎます…」
13.再び太陽が上ってきて ―
14.ベース・キャンプ
出発の仕度を始めているスコット隊。
N「長い暗黒の冬の間、数々の科学調査をなし得たスコット隊は、冬が過ぎるととも
に、いよいよ南極点をめざして出発する」
― 1911年11月1日 出発 ―
15.馬と犬を使って進むスコット隊
10頭の馬と23匹の犬。
馬の苦しそうな息使い。
隊員B「今頃、アムンゼンも南極点めざして出発してるんでしょうね」
スコット「たぶんな」
隊員C「知ってますか?ノルウェー人は犬を食べるのを」
隊員B「げっ、犬を食うのか!?」
見る一同。
隊員C「ええ。大量の犬をソリに使い、弱った犬から順次殺して、残りの犬と隊員の
ための食料にして、進むそうです」
一同「…」
隊員A「ノルウェー人は犬の専門家だからな」
スコット「しかし我々は南極の専門家だ。南極でのキャリアは彼らより一枚も二枚も
上手だ」
隊員A「ええ。我々も南極点まで到達できる保証はないが、彼らはもっと低いはずだ。
おそらく無理だろう。南極(ここ)はそれほど甘くない」
安心した笑顔がもれる隊員たち。
隊、そこで急に止まる。
見る隊員たち。
馬が一頭、弱りきってへたりこんでいる。
ソリを降りて様子をみるスコット。
隊員たち。
スコット「(ポツリと)やっぱり馬はダメか…」
見る隊員たち。
16.極点へのルート
N「極点への道は困難を極めた」
(図)
次々に弱っていく馬。
*
次々に弱っていく犬たち。
*
N「途中、馬を失い、犬を失い…ついには人力(スキー)でソリを引っぱって歩を進
める」
17.ソリを引っぱって進むスコットと隊員たち
みな無言。
スコット。
― 足が重い…
もうどれくらい歩いただろう。出発して60日…1400kmは越えているはず
だ… ―
厳しい表情の隊員たち ― 疲れきっている。
スコット。
― 我々は南極点まで、たどりつけるのだろうか… ―
その時、隣にいた隊員Cの姿がふっと消える。
と同時にソリに結ばれたロープがピーンと張り、後に引っぱられるスコット ― ハ
ッとなり、グッと足を踏んばる。
隊員Cがクレバス(氷の割れ目)に落っこちたのである。
クレバスの中。
ロープ一本で宙づりになっている隊員C。
スコット「大丈夫か、バワーズ!」
隊員C「大丈夫です!」
スコット「よし、今引き上げるからな」
ロープを引っぱる隊員たち。
引き上げられる隊員C。
張りつめたロープが氷とこすれる。
不安そうな隊員C ― ロープにしがみつく。
力の限りで引っぱるスコットたち。
こすれるロープ。
隊員C、割れ目から顔を出すと、懸命にはい上がってくる。
脱出成功。
四つんばいのまま肩で息する隊員C。
ホッと一息つくスコットたち。
隊員A「(ロープを手にして)新しいのに変えておいて良かったですね」
うなずくスコット。
スコット「大丈夫か?バワーズ」
隊員C「…(無言)」
スコット「(見る)どうした?バワーズ」
隊員C「(つぶやくように)馬が倒れ、犬も力尽きたこの土地で、ぼくはまだ動いて
いる。まだ力が出る」
見るスコット。
隊員たち「?」
隊員C「(見る)ぼくは、もうダメだと思ってたんです。体は思うように動かないし、
足は重くて感覚がなくなっている。もう限界だと…だけど今落っこちた瞬間、力が
出たんですよ。ロープにしがみつく握力も、氷をよじ上る体力も…ぼくにはまだ残
っていた。ぼくはまだ…」
スコット「そうだ。我々は最強の探検隊だ。限界なんかはない。我々なら不可能を可
能にすることだって…」
スコット、ふと口ごもる。
スコット「(自分自身に言い聞かせるように)いや、我々には不可能はないんだ。許
されんのだ。キャンプに残った者のためにも。英国のためにも。そして自分自身の
ためにも ― 」
見る一同。
隊員C「…」
隊員C、立ち上がる。
隊員A「大丈夫か?」
隊員C「はい。大丈夫です。すいません。先を急ぎましょう」
スコット「(うなずく)」
18.行進を続けるスコット隊
N「限界を超えるような南進がさらに続く。
そしてようやく ― 」
19.テント
― 最終キャンプ 1912年1月15日 ―
食事をとっている隊員たち。
隊員B「いよいよ明日には南極点だな」
隊員A「うん。地球上で最後の未踏の地を我々が最初に踏むんだ」
その疲れ果てた表情にも、自然に笑みがこぼれる。
スコット「不思議だ…」
見る一同。
隊員A「何が不思議なんですか?」
スコット「いや…何だかふと、今こうしてここにいる自分が、妙に不思議に思えてね」
隊員B「そんなこと考えるなんて、ここまで来れたんで、急にゆとりが戻ってきたっ
てわけですか?」
笑みがもれる一同。
照れたようにちょっと笑うスコット。
スコット「(ポツリポツリと話し始める)もともと私はただの海軍少尉だったんだ。
若い頃の望みは有能な水雷士官になること。それが唯一の望みの、ただの海軍士官
だった」
隊員A「ずい分ささやかな望みですね」
スコット「もちろん早い昇進も望んでいたけど、そういうものには強力な縁故が必要
だということも、ある程度知っていたしね。そんな時、南極探検計画というものが
存在することを知った」
20.邸宅・一室(回想)
若きスコット「(けげんそうに)南極ですか?」
伯爵「そうだ。行ってみる気はないかね?」
スコット。
スコットの声「私は一も二もなく飛びついた」
21.テント
スコット「南極大陸が月の内部と同様、ほとんど知られていない世界だと知ったのは、
ずい分あとのことだったがね」
笑いがもれる一同。
隊員B「後悔しなかったですか?」
スコット「したよ。何度もね。何度も…」
一同「…」
スコット「でも南極は、確実に私の人生を変えた。第一次観測を終えて帰国した時の、
あの熱狂は、今でも忘れることができない」
22.イギリスの港(回想)
出迎える大群衆。
うち振られるユニオン・ジャックの波。
出てくるスコット。
沸き起こる大歓声。
あまりの熱狂ぶりにとまどうスコット。
スコットの声「私は中佐、大佐へと、トントン拍子に昇進した」
23.テント
一同「…」
スコット「南極は…」
一同。
スコット「勝者に名声を、そして敗者には絶望を与える ― 」
見る一同。
スコット「そういう所だ」
一同「…」
隊員C「(顔を上げ)我々は ― 」
スコット「(見る)」
隊員C「我々はその名声を明日 ― 」
見ているスコット。
スコット「そうだ。手にする」
隊員C「すべてが明日 ― 」
スコット「栄光に変わる」
隊員C「 ― 」
その瞳から、感極まって涙がこぼれる。
緊張の糸がきれたように、つられて涙を見せる隊員たち。
スコット。
― そうだ。すべての苦労が明日、報われるんだ ―
24.テント・外
出てくるスコット。
日差しがまぶしい。
出てくる隊員たち。
隊員B「うォー、絶好の天候だ。まるでオレたちの前途を祝福しているみたいだ」
スコット「(力強く)行こう!」
25.大氷原
力強く歩を進めていくスコット隊。
スコット。
― 出発から二ヶ月半 ―
*
― 距離にして1500km ―
*
― 我々はやってきたんだ ―
*
― すべての苦労が今日 ―
スコット。
― 栄光に変わる ―
隊員A「もう少しです。あとわずか」
うなずくスコット。
― 我々の名が、永遠に人類史上に刻まれるのだ ―
と、顔を上げるスコット。
その瞬間、
ビクっ
と足を止める。
「?」
と立ち止まる隊員たち。
スコット ― 化石のように動きが止まる。
「?」
その視線の先に目をやる隊員たち。
「アッ」
と声にならない声をあげる。
眼前の極点。 ― そこに立っているノルウェーの国旗。
そのズームアップ。
氷りつく隊員たち。
スコット ― その顔からスーッと血の気が引く。
N「栄光の瞬間が、一転して絶望へ ― 。南極点は一足違いで、アムンゼンの手に落
ちていたのである」
ガックリひざから崩れるスコット。
隊員たち。
その光景、ロングになって ―
スコットの声「(かぶる)ここは恐ろしい所です。せめて初到達という栄誉でもなけ
れば恐ろしすぎます…」
26.険しい表情で帰路につくスコット隊
N「失望と落胆にうちひしがれたスコット隊の帰路を、さらに季節はずれの悪天候が
襲った」
27.激しい地吹雪の荒れ狂う中、懸命に歩を進めるスコット隊
そこにかぶって、
スコットの声「3月29日…これ以上書き続けることができない。最後に私たちの家
族のことを頼みます…」
N「最後の日記を残して、ついにスコット隊は全滅した。それは支援隊の待つ一トン
・デポから、わずか20km足らずの地点であったという ― 」
28.イメージ
現在の南極点。
そこにスコットの横顔がかぶって、
N「豊富な探検と科学調査を行い、南極の厚いベールをはいだ最大の功労者スコット。
現在南極点には基地が建てられているが、その名は二組の先人たちを同様に称え
“アムンゼン−スコット南極点基地”と名づけられている」
(終)
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