「栄光なき天才たち」

― 鈴木商店・世界への挑戦 @ 天才商人金子直吉の野望 ―

 作.伊藤智義


1.六大商社(現在)
  三井物産、三菱商事、伊藤忠商事、住友商事、丸紅、日商岩井。
 N「総合商社 ― 世界を股にかけ、あらゆる商品を取り扱う、世界に例をみない我が
  国独特の企業組織。貿易立国日本を支える源である」

2.明治期の三井物産
 N「歴史的には明治9年、まず三井物産が誕生した。それを後続の貿易商社が一斉に
  追う。
   その中でかつて、三菱、住友などの大財閥を向こうに回し、一気に三井までをも
  凌駕した個人商店が、あった。その名を、鈴木商店という ― 」

3.港町
 ― 明治27年 神戸 ―

4.街並
  鈴木よね(43)が西川文蔵(21)を連れて来る。
 よね「あんさんも変わってますなあ。東京高商(現一橋大学)まで出て、わざわざこ
  んな小さな会社に来はるなんて…」
 西川「いや、卒業していないんですよ。卒業直前に学校騒動に巻き込まれて、それで
  退校処分になりまして…」
 よね「へえ、それでつてを頼ってうちに…」
 西川「はい」
  立ち止まるよね。
 よね「ここが鈴木商店です」
  見る西川。
  鈴木商店の看板。
 よね「先日主人が亡くなりまして、今は私が一応主人です。主人といっても、実際の
  経営は番頭はんに任せっきりですけどな」
  よね、店の中に入っていく。

5.鈴木商店・店内
  入ってくる、よねと西川。
 よね「金子はん」
  奥の机で忙しそうに仕事をしている男、顔を上げる。
 ― 金子直吉 29歳 ―
 よね「金子はん、ちょっと」
 金子「はい、何ですか?」
  と金子、来る。
 よね「(西川に紹介する)金子直吉はん。うちの番頭で、主に樟脳を扱ってもらって
  います。実質的にうちの指揮をとってもらっているお人です」
  [注] 樟脳は当時、医薬、防虫、防臭、防腐剤からセルロイドの原料まで広い用途
     をもっていて、ことに庶民の貴重な必需品となっていた。
  会釈する西川。
  つられて金子も会釈するが、
 金子「お家はん、こちらは?」
 よね「西川文蔵はん。今度うちに新しく入ることになりました」
 金子「新しくて、鈴木(うち)は今、人手は十分足りてますよ。新しく雇う余裕なんか
  …」
 よね「いいじゃありませんか。西川はんは今年高商を出たばかりの学士様で…」
 金子「学士か何か知りませんが、そんなもの実際の商売では何の役にも立ちません」
  ムッと見る西川。
 金子「まあ、お家さんが雇うというのならムリに反対はしませんがね」
 よね「ええ。金子はんなら、うまく使ってくれますやろ。よろしく頼みますよ」
 西川「よろしくお願いします」

6.初期の鈴木商店の数々のカット
 N「(そこにかぶって)鈴木商店は明治7年頃、先代鈴木岩次郎によって、個人の砂
  糖商として設立された。
   洋糖貿易を中心に発展し、この頃には樟脳部門も持ち合わせ、小さいながらも神
  戸八大貿易商の一つに数えられていた。
   しかしそれもつかの間、この年主人鈴木岩次郎が急死、舵を失った鈴木商店は、
  女主人よね=大番頭金子体制で再出発をはかる。実はこの“よね=金子”体制こそ、
  後に天才商人金子直吉の力を思う存分発揮させ、鈴木商店大躍進の基盤となるもの
  であった。
   そしてこの年、主人鈴木岩次郎の死と前後するかのように、後に名支配人とうた
  われる西川文蔵が入社してきたのである」

7.鈴木商店
  角帯・前垂れ掛けをつけて気分を新たにしている西川。
 西川「さあ、やるぞ!」
  そこに奥から女中が顔を出す。
 女中「文蔵はん。ちょっと」
 西川「はい、何ですか?」
 女中「(岡持を渡し)お豆腐買うて来て」
 西川「(キョトンと見る)トウフ…ですか?」
 女中「そや。絹ごし2丁」
  遠くでラッパの音。
 女中「ホラ、早くしないと行ってしまう」
 西川「あ、はい」
  あわてて出て行く西川。

8.道
  豆腐を持ってトボトボ歩いてくる西川。
 ― 何でオレが豆腐なんか… ―
  次第に怒りがこみ上げてくる西川。

9.鈴木商店
  時計 ― 7時を回っている。
  しかし皆、まだ働いている。
  金子、外から帰ってくる。
  時計を見て、
 金子「みんなごくろうさん、今日はそろそろ…」
  と言いかけて、フト気づく。西川がいない。
 金子「文蔵はんは?」
 社員1「もうとっくに帰りましたよ」
 金子「帰った?」
 社員1「ええ。終業時間がきたからって…いつもですよ」
 金子「フーン…」
  机の上にキチンと並べられている書類や帳簿類。
  金子、その一つを手にとって見る。
 社員2「しかしアイツは本当に変わってるよな。知ってるか?アイツ、12時になる
  と、どんな仕事をしてても、そこでピタッと中断し、昼メシ食うんやで」
 社員3「学のある人のやることはようわからん」
 金子「(社員1に)この帳簿は文蔵はんが?」
 社員1「ええ。文蔵がやってました」
  金子、「フーン」という様に別の書類を手に取る。
 金子「この伝票は?」
 社員1「文蔵はんです」
 金子「この書類も?」
 社員1「ええ。文蔵はんですけど?」
 金子「フーン…」

10.西川の家
  一人で夕メシを食べている西川。
  ふとタメ息。
 西川「あーあ、大変な所に来ちゃったなあ…」
   *
  夜はふけてゆき ―

11.鈴木商店
  忙しく働いている社員たち。
 社員1「(金子の所に来て)この伝票をお願いします」
 金子「(見て)文蔵はんの所に回せ」
   *
 社員2「この書類を…」
 金子「文蔵はんのとこに」
   *
 西川「この決済書なんですけど…」
 金子「(見る)君の判断で処理しなさい」
 西川「え?」
 金子「かまわんよ」
 西川「(見ている)はい…」
  戻っていく。
 N「最初は採用に反対した金子だったが、西川の仕事ぶりを見ていて、その考えは一
  変した。迅速正確無比な帳簿計算処理、卓越した経営力と経済知識、竹を割ったよ
  うな性格…金子の信頼は日に日に増していった。
   しかし、西川の鈴木商店における位置は、依然変わらなかった」
  席に戻る西川。
  とたんに奥から声が飛んでくる。
 女中「文蔵はん、豆腐買うて来て」
  ギラッと振り返る西川。
 N「西川は三年と経たないうちに鈴木商店を去った」

12.鈴木商店
  空席になっている西川の席。
  金子、見ている。
 金子「(社員1に)文蔵はん、まだ戻らんのか?もう1週間以上になる。叔父さんの
  店の整理とかで一時的に帰っただけなんだろ?」
 社員1「もう帰って来んのとちゃいまっか」
 金子「ん?なぜだ?」
 社員1「なんかそんな様子もありましたさかい」
 金子「…」
  そこに社員2が外から戻ってくる。
 社員2「金子さん、樟脳がまた上がりました」
 金子「(見る)いくらだ?」
 社員2「百斤あたり31円です(注・一斤=600g)。市場は買い思惑出で進んで
  います」
 金子「ウーム…こりゃチャンスかもしれんなあ…よし、売ろう!」
 社員1「しかし、在庫はほとんど残っていませんよ」
 金子「今なくてもかまわんだろう」
 社員2「旗売り(空売り)ですか?」
 金子「(うなずき)この調子でいけば、上限は40円がいい所だろう。よし、」
  立ち上がり、
 金子「手の空いている者は外国商館へ樟脳の先物取引に行けっ。百斤40円以上なら
  売りだっ。売って売って売りまくれっ!」
 「はいっ」
  次々と飛び出していく社員たち。
  金子。
  ― フト、社員1を呼び止める。
 金子「あ、ちょっと。すまんが行くついでに手紙を出してきてくれんか」

13.田舎(西川の郷里)
  縁側でボンヤリ横になっている西川。
 母親「いいのかい?いつまでもこんな所でゴロゴロしてて…こっちの店はもう片づい
  たんだから、そろそろ戻らないと…」
 西川「いいんだよ。もう鈴木には戻らないんだから。こっちで働き口を捜すさ」
 母親「(あきれて)学校やめたと思ったらお店もかい?まあ、あんたがこっちに帰っ
  てくるっていうなら、あたしは何も言わないけどね…」
  ブツブツ言いながら奥に引っ込む母親。
  西川 ― 。
  間。
 西川「フン、オレは豆腐買うために高商まで行ったんじゃねぇや」
 N「当時、高商出身者はビジネス社会において、いわゆるエリートであった。高商同
  期生の中で角帯・前垂れ掛けの店員になったのは、西川ただ一人である。まして、
  雑用や鈴木の私事に使われることは西川にとって、考えられぬことだったのである」
 声「しかし、中にはおまえの力を認め、必要としてくれる人もおるみたいだぞ」
  振り向く西川。
  父親が立っている。
 父親「ホレ、おまえに手紙だ」
 西川「手紙?」
  受け取る。
  差出人を見ると ― “金子直吉”。

14.繁華街(神戸)
  西川、再び戻ってくる。
  そこにかぶって、
 手紙「…田舎の草深い処で暮らすも一生。神戸のような万国の人を相手にする処で暮
  らすも一生。同じことなら、小生と共に神戸で悪い事をして暮らそうではないか…」

15.神戸・全景
 「…小生とともに神戸で悪い事をして…」

16.鈴木商店・表
  ためらいがちに西川、来る。
  そこに社員1、かけてくる。
 西川「あ、どうも長い間…」
 社員1「(あわてている)あ、文蔵はん。今、それどころやないんや。金子さんが相
  場に失敗してっ」
 西川「え」
 社員1「百斤40円と読んだ樟脳が95円まで暴騰したんやっ」
 西川「95円!?そんなバカなっ」
 社員1「イギリスの商社が密かに買い占めてたんや。それに気付かなかった。完全に
  ハマったんや(入っていく)」

17.同・中
 社員1「(入ってくる)金子はんは?」
 社員2「奥や」

18.鈴木家
  鈴木の後見人たちが集まっている。
 男A「えらいことしてくれはったなあ、金子はん」
 男B「95円のものを40円で売ったら、こりゃ大損でっせ。しかも1個や2個の数
  じゃない。このままじゃ鈴木は破産する」
 金子「すみません」
  平謝りの金子。
 男A「すみませんで済んだらあんた…」
 よね「もうよろしい。済んだことは仕方ない。今はこの事態をどうするかです」
  金子。
  そこに社員3、入ってくる。
 社員3「オット・ライマース商会の弁護士から書面で現物引き渡しについて催促して
  きましたが…」
  見る一同。
 金子「…」
  金子、意を決して立ち上がる。
 よね「どうしました、金子はん」
 金子「責任を取ってきます」
 よね「(見る)」

19.鈴木商店
  出てくる金子。
 西川「あ、金子さん。事情はききました。あの…」
 金子「文蔵はん。ちょうどいい。一緒に来てくれ」
 西川「どこ行くんですか?」
 金子「これから売約先を回る」

20.会社A
 ― 最大の売約先シモン・エバース商会 ―
  来ている金子と西川。
  その店の主人シモン、取り引き書を見て怒り出す。
 シモン「ずい分少ないじゃないか。これじゃ話が違うっ」
 金子「すみません。そのわずかな現物と、3500ドルで勘弁して頂きたい」
 シモン「NO!」
 金子「それで精一杯なんです。この通りです」
 シモン「NO!!」
 金子「…」
  間。
 金子「わかりました。どうしても承諾してもらえないとなれば仕方がありません。こ
  の金子、主家鈴木に対して申し訳がたたないので、この場で腹を切ります」
  と金子、懐から短刀を出す。
  ビックリして見る西川。
 シモン「オー!ちょ、ちょっと待ちなさいっ。 ― わかった。ちょっと待ってなさい」
  席をはずすシモン。
 西川「…(ビックリして見ている)」
  金子 ― 。
  奥でシモンら数人が話をしている。
  待っている金子。
  西川。
  シモン、戻ってくる。
 シモン「わかった。4000ドルなら手を打とう」
 金子「(見る) ― ありがとうございます」
 西川「…」

21.道
 金子「(ホッとして)うまくいったな」
 西川「え?」
 金子「シモンは今度の樟脳の暴騰で思わぬ利益を上げている。そういう、うまくいっ
  てる時は商談がこじれることを避けるはずだ。だからある程度の線で手を打ってく
  れる」
 西川「それじゃはじめから計算づくで?」
 金子「(ニヤッとして)さあ、この調子で他も片付けてしまおう」

22.公園
  もう日が暮れようとしている。
  どっかりと腰をおろす金子と西川。
 西川「何とか全部片付きましたね」
 金子「ああ」
  と大きく一つ息をつく。
 西川「でももしあの時、相手が納得しなかったら、どうするつもりだったんですか?
  本当に腹を?」
 金子「(見る)切ったかもしれん」
  西川。
   *
  公園全景 ― 丘の上にある。
   *
 金子「わしは土佐から出てきた田舎もんでな、君と違って小学校も出とらん。そんな
  わしを鈴木は育ててくれた。そして信用してくれている。今度のことだって、お家
  さんは小言一つ言わない。もし、お家さんに迷惑をかけるようなことになれば、腹
  ぐらい切ったかもしれん」
  西川。
 金子「その時は、あとのことは君に頼むつもりだった」
 西川「え?」
 金子「これからは情報の時代だ。情報が金を生む。それも国際的な情報が。今度の失
  敗だって正確な情報なしに勝負したのが原因だ。もうヤマ師的な商売は通用せん。
  情報こそが大切なんだ。だから今後は、英語も話せて経済知識も持っている人材が
  必要になってくる。そう、君のような…」
 西川「…」
  金子。
  ― 眼下に目をやる。
   *
  眼下に広がる港神戸。
  夕日にきらめく海面。
  停泊している数々の船。
  出航していく外国船の汽笛。
 声「神戸は世界に通じている」
   *
 金子「わしはここにはじめて来た時、ビックリした。ここは土佐とは全く違う。まる
  で異国だった」
  西川。
 金子「そして、ここにいると日本が二流国であることを、イヤというほど思い知らさ
  れる。例えば外国商館へ樟脳を買いに行くとする。ちょっと前までは、外人は秤(
  はかり)台の上に公然と足をのせ、目方をふやしたりしたもんだ」

23.イメージ
  公然と秤台の上に足をのせる外人。
  ビックリした顔で見上げる若き日の金子。
  ニヤニヤした外人の顔 ― 。

24.公園
 金子「完全に日本人を馬鹿にしてるんだな。そういう時はいつも思うんだ。いつかは
  逆にこの神戸から世界へ攻めてやると ― 」
  西川。
 金子「わしは思う。国内での商売はしょせん芸者と花札でもやるようなもんだ。外国
  から金(きん)をブンどってこなけりゃなんにもならん。いつの日か七つの海を鈴木
  の船で制覇して、世界中からこの手で金をブンどってやるんだ。日本のためにも、
  鈴木のためにも ― 」
  西川。
 金子「そのためにも文蔵はん、あんたの力が必要なんだ。どうだ?わしと一緒に世界
  を相手に勝負してみないか?」
 西川「世界を相手に…」
 金子「そうだ、世界を相手に」
  西川、水平線のかなたに視線を送る。
  荘厳な落日。
 ― 世界を相手に… ―
   *
 N「こうして金子と西川の強力な信頼関係はできあがった。
   そして金子は、このあとすぐ、今回のミスを取り戻すために、単身、台湾に渡る」

25.台湾・全景
 N「明治28年に日本に割譲された台湾は、明治31年、軍政から民政に移行された」

26.台湾統督府
  後藤新平。
 N「初代民政長官後藤新平は、世界需要の8〜9割を占めている台湾産樟脳を専売に
  することによって、台湾統治の財源を得ようと考えた」

27.港
  下船してくる金子直吉。
 N「樟脳官営化 ― それは樟脳を扱う業者にとっては、死活問題であった」

28.台湾統督府・長官室
  男1、入ってくる。
 男1「鈴木商店の金子という男が来ていますが」
 後藤「またか。何度言わせれば気が済むんだ。会わんといったら会わん。わしは三井、
  三菱以外の商人には会わん。どうせ樟脳専売制反対の請願だろう。そんなものは聞
  きたくもないわ」
 男1「ですが、金子という男、他の商人たちとはちょっと様子が違ってるようにも見
  えるんですが」
 後藤「違うって、何が違うんだ」
 男1「ハア、何といわれましても…ただ会ってみても損はないかと…」
 後藤「ん?」

29.同・表
  ひたすら待ち続けている金子。
  男1、出てくる。
 男1「5分だけ話をきいてくれるそうだ」
 金子「(見る)ホントですか!?ありがとうございます」

30.同・長官室
 後藤「(ホオづえをつき)5分だけだぞ。おまえたちの言いたいことはわかっておる」
 金子「樟脳官営化についてですか」
 後藤「(ブツブツと)ホラ、それだ」
 金子「私は大いに賛成でございます」
  後藤、フン、とバカにしたように鼻で返事を返すが ― 、え?と見る。
 後藤「 ― なに?」

31.鈴木商店
 「なんだって!?」
 社員1「金子さんが官営化のために奔走してるって!?」
 社員2「本当か!?」
 社員3「手紙にはそう書いてある。(手紙を読む)専売当局の祝巽(いわいたつみ)氏
  とともに反対陣営を切り崩し…間違いない」
 社員1「どういうことだ?これじゃ自分で自分の首をしめるようなもんじゃないか。
  え?文蔵はん」
 西川「ウーン…ただ、金子さんは台湾政府の中枢部にくらいつたことだけは確かです
  ね」
 社員1「くらいついたって、得るものがなければ、話にならんだろ」
 西川「ウーン…(社員3に)他に何か書いてないですか?」
 社員3「えーと…(と手紙に目を落とす。読む)今、樟脳油の買い取りを進めていま
  す。資金の方を都合して送って下さい。 ― で終わりだけど?」
 西川「樟脳油?」
 社員1「樟脳油ってあれだろ?樟脳を作るときにでてくるカスみたいな…なんでそん
  なものを?」
 社員2「いやいや。みんな結構捨ててしまいがちなんだが、これが意外と有用なもの
  でね、最近注目されはじめてるんだ」
 西川「それだ!」
 社員2「え?」
 西川「そうか…わかったぞ。金子さんは一歩先を読んでいたんだ」
 社員1「先って?」
 西川「販売権ですよ、販売権」
 社員たち「?」
 西川「つまり、たとえ民営に固執しても、製脳業者は無数にあります。その中でがん
  ばっても利益はたかが知れてます。それならばいっそ官営化に協力して、その副産
  物である樟脳油の一手販売権を根こそぎ獲得しよう ― 金子さんの狙いはそこにあ
  るんだと思います」
 社員2「なるほど…世界市場の9割近くを占める台湾産樟脳油の一手販売権を獲得し
  たとなれば…」
 西川「ボロもうけですよ。はかりしれない利益がころがりこんできます。なんせ鈴木
  の独占市場になるわけですから」
 社員たち「オオ」
   *
 N「そして、明治32年の8月 ― 」

32.新聞・見出し
 “台湾樟脳専売法成立”
 N「と同時に、一通の電報が鈴木商店に飛び込んだ」

33.鈴木商店
  その電報を食い入るようにのぞき込む社員たち。
 西川「(読む)ワレ ハンバイケン カクトクセリ ― 我れ、販売権、獲得せり!」
  社員たち ― 。
 「ヤッターッ!!」
  喜びが爆発する。

34.洋上を進む船
  甲板上で仁王立ちの金子。
 N「これを機に、鈴木商店は飛躍的な発展を遂げる」
 (年表、流れるように)
  明治35年 鈴木商店、合名会社に改組(資本金50万円)
        責任社員 鈴木よね(出資金48万円)
         同   金子直吉(同1万円)
         同   柳田富士松(同1万円)
        直営工場設立
        ロンドンに代理店設立
    38年 神戸製鋼所設立 
    42年 西川、総支配人に就任
        日本商業株式会社(のちに日商→日商岩井)
           ・
           ・
           ・

 N「明治末年には直営工場6、海外代理店3、関連会社20ほどを傘下に収める一大
  企業集団を形成するに到る」

35.鈴木商店新社屋(明治35年移転)
  そこに一人の若者、現れる。
 ― 高畑誠一(22) ―
  見上げる高畑。
 高畑「ここか…」
 N「そして明治42年、後に金子、西川と並び鈴木を支えることになる第三の男・高
  畑誠一が初の学卒者(神戸高商=現神戸大)として鈴木にやってくる。
   新しい時代の幕開けであった」

36.同・支配人室
  窓の外に目をやっている金子と西川。
  ― 遠望に神戸港。
 金子「文蔵はん。いよいよ世界だな」
 西川「ええ」
   *
  あの日と同じ荘厳な夕日が神戸港を真っ赤に染めて ―


 (@・終)


 A ロンドン支店長 高畑誠一


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