「栄光なき天才たち」

― La・Bamba リッチー・バレンス ―

 作.伊藤智義


1.コンサート・ホール
  ノリまくって歌っているロックンローラー。
  沸いている満員の観客席。
 ― 1958年 ニューヨーク
   アラン・フリード ロックンロール・ショー ―

2.同・控室
  出番を待っている若者。
 ― リッチー・バレンス(17) ―
 リッチー「すごい観客だな。さすがにニューヨークは違う」
  リッチーのプロデューサー、ボブ・キーン、笑って、
 「緊張しているのか?」
 リッチー「オレは根っからの田舎モンだから…」
 キーン「なあに、それも今日までさ。今日からおまえはビッグになるんだ。カリフォ
  ルニアのリッチーから全米の…いや世界のリッチーに」
 リッチー「(見る)…ああ」
 N「リッチー・バレンス(本名リッチー・バレンズエラ)は、ほんの数ヶ月前まで、
  カリフォルニアの一人の高校生にすぎなかった。そう、ほんの少しギターがひとよ
  り得意な…」

3.ガレージ(夜)
 ― 地元ロックンロール・バンド“ザ・シルエッツ”の練習場 ―
  ギターを抱えてくるリッチー。
 リーダー「(見る)何だ?こいつは」
 メンバーA「リッチー・バレンズエラ。ギターがうまいんだ。歌だっていけるし…」
 リーダー「(リッチーをなめるように見る)こいつか…“シルエッツ”入りてェて言
  ったヤローは…」
  リッチー、ぎこちない笑みを浮かべる。
 リーダー「フン…帰んな。オレたちは遊びでやってるんじゃねえんだ。(メンバーに)
  オイ、練習始めるぞ」
  顔を見合わせるメンバーたち。 ― それぞれの楽器を手にする。
 リッチー「…」
  完全に無視しているリーダー。
  リッチー、何を思ったか突然、ギターを弾き始める。そして歌い出す。
  見るメンバーたち。
  リッチー。
  その弾けるギター。
  ノリのいいボーカル。
  見ているメンバーA ― それに合わせてドラムを叩き始める。
  つられてB、ギターを合わせ、続いてCがベースで続く。
 リーダー「…」
  ややためらうが ―
  サックスをくわえる。
  リッチー ― ノッてくる。

4.同・表
  一人の通行人が、その演奏にフト足を止める ― ボブ・キーンである。
 キーン「ほう…」

5.ハイスクール(廊下)
  白人娘ドナに、まとわりつくようにリッチー。
 ドナ「へえ、シルエッツに入れたの。すごいじゃない」
 リッチー「そうなんだ。それで今度、シルエッツのガレージ・パーティーがあるんだ
  けど…来ないか?」
 ドナ「あなたも出るの?」
 リッチー「もちろんさ」
 ドナ「(微笑んで)行くわ」

6.帰り道
 「イヤッホーッ!!」
  喜びが爆発するリッチー。
   *
  しかし ―

7.ギターを弾いているリッチー
 ― うって変わって渋い表情。

8.ガレージ・パーティー
  ボーカルをとっているシルエッツのリーダー ― うまいとはいい難い声。
  しかし観客はそこそこノっている。
  渋い表情のままギターを弾き続けているリッチー。
  演奏終わり、拍手。 ― その中にいるドナ。
 女A「(ドナに)リッチーは歌わないのかしら?」
 ドナ「これからよ」
  ステージ。
 リーダー「(自分に酔っている)今夜はありがとう。残念だけど時間がきてしまった。
  最後の曲は…」
  一瞬、天を仰ぐリッチー。
  顔を見合わせるドナと少女A。
  会場の隅に背を壁にもたれてキーンがいる。
 キーン「…」
  リーダーの脳天気な歌声が流れてくる。
  首を振り、出ていくキーン。

9.同・表
  観客がゾロゾロと出てくる。
  リッチー、ムッとしたまま出てくる。
 ドナ「(出てきたところをつかまえて)あなたは歌わないのね」
 リッチー「(懸命に言いわけ)今日は特別だよ。今度はきっと…」
  クラクションが鳴る。
  見るリッチー。
  ドナ。
  男、車から顔を出し、
 「ドナ!こんな遅くに何をやってるんだ?」
 ドナ「あ、パパ!」
  ドナ、リッチーを見て、父親の方へ行く。
 ドナ「お友達の演奏を聴いてたの。紹介するわ。リッチー・バレンズエラ。(リッチ
  ーに)父よ」
 リッチー「(少し緊張)はじめまして」
  父親、じっと見て、ボソっと、
 「フン、メキシカンか…」
  見るリッチー。
 父親「さあ帰るぞ、ドナ。乗りなさい」
 ドナ「(リッチーに)それじゃあね」
  車に乗り込むと、アッという間に走り去る。
 リッチー「…」
  一人取り残された格好のリッチー。
  そこにキーン、現われる。
  リッチー、見る。
 キーン「デルファイ・レコードのボブ・キーンという者だが…演奏、聴かせてもらっ
  たよ」
  リッチー。
 キーン「どうだ?今度うちでレコード出してみる気はないか?」
 リッチー「(首を振り)オレはリーダーでも何でもないんだ。そういう話なら…」
 キーン「オレはシルエッツなんかにきいてるんじゃない」
 リッチー「…?」
 キーン「リッチー・バレンズエラ。あんたにきいてるんだ。あんただけに」
 リッチー「…ん?」
 キーン「シルエッツ ― ありゃダメだ。地元じゃスターかもしれないが、話にならな
  い。だがあんたは違う」
 リッチー「…オレに?…オレだけに?」
 キーン「そうだ」
  リッチー、興奮してくるが、
 リッチー「いや、ダメだ。オレはシルエッツの一員なんだ。だから…」
 キーン「まさか、満足してるわけじゃあるまい?」
  見るリッチー。
 キーン「いつまでもこんな所にいると、潰されちまうぞ」
 リッチー「…」
 キーン「まあいい。気が向いたらスタジオに来い。いつでも待ってる」
  去っていくキーン。
 リッチー「…」
  その光景、ロングになって ―

10.マイクに向かってシャウトしているリッチー

11.スタジオ
  レコーディング中のリッチー。
 ― デビュー曲“カモン・レッツ・ゴー” ―
 男A「(録音機器を操作しつつ)なかなかイイじゃないか」
 キーン「オレの目に狂いはないさ」
 男A「(マイクでリッチーに)よーし!OKだ」
   *
  ホッと一息つくリッチー。
  キーンと男A、来る。
 キーン「いいぞリッチー。デビュー・ヒット、間違いなしだ」
  リッチー。
 キーン「あとは名前だな」
 リッチー「(けげんに)名前?」
 キーン「そうだな…リッチー・バレンスっていうのはどうだ?」
 男A「いいんじゃないか」
 リッチー「(険しい顔つきに変わる)おい、ちょっと待ってくれよ。オレにはリッチ
  ー・バレンズエラっていうレッキとした名前があるんだぜ」
 キーン「バレンズエラじゃ、売れない」
 リッチー「なぜだ?」
 (注・バレンズエラはメキシコ系の名前である)
 キーン「(困惑)…大人になれよ、リッチー」
  リッチー、「クッ!」と飛び出していく。
 キーン「…」
 男A「あれてるな、未来のビッグ・スターは」
 キーン「(小指を立て)どうもうまくいってないらしいんだ」
 男A「例の白人娘か?」
 キーン「(うなずき)父親がね、メキシカンはダメなんだとサ」
 男A「ふーん…よくある話だな」
 キーン「しかし、それももうすぐ変わるサ。リッチーがビッグになればね」
 男A「なれるかな?」
 キーン「なれるサ。間違いない」

12.ライブ
  ノリまくって歌っているリッチー。
  熱狂している観客。

13.レコード店
  飛ぶように売れていくリッチー・バレンスの“カモン・レッツ・ゴー”

14.道
  リッチーと、笑いが止まらないキーン。
 キーン「オレの思った通りだ。もうカリフォルニアにゃ、リッチー・バレンスの名を
  知らないヤツはいないだろう。すぐにセカンドを出して、次はいよいよニューヨー
  クだ」
 リッチー「なあキーン。今日はもう予定はないんだろう?オレ、用事があるんだ」
 キーン「(ニヤッとして)女の所か?」
 リッチー「いや…」
 キーン「行ってこいよ。もう、おまえの手に入らないものなんか、何もないんだから
  な」
 リッチー「…ああ」
  リッチーの顔に笑顔があふれ、
 リッチー「行ってくる」
 キーン「あ、オイ、レコード持ってけよ。白人娘にプレゼントしてやれっ」
  ニヤッと笑うキーン。

15.豪邸
 ― ドナの家 ―
  リッチー、浮き浮きして、くる。
  ノック。
  ドナが顔を出す。
 リッチー「やあ、ドナ。久し振り」
 ドナ「リッチー…」
  困惑顔のドナ。
 リッチー「レコード、出したんだ」
  と、自分のレコードを差し出すリッチー。
 ドナ「(受け取ろうとせず)ええ、聴いたわ。すごい人気ね」
 リッチー「ああ…まあね。どう?少し出れない?」
 ドナ「え、ええ…」
  中からセキ払いの声。
  見るリッチー。 ― ドキッと緊張する。
  父親がじっとこちらを伺っている。
 ドナ「(悲しくなってくる)」
 リッチー「少しぐらいなら…いいだろ?」
  悲しい顔つきで父親を伺うドナ。
  父親、首を振る。
 リッチー「ドナ…?」
 ドナ「ごめんなさい…」
 リッチー「ドナ!」
  父親、つかつかと来て、
 父親「君もしつこいな。娘は会いたくないと言ってるだろう。さあ、帰ってくれ」
  バタンとドア、閉まる。
 リッチー「…」
  やりきれない怒りがこみ上げてくる。
 リッチー「なぜ…?…オレが移民のだからか?同じアメリカ国籍を持つアメリカ人じ
  ゃないかっ!(怒り爆発)世界はおまえらだけのためにあるんじゃねぇぞっ!」
  バシンとレコードを叩きつけるリッチー。

16.夜の街道
  バイクを飛ばしているリッチー。

17.イメージ
  アメリカをめざすメキシコ移民の一団。
  その一家族。
 子供「(母に手を引かれている)ねえ、どこに行くの?」
 母「(やつれている)アメリカよ」
 子供「アメリカ?」
 母「そうよ。アメリカは実力さえあれば誰でも幸せになれるの。自由の国なのよ」
  見る子供。

18.バイクを飛ばすリッチー
 ― 何が自由の国だ ―
  アクセルをめいいっぱいふかす。

19.場末の盛り場
 ― メキシコ人街 ―
  酔っぱらってさまよっているリッチー。
 娼婦「(すり寄ってくる)ボーヤ、あたしと遊ばない?」
  うつろな目で見るリッチー。
 娼婦「あんた、お金持ってる?」
 リッチー「金?(フッと笑い)金ならあるさ。オレはカリフォルニアのスターだから
  な」
  リッチー、ポケットからシワくしゃの札をわしづかみに出して、見せる。
 リッチー「あんただって知ってるだろ?オレのこと」
 娼婦「(金をとり上げ)ええ知ってるわ。さあ行きましょ」
  娼婦、リッチーの腕を抱え、引っぱっていく。
  なすがままのリッチー。
  が、その足がフト止まる。
 リッチー「ん?」
 娼婦「どうしたのよ?」
  耳を澄ますリッチー。
  どこからか軽快なリズムが聞こえてくる。
 リッチー「ラ・バンバだ…」
 リッチー、娼婦の腕を払いほどき、誘われるように音のする方へ。
  一軒の酒場 ― 音はそこからもれてきている。
  扉を開くリッチー。
  とたんに圧倒的迫力でとび出してくるラテンのリズム ― “ラ・バンバ”。
  リッチー ― その目にみるみる精気がよみがえってくる。
  からだでリズムをとり始め、誘われるようにステージへ向かうリッチー。
  演奏しているバンドマンたち。
  リッチー、控えに置かれているギターを勝手に取り、曲に合わせて弾き始めてしま
  う。
 「オッ?」
  という感じで演奏をやめ、リッチーを見るバンドマンたち。
 「なんだ?」
  と見る客たち。
  リッチー、構わず弾き続け、歌い続ける。
  その歯切れのいいギター、ノリのいいボーカルに、客の間から、
 「ヒュー、ヒュー」
  と歓声が飛ぶ。
  バンドマンたち、フッと笑ったかと思うと、リッチーに合わせて演奏を再開する。
   *
  リッチーのボーカル。
  バンドマンたちの熱演。
  歓喜する客たち。
  演奏、次第に熱を帯びてきて ―

20.天井
  板張り。
  鳥の羽根がぶら下がっていたりして異様な雰囲気。
  鳥の声 ― 朝。
 リッチーの声「ここは…どこだ?」

21.バラック・中
  目を覚ますリッチー。
  頭がガンガンする。
 声「目が覚めたかい?」
  見るリッチー。
  見知らぬ老人が座っている。
 リッチー「…」
 老人「酔いつぶれて道端で寝ていたから連れてきた」
 リッチー「…(回りを見回す)」
 老人「若者よ…何をそんなに荒れていた」
  見るリッチー。
 老人「おまえには歌がある。回りを狂わすほどの歌が…それで十分じゃないのか?」
 リッチー「歌?」
 老人「(見る)何も覚えてないのか?」
 リッチー「…」
 老人「夕べは一晩中騒しかった。みんなおまえさんのせいじゃろ」
 リッチー「オレの…?」
  ハッと思い出すリッチー。
 老人「フン。思い出したようだな。歌い踊り…久し振りに街中が沸いていた。おかげ
  でこっちは寝不足だ」
 リッチー「オレの歌でか?」
 老人「ああ」
 リッチー「オレの歌でみんなが?」
 老人「そうだ」
  リッチー、続けて何か言おうとするが、フト自分の首に首飾りがかかっているのに
  気づく。
 リッチー「…これは?」
 老人「誰かがかけたんだろう」
 リッチー「…(つぶやくように)なんだろう?」
 老人「その飾りの意味はな…」
  リッチー。
 老人「“メキシコ”」
  見るリッチー。

22.バラック・表
  リッチー、出てくる。
  日差しがまぶしい。
 ― そうだ、オレには歌がある。それで十分じゃないか。すべてを歌にたくして…歌
  ですべてを… ―

23.静かな夜の街
  どこからか静かなリッチーの歌声(メロディー)が流れてくる。

24.その一角にある電話ボックス
  ギターを抱え、電話口に歌いかけているリッチー。
  切々と歌いかけているその曲 ―
  ラブ・バラード“ドナ”

25.ドナの部屋
  受話器を耳に当てているドナ。
  その頬を一筋の涙が伝わる。
 ドナ「素晴らしいわ、リッチー。ありがとう…」

26.録音スタジオ
 キーン「オッケーっ!すごいぞリッチー!素晴らしい出来だ。この“ドナ”なら、2
  曲めのヒット間違いなしだっ」
  レコーディングを終えて笑みがこぼれるリッチー。
 キーン「(来て)最近いやに調子がいいじゃないか。何かふっきれたみたいに…え?
  何かいいことでもあったのか?」
 リッチー「(笑って)いや別に…」
 キーン「あとはB面だな。何か歌いたい曲、あるか?リッチー」
 リッチー「(顔が輝き)ラ・バンバ!」
 キーン「ラ・バンバ?」
  急に顔がくもるキーン。
 キーン「またおまえはそういうことを言う。スペイン語はロックにならない」
 リッチー「大丈夫。歌ってみせるさ」
  例の首飾りを引きちぎり、
 リッチー「血が騒ぐんだっ!!」

27.コンサート・ホール控室
 ― ニューヨーク
   アラン・フリード ロックンロール・ショー ―
 男B「リッチーさん、出番です」
  うなずき、立ち上がるリッチー。
 ― 登りつめてみせる、この曲でっ!! ―

28.ステージ
  満員の観客の中、飛び出していくリッチー。
 リッチー「(一言)ラ・バンバ!」
  沸き起こる大歓声。
  その中を、演奏を始めるリッチー。
   *
  弾けるギター。
  力強いボーカル。
  観客。
  手を叩き。
  立ち上がり。
  踊り始める!
   *
  ステージの上で弾けるリッチー。
  その晴れ姿が、そのままテレビ画面に収まり、

29.ドナの家
  その映像を熱いまなざしで見つめているドナ。
  そこに父親、帰ってくる。
 父親「またそんなものを見ている」
  つかつかと来て、テレビを消そうとするが、
 ドナ「消さないでっ!」
  見る父親。
  ドナ ― その真剣なまなざし。
 父親「…」

30.ステージ
  ノリノリの場内。
  最高に盛り上がって ― エンディング。
  沸き起こる大歓声。
  最高のガッツポーズ ― リッチー。
  その顔にかぶって、
 ― やった… ―
   *
  大歓声、次第にかすれていき ―

31.ハイスクール・校門
  下校時。
  続々と出て来る生徒たち。
  車(オープンカー)で待っているリッチー。
  ドナ、友達と出てくる。
 リッチー「ドナ!」
 ドナ「(見る)リッチー…」
 リッチー「乗らないか?」
 ドナ「いいの?」
 リッチー「もちろん」
  ためらいがちに乗るドナ。
 「あ、リッチーだっ!」
 「え?リッチー!?」
  アッという間に群がる人々。
 「サインして!」
 「サインして、リッチー!」
  ドナに笑顔を見せ、サインするリッチー。

32.疾走する二人の車
 ドナ「今度は私が追いかける番ね」
 リッチー「え?」
 ドナ「アメリカのアイドルを今度は私が…」
 リッチー「え?何だって?ドナ。よく聞こえないよ」
  笑顔を見せるドナ。
 「?」
  ― つられて笑うリッチー。
   *
 N「ロックンロール一つを武器に、わずか数ヶ月でスターダムにのし上がったリッチ
  ー・バレンス。“アメリカン・ドリーム” ― それはまさにリッチーのためにある
  言葉のようだった。
   が、彼の“ドリーム”は、最悪の形で終わりを告げる」

33.豪雪の中、山腹に激突する軽飛行機
 N「1959年2月3日、デビューからわずかに8ヶ月、18歳でリッチーは帰らぬ
  人となった」

34.3枚のレコード
 N「“カモン・レッツ・ゴー”“ドナ”“ラ・バンバ”3曲のヒット曲を残して ― 」


 (終)


解説


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