「栄光なき天才たち」特別シリーズ ～ 近代日本の科学者群像Ⅱ ～
「理化学研究所」 ― ⑤ 日本の原爆製造計画（ⅲ） ―
作．伊藤智義
１．雪の降りしきる東京の街並
Ｎ「明けて昭和１９年、元旦は大雪であった」
２．理研・４９号館
Ｎ「その中で試行錯誤を続けながらも、日本の原爆計画は一歩一歩前進していた」
３．研究室Ｃ（六フッ化ウラン研究室）
木越。
― 二酸化ウランに炭素を加えて加熱し、ウランカーバイトを作る ―
以下は作業に合わせて、
― これを石英管に入れてフッ素を通しながら、ちょっとガスバーナーであぶってやる
と、パーッと燃えて六フッ化ウランガスが出る ―
その通り、パーッと燃え上がる試料。
うなずく木越。
― これを一方で冷やしてやると、六フッ化ウランの結晶が出来る ―
Ｎ「六フッ化ウランは６０℃以上で気体、室温では固体である」
管でつながれた一方の石英管。
木越。
― 六フッ化ウランの結晶ができる。できるはず… ―
祈るように見つめている木越。
石英管の中で ―
次第に成長してくる六フッ化ウランの結晶。
木越「で、できた…できたっ！」
＊
仁科ら研究者たちが駆けつけてくる。
木越、ついにできた六フッ化ウランの結晶を見せる。
それはわずかに米粒大の大きさでしかなかったが、
仁科「やったな、木越君！」
木越「はい」
＊
Ｎ「昭和１９年初頭、ついに待望の六フッ化ウランの合成は成功した。
そして三月には ― 」
４．研究室Ｂ
Ｎ「熱拡散法分離筒が完成」
みんなにたたえられる竹内。
天井をぶち抜く形で完成した分離筒。
（図：「昭和史の天皇４」（読売新聞社）１１８ページより）
仁科「六フッ化ウランはできた。分離筒もできた。さあ次はいよいよウラン２３５の分
離実験だな」
竹内・木越「はい」
そこに玉木（臨界量計算担当）、飛び込んでくる。
玉木「仁科先生、大変です！武谷（熱拡散法理論計算担当）が、特高につかまりました」
「えっ！？」
振り向く一同。
５．特高警察・留置場
特高課員１に引っぱられてくる武谷。
特高課員１「入ってろ！非国民め！」
乱暴に押し込まれる武谷。
ガチャンと錠がしまる。
６．仁科研
仁科「いったいどういうことだ？」
玉木「武谷は学生時代（京大）、左翼思想の研究をしていたことがあるんですよ」
仁科「だけどそれは学生時代の話だろ？」
玉木「それはそうなんですが…」
竹内「とにかく、今、武谷さんが抜けてしまったら、分離実験は…」
仁科「わかってる。私がなんとかする」
＊
Ｎ「ここでも明らかになるのが、日本の組織の統率のなさである。陸軍と海軍の仲の悪
さは有名であるが、この時武谷は、軍と警察が全く別個の組織であるということを感
じたという」
７．特高警察・留置場
特高課員１「（来る）出ろ」
見る武谷。
― チッ、取り調べか… ―
８．同・取り調べ室
特高課員１「（乱暴に）入れ」
イスに座らされる武谷。
特高課長、武谷の前に紙とエンピツを置く。
特高課員１「（武谷の耳元でささやく）覚悟しとけよ」
見る武谷。
ニヤッと笑う特高課員１．
特高課長「さあ武谷。勉強を始めなさい」
武谷「…え？（と顔を上げる）」
さらにビックリして見る特高課員１。
特高課長「他に必要なものは？」
特高課員１「課長！これはいったいどういうことです！？」
特高課長「お前は黙ってろ！」
特高課員１「しかしですね、コイツは…」
特高課長「ちょっとこっちに来い」
部屋の隅で何やら話をする二人。
武谷。
― ハハア、仁科先生が手を回してくれたんだな ―
＊
計算している武谷。
目の前に座っている特高課員１。腕を組み、ムッとした表情で武谷をにらみつけてい
る。
チラッと見る武谷。
特高課員１。
どうも気になる。
武谷、これみよがしにセキ払い。そして、
武谷「あー、これは陸軍の、極秘の、非常に重大な研究で、本来ならば誰にも見せるわ
けにはいかないのであるが、君がどうしても見ていたいというのなら、許可しないで
もないが…」
特高課員１「（ムッとなる）なに？」
が、特高課長が来て、課員１を隅に促す。
課員１「しかしですね、何で我々がこんなヤツのために…」
にらむ特高課長。
シブシブ引き下がる特高課員１。
フフ、と笑う武谷。
＊
Ｎ「こうして武谷は珍妙な“特高研究室”で研究を続けることになった」
９．研究室Ｂ
Ｎ「一方、理研では分離実験が始まっていた」
動き始めている分離筒。
１０．特高警察・取り調べ室
Ｎ「そんなある日 ― 」
計算を続けている武谷。
部屋の隅には居眠りをしている特高課員１。
武谷 ― その手がフト止まる。
そして、ハッとなる。
― まさか… ―
武谷「（振り返り）オイ君！」
眠りこけている特高課員１。
武谷「（怒鳴る）キサマ、起きんかっ！」
特高課員１「は、はいっ！」
とビクッとして起立する。
が、武谷だとわかって、
特高課員１「キサマ…フザけやがって…」
武谷「（真剣）今、君と議論している暇はない。すぐに理研の仁科先生を呼んでくれ」
特高課員１「なんだと、ぬけぬけと…」
武谷「国家の非常事態なんだ。早くっ！！」
特高課員１「（ビクッ）は、はい」
＊
仁科と話をしている武谷。
仁科「つまり、分子間力を詳しく計算すると、熱拡散法では分離できないということか？」
武谷「はっきりはしていませんが、われわれはこの重要な問題を軽く見のがしていたん
です。一度、初めからチェックし直さないと…」
仁科「もうここまで来てしまったんだ。後戻りはできん」
武谷「わかっています。しかし万一のために、もう一つ別の方法を並行して研究するべ
きだと思います」
仁科「残念ながら、もはやそんな余裕はどこにもないよ。資材も、時間も ―
」
見る武谷。
そこに特高課員１、お茶をもって入ってくる。
「どうぞ」
と、複雑な表情でお茶を出す特高課員１。
仁科に。
そして武谷にも。
仁科「もし、熱拡散法以外でやるとしたら？」
武谷「電磁法と気体拡散法は技術的にとても無理です。しかし超遠心分離法なら、ある
いは…」
仁科「超遠心分離法か…」
１１．市谷・陸軍航空本部
Ｎ「その頃、陸軍航空本部に海軍の技術関係者が訪れていた」
「海軍でも原爆をやりたいが、第一歩からやるのでは間に合わぬし、むだだから、これ
まで仁科研でやったデータを教えてほしい」
振り返る係官。
安田「この段階にきて陸軍と海軍の区別をうんぬんしている場合でもないだろう。すべ
てのデータを渡してやれ」
１２．京都大学
Ｎ「海軍の原爆研究は京都大学荒勝研究室に一任された。それは仁科研の“二号研究”
に対して“Ｆ研究”（由来は定かではない）と呼ばれた」
１３．イメージ
荒勝文策。
“理論の仁科、実験の荒勝”といわれ、日本に原子物理学を定着させたパイオニアの一
人。
１４．研究をしている人々
Ｎ「Ｆ研究の最大の特徴は、二号研究とだぶらないように超遠心分離法を採用したこと
にあった」
（図：「昭和史の天皇４」（読売新聞社）１９６ページより）
Ｎ「超遠心分離法では、少なくとも一秒間に１０万回以上の回転が必要だった。しかし、
そんなものは当時の極度に物資の不足していた日本では到底不可能であった。結局、
京大のＦ研究は理論研究のみで終わる」
１５．仁科研・研究室Ｂ
分離実験をくり返している竹内。
そこに仁科、来る。
仁科「どうだね？調子は」
竹内「はあ、どうも思うような結果がでなくて…」
仁科「そうか…やっぱりダメか…」
竹内「今、武谷さんに詳しく計算してもらっています。何とか改良して、また実験を続
けます」
仁科「うむ。がんばってくれ」
１６．研究室Ａ
研究を続けている玉木。
Ｎ「一方、玉木ら理論グループは、原爆開発にかかる時間を計算していた。それは、竹
内の分離筒がうまくいったとしても、それ一基では、一発の原爆を作るのに５０～
１００年かかると見積もられた」
１７．懸命に研究を続けている研究者たち。
竹内。
木越。
玉木。
そして取り調べ室の武谷。
Ｎ「そして、さらに致命的に思われたのが、それに要するだけのウランのメドが、いま
だに全くたっていないことであった ― 」
（⑤・終）
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