「栄光なき天才たち(特別編)」 ― 最強最後の社会部記者 立松和博 ―


 作.伊藤智義


1.東京
 ― 昭和32年10月 ―
  壁にもたれて腕組している男がいる ― 立松和博(36)。
  立松、目の前のビルを見ている。

2.ビル
 ― 全国性病予防自治会 ―
  そこに続々と車が止まり、さっそうとした男たちが出てくる。
 ― 東京地検特捜部 ―
  男たち、次々とそのビルに乗り込んでいく。

3.その一室
  さっそうと入ってくる特捜部の面々。
  驚いて見る人々。
  奥にふんぞり返っている事務局長、今津。
 今津「なんだ、おまえらは」
 検事A「今津一夫だな?贈賄の容疑で逮捕する!」
  バッと逮捕令状をつきつける検事A。
  ガク然となる今津 ― 。
 N「この時期、国会で可決された”売春防止法”をめぐり、その実施時期延長をめざし、
  赤線業者(その全国組織が全国性病予防自治会である)が政界工作に奔走していた ―
  いわゆる”売春汚職事件”である」

4.連行される今津
 N「そのシッポをつかんだ検察は、永田町も震えあがると言われる日本最強の捜査機関、
  東京地検特捜部を前線に繰り出し、摘発を開始した」
  それを姿勢も変えずに見ている立松。
 N「そしてそれは同時に、新聞社間のスクープ合戦の始まりでもあった」

5.朝日新聞社
 デスク「(電話に)なにっ?!青線業者が警察と癒着!? ― よおし、わかった!」
 N「まず朝日が走った」

6.朝日新聞社
 ― 10月1日 ―
 ”青線業者と結ぶ?警察”
   *
 ― 10月9日 ―
 ”四谷署員十数人近く処分”

7.毎日新聞社
 N「すぐに毎日が抜き返す」

8.毎日新聞
 ― 10月12日 ―
 ”赤線不正政界へ波及?”
   *
 N「事件は政界へと伸びる気配を見せていた ― 」

9.検察庁・司法記者クラブ
  各社の記者がつめている。
  各社の記者たち、相手の腹を探り合うように話をしている。
 朝日記者A「毎日さん、今日のスクープはやられたねえ。どっから仕入れたネタだい?」
 毎日記者A「(笑って)あまり朝日(おたく)にばかりいい目をさせるわけにはいかな
  いからな」
 朝日記者A「(フフッと笑い) ― あ、読売の若いの。最近おたく、調子悪いんじゃな
  い?”事件の読売”の名が泣くよ」
  読売記者A、ムッと見るが、ニヤッとして、
 読売記者A「それも今日までですよ」
 朝日記者A「ほう、えらい自信だな」
 読売記者A「戻ってくるんですよ、読売(うち)の切り札が。二年余りの闘病生活を終
  えて、立松和博が戻ってくるんです」
 朝日記者A「(驚き)なにっ?!立松が戻ってくる?!」
「エッ?」
  振り向く記者たち。
 ”立松が戻ってくる”
  ザワつく記者たち。
 朝日記者B「(Aに)誰です?立松って」
 朝日記者A「立松っていうのはな…」
 読売記者A「あ、立松さん」
  見る朝日記者A。
  一斉に見る記者たち。
  姿を現わす立松。
 立松「よォ、久しぶり。えらく騒がしいけど、事件かい?」
  記者たち、顔を見合わせ、
 「おい、本物だよ」
 「あの立松だ」
 「立松が、戻ってきた!」
 朝日記者B「(Aに)誰なんですか、一体…」
 朝日記者A「(見る)一言で言えば…」
 毎日記者A「バケモノさ」
  見る朝日記者A、B。
 毎日記者A「アイツが出てきたんじゃ話にならない。オレたちに勝ち目はない ― 」
 朝日記者B「…」
 毎日記者A「こうしちゃいられねえ。失礼するよ」
  あわてて飛び出して行く毎日記者A。
 朝日記者B「…」
 朝日記者A「おい、ボヤッとするなっ。オレたちも行くぞ」

10.道
  朝日記者A、B。
 B「一体どういう人なんですか?立松って ― 」
 A「おまえも知ってるだろう。昭電疑獄」
 B「(見る)復興金融公庫の融資を受けようと、当時世界第七位の総合化学メーカーだ
  った昭和電工の日野原社長が政官界にワイロを大量にバラまいた事件でしょう?つい
  には時の芦田内閣が総辞職にまで追い込まれた戦後最大の疑獄事件…」
 A「そうだ。アイツが現われたのはちょうどその頃、大物政治家たちが次々と検挙され
  始めた時だった…」

11.終戦後の街並
 ― 昭和23年9月 ―

12.朝日新聞社
  汗をふきふき戻ってくる若き朝日記者A。
 A「部長、日野原(昭和電工社長)が全面自供に追い込まれました。もしかすると汚職
  は政界にまで伸びるかもしれませんよ」
 部長「バ、バカヤローッ!なにのんきなこと言ってんだっ!」
 A「エ?」
 部長「見てみろ、今日の読売を!」
  バサと新聞を投げ出す部長。
 A「?」
  けげんそうに手にとる。
  が、次の瞬間、目をむく。

13.読売新聞(9月14日)
 ”福田赳夫大蔵省主計局長、召喚
   東京地検特捜部、13日未明、福田邸を急襲”

14.朝日新聞社
 A「…」
 部長「パクられたのは官界きっての俊英、次期大蔵事務次官は確実だと言われている福
  田だぞ?」
  新聞を手にボー然と見るA。
 部長「(その紙面をひったくり)ボヤボヤしてんじゃねえ!はやく行ってネタ拾って来
  いっ!」
 A「は、はい」

15.道
  考え込みながら歩いていく朝日記者A。
 ― なぜだ…なぜ…朝日(うち)の取材態勢は万全だった。読売に素っぱ抜かれるはず
  は…それがなぜ…? ―
  と、そこに読売の社旗をつけた車がすれ違う。
  反射的に目をやる朝日記者A。

16.読売車のワンショット
  若き立松の姿が見える。

17.朝日記者Aの目に ―
  一瞬立松がニヤッと笑ったように見える。
  朝日記者A ― 。
   *
  車、スーッと行ってしまう。
 朝日記者A「…」
  再び歩き出す。

18.検察庁
  出頭してくる福田赳夫。
  フラッシュがたかれ、一斉に群がる記者たち。
 「金を受け取ったというのは本当ですか?」
 「日野原社長との関係は?」
 「何か一言!」
  もみくちゃ状態の記者たち。
  朝日記者A、必死に前へ出ようとするが出られない。
  それでも懸命に前へ出ようとして、フト視線が福田の奥にいる男に止まる。
  立松が記者団から離れ、壁にもたれている。
 朝日記者A「…」
 朝日記者A、人の群れから離れ、立松の所に歩み寄る。
 朝日記者A「君は確か読売の…」
 立松「立松です」
 朝日記者A「どうしたい?君は取材しないのか?」
 立松「もう福田から取るものは何もないですよ。問題は”次”でしょう?」
  見る朝日記者A。
  ニッと笑って去っていく立松。
 朝日記者A「…」
  その立松の背に ―

19.読売新聞(9月22日)
 ”二宮興銀副総裁、逮捕”

20.朝日新聞社
  その紙面をワナワナ震える手で見ている部長。
  シュンとなっている記者たちの前で部長、その紙面をビリッと引きちぎる
 部長「なぜだっ!なぜ二度にわたってまでも ― 」
  そこに記者C、来る。
 C「読売の秘密がわかりましたよ」
 部長「(見る)」
 C「立松っていう若手記者です。ヤツ一人で連続スクープしてます」
 A「(つぶやく)立松?…ヤツかっ」
 部長「ばかな!駆出しの若造一人に何ができるっ!」
 C「奴には強力な取材源(ニュース・ソース)があるんですよ」
 部長「強力なニュース・ソース?捜査二課はうちが押さえてるはずだろ?」
 C「いえ、ヤツのネタ元は警視庁じゃありません」
 部長「警視庁より強いネタ元?」
  けげんそうな記者たち。
 D「そんなもの、あるのか?」
 C「ある」
 部長「なんだ、それは」
 C「検察です」
 部長「(ビックリ)検察だとーっ!?」
  どよめく記者たち。
 「まさか…」
 「検察がネタ元なんて…」
 「そんなことがあり得るのか?」
   *
 「だがそれがもし本当だとすると ― 」
  顔を見合わせる一同。
 ― オレたちは勝てない ―
   *
 部長「バカヤローッ!若造一人にナメられてたまるかっ!意地でも立松を阻止しろっ!
  総力を上げて読売を抜き返せっ!行けっ!!」
 「はいっ」
  飛び出して行く記者たち。

21.聞き込みをする朝日記者A
   *
  刑事にしつこくつきまとうC
   *
  歩いて、歩いて、
   *
  メモをとり、
   *
  取材を続ける朝日記者たち ―
   *
 朝日記者Aの声「(かぶって)オレたちは意地とメンツをかけてがんばった」

22.喫茶店
 朝日記者A「(Bに話している)が、しょせん、捜査の中枢を握ってるヤツとは勝負に
  ならなかった」

23.イメージ
  立松。
  そこにかぶるように続々とスクープを放つ読売新聞。
 ― 9月30日 ―
 ”現職閣僚ついに逮捕!栗栖経本長官きょう召喚”
 ― 10月6日 ―
 ”西尾副総理、逮捕!”
 ― 10月7日 ―
 ”芦田内閣総辞職!!”
 ― 12月8日 ―
 ”芦田前首相逮捕!!!”
   *
 朝日記者A「汚職解明は立松とともに進み、立松のスクープとともに芦田内閣は倒れた
   ― 」

24.喫茶店
 朝日記者A「抜いて抜いて抜きまくったと語り継がれている伝説の記者の話、聞いたこ
  とがあるだろう。 ― そいつが立松和博、さっきのヤツさ」
 朝日記者B「でも検察がネタ元なんて、あり得るんですか?検察はたいてい極秘捜査で
  しょ?そこからどうやって情報を引き出すんですか?」
 A「わからん。ただ事実として、それができるのはヤツ一人だということだ」
 B「それじゃ我々に勝ち目は…」
 A「いや、そりゃわからんよ。当時と今とじゃ時代は違うし、なんといってもヤツは病
  み上がりだ」
  とそこへ朝日記者E、来る。
 E「チーフ、手に入りましたよ、”丸済みのメモ”」
 A「(見る)入ったか、とうとう」
 B「何ですか?”丸済みメモ”って」
 A「(ニヤッとして)打倒立松の切り札だよ」
  E、テーブルに一枚のコピーをおく。
  のぞき込むA、B。
  コピーには代議士の名前が並んでいて、その何人かには”(○の中に済の文字)”の
  ハンコが押されている。
 B「何ですか?これ」
 E「金の受渡し”済み”。つまり汚職政治家のリストさ」
 A「で、信憑性は?」
 E「まだハッキリとは…」
 A「それじゃ裏がとれればいいわけだな?」
 E「はい」
 A「(うなずき)コイツがあれば立松に勝てるな?」
 E「間違いないですよ。読売は出遅れている。たとえ立松といえども、まだ時間がかか
  るはず」
 A「よし!」
  コピーをつかんで立ち上がるA。
  その自信に満ちた顔にかぶって、
 ― 立松、勝負だっ ―

25.読売新聞社
  立松、戻ってくる。
 立松「とれたぞ」
  集まってくる記者たち。
 読売記者B「とれたって?」
 立松「裏だよ、裏」
 と、例の”丸済みメモ”を出す。
 読売記者C「おまえ、いつの間に…」
 立松「疑惑が持たれてるのは9人。コイツとコイツとコイツと…」
 B「オイ、9人もか?」
 立松「うち5人は容疑がかたまってるらしい」
 A「そいつはスゲェ」
 立松「どうする?代議士に”丸済み”の疑惑、といったかたちで、全員の名前をバアッ
  と書いちゃうか?」
 B「9人全部っていうのはどんなもんかな?特捜がいっぺんに9人をパクることは捜査
  技術からいってもあり得ないし…」
 立松「それじゃ今日の所は確実な線に絞って…」
 B「その方がいいんじゃないかな」
 立松「(振り向き)部長」
 部長「まかせるよ」
 立松「(うなずき、Bに)その線でもう一度、念を押してみよう」
  と立松、電話に立つ。
 立松「(電話に)あ、立松です。くどいようで申し訳ないんですが、9人のうち5人に
  ついてはかなりクロっぽいというお話でしたね」
  間。
 立松「そのうち、はっきり裏がとれているのは誰と誰ですか?もう一度名前を読み上げ
  てみますから」
  その姿を遠巻きに見ている記者たち。
 A「(Bに、ボソボソと)立松さんの握っているニュース・ソースって誰なんですか?」
  B「そんなこと、オレにもわからんよ。また聞こうとも思わん」
 A「なぜですか?」
 B「ニュース・ソースっていうのは記者の命だ。その秘密を守ることは相手に対して最
  低限守らなければならない義務だ。もし軽々しくスクープの出所をしゃべってみろ。
  相手にどんな迷惑がかかるか…」
  A。
 B「(立松を見やって)もしアイツが、今かけている相手の名前をポロリとでも漏らし
  てみろ。おそらく検察内部の人間だろうが、まず間違いなくそいつの首はとぶな」
 A「…」
 B「ま、裏を返せば、それだけ立松は信用されてるってことだけどな」
  A。
 B「言い替えれば、ニュース・ソースが強力になればなるほど、そいつの信用性、人格
  が問題になってくる。それはイコール記者の力量だ」
 A「それじゃ立松さんは…」
 B「(少し考えて)もしかすると、史上最強の社会部記者かもしれんな」
 A「…」
  電話に出ている立松。
 立松「実はこれから原稿を書くところなんですが、その線なら動きませんか?」
  間。
 立松「わかりました。それじゃ明日の朝刊は、その二人だけ実名で行くことにします。
  どうもたびたびすみません。ありがとうございました」
  受話器を置いて立松、メモの中の9代議士のうち、二人をボールペンで囲って、みん
  なに示す。
 B「(見て、ニヤッと笑う)これで逆転だな」

26.街角
  待っている朝日記者A。
  そこへ、いさんで朝日記者B、来る。
 B「とれましたよ、裏が。一人だけですけど」
  A、黙って読売を渡す。
  B、けげんそうに受け取り、見る。

27.読売新聞(10月18日)
 ”売春汚職
   U、F両代議士
    収賄容疑で召喚必至
     近く政界工作の業者を逮捕”

28.街角
  朝日記者B ― ショック。
 B「そんな…」
  そこに毎日記者A、現われて、
 毎日記者A「だから言っただろ、ヤツはバケモンだって」
  見る朝日記者A、B。
  朝日記者A、Bから読売新聞を受け取り無造作にゴミ箱に捨て、
 朝日記者A「なあに、勝負はまだ始まったばかりさ。(Bに)行くぞ」
  朝日記者A、B、行く。
 毎日記者A「(つぶやくように)相変わらず往生際の悪いヤツだ」
  視線が捨てられた読売新聞にいき、
 毎日記者A「立松完全復活か…ヤダなあ」
  と、ポケットから何やら紙屑を投げ捨て、去って行く。
  その紙屑 ― 見ると例の”丸済みメモ”。
  そこにかぶって、
 N「ところがここから、事件は思わぬ方向に展開する」

29.読売新聞社・前
  車が止まり、厳しい顔つきの男たちが出てくる。U代議士とF代議士。

30.同・応接室
  U、F両代議士、問題の紙面を手に激しく抗議している。
 U代議士「これは一体どういうつもりだね?」
 F代議士「こんな事実無根のでたらめを書き並べおって、そっちの出方によってはこっ
  ちにも考えがあるぞ」
  その二人を冷静に受け流す小島編集局長。
 小島「そうはおっしゃられても、こちらとしても確かな筋から得た情報をもとにしてま
  すんで…」
 U代議士「その確かな筋とは何かね?」
 小島「それは言えません」
 F代議士「言えないじゃ話にならんだろう」
 小島「ですが、ニュース・ソースの秘匿は我々にとっては基本的なルールですから」
 U代議士「それじゃ私たちの立場はどうなる?出所もハッキリしない情報からこんな記
  事を書かれて、政治家生命を失いかねんのだぞっ」
 F代議士「さあ、言いたまえっ!」
 小島「(一息ついて)それではまあ、”検察筋”とだけお答えしておきましょう」
 U・F両代議士「検察筋?」
   *
 N「この一言が、やがて重要な意味を持ってくる」

31.記者会見
  並んで座っているU、F両代議士。
  その隣で弁護士がメモを読み上げている。
 弁護士「10月18日付の読売新聞による記事は全くの事実無根であり、U、F両氏は、
  著しく名誉を傷つけられた。したがって両氏は本日19日、名誉毀損の訴訟を東京地
  検に提起した。告訴の対象は、読売新聞社小島文夫編集局長及び問題の記事を執筆し
  た記者某、これに情報を提供した検事某およびその監督者としての東京地検野村佐太
  郎検事正、及び検察最高責任者である花井忠検事総長の五人である。以上」
  その場面が画面に収まり、

32.読売新聞社
  そのテレビを見ている記者たち。
 B「(心配そうに)大変なことになったな立松」
 立松「なあに、心配はいらないさ。俺が一度だってはずしたことがあったか?名誉毀損
  なんてもんは、U、Fが捕っちまえばそれで解決だ」
 B「そりゃま、そうだが…」
 立松「ただ妙なのは…」
 B「妙なのは?」
 立松「告訴対象に検察が入っていること。しかも故意か偶然か、東京地検と検事総長を
  告訴しておきながら、その間にある東京高検がはずされている…」
 B「ウーン…なにかあるのかな?」
 立松「(つぶやくように)ということは、事実上、この一件は東京高検の指揮下におか
  れることになる…」
  そこに読売記者C、あわてた様子で入ってくる。
 C「オイ立松、高検が非公式なかたちだが出頭を求めてきたぞ」
 「なんだって」
  ビックリして見る記者たち。
  立松。

33.読売新聞社・外景
  夕日に染まっている。

34.同・一室
  大きなテーブルを囲んで座っている記者たち。立松。
 B「妙だと思わないか?告訴状が出てすぐに呼び出しをかけるなんて、名誉毀損の捜査
  では考えられない手回しのよさじゃないか?」
 C「うん」
 B「しかも売春汚職そのものの捜査がこれから本格的に始まろうという段階だぜ。本筋
  の黒白がつかないことには、あの記事が名誉毀損したかどうか、高検には言えないん
  じゃないの?」
 C「そりゃそうだな」
 A「それじゃ一体…」
  終始無言の立松。なにやら考え込んでいる。
  が、突然ハッとなり、つぶやく。
 立松「まさか…ハメられたのか?」
 「え?」
  と見る記者たち。
  険しい顔つきで立ち上がる立松。
 A「どこ行くんですか?」
 立松「(見る)高検だよ。呼び出し受けてすっぽかすわけにはいかないだろ」
 B「一人で大丈夫か?」
 立松「なあに、心配はいらないよ」
  と、行きかけるが、
 立松「あ、そうだ。念のために、社に置いてあるメモ類は処分しておいてくれ」
  そう言い残して立松、出て行く。

35.東京高検
  立松、来る。

36.同・公安検事室
  ノックがして立松、入ってくる。
 立松「こんにちは」
 「やあ。まあ、どうぞ」
  と、中に一人いた川口検事が入室をすすめる。
 立松「今日は川口検事が担当ですか?」
 川口「うん。よろしく頼むよ。まあ座って」
  立松、座る。
  川口も座って、調書を広げる。
 川口「本籍地は?」
 立松「(驚いたように見る)…」
 川口「(顔を上げ)本籍地は?」
 立松「それ、被疑者調書でしょ?」
 川口「そうだよ」
 立松「確かコレ、非公式の出頭要請でしたよね?調書をとられる覚えはないですよ」
  川口、見る。
  調書を閉じ、
 川口「司法記者と検事、まんざら知らない仲じゃないんだ。それじゃざっくばらんに聞
  こう」
  立松。
 川口「あの記事は、君だね?」
 立松「はい」
 川口「(うなずき)で、その出所はどこだね?いや、もっとはっきり聞こう。何という
  検事だね?」
 立松「(見る。小さく)やっぱり…」
 川口「やっぱり?」
 立松「いえ」
 川口「(立ち上がり)もし、あのニュース・ソースを話してくれれば、すぐにでも帰っ
  ていただく手はずになってるんだ。だかもし、話してくれないようだと…」
  川口、視線を入口の方へ送る。
  振り返る立松。
  いつのまにか見張りの検事が数人、出入口の所に立っている。
 川口「それなりの覚悟はしてもらうことになるよ」
  見る立松 ― 。

37.読売新聞社(夜)
  とび込んでくる読売記者B。
 B「大変だっ!立松が逮捕されたっ!」
 「エッ」
  ビックリして見る記者たち。

38.同・廊下
  足早に急いでいる小島編集局長と読売記者A。
 小島「(一方的にまくしたてている)無茶苦茶じゃないか。うちは暴露雑誌やごろつき
  新聞じゃないんだ。社会的に認知された新聞社の記者が名誉毀損で身柄をとられるな
  んて、前代未聞だぞ。だいたい仮に新聞記事が事実と違ったからといって、いちいち
  記者が逮捕されるんだったら、検事が有罪だと信じて起訴に持ち込んだ被告が裁判で
  無罪になった場合、その検事も逮捕されなければならない理屈だろう。だけどそんな
  ことが一度だってあったかい?え?」

39.司法記者クラブ
  続々と記者が詰めかけてくる。
  毎日記者A、来て、朝日記者Aの姿を見つける。
 毎日記者A「立松がパクられたんだって?」
 朝日記者A「ああ。それも地検の頭越しにいきなり高検がだ」
 毎日記者A「高検が?(首をひねり)この間の告訴といい、何か高検が仕組んでいるの
  か?」
  そこに朝日記者B、来る。
 朝日記者B「今、立松記者は丸の内署に移送されました。どうも高検は立松記者から執
  拗にニュース・ソースを聞き出そうとしたみたいです」
 朝日記者A・毎日記者A「(同時に)ニュース・ソースを?」
  二人、顔を見合わせ、ハッとなる。
 ― 立松のヤツ、ハメられたのか? ―

40.丸の内署
  係官が場にそぐわぬ丁寧な物腰で立松を留置場に案内してくる。
 係官「どうぞ、こちらです」
  立松、見る。
  中にはすでに愚連隊風の先客が三人いる。
 係官「おい、高検の預かりをもう一人入れてくれよ」
 男A「(わめく)無理いっちゃいけねえ。この狭い所に新入りまでも詰め込もうっての
  かいっ。ひとつ、どうやって寝るか手本を示してもらおうじゃねえかっ」
  その権幕に気圧される立松。
 男B「(Aをなだめて)いいじゃないか。今夜一晩のことだろう。なんとか無理しよう
  よ」
  係官に促されて立松、房の片隅に居心地の悪い座を占める。
  去って行く係官。
 立松「…」
  男A、係官の姿が見えなくなると、一変して丁寧な物腰になる。
 男A「なあに、あいつらにはときどき気合いを入れといた方がいいんですよ。今夜はお
  たくさんもおいらっちも、どうせ窮屈で寝られやしない。まあ、お互いさまだから、
  辛抱してやって下さい」
 立松「(見る)」
 男A「おたく、高検の預かりっていうと、控訴審ですか?」
 立松「いや」
 男A「そうすると、最高裁からの高裁差し戻しってわけかな?」
 立松「そんなんじゃないんだ」
 男A「あと、何があったっけ」
 立松「いきなりの高検特命捜査」
 男A「(驚き、思わず身を引く)へえっ、大物なんですね、おたくさん」
  思わず顔を見合わす先客三人。
  立松、堅い表情のまま返事をしない。
  その顔に、
 ― いったい、どうなってるんだ ―

41.同・外景
  夜が明けてくる。

42.高検・取り調べ室
  連れてこられる立松。
  すでに川口検事が中にいる。
 立松「どういうことですか?川口さん」
 川口「何がだい?」
 立松「何が?逮捕状に基づく身柄の拘束は証拠隠滅もしくは逃走のおそれがある場合だ
  けでしょ?」
 川口「まあ座りなよ」
 立松「(座る)私は新聞記者だよ。告訴を受けたからといって逃げ隠れするはずもなく、
  証拠を隠滅しようにも、すでにあの記事は全国に何百万部も配られたんだ。できるわ
  けがないでしょう」
 川口「まあ落ち着いて。なあに逮捕っていったって、ごく形式的なものだよ。ニュース
  源さえ教えてくれればそれで終わり。すぐ釈放されることになってるんだ」
 立松「またそれですか」
 川口「まあそう言わずに、なあ、話してくれないか」
 立松「それは私に新聞記者をやめろということですよ」
 川口「何もそこまで思いつめなくても ― 」
 立松「(キッパリ)いや、あなたの頼みをきけば、そういうことになるんです」
 川口「(見る)」
  いかにも困り果てたふうに息をつく。
  そこに、
 「意外と頑固だねえ」
  と、風格のある検事が現われる。
 立松「(ビックリ)岸本検事長…」
  その顔にかぶって、
 立松の声「岸本検事長が自ら出てくるなんて…オレはやっぱり、ハメられたんだ…」
 岸本「どうだね立松君。早くスッキリしちゃったら。君がニュース・ソースを喋ってく
  れればあとは検察内部の問題だ。君には一切迷惑はかけないが」
 立松「(首を振り)それはできない相談です」
 岸本「どうしても?」
 立松「どうしても ― 」
  岸本。
  立松 ― 。
 立松の声「(かぶって)問題は世論だ。世論はオレを支持しているのか、いないのか
   ― 」
 岸本「フム…ま、それは今後の問題だな。これからは川口検事に代わって関西から来た
  泉検事が君の取り調べに当たることになった。顔見知りの川口君じゃやりにくそうな
  んでな」
 立松「…」
 岸本「ま、あまり検察をナメんでくれよ」
  と、背を向けて、行く。
  立松、岸本を見やりながら、
 立松の声「(かぶる)もし世論がオレを支持してくれているのなら、たとえ検察相手で
  も勝負になる ― 」
 立松「岸本検事長」
 岸本「(振り向く)何だね?」
 立松「その…今日の朝刊を見せて頂きたいんですが…職業柄新聞を見ないと落ち着かな
  くて…」
  岸本 ― その口元が微かに笑う。
 岸本「そいつは無理な相談だな。留置中の被疑者にそういう権利のないことは君だって
  知ってるはずだろ?」
 立松「…」
  岸本、行く。
  が、思いだしたようにフト立ち止まり、
 岸本「あ、そうそう。一つだけ教えといておこう。今朝の読売に君のことは一行も出て
  いなかったぞ」
 立松「え?」
 岸本「私は検事だ。ウソはつかない(ニヤリと笑う)」
 立松「(ショック)まさか…」

43.朝日新聞社
  朝日記者A、読売新聞に目を通している。
  次から次へとページをめくっていくその顔に、
 ― なぜだ。なぜ、立松逮捕の記事が一行も出ていない ―
  最終ページまでめくり、顔を上げる。
 ― 読売は立松を見捨てるつもりか ―

44.読売新聞社
 小島編集局長「見捨てるわけじゃないっ」
 読売記者A「(かみついている)それじゃなぜ」
 小島「上で決めたことだっ!いちいち口出しするなっ!」
 A「…」
  それを読売記者Bが見ている。

45.道
  歩いていく読売記者A、B。
 B「おまえの気持ちはよくわかる。しかし、社だって何も考えてないわけじゃない。今
  日にも高検に抗議に行くって話だぞ」
 A「抗議なら紙面でするのが本筋でしょう。うちは新聞社なんだから、世論に訴えてこ
  そ…」
 B「そりゃま、そうなんだが、しかし、問題は他社がどう出るかなんだ。おそらく日本
  中の新聞社は同情すまい、読売のヤツ、勝手なこと書きやがって、逮捕されたって何
  したって勝手じゃないか ― そう上では判断したらしい。そこでとりあえずは様子を
  見ようということになったわけだ」
  A。
  間。
 A「それが”あの”立松さんに対する社の取るべき態度なんですかね」
 B「(見る)」

46.司法記者クラブ
  来る読売記者A、B。
  待っていたかのように、
 「よォ」
  と声をかける朝日記者A。
 朝日記者A「(歩み寄りつつ)読売さんて結構冷たいんだねェ。自分とこの社員がパク
  られたっていうのに、何の反応もなしかい?」
 読売記者B「あんたには関係ないだろ」
 朝日記者A「関係ない?」
 読売記者B「あんたたちは立松が逮捕されてホクホクだろうがな、ウチは…」
 朝日記者A「おっと、それ、本気で言ってんのかい?」
 読売記者B「何だと?」
 朝日記者A「あんたらにはこの事件のもつ意味の大きさがわかんないのかい?立松がい
  なけりゃおたくら全く…」
 読売記者B「テメェ、ケンカ売るつもりかっ」
 朝日記者A「ケンカ売ってんのはそっちだろう!すでにこの一件、読売一社の問題じゃ
  なくなってるんだっ」
  と、そこに毎日記者A、来て、朝日記者Aに、
 毎日記者A「やっぱりだ。あの天下を震撼させた造船疑獄の時でさえ捜査指揮は部下任
  せだった岸本が陣頭指揮をとっている」
 朝日記者A「ということはやっぱり…」
 毎日記者A「間違いない」
  うなずき、二人、そのまま行き去る。
  取り残されたかっこうの読売記者A、B。
  あっけにとられたまま、見送る。
  そこにかぶって、
 声「つまり、どういうことですか?」

47.朝日新聞社
  朝日記者A、Bに説明している。
 A「つまりだな、立松は検察内部の派閥抗争に巻き込まれたってわけだ」
 B「?」
 A「おまえも司法記者のはしくれなんだ、検察内部に二つの派閥があることぐらい薄々
  気づいているだろう」
 B「岸本義広東京高検検事長と馬場義続法務事務次官のことですか?」

48.イメージ
  岸本と馬場。

49.朝日新聞社
 A「そうだ」
 B「しかし東京高検検事長といったら検察No.2でしょう?一方は法務事務次官といって
  も検察内部ではNo.5。しょせん勝負にはならないんじゃないんですか?」
   *
 N「(注)検察にはきわめてはっきりした序列がある。検事総長を筆頭に、東京高検検
      事長、大阪高検検事長、最高検次長検事、法務事務次官…と続き、東京高検
      検事長といえば、次期検事総長がほぼ確実なポストなのである。

 (検察庁機構図)

  検事総長【1】――――――――――――――――
   |          |          |
 [法務省]     [最高検察庁]    [高等検察庁]
  事務次官【5】   次長検事【4】    東京高等検察庁【2】
  官房長       総務部長       大阪高等検察庁【3】
  民事局長      刑事部長       名古屋高等検察庁【6】
  刑事局長      公安部長       広島高等検察庁【8】
  矯正局長      公判部長       福岡高等検察庁【7】
  保護局長                 仙台高等検察庁【10】
  訟務局長                 札幌高等検察庁【9】
  人権擁護局長               高松高等検察庁【11】
  入国管理局長

  ・数字は序列。
  ・法務事務次官には必ず検察官がつき、事実上、検察庁は法務省を支配している。

  」
   *
 A「ところがそのNo.5の馬場がどういうわけか人事を押さえてしまっているらしいんだ。
  しかもこのままでは岸本には検事総長の芽はないと言われている」

50.毎日新聞社
 A「そこで岸本は勝負に出た」
 B「岸本が今度のネタ元を馬場派の誰かと読んでいるのは間違いない」
 C「そのニュース・ソースを何が何でもゲロさせようというわけか」

51.サンケイ新聞社
 A「立松が吐きさえすれば、そいつの首がすっとぶのはもちろん、一挙に馬場派を叩き
  つぶせる」

52.東京新聞社
 A「しかし、それじゃ新聞記者の立場はどうなる。全く無視されてるじゃないか」
  部長。
  間。
 部長「オレたちもずい分」

53.各社が重なって、
 ”なめられたもんだな”

54.記者会見
  岸本検事長に激しくかみついている各社記者たち。
 A「裁判所の中からでさえ、立松君の逮捕令状を出した裁判官は慎重さを欠いていたと
  いう声が出始めているんですよ。最高裁の矢崎秘書課長なんかは、私だったら高検の
  請求を蹴飛ばしたとまで言ってるんだ。不当逮捕は明らかなんじゃありませんか?」
 岸本「立松記者と読売の他の関係者との供述が食い違っていて、証拠隠滅のおそれも出
  て来た。つまり、このたびの逮捕は必要性と緊急性があったからしたことで、刑事訴
  訟法の手続き通りです。(ポロリと)要は立松君が当局に一切の真相、つまり、問題
  の記事のニュース・ソースがどこの何という検事なのか話してくれれば、ほんの数時
  間で片がつくんだ」
 B「いくら逮捕して責め立ててみたところで、ニュース・ソースを喋るわけがないじゃ
  ないですか。取材源の秘匿は、立松君に限らず、我々すべてにとって基本的なことで
  すよ。まさか検事長はそれを知らないわけはないでしょう」
 岸本「そのような習慣があるのは私も承知しているが、そんなものは打破されなければ
  ならん。新聞記者が取材源を明かさなくてもいいなんてことは、君たちだけが言って
  いることで、法は認めていないんだよ。それこそ司法記者を名乗る諸君が、知らんわ
  けはないだろう」
 C「検事長!それは重大な発言ですよ。報道の自由に対する挑戦じゃないですか」
 岸本「どう受け取ろうが、それは君たちの自由だ。しかし、それによって、法が曲げら
  れることはないっ」
  騒然としてくる場内。
  読売記者Bが電話に立つ。

55.公衆電話
 読売記者B「あ、部長。各紙は立松支持で固まっています」

56.読売新聞社
 部長「(電話に出ている)よし、わかった」
  立ち上がり、回りに叫ぶ。
 部長「立松を英雄にするんだ。明日の朝刊一面でどっと行けっ!」
   *
 N「事態は”報道の自由”をめぐって、検察と新聞界との一大対決という様相に一変し
  た。
   各社は翌10月26日付朝刊で攻めに攻めた」

57.各社紙面
 朝日
 毎日
 サンケイ
 東京
 読売 ―
   *
 N「さらに同日午後 ― 」

58.抗議文を発表する”日本新聞協会”
 「 立松問題を討議した結果、同記者の逮捕は不当であり、新聞の取材、報道の自由に
  対する重大な侵害である。立松記者の即時釈放を要求する!」
   *
 N「さらに新聞労連、外国人記者クラブと続々と抗議声明を発表。
   一方、岸本検事長も一歩も引かない」

59.部下に指示を与える岸本
 N「この夜留置期間の切れる立松の身柄をさらに拘束するため、東京地裁に拘置請求を
  出す」

60.大都会東京の街並に ―
 N「世論は沸騰した ― 」

61.取材に回る毎日記者A
 ― しかし、問題は立松だ ―

62.同じく記者B
 ― いくらオレたちが押していても、立松がしゃべってしまえばそれで終しまいだ ―

63.同じくC
 ― その時点で記者の信用は地に落ち、失墜する ―

64.取材に急ぐ朝日記者A、B
 B「どういうことですか?」
 A「立松がしゃべってしまえば、たとえ法的にはオレたちが勝ったとしても、その後の
  取材に重大な影響が出る。検察を恐れて誰も口を開かなくなるからな」
 B「なるほど」
 A「だから立松にはなんとしても頑張ってもらわなけりゃならんのだ」

65.東京高検・取り調べ室
  執拗に取り調べを続けている泉検事。
  疲れきって、うつろな目でそれに対応している立松。
 立松の声「(かぶってくる)いったいいつまで続くんだ。いい加減にしてくれ…もうい
  い加減に…」
  話が煮詰まってしまい、大きく一つ息をつく泉検事。
 泉「(話題を変えるように)あなた、子供さん、おられるんでしょう?」
 立松「(見る)男の子が二人います」
 泉「おいくつ?」
 立松「上が小学校二年で、下はまだ四つです」
 泉「下の方はお小さいからまだいいとして、上の坊ちゃんは気の毒だな。お父さんがこ
  れでは、恥ずかしくて学校へ行けないんじゃないですか?」
  ムッと見る立松。
 ― 何だ、その尋問は。まるで刑事に取り調べを受けている窃盗犯じゃないか ―
 泉「(さらに追い打ちをかけるように)あんた、社の方はどうなるの?当然、責任をと
  って辞表を出すんでしょう?」
  立松 ― じっと屈辱に耐える。
 泉「おたくの編集局長が言った通り、情報の出所が検察内部だとすれば、あんたはあの
  記事を書くにあたって、真実だと信じるに足る根拠を持っていたわけだからそれさえ
  示してくれればすぐにも帰って頂けるんですがねえ。 ― どうです?あんたには新聞
  記者としての将来がある。この辺でニュース・ソースを具体的に出して、さっぱりし
  ようじゃありませんか」
 立松「お言葉ですが ― 」
 泉「(見る)」
 立松「あなたのその言い方は、私の記事がうそだという前提に立っている」
 泉「違うんですか?」
 立松「(ムッと見るが)万歩譲って、あなたが言うように私が誤信したとして、その根
  拠を示したとしましょう。なるほど私はそれで罪に問われないかも知れない。だけど
  私に好意を抱いてくれたその人はどうなります?守秘義務違反で国家公務員法にひっ
  かけられるじゃありませんかっ。恩を仇で返すようなこと、私にはできませんっ」
  泉。
  立松、思いつめた表情で、懸命に続ける。
 立松「もし私が自白したとする。検事としてのあなたは自分の仕事がうまくいったと喜
  ぶかも知れないけど、人間としてのあなたはきっと私を軽蔑する」
  泉。
 立松「私は…私は…たとえこの場で記者生命が断たれようとも、最後の誇りまで捨てる
  つもりはないっ!!」
  泉。
  立松。
 泉「…」

66.留置場(夜)
  他の者が寝静まっている中、立松だけが片隅でひざを抱えている。
  痛々しいほどのその表情にかぶって、
 N「取り調べにあたって相手がインテリであるほど落ちやすいという。
   一切の情報から遮断された立松は、激しい孤独感と戦っていた」
  思いつめた様子の立松。
 ― この調子であと二日、三日とやられたら、もたないかも知れない ―
  立松、苦しそうにひざに顔をうずめる。

67.同・外景
  朝日が差し込んでくる。

68.高検・取り調べ室
  連れてこられる立松。
  中にはすでに泉検事が待っている。
  立松、その顔を見たとたん、うんざりとなる。
 泉「今日はちょっとこれから東京地裁に行ってもらう」
  見る立松。
 泉「あんたの調べは長くなりそうなんでね、地裁に拘置請求を出しておいたんだ」
 立松「え」
 泉「あんたも知っての通り、高検の拘置請求が却下れることはまずない。時間がたっぷ
  りできるんだ。お互い納得のいくまで話し合おうじゃないか」
  ガク然となる立松 ― かろうじて崩れ落ちそうになる体を支える。

69.東京地裁
  泉に付き添われて立松、来る。

70.同・拘置尋問室
  入っていく二人。
  中には他の被疑者はなく、すでに判事が待ち受けている。
 判事「(立松に)どうぞ着席して下さい」
  座る立松。
  うつ向くその顔。
  懸命に自分と闘っている。
 ― オレは読売社会部記者、立松和博だ。その名にかけても、オレは負けない…いつま
  で続こうとも…負けるわけにはいなないっ ―
  懸命に判事を見据える立松。
 判事「(対照的に極めて事務的に)検察側の拘置請求を検討しましたが、あなたを拘置
  する理由がありません。従って却下いたします」
 立松「え…」
 泉「まさか、そんな…」

71.高検
  振り向く岸本。
 岸本「拘置請求が却下された!?そんなバカなっ」

72.東京地裁
  ボー然と判事を見ている立松。
   ― 思わず熱い涙がこみ上げてくる。

73.高検
  帰り仕度をしている立松。
 係官「荷物はこれだけでしたね?」
  無言でうなずく立松。
 係官「(思わず)ごくろうさんでした」
  立松、無言でうなずき、出て行く。

74.同・廊下
  歩いていく立松。
 N「権力に屈しなかった立松の記者精神はその日、全世界を駆けめぐった」

75.UP通信社
  フランク・バーソロミュー社長
 「 新聞の主要な任務は事実を公衆に知らせることにある。ニュースの入手先を公表し
  ないという新聞記者の権利は、しばしば、公衆に対して重要な事実を保証する唯一の
  方法である」

76.AP通信社
  ロイド・ストラットン副支配人
 「 世界の新聞・通信社は、読売の記者が大衆に正しい事実を知らせるため、つまり言
  論の自由を確保するために、ニュース・ソースを明かさなかったことを高く評価して
  いる」

77.高検・廊下
  歩いていく立松 ― 。

78.同・表
  立松、出てくる。
  とたんにたかれる無数のフラッシュ。
  そこを埋め尽した無数の記者たち。
  呆然と立ちつくす立松。
 「いいぞーっ、立松ーっ、よくがんばったっ」
  盛んな歓声が沸き起こる。
 立松「…」
 ― オレは…勝ったのか… ―
  思わず熱いものがこみ上げてくる立松。
  それを懸命に押し隠し、つとめてキザっぽく手を上げて見せる。
  再び一斉にたかれるフラッシュ。
   *
 N「が、これですべてが決着したわけではなかった」

79.高検・検事長室
  窓越しに立松の姿を見やりながら、
 岸本「これで終わったと思うなよ」
  泉検事に、
 岸本「立松起訴の準備を始めなさい」
 泉「はい」
  と出ていく。

80.高検・前
  仲間に囲まれている”英雄”立松の姿。
  そこにかぶって、
 N「かつて、一度もはずしたことがないと言われた史上最強の社会部記者立松和博。そ
  れが、検察内部の権力抗争に巻き込まれたこの一件で、致命的な傷を負うことになる。
  〈召喚必至〉であったU、F両代議士がついに召喚されなかったのである。それは、
  岸本派の強硬姿勢におそれをなした馬場派の検事が、守りに入ったためだとも言われ
  ている」

81.読売新聞社・外景
 N「そして二ヶ月後、立松事件は一転して読売側の敗北により決着をみる」

82.取り消し記事(12月18日)
 N「12月18日、社会面トップに五段抜きの異例の取り消し記事を掲載。と同時に事
  件に関する社内の処分を公表」

83.辞令を受ける立松
 N「立松は”重大な過失により会社の信用を傷つけたるにより懲戒休職・編集局勤務”
  とされ、事実上、記者生命を断たれた」

84.読売新聞社・表
  出てくる立松。
  フト視線が止まる。
  朝日記者Aと毎日記者Aが別々の方向から来て、三人、バッタリ合う。
 「よォ」
  と軽くあいさつをかわす三人。
  そこにかぶって、
 声「いつの間にか時代は変わってたんだな」
 声「ああ。個人で活躍できる時代は終わったな。これからは組織の時代だ」
 声「つまらん時代だな」
 声「ああ。つまらん時代さ」
   *
 N「昭和37年10月、失意のうちに立松は、41年の短い生涯を閉じた ― 」


 (終)



 解説


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