「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
― Gアポロ ―
作.伊藤智義
1.1ケネディ宇宙センター
周辺はビッシリ見物の車で埋まっている。
中央の発射台にはサターン5型ロケット。
そのてっぺんに取りつけられたアポロ11号。
その中に乗り込む三人の宇宙飛行士。
― 1969年7月16日 ―
2.同・記者席
スピーカーから声が流れてくる。
「こちらはアポロ・サターン発射管制センター。発射まであと5分52秒。発射準備
は予定通りに進んでいます。発射OKのサインが出ました。月着陸船も異常なし」
記者の一人が、吹き出る汗をぬぐいながら電話口に叫んでいる。
「発射5分前!アポロ11号は、9時32分、予定通り打ち上げられる模様です!」
3.発射管制センター
モニターを見ているフォン・ブラウン。
フォン・ブラウン「よーし。どこも悪くないな。順調だ」
男1「(ニッコリ笑って)キミが作ったロケットだからね。成功するにきまっている
さ」
4.イメージ
テレビにくぎ付けになっている人々。
N「この日、アメリカは史上初めて、人類を月に送り込もうとしていた」
画面から、
声「1分25秒前。管制センターにはいってくるデータに異常は全くありません。1
分前に近づきつつあります。異常はありません。60秒前、55秒前…」
5.ケネディ宇宙センター
見物人たち。
放送「発射40秒前。第二段ロケットの燃料タンクにも圧力をかけました」
*
記者席。
放送「35秒前。発射OKです。飛行士から『気分はよい』との報告がはいりました」
*
管制センター。
「15秒前。12、11、10、9、点火」
*
サターン5型ロケット。
放送「6、5、4、3、2、1、ゼロ!全エンジンが噴射を始めました。発射!9時
32分、ついに発射されました!」
*
記者席。
目もくらむほどの明るい炎に、思わず手をかざす記者たち。
20秒ほどたってから、ものすごい爆音がやってくる。
*
N「1分27秒後、ロケットは上空の薄い雲の中に突っ込んで、白い煙の尾をひいた」
歓声が上がる。
*
電話に走る記者たち。
「東京、東京。アポロ11号は無事に発射!人類はついに月へむかいました!」
「パリ本社。予定通り9時32分に発射!全く順調!」
6.管制センター
フォン・ブラウン「文句なしの打ち上げだ…」
男2「(感激している)私はまだ信じられませんよ…本当に、月に向けて、人を打ち
上げられるなんて…」
フォン・ブラウン「長かったな。本当に長い道のりだった…」
7.イメージ
上昇するサターン5型ロケット。
N「アポロ計画は、米ソの威信を賭けた宇宙競走という世界政治の大きな局面に乗っ
て生じた、政治的産物であった。宇宙技術の進歩だけでは、この時期に月旅行が実
現するはずはなかった」
8.イメージ
スプートニク。
*
ガガーリンの有人飛行。
N「もしソ連がアメリカよりも先にスプートニクを打ち上げていなければ、もし先に
ボストークを打ち上げていなければ、アポロ計画は実行されなかっただろうといわ
れている。
ソ連はこの時期、費用がかかりすぎるという理由で、早くから有人月探索計画を
見送っていたのである」
9.イメージ
ケネディ演説。
N「地に落ちた威信を回復するため、相手のいない競走にアメリカは巨額の費用をつ
ぎ込まなければならなかった。
そしてそこに、フォン・ブラウンがいた」
10.イメージ
ロケット開発をしているフォン・ブラウン。
N「ドイツ陸軍を利用し、ヒトラーを動かし、故郷を捨て、米ソ両大国の対立をも利
用してまでロケット作りに賭けてきた男の、執念があった」
11.記者会見
N「それは見方を変えれば、たった一人の男が、現代史を大きく巻き込んでいったと
もいえなくはない。ただ自分の夢のためだけに ― 」
記者に囲まれているフォン・ブラウン。
記者1「ここ12年ほどの間に、ロケットの発射台は北へ数kmほど移りましたが、
その間に技術は、もっと大きく進歩しましたね。今日の、この打ち上げで、あなた
の子供の頃の夢がいよいよ実現しつつあるわけですが、あなたは、個人的にどんな
感じですか?」
フォン・ブラウン「ええ、今日の、この打ち上げは、何年間も続いた仕事の総仕上げ
のようなものですよ。私の仕事の総仕上げであるばかりでなく、多くの人たちの仕
事の総仕上げなのです。今日の、この打ち上げだけでも、15万人ほどの人たちが
働いているのですから…」
記者たち。
フォン・ブラウン「ここまでのところ、私は非常に満足しています。しかし、まだ感
想を述べるのは早いでしょう。宇宙飛行士たちが月に着陸し、無事地球に戻ってき
てから、本当の感想を述べることにしたいと思います」
12.イメージ
アポロの軌道。
地球を周回して、月に向かう。
*
N「7月20日午後、アポロ11号は母船(コロンビア)から月着陸船(イーグル)
を離した」
13.月面
ふんわりと着陸する月着陸船(イーグル)。
14.イメージ
テレビに釘づけになっている人々。
アメリカで。
日本で。
フランスで。
世界各国で ― 。
*
画面には、今まさに月面に降り立とうとしている宇宙飛行士の姿が映し出されてい
る。
15.月面
降り立った宇宙飛行士。
フォン・ブラウンの声「(かぶって)少年時代から、夢にまで見てきた月旅行が、」
16.管制モニター
モニターを見ている人々。
その顔は、感動にうちふるえている。
フォン・ブラウン。
― 今 ―
17.月面
宇宙飛行士が、月面に星条旗を立てる。
― 実現したんだっ! ―
18.管制センター
その瞬間、歓喜が爆発する。
フォン・ブラウン ― 。
長年一緒に働いてきた仲間たちと、ガッチリ握手をかわしていく。
*
N「1969年7月20日午後10時26分20秒、人類は、月に第一歩をしるした」
19.パレード
星条旗を打ち振る群衆の波。
N「フォン・ブラウンは自分の夢を実現するとともに、ドイツの裏切り者から、世界
の英雄へと、ついに頂点に達した」
群集の歓呼にこたえるフォン・ブラウン。
その上空。
澄み渡った青空。
N「この時、宇宙時代を切り開いた三人の先駆者のうち、ツィオルコフスキーとゴダ
ードはすでにこの世になく、ただオーベルトだけがドイツで静かな余生を送ってい
た」
20.イメージ
空を見上げている年老いたオーベルト。
N「この時期の月旅行は、1923年、ドイツに一大ロケットブームを巻き起こした
若きオーベルトの大胆な予言通りとなった」
オーベルト。
N「しかしその胸中には、複雑な想いが去来したに違いない」
21.イメージ
現在の宇宙空間。
N「現在、軍事利用の他、通信、気象衛星など、宇宙空間は人間生活にとって、ます
ます身近なものになりつつある。
しかしその歴史は、宇宙時代を切り開いたツィオルコフスキーの論文発表から、
わずか100年とたっていない」
22.イメージ
宇宙を夢見た男たち。
ツィオルコフスキー。
ゴダード。
オーベルト。
ウィンクラー。
グルートルップ。
コロリョフ。
フォン・ブラウン。
N「そこには、現代史と深く関わった、宇宙を夢見た男たちの、壮絶なドラマが秘め
られているのである ― 」
(終)
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