「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
― AR・H・ゴダード(2) ―
作.伊藤智義
1.研究室
装置を組み立てているゴダードと助手A。
ゴダード「(作業を続けながら)君は、有名になりたいかね?」
A「え?何ですか、突然」
ゴダード「もし有名になりたいのなら、私の所にいてもダメだよ」
A「?」
ゴダード「私は…騒がれるのがどうも苦手でね。いや、良きにつけ悪しきにつけ、ね。
私の一番嫌いな人種は、新聞記者」
A「ぼくもです」
ゴダード「(フッと笑う)有名になるということは、それだけ自由を失うということ
だ。私は金も名誉もいらない。ただ好きなことさえ続けられれば…それが一番のぜ
いたくかもしれんがね」
A「ぼくは…有名になりたいです。金も欲しいし名誉も欲しい。だけど、ここから出
て行く気はありませんよ」
ゴダード。
A「だって、もし宇宙飛行に成功すれば、先生の意思なんか関係なく、世間がほっと
かないでしょうからね」
ゴダード「フフ…なるほど」
*
N「第一回のテストに成功したゴダードは、改良に改良を加えていく。
気圧計、温度計、固定焦点式カメラ、ジャイロスコープ(コマを用いて姿勢を制
御する装置)、記録装置…ロケットはより大きく、複雑になっていった」
( 図 大がかりになったゴダードのロケット)
2.農場
ロケットがすえつけられている。
A「いやあ。格段の進歩ですね。これならどこからみても“ロケット”だ。例の、あ
のバカにした記者たちを呼びつけてやればよかったですね」
ゴダード「フフ…さぁ始めよう」
*
A「点火します」
うなずくゴダード。
A「点火!」
ロケット、猛烈な爆音とすごい煙を立てて飛び上がる。
3.近所の農場
ビックリして振り返る農夫1。
「なんだ!?」
遠く、ロケットが、煙を引きずりながら落下していく。
農夫2「飛行機だっ!飛行機が墜落したっ!」
4.走る救急車
5.走る消防車
6.実験場
ゴダード「まずまずだな」
A「ええ」
そこにガヤガヤと人が集まってくる。
ゴダード「どうしたんですか?みなさん」
農夫1「どうしたもこうしたも、今ここに飛行機が落っこったろ」
ゴダード「え?(ビックリ)」
農夫2「大丈夫だったかい?」
ゴダード「(あわてる)いや、それは…」
農夫3「(遠くで叫ぶ)オーイ!ここに破片が落ちてるぞォ!」
農夫たち。
ゴダード「違うんですっ!みなさん!」
*
人だかり。
その真ん中でペコペコ頭を下げているゴダード。
警官「いいか、今後再びこんな騒ぎを起こしたら…」
ゴダード「すみません。しかしこれはロケットの実験でして…」
警官「なんだ?言いたいことがあるんなら署でゆっくり聞くぞ」
ゴダード「あ、いえ…」
そこに例の記者たち。
「ちょっとすみません」
と、人ゴミをかきわけ、来る。
記者1「ああ、やっぱりあなたでしたか、博士」
ニヤッと笑う記者たち。
ゴダード・A「…」
7.新聞誌面
N「このできごとは、風変わりな男の“大それた事件”として、デカデカと報道され
た」
シュンとなっているゴダードとAの写真。
N「ところが、このことがかえって、思いがけない幸運を、ゴダードにもたらすので
ある」
8.実験場
A「どうしますか?ここでは打ち上げ実験はできませんよ」
ゴダード「そうだなあ…」
そこに二人の男がやって来る。
見るゴダード。
見ているA。
A、突然、
「あっ!」
と声を上げる。
A「あれは、まさか…リンドバーグじゃないか?」
ゴダード「リンドバーグ?(タメ息)やだなあ、もう…」
A「何言ってんですかっ。リンドバーグ大佐ですよ。知らないんですか?大西洋横断
飛行を成し遂げた…」
来る男たち。
「初めまして、ゴダード博士。私、リンドバーグと申します」
見るゴダード。A。
*
「5万ドル!?」
驚いて見るゴダード。
ゴダード「それを私に!?」
男4「わが財団には、すぐれた研究に補助金を出すシステムがあります。今回はリン
ドバーグ大佐のたって希望であなたに…」
リンドバーグ「偶然、博士の新聞記事を見ましてね。ずい分ひどい事が書かれていま
したが…。宇宙飛行…私はすばらしいと思いました。夢がある。それで、こちらの
グッゲンハイム財団に声をかけてみたわけなんですよ」
ゴダード「…それで、その5万ドルというのは…」
男4「もちろん自由に使って頂きます。なんら制限はありません」
ゴダード「…信じられん…」
A「ハハ…やった…やりましたよ、先生!これは天からの贈り物ですよ、ハハハハ…」
笑ってゴダードの背中をドンドンと叩くA。
むせるゴダード。
9.新しい実験場
砂漠。
― ニューメキシコ州 ロスウェル ―
N「研究資金を手に入れたゴダードの実験は、より大規模になっていった。そして着
実に宇宙に近づいていく」
*
打ち上げられるロケット。
( 図 ロスウェルのロケット実験 )
( 図 ゴダードと彼の仲間(1931年) )
― 1930年12月30日 到達高度600m 最高速度800km/h ―
*
打ち上げられるロケット。
― 1935年3月28日 到達高度1500m 最高速度900km/h ―
*
打ち上げられるロケット。
― 1935年5月31日 到達高度2300m 最高速度1100km/h ―
*
N「この年(1935年)、希代の天才科学者ツィオルコフスキー、死去。この時点
でゴダードは、間違いなく宇宙に一番近い男であった」
打ち上げられたロケットを見上げているゴダードと数人のスタッフ。
N「しかし、そのことに気づく者は、いぜんとしていなかった。それは歴史的に見れ
ば、ゴダードにとって以上に、アメリカにとって大きな損失であった」
10.報告書
N「初打ち上げ(1926年)からの数々の成果は、ようやく1936年に発表され
た。それは、世界に少からぬ衝撃を与えた」
11.実験場
A「(ニヤッと笑い)いよいよ名前が売れてきましたね」
ゴダード「(笑い返し)まだまだ。宇宙への道は始まったばかりだよ」
N「しかし、ゴダードの研究成果が発表されることは、それ以降、一度もなかったの
である」
砂漠の実験場に軍用車が止まる。
数人の軍人が降りて来る。
見るゴダードたち。
― 軍が、何の用事だ…? ―
*
将校2「ゴダード博士。論文、拝見しましたよ」
ゴダード「ハァ…」
将校2「我がアメリカ海軍はあなたの才能を高く評価しています。ぜひ海軍に協力し
てもらいたい」
ゴダード「(あわてる)そ、それはダメですよ。私には、まだまだやらなければなら
ないことがたくさんあるんです。宇宙空間に飛び出すためには…」
将校3「博士!今世界は極めて危険な局面に直面しています。宇宙飛行だとかそんな
ことを言っている場合ではないのです。博士の研究は軍事に応用すべきなのですっ!」
ゴダード「…」
将校2「博士!」
ゴダード「(Aに)だから有名になるのは…」
そう言いかけて言葉をにごす。かわりに寂しそうに笑って見せるゴダード。
A「…」
12.イメージ
真珠湾攻撃。
― 1941年12月8日 太平洋戦争ぼっ発
アメリカ 第二次世界大戦参戦 ―
13.海軍研究所
図面を引いているゴダード。
N「ゴダードは海軍の要請で、航空機のためのロケット離陸補助装置の設計に従事さ
せられた。それはとてもゴダードの能力を正しく評価しての仕事とはいえなかった。
こうしてゴダードは埋もれていき、アメリカはロケット開発競争でドイツに先を
越されてしまうのである」
14.ベンチに座っているゴダード
ボンヤリ空をながめている。
そこにA、来る。
A「先生!またこんな所でボンヤリして…。ドイツが降伏したんですよ。もうすぐ戦
争も終わるんです!」
ゴダード「(ニヤッと笑う)そんなことはわかってるよ。これを見てくれ」
図面を広げるゴダード。
A「こ、これは!?」
ゴダード「新しいロケットの設計図だ。戦争が終わったら、すぐにでもとりかかるぞ」
A「それじゃ…」
ゴダード「当たり前だろ?宇宙への道はまだ始まったばかりじゃないか」
顔を見合わせ笑う二人。
*
N「しかし、1945年8月10日、のどの手術を受けた際、麻酔がさめず、ゴダー
ドはそのまま他界してしまう。それは、第二次世界大戦が終わる、わずかに5日前
であった」
15.イメージ
ゴダードと彼のロケット。
N「現在ゴダードは、アメリカロケット研究の先駆者として、輝かしい評価を受けて
いる。しかしそれは、あまりにも遅すぎる評価であった ― 」
(A−2・終)
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