「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
― BH・オーベルト(3) ―
作.伊藤智義
1.映画館
『月の女』の試写会。
宇宙旅行協会の一人、ウィリー・ライが一番後の席で見ている。
― 1929年10月 ―
N「ウーファ映画会社の『月の女』は、結局オーベルトのロケットの場面なしで完成し
た」
そこにオーベルトが、姿を現わす。
げっそりやつれた顔。無精ひげ。ヨレヨレの服。
ライ、気づき、びっくりする。
ライ「オーベルトさん!」
力なく見るオーベルト。
オーベルト「ハハ…私は、ダメな男だ…」
*
ライの隣に座っているオーベルト。
しかし、スクリーンは見ていない。何かに耐えるように、じっと下を向いている。
ライ「(スクリーンを見たまま)この映画評判いいみたいですよ」
オーベルト。
画面上 ― ロケット打ち上げのカウントダウン。
かたずを飲んでいる観客たち。
打ち上がるロケット。
観客。
ライ「(ボソッと)今度の会議で、宇宙旅行協会の新会長は満場一致でオーベルトさん
に決まりました」
ビックリして見るオーベルト。
ライ「(見る)私たちの目はふし穴ではありませんよ。オーベルトさんがどのような仕
事をしたのか、それぐらいはわかるつもりです。ロケットができなかったのはオーベ
ルトさんのせいではありません。それどころか、今、本当の自信をつかむことができ
たのです。今まで半信半疑だった宇宙旅行の可能性について、確かな手ごたえを感じ
ています」
オーベルト「…」
ライ「協会は、ベルリンに事務所を持つことを決めました。いよいよ本格的に活動を開
始する予定です」
オーベルト。
― どっと涙があふれてくる。
2.宇宙旅行協会・事務所
「ここです」
と、オーベルトを連れてくるライ。
中に、一人の男がいる ― 初代会長ウィンクラー。
ウィンクラー「なかなか良い所じゃないか、オーベルト」
オーベルト「(見る)会長」
ウィンクラー「(笑って)会長は君だろう」
オーベルト「でもどうして急にやめたんだ?もうロケットに興味は…」
ライ「企業に引き抜かれたんですよ。ユンカース社がロケットに興味を持ったらしくて
…」
ウィンクラー「ぼくもチャンスは逃がさないよ。君が映画会社の話にのったようにね」
オーベルト「(見る)ハハ…(と照れ笑い)」
ウィンクラー「はやく君に追いつけるように頑張るつもりだよ」
握手をかわすウィンクラーとオーベルト。
N「ドイツのロケット開発は、わずかずつではあったが、確実に進展しつつあった」
3.事務所・表
N「1929年末、宇宙旅行協会(VfR)は、新会長オーベルト、副会長ライ、それ
にオーベルトの助手だったネーベル、新たに助手に加わったリーデルを中心に本格的
な活動を開始した」
4.同・表
ロケットの部品を運んで来るネーベルとリーデル。
二人に青年が声をかける。
青年「お手伝いしましょうか?」
ネーベル「(見る)ああ、すまんね」
5.同・中
ロケットの部品を運び込んでくるネーベル、リーベル、そして青年。
ネーベル「ロケットの部品、買い取ってきましたよ」
ライ「ごくろうさん」
ネーベル「ウーファ映画会社、意外なほど親切でしたよ」
ライ「映画がヒットしたからだな。よかった。これで実験のメドがたつ」
リーデル「あれ?オーベルト先生は?」
ライ「相変わらずの資金集めさ」
リーデル「お客さんが来てるんだけど…」
見るライ。
青年、ペコリと頭を下げる。
6.街
食料品店の前に行列ができている。
N「1929年10月24日のニューヨーク・ウォール街の大暴落に端を発する大恐慌
は、世界中に波及し始めていた。
資金集めに苦労していた宇宙旅行協会(VfR)は、いっそう苦況に立たされてい
た」
通り過ぎるオーベルト。
グーッと腹が鳴る。
立ち止まり、店を振り返る。
ポケットをさぐる ― 小銭が数枚。
タメ息をつくオーベルト。
が、その小銭をグッと握りしめ、
オーベルト「VfRが軌道に乗るまでは…」
行く、オーベルト。
7.宇宙旅行協会・事務所
帰ってくるオーベルト。
ライ「どうでした?」
オーベルト「国立化学技術研究所が、ロケットの実験を見たいと言ってきた。もし将来
性のあるものであれば、資金援助をしてくれるそうだ」
ネーベル「やったあ!」
喜ぶ一同。
オーベルト「(青年に気づく)ん?誰だい?」
ネーベル「あ、先生のお客さんです。先生にあこがれて、是非弟子にしてくれって…」
青年「ウェルナー・フォン・ブラウンです。よろしくお願いしますっ」
オーベルト「若いな。学生かい?」
青年「はい。工科大学の一年です」
オーベルト「若い人の参加は大歓迎だ。いつでも好きな時に来なさい」
フォン・ブラウン「ありがとうございますっ!」
ライ「ところでオーベルトさん、研究所に見せる実験というのは?何をするつもりです
?」
オーベルト「円錐ノズルの燃焼実験をやろうと思っている」
びっくりするライとネーベル。
ライ「あれは…」
オーベルト「エンジンの問題は避けて通れない」
ネーベル「しかし、今度失敗したら…」
オーベルト「わかっている。だけど、他に何を見せたら相手を説得できる?」
二人「…」
オーベルト「なあに、私だって今まで、何もやっていなかったわけじゃない」
リーデル「(隣のフォン・ブラウンに)君の初仕事は、大仕事になりそうだな」
フォン・ブラウン「はいっ!」
8.研究所
― 国立化学技術研究所
1930年7月23日 ―
9.同・実験室
燃焼実験の装置がセットされている。
水を満たしたバケツに円錐エンジンが上向きにすえつけられている。
助手のリーデルを除いて、遮蔽版の後に身を隠すようにいる人々。
研究所の博士1がオーベルトに、
「そろそろ始めて下さい」
うなずくオーベルト。
オーベルト「リーデル君」
うなずくリーデル。
ネーベル「弁を開きます」
ノズルから噴出する燃料。
オーベルト、その顔に、
― 今度こそ… ―
リーデル「点火します!」
布に火をつけ、ノズルに投げつけるリーデル。同時に遮蔽板の後に逃げる。
ゴーッと、ものすごい音をたて始めるエンジン。
一瞬、身をすくめる一同。
しかし炎、見事に噴出している。
立ち上がるオーベルト。
オーベルト「やった…」
フォン・ブラウン「(推力計を見ている)推力7kg!」
ネーベル「成功だっ!」
歓喜する一同。
N「この日、円錐ノズルエンジンは90秒間作動し、一定推力7kgを発生した」
10.同・表
オーベルトに握手を求める博士1。
博士1「見事です、オーベルトさん。研究費の援助については、私が責任を持って進め
ます」
オーベルト「ありがとうございます」
11.帰り道
ホクホク顔の一同。
しかし、オーベルトだけ神妙な顔つき。
フォン・ブラウン「どうしたんですか?先生。さっきから黙ったまま…」
オーベルト「これから我々はどうすべきだろうね?」
リーデル「どうするって…」
ネーベル「決まってますよ。世界最初の液体燃料ロケットを、自分たちの手で打ち上げ
るんですよ!」
オーベルト「ロケットを打ち上げる?どうやって?」
ネーベル「今日、推力7kgのエンジンを得たということは、機体を7kg以下で作れ
ば、そのロケットは、地上から飛び上がるということです!」
満足そうにうなずくオーベルト。
オーベルト「その通りだ、ネーベル。これで私も、心おきなくトランシルバニアに帰れ
る」
一同「(驚き)えっ!?」
オーベルト「私はルーマニアの一高校教師にすぎないからね。休暇をとるのも限界だし、
ドイツ(こちら)の生活も限界なんだ。早くロケットでメシが食える時代が来ればい
いのだが…」
寂しそうに笑うオーベルト。
12.イメージ
去っていくオーベルト。
N「再びオーベルトはドイツを去った
*
その翌年、」
13.イメージ
打ち上がる小さなロケット ― HWI。
それを見上げるウィンクラー。
N「1931年2月、宇宙旅行協会を離れたヨハネス・ウィンクラーのチームが、」
14.イメージ
打ち上がる小さなロケット ― リパルサー1号。
見上げるネーベルたち。
N「5月には宇宙旅行協会のチームが、それぞれ液体燃料ロケットの打ち上げに成功す
る。
*
こうして、(当時、彼らは知らなかったが、)アメリカのゴダードに遅れること5
年、ドイツもロケット打ち上げ時代に突入した」
15.実験場
作業をしているネーベルたち。
エンジンを組み立てているフォン・ブラウン。
フォン・ブラウンに質問をしかける一人の男。
男「このエンジンの推力はどれくらいだね?」
フォン・ブラウン「(作業を続けたまま)10から20kgというところだと思います」
男「燃料の消費率と打ち上げ時の重量は?」
フォン・ブラウン「(ふと手を止めて、見る)いやに詳しいですね」
立っているのは軍人である。
― ウォルター・ドルンベルガー。陸軍兵器局液体ロケット研究班班長(当時大尉)―
N「第一次大戦に敗れ、ヴェルサイユ条約で厳しい軍備の制限を受けていた軍部は、こ
の時期、制限対象に抵触しない液体ロケットに注目し始めていた」
16.イメージ
軍靴の足音。
N「その翌1933年、ナチス・ヒトラー、政権奪取」
17.イメージ
ヒトラー。
N「世界は再び激動の時代へ突入していく」
18.イメージ
細々と実験をくり返す宇宙旅行協会。
*
授業をしているオーベルト。
N「その時代の嵐の真っただ中に、宇宙旅行協会は、巻き込まれていくのである
― 」
(B−3・終)
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