「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
 ― Dスプートニク(2) ―

 作.伊藤智義


1.グルートルップの家
  ドイツ人技師たちが集まっている。
 技師1「3tの重量物を積んで、射程が3,000Kmの大型ロケット?」
 技師2「3tというのは何だろう?」
 グルートルップ「原子爆弾だ。それ以外には考えられない」
 「原爆?!」
  ビックリして見る一同。
 グルートルップ「かつて、V2号が完成した時、ヒトラーは興奮して、『最終兵器を
  手にいれた。これで世界を支配できる』そう豪語したという。しかしV2号は最終
  兵器にはならなかった。だけどもし、ロケットに核弾頭が積み込めるとしたら…」
  一同。
 グルートルップ「それは間違いなく、最終兵器となるだろう。しかも、射程が3,0
  00Kmというのは、ヨーロッパ全域をカバーする。つまり…」
 技師3「我々は、祖国に核を打ち込むという…」
 グルートルップ「そうだ」
 一同「…」

2.ロケット研究所・一室
 ウスチノフ軍需大臣「研究を拒否するだと?」
 グルートルップ「はい。我々ドイツ・チームは、3t、3,000Kmの大型ロケッ
  トの開発には協力できません」
 ウスチノフ「正気かね?グルートルップ」
 グルートルップ「覚悟はできています」
 ウスチノフ「覚悟?…フフフ…ハハハ…」
  突然笑いだすウスチノフ。
  とてつもない不安感におそわれるグルートルップ。
  その不安を押し殺すように、
 グルートルップ「失礼します」

3.同・廊下
  出てくるグルートルップ。
  コロリョフが待ちかまえている。
 コロリョフ「本気か?グルートルップ!」
 グルートルップ「(見る)コロリョフ博士は最初から知っていたんでしょう?本当の
  狙いを」
  コロリョフ。
 グルートルップ「おそらくソ連の最終目標はアメリカ本土を直撃できるICBM(大
  陸間弾道弾)だ。しかも核弾頭つきのね」
 コロリョフ「…」
 グルートルップ「違いますか?」
 コロリョフ「確かにソ連チームではICBMの研究が進んでいる。しかし、目的はそ
  れだけじゃない。ソ連では今、人工衛星を打ち上げる計画がスタートしようとして
  いるんだ」
 グルートルップ「人工衛星!?」
 コロリョフ「そう。人類が、自らの手で、新しい天体を作り上げようというわけだ」
 グルートルップ「…」
 コロリョフ「考えてもみろよ。もし月まで行けるロケットがあれば、それはそのまま
  ICBMとして立派に通用する。今やロケットとミサイルは同一なんだ。それを証
  明したのは君たちだろ?」
 グルートルップ「今までは核がなかった。ロケットの軍事的価値はなかった。それを
  証明したのもV2号だった。だけど今は…」
 コロリョフ「我々の計画では、人工衛生を打ち上げる時の第一段ロケットには、開発
  中のICBMが使われることになっている。現在の研究が将来、ロケットになるの
  か、ミサイルになるのか、それは誰にもわからない。人類の良識の任せるしかない
  んだ。だから我々は…」
 グルートルップ「あなた方はそれでいいかもしれない。”祖国のために”という大義
  名分がある。だけど私たちは、夢を追えば追うほど、祖国を裏切ることになるんだ
  !」
  コロリョフ。
 グルートルップ「私たちは、ドイツ人なんですよ…」
 コロリョフ「…」
   *
 N「この後、グルートルップは職を解任され、ドイツ・チームは、モスクワの北西に
  ある湖に浮かぶ島に移された」

4.湖の中にある小島

5.そこにある民家

6.同・中
  技師たちが集まっている。
 技師1「この島に移されてから、もう3年になる。はじめはソ連の科学者たちがいろ
  いろ質問しに来てたけど、今ではもう誰もこなくなったな」
 技師2「もうオレたちから聞き出すことは何もないということだろう。実際、コロリ
  ョフはすごい男だ。V2号のノウハウを、またたく間に吸収してしまった。オレた
  ちは用済みということさ」
 技師3「そ、それじゃ、ぼくたちはどうなるんです?…まさか、殺されてしまうんじ
  ゃ…」
  ビクッと見るグルートルップ。
 技師1「まさか、そんなことはないだろう。戦争は終わったんだ。ナチスじゃあるま
  いし…」
 技師3「しかしスターリンなら…」
  そこに技師4、入ってくる。
 技師4「どうしたんだい、皆集まって深刻な顔して…。時間はくさるほどあるんだ。
  もっと面白おかしく暮らそうじゃないか」
 グルートルップ「何だい?その手に持っているのは?」
 技師4「ラジオですよ。あり合わせの部品で作ってみたんです」
 技師1「聞こえるのか?」
 技師4「バカヤロウ。海外放送だって受信できるすぐれ物だぜ。BBCだって、いい
  か…」
  スイッチを入れる技師4。
  チューニングすると、雑音の中から声が流れてくる。
 技師4「(得意)ほら」
 技師2「しかしヒデェ雑音だな」
 技師4「何を!」
  グルートルップ、ハッとなる。
 グルートルップ「静かに!ボリュームを上げてくれ!」
 技師4「(見る)はい」
  ボリュームを目一杯上げる。
 ラジオ「…臨時ニュースを申し上げます。ソ連の首相スターリンが死去した模様です。
  くり返します…」
 「スターリンが死んだ!?」
 技師1「あのスターリンが死んだのか?ハハ…」
  興奮してくる一同。
 技師3「ということは、ぼくたちはどうなるんですか?」
 グルートルップ「わからない。わからないけど…」
  ドンドンとドアをノックする音。
 グルートルップ「はいっ」
  警察官が入ってくる。
 警察官「警察の者ですが…あなたがたに移動命令が出ています」
 「移動?」
  見る一同。
 グルートルップ「どこへ?」
 警察官「どこ? ― ドイツですよ」
 「ドイツ!?」
 技師1「ドイツに帰れるのかっ!?」
 警察官「(ニッコリ笑って)スターリンが死んだんですよ」
  グルートルップ。
 技師3「やったあ!」
  喜ぶ一同。
  グルートルップ。

7.走って行く列車
 N「1953年、グルートルップらドイツ人技術者たちは、8年ぶりに祖国ドイツの
  土を踏んだ」

8.イメージ
  東西ドイツを分ける国境の壁。
 N「しかし彼らは、その時はじめてドイツが東西陣営に分断されていたことを知った。
  そして、冷戦のさ中、激化する米ソ軍備開発競争の真っただ中に、彼ら自身が巻き
  込まれていたことを知ったのである」
  延々と続く壁を目の当りにしてボー然となっているグルートルップら。

9.ソ連・ロケット工場
  大型ロケットの組み立てが進んでいる。
 N「一方その頃、ソ連のロケット開発は、コロリョフの指導のもと猛烈な勢いで進ん
  でいた」

10.発射場
 N「そしてついに1957年10月4日」
  爆音とともに打ち上がる大型ロケット。
 N「コロリョフは人類史上初めて、人工衛生”スプートニク”の打ち上げに成功する」

11.イメージ
  大観衆に包まれるコロリョフ。
 「コロリョフ!」
 「コロリョフ!」
  の大歓声。
  手を振ってこたえる”英雄”コロリョフ。
 N「それは、ソ連の実力がアメリカに匹敵し、あるいは上回ったことを世界に知らし
  めた初めての快挙であった」

12.イメージ
  夜空を見上げているグルートルップと、かつてのドイツ人技術者たち。
 N「その夜、世界各地で落ちることのない流れ星が観測された」
 グルートルップ「(夜空を指さし)あ、あれかな、スプートニクは」
  夜空を流れる一条の光。

13.イメージ
  地球を見下ろし、軌道を回るスプートニク。
 N「人類史に偉大な足跡を残したスプートニク ― その陰にはソ連に強制連行されて
  きたドイツ人科学者たちの計り知れない努力があった。
   しかしソ連当局は、ドイツ人がソ連のロケットを開発に従事していたことすら認
  めようとしない。ましてV2号のノウハウがソ連の宇宙開発の基礎になっているな
  どということを肯定することはなかった、という ― 」


 (D−2・終)


 解説


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