「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
 ― @K・E・ツィオルコフスキー(2) ―

 作.伊藤智義


1.ツィオルコフスキーのボロ家
  研究をしているツィオルコフスキー
 N「ツィオルコフスキーは生涯を通してほとんどが“一人”であった。援助してくれ
  る人もなく、論議する相手もいない。
   そういう中から、すぐれた研究が次々と生まれていく」

2.会議室
 ― ロシア科学アカデミー 研究費助成審査会 ―
  大勢の学者を前に、説明に立つ男A。
 A「現在世界各国で初飛行をめざして研究が盛んになってきている飛行機についてで
  すが、我が国でも最近面白い研究成果が発表されました。こちらが発表者のツィオ
  ルコフスキー氏ですが、氏は耳が不自由なので代わりに私が報告します」
  Aの横で小さく座っているツィオルコフスキー。
 A「まずこの図をご覧下さい」
   *
  図(ツィオルコフスキーが考えた飛行機)
   *
 A「この飛行機の特徴はまず、翼にあります。現在多くの飛行機研究家は、浮力を大
  きくするために翼を二枚、または三枚にすることを考えています。しかしツィオル
  コフスキー氏は、それでは空気抵抗が大きくなりすぎて良くないと指摘しています。
  さらに空気抵抗を小さくするために飛行機全体を流線型のおおいで包みます」
 学者1「その図を見ると、翼には何の支えもないように見えますが…」
 A「ありません。翼は本体に直接くっついているだけです」
 学者1「そのような構造では、すぐに空中でバラバラになってしまうのではないです
  か?」
 A「その点は大丈夫です。この飛行機は丈夫な金属で作るのです」
 「金属で!?」
  見る一同。

3.イメージ
  現在の飛行機製造現場。
 N「ツィオルコフスキーの理論は、現在の航空工学では極めて基本的な“常識”であ
  る。
   しかし、当時は ― 」

4.審査会
 学者2「ハハハ…何を言い出すのかと思えば…。どこの馬の骨だね?そのツィオルコ
  フスキーという男は」
  ツィオルコフスキー。
 A「しかし、金属で作ればそれだけで丈夫になり、力の強いエンジンをつけて速く飛
  べるので、少しくらい重くなっても、かえって有利であると指摘されています」
 学者2「ならば飛行機の専門家として一言言わせてもらおう。軽い木や布の代わりに
  思い金属を使う、少しでも軽くする代わりに流線型のおおいですっぽりと機体を包
  む、柱や針金でささえられた二枚の翼の代わりに、一枚のピンと張った翼にする ―
  どれもこれも“常識”に反することばかりだ。飛行機というのはだねぇ…」
 A「しかしこの論文は極めて理知的です。すべては計算によって証明されています。
  決していい加減な…」
 学者3「君は本気でその研究に金を出せというつもりかね?」
 A「もちろんです。その成否は別としても彼はそれに値するだけの…」
 学者3「田舎の中学教師に政府が金を?」
 A「(見る)」
  場内に嘲笑が起こる。
 A「…」
  うつむくツィオルコフスキー。

5.別室
  Aとツィオルコフスキー。
  何か言おうとするA。
 ツィオルコフスキー「(笑顔を見せ)わかります。ダメなんですね?研究費は出ない
  …」
 A「…」
  静かにうなずくA。
   *
 N「ツィオルコフスキーは時として“早すぎた天才”といわれる。その理論があまり
  にも時代を先取りしすぎていたためである」

6.ツィオルコフスキーの家
  ツィオルコフスキーの模型の飛行機を手にとって見ているA。
 A「正直言って私には、この飛行機がすぐれたものなのか、ただのガラクタなのか見
  当もつかない。だけど少なくともこの飛行機には、他のものにはない新しいアイデ
  アがある。そういうものにこそ援助するのが科学政策だと私は思うんだ。今のロシ
  アにはあまりにも科学を育てる姿勢が欠けている!このままではこの国は…」
  お茶を持ってくるツィオルコフスキー。
 「?」とAを見る。
  A、フッとからだの力が抜ける。
  A、紙に書く。
 “ロシア語(残念だったね)”
 ツィオルコフスキー「残念でしたけど、まだ次もありますから」
 A「(見る)次?」
 ツィオルコフスキー「見てくれますか?」
  研究ノートを持ってくるツィオルコフスキー。
 A「(受け取る)飛行船、飛行機ときて、次っていうのは何だい?」
  ノートをめくるA。
 「ん?」となる。
 A「何だいこれは?」
  表情が一変する。
 A「…地球を飛び出す?…宇宙空間?…ロケット!?」
 ツィオルコフスキー「計算によると、地球の引力を振り切って宇宙に飛び出すには初
  速で11.2Km/sの速さが必要です。それは現在考えられている飛行機では不
  可能で、ロケットが最適です」
 A「…飛行機すら今だ完成されていないというのに、君って男は…。私にもわからな
  くなってきたよ、君が真にすぐれた研究者なのか、ただの夢想家なのか…」
 ツィオルコフスキー「(淡々と話し始める)私は今まで、自分の生活が貧しかったこ
  とを気にとめたことはありませんでした。本が買えるだけの余裕さえあれば、それ
  で十分でした。本は…私に新しい世界を教えてくれました。耳が聞こえなくなって
  すべてを失ったと思えた時、本は、大きな可能性を見せてくれました」
  A。
 ツィオルコフスキー「だけど今は…」
  A。
 ツィオルコフスキー「お金が欲しい。自分の理論を実験で確かめたい。そして宇宙へ」

7.イメージ
  宇宙空間に浮かぶ地球。
 ツィオルコフスキーの声「飛び出してみたいんです ― 」
   *
 N「1903年、ツィオルコフスキーの一生のうちでも最も重要な論文『ロケットに
  よる宇宙空間の研究』が発表される」

8.イメージ
  ライト兄弟の飛行実験。
 N「この年は、ライト兄弟が人類史上初めて飛行に成功した年でもあった」

9.イメージ
  中学校で授業をしているツィオルコフスキー。
 N「人類初飛行が騒がれるこの時期すでに、20世紀ロケット工学の理論は、ロシア
  の片田舎で完成されていたのである。
   *
   しかし、この論文も、ほとんど注目されなかった」

10.海戦
  戦艦が火を吹く。
 ― 1905年 日露戦争 ―
 N「この頃、帝政ロシアは、衰退につぐ衰退を続けていた。
   日露戦争で、よもやの敗北を喫したロシア軍は、」

11.戦場
 ― 1914〜1918年 第一次世界大戦 ―
 N「第一次大戦でも敗走につぐ敗走を続けた。
   そして ― 」

12.イメージ
  蜂起する市民軍。
 ― 1917年 十月社会主義革命 ―
 N「ついに帝政ロシアは倒れ、ソビエト政府が誕生する」

13.田舎町
  相変わらずの、のどかさ。

14.ツィオルコフスキーの家
  年老いたツィオルコフスキーが相変わらず一人コツコツと研究をしている。
  そこへA、息を切らしてやってくる。
 A「やったぞっ!科学アカデミーの正会員に選ばれた。みんなが君のことを認めたん
  だ!」
 ツィオルコフスキー「?」
 A「ええい、もう」
  歯がゆそうに紙に書きつけ、見せる。
 ツィオルコフスキー「(見る)…!」
  驚いたようにAを見るツィオルコフスキー。
 A「時代が変わったんだよ」
 ツィオルコフスキー「…」
   *
 N「1918年、ツィオルコフスキーは科学アカデミーの正会員に選ばれた。時に
  61歳。晩年になってようやく、時代が彼に追いついたのである」

22.イメージ
  ツィオルコフスキー。
 N「こうして、ツィオルコフスキーの描いた夢は、世界各地で、芽を出し始めるので
  ある」


 (@−2・終)


 解説


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