『コマの思い出』

作.伊藤智義

ヤングジャンプ第11回青年漫画大賞原作部門佳作受賞(1984年秋)

 


1.黒板

 「2月1日」の日付。

 

2.教室

 女教師1、転校生、高梨雪絵を紹介している。

女教師1「…というわけで、今日からみんなと一緒にこの五年一組でお勉強することに

 なりました、高梨雪絵さんです。仲良くしてあげてね」

雪絵「高梨雪絵です。よろしくお願いします」

 生徒たち、拍手。

 緊張気味の雪絵。

女教師1「それじゃ高梨さん、とりあえず当分の間は、あそこの空いている席にすわっ

 て」

 山田広志の隣にある空席。

雪絵「はい」

女教師1「山田君」

広志「はい」

女教師1「仲良くしてあげてね」

広志「はい」

 広志、雪絵を見る。

 雪絵。

声「仮入学?」

 

3.職員室

教師A「仮入学って何ですか?」

 教師たち、お茶など飲みながら話している。

女教師2「仮入学っていうのはね、引越しをしても住民移動の手続きをしないで子供だ

 けは転入学させようとするものよ」

教師A「…」

女教師2「つまり、何らかの理由で住民票の書き替えができなかった場合、もちろん正

 規の転校の手続きはできないわね。だって書類上は住所は元のままだからね」

教師A「(うなずく)」

女教師1「だけど、それだと教育上、困るわけですよ。ね。だから、そういう場合でも

 子供だけはその引越した地域の学校には入れる、というきまりがあるんですよ。これ

 を『仮入学』ていうんです。おわかり?」

教師A「ハア…。しかし、住民票の書き替えができないっていうのは一体…?」

女教師2「できないっていうより、しないのね。つまり…」

教師B「つまり夜逃げですよ」

 教師B、お茶をすすりながら来る。

教師B「昔は夫の暴力に耐えかねた奥さんが子供と一緒に家出し、別の所に隠れ住んで、

 子供を仮入学させていた、という例もあったらしいんですが、今はサラ金ですね」

女教師3「(うなずく)増えてるんですってね、最近、借金逃れのための仮入学が」

教師A「ヘェ…。それじゃ今度転校してきた高梨雪絵って子も…?」

女教師1「ええ。…かわいそうな子なんです。父親の借金のために各地を転々として…

 前にいた学校なんかはひと月も在籍していなかったものですから、学齢簿も作ること

 ができなくて、だからその一ヶ月、高梨さんはどこの学校にも存在していない、とい

 うことになってるんだそうです」

教師A「へえ…」

女教師1「根は明るい子みたいなんですけど、転校が多くなって、最近ちょっと自閉的

 になっているとか…。無理もないですけどね」

 教師たち、うなずく。

 間。

女教師1「はやくうちとけてくれるといいんですけど…」

 

4.透き通るような冬の青空

 子供たちの歓声が聞こえてくる。

 

5.校庭(休み時間)

 五年一組の生徒たちが『コマ回し鬼ごっこ』をして遊んでいる。

 [『コマ回し鬼ごっこ』とは、コマを手または空かんのフタなどの上で回しコマが回

 っている間だけ動くことができる、という鬼ごっこである。]

 少年A、逃げていたが、自分のコマが止まってしまい、あわててひもを巻く。

 鬼の子、少年Aに気づき、猛然とやってくる。

 鬼の子の、手のひらで回っているコマ。

 少年A、あせってくる。コマのひもを巻きおえると、急いで手の上へ−。

 しかし、あまりにあせっていたので、『手乗り』に失敗。

 鬼の子、迫る。

 少年A、かんねんして立ちつくす。

 鬼の子、勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべ、少年Aにタッチしようとする。

 が、その瞬間、鬼の子のコマ、コトリと止まってしまう。

 鬼の子、「あっ」と非常に情けない声を上げる。

 まわりから盛んにヤジ、歓声。

 少年A、九死に一生を得、懸命にコマにひもを巻きだす。

 それを見て鬼の子も気を取り直し、懸命にひもを巻き始める。

 二人の『手乗り』合戦。

 少年Aが一瞬早くコマを手に乗せ、逃げていく。

鬼の子「あっ、あっ、ちょっと待ってよ。ねえ!」

 逃げていく少年A。

鬼の子「…チェッ!」

 また回りからヤジ、歓声。

 男の子も女の子も、実に楽しそうに遊んでいる。

  *

 その子供たちの奥、かたわらのベンチに雪絵が、うって変わってポツンと座っている。

 雪絵、みんなが遊んでいるのを、ボンヤリ見ている。

 そこに女の子数人、来る。

少女1「高梨さん」

雪絵「(見る)」

少女1「ゴムとび、しない?」

雪絵「(首を振る)」

少女2「ねえ、やろうよ。おもしろいよ」

雪絵「(首を振る)」

少女3「ねえ…」

雪絵「(首を振る)」

 女の子たち、顔を見合わせ、「しかたないな」という様子。

 雪絵。

声「転校してきて一週間…」

 

6.職員室

 窓から女教師1と教師A、雪絵の様子を見ている。

女教師1「友達を作ろうとしないばかりか、ろくに口もきこうとしないんですよ」

 教師A。

女教師1「どうしてでしょうね…」

(雪絵の所から女の子たち、離れていく)

 教師A。

女教師1「いくら誘われても、さっきのようにただ首を振るばかりで…」

 

7.校庭

 遊んでいる子供たち。

声「ああいうふうにみんなと遊んだ方が楽しいでしょうに…」

 追いかける鬼の子。

声「友達がいなければ、学校来たって、おもしろくないでしょうし…」

 はじけるように逃げる子供たち。

声「ああいう子、はじめてだから私、正直言って困ってるんです…」

 逃げている子供たちの中で、広志、雪絵に気づき、ふと立ち止まる。

声「どうしてでしょうね」

 ベンチに座っている雪絵。

声「どうして…」

 雪絵の前に広志、手のりを続けたまま、来る。

 雪絵。

広志「おもしろいよ」

雪絵「(首を振る)」

 鬼の子、広志の背後から忍びよる。

広志「(気づかず)ねえ、やろうよ」

雪絵「(首を振る)」

 雪絵、鬼の子に気づく。

雪絵「(思わず)あ、」

広志「ん?」

 振り向く。

広志「あっ!」

 鬼の子、ニヤリとして立っている。

鬼の子「はい、タッチ!」

 鬼の子、広志にタッチし、広志のコマを思いきり地面に叩きつけ、逃げていく。

 回りから笑い声、ヤジ、歓声。

広志「チクショー!やられたあ!」

 広志、コマを拾い上げ、急いでひもを巻き、手のりをして、追いかけていく。

広志「待てーっ!」

 雪絵、その様子を見て、ちょっぴり寂しそうな笑みを浮かべる。

 

8.職員室

 見ている女教師1と教師A。

教師A「(苦笑い気味に)どうしてですかねぇ…ぼくにもちょっと…」

女教師1「…(タメ息)」

 うしろで電話が鳴る。

 振り向く女教師1、教師A。

 女教師2がでる。

女教師2「もしもし。−はい、光丘小学校ですが−。はい−、はい−、何でしょう?−

 え?(けげん)高梨雪絵の住所を教えてほしい?」

 教師たち、注目する。

女教師2「(キ然として)うちにはそのような生徒はおりません。−はい、間違いござ

 いません。−え?−調べるも何も、いないっていったらいないんです!だいたいあな

 た、どなたですか?一体どういうつもりで…(ガチャッと切れる)」

 女教師2、フン然として、受話器を置く。

 見ている教師たち。

女教師1「(不安そうに)どういうことでしょうか?やっぱり借金取りからの…」

女教師2「間違いないでしょうね」

教師A「えっ、だって高梨が転校してきてまだ一週間ですよ。しかも仮入学までしてい

 るのに、こんなに早く足取りがつかめるなんて…」

女教師3「いえ、間違いないと思います。ここ二、三日、怪しい男が学校の回りをウロ

 ウロしているそうです。十分気をつけないと…」

教師A「しかしですね…」

教師B「向こうも厳しいと聞きますからなあ。必死なんでしょうな」

 教師A。見る。

 教師たち。

 女教師1。

 間。

 女教師1、絶望的なタメ息をつく。

 

9.高梨家(四畳半一間のボロアパート)

 朝。

 母、食器を洗っている。

 雪絵、学校の仕度をしている。

雪絵「(仕度をしつつ)父さんは?」

母「仕事に行ったよ」

雪絵「お仕事、あったの?」

母「(手が一瞬止まる)あ、ああ」

雪絵「フーン…」

母「それより雪絵、学校どうだい?楽しい?」

雪絵「相変わらずよ」

母「あ…ああ、そうだね」

雪絵「それじゃ行ってくる(立ち上がる)」

母「ああ。−あ、雪絵」

雪絵「(見る)」

母「くれぐれも言っておくけど、変なおじさんに何か聞かれても、決して何もこたえち

 ゃいけないよ。特に住所とか電話はね」

雪絵「(くつをはきつつ)電話はないでしょ」

母「ああ、そうだね」

雪絵「(笑って)わかってるわよ。毎日毎日言わなくても。私だってあんまり引越しし

 たくないもん、大丈夫よ、そんなへまはしないわ」

母「(伏し目がちに)うん、そうだね…」

雪絵「それじゃ、行ってきまーす」

母「あ、気をつけてね」

 

10.ボロアパート

 二階の一室から雪絵、出てくる。

声「高梨さん、おはよう!」

 雪絵、ドキッとして見る。

 下で広志が手を振っている。

 雪絵。

 

11.道

 雪絵と広志、並んで歩いている。

広志「驚いた?」

 雪絵、不審そうに見る。

雪絵「どうして、うちがわかったの?」

広志「先生が教えてくれたんだ」

雪絵「先生が?」

広志「うん。ぼくんち、けっこう近いんだ。その角を右に曲がって、パン屋を左に行っ

 て…」

雪絵「でもどうして…うちに来たの?」

広志「…(考える)…」

 突然、何を思ったのか、テレ笑い。

雪絵「?」

 間。

 しばらくして、

広志「(ポツリと)ぼくもさ、」

 雪絵。

広志「転校してきたんだ、半年くらい前に」

 雪絵。

広志「転校してきた時ってさ、寂しいでしょ」

 雪絵。

広志「不安、でしょ?」

雪絵「…」

広志「いじめられるんじゃないか、とか、仲間に入れてくれないんじゃないか、とか…。

 もしかしたら、あの人はいじめっ子じゃないかな、とか」

 雪絵。

広志「ぼくなんかさ、ちょっと弱虫だから、なかなか『入れて』って言えなくて…(ち

 ょっと笑う)そんな時、青木君がさ、…あ、青木君っていうのは、ホラ、昨日のコマ

 回し鬼ごっこで、鬼のときぼくをつかまえた人…」

雪絵「(うなずく)」

広志「うん。その青木君がさ、ぼくがポツンとひとりでいる時、声かけてくれたんだ。

 うれしかったんだ。すぐみんなと友達になれたよ」

雪絵「…」

広志「でさ…今度はぼくの番じゃないかって、思ったんだ」

雪絵「(見る)」

広志「高梨さんが転校してきた時、今度はぼくの番じゃないかって…」

 広志、照れて、カーッと真っ赤になる。

雪絵「…」

 間。

広志「高梨さん、コマ、回せる?」

雪絵「回せない」

 

12.教室(国語の授業)

 少女4が教科書を読んでいる。

少女4「秋の空が青く美しいという

    ただそれだけで、

    なにかしらいいことがありそうな気のする

    そんなときはないか

    空高く噴き上げては

    むなしく地に落ちる噴水の水も

    わびしく梢をはなれる一枚の落葉さえ

    なにかしら喜びに踊っているように見える

    そんなときが…」(  )

 雪絵、教科書から目を離して、ボソッとつぶやく。

雪絵「せっかくで悪いんだけど、私、コマ持ってないし…」

 広志、見る。

雪絵「ほんとに悪いんだけど、コマだって回せないんだし…」

 広志、うれしそうに笑顔になる。

広志「教えてあげるよ。コマだって貸してあげるし…。そうだ!今日、二人で練習しよ

 うよ。近くの公園でさ…」

教師1の声「山田君!」

 広志、ハッと前を見る。

教師1「おしゃべりは休み時間にね」

広志「はい」

 広志と雪絵、あわてて教科書に目を落とす。

 少女4の声が再び教室内に響きわたる。

少女4「(教科書を読む)詩を読む場合、なによりも大切にしたいのは、まず自分自信

 で味わってみることだと思います。自分の想像力を自由に…」

 広志、自分のノートをソーッと雪絵の机にすべらせる。

 雪絵、見る。

ノート「学校が終わったら、

    竹の子公園で、

    コマ、やろうよ。」

 雪絵、広志を見る。

 広志、変に照れる。

雪絵「…(困り顔)」

 

13.校舎

 チャイムが鳴る。

 

14.校門(下校)

 生徒たち、次々とはき出されてくる。

 雪絵、考えごとをしながら出てくる。

 

15.物かげ

 怪しい男A、Bが、校門から出てくる生徒たちを観察している。

 男B、雪絵を発見する。

男B「あ、あれ」

 男Aも気づき、あわててポケットから一枚の写真を取り出す。

 写真は、雪絵を真ん中にして、その両脇に父と母がいるもの。

男A「(雪絵と写真を見比べ)間違いない。高梨の娘だ。ヤロー、やっぱりこの町に逃

 げこんでたか」

男B「よし!」

 と、雪絵の方へ行こうとするが、男Aがそれを制する。

男A「待て。変に感ずかれて逃げられたりしたらコトだからな。ここは慎重に…。あと

 をつけて、まずは住所の確認だ」

男B「はい」

 

16.道A

 雪絵、歩いている。

 その少しうしろを男A、Bさりげなくついて歩いている。

 雪絵、かどを曲る。

 男A、B、かけ足であとを追う。

 

17.道B

 雪絵、歩いている。

 男A、B、ついている。

 雪絵、ふと立ち止まる。

 男A、B、ハッとして立ち止まり、さりげなく世間話でもするフリ。

 雪絵、考えている。

 

18.回想(ノート)

「…竹の子公園で…」

 

19.道B

雪絵「…(考えている)」

 が、雪絵、頭を振り、再び歩きだす。

 男A、B、も歩きだす。

 雪絵。

友だちなんかいらないわ。どうせすぐに引越ししちゃうに決まってるもん。友だち

 なんか…

 雪絵。

よけい寂しくなるだけだもん、友だちなんか…

 雪絵、ハッとして足を止める。

 気配を感じて―振り向く。

 男A、B、ビクッとして、慌てて話などし始める。

雪絵「…」

 男A、B。

 雪絵。

 ― 足早に歩きだす。

 男A、B、あとを追う。

 雪絵、緊張。ますます速足になる。

 男A、Bも速足に。

 雪絵、緊張感、一層高まり

 かどを曲がると、一気にかけだす。

 

20.道C

 走る雪絵。

 追う男A、B。

 

21.道D

 逃げる雪絵。

 迫る男A、B。

 雪絵、とっさに垣根のすき間に逃げ込む。

 男A、B、来るが、小さすぎて入っていけない。

男A「(Bに)向こうにまわれ!」

 

22.公園

 子供たちが楽しそうに遊んでいる。

 そのかたわら、広志、ポツンとひとり、ベンチに座っている。手には、うす緑色と朱

 色のコマ。待ちくたびれて、二つのコマをもてあそんでいる。

広志「やっぱり来ないのかなあ…」

 

23.道E

 雪絵、懸命に走ってくる。

 うしろを振り向き、男A、Bがもう追って来ないのがわかると、ガックリと足を止め

 る。

 完全に息があがっている。

 雪絵の立ち止まった所、そこはちょうど公園の前である。

 

24.公園

 広志、ひまそうにしているが、

広志「あれ?」

 遠くに雪絵らしき人影に気づく。

 はっきり確認すると、パッと明るくなり、立ち上がる。

 

25.道E

 雪絵、両手をひざにつき、ハアハア息をしている。

「高梨さーん!」という声に、雪絵、疲れた顔を上げる。

 見ると、広志がやって来る。

 雪絵、はじめてここが公園であることに気づく。

 

26.道F

 男A、B、違う方向から来る。

男A「どうだった?」

男B「いえ、どこにも…」

男A「チッ、逃げられたか。親子そろって逃げ足の速いヤツラだ」

男B「でも高梨がこの町にいることがわかったんですから、それだけでも…」

男A「(ひとつ息をつき)そうだな」

 

27.公園

広志「さあ、コマ、やろうか」

雪絵「(ちょっとあわてて)ち、違うのよ。私、コマなんかやりにきたわけじゃ…」

 息がはずんでいて思うようにしゃべれない。

広志「え?はやくはじめないと時間、なくなっちゃうよ?」

雪絵「ほんとに私、コマなんか…」

 

28.澄み渡る青空

 子供たちのキャッキャッした歓声が聞こえてくる。それにまじって

声「ひもはできるだけきつく巻いた方がいいよ。…そうそう、それでさ、こう…いや、

 そうじゃなくてさ、こう…うん。じゃ、まずはぼくがやってみるから。いい?」

 

29.公園

 広志、コマを構える。

 雪絵、真剣に見ている。

 広志、いとも簡単にコマを回してみせる。

広志「(振り向き)ねっ」

 雪絵、うなずく。

 ― 続いて回してみる。

 が、うまくいかない。

 雪絵、妙に真剣な表情で首をひねる。

広志「(笑顔で)はじめっからはムリだよ」

 雪絵も笑顔になって、もう一度首をかしげる。

広志の声「この日から、ぼくと高梨さんは毎日、公園でコマの練習をするようになった」

 

30.教室

 チャイムが鳴る。

女教師1「(教科書をおき)それじゃ、ここまでにしときましょう」

 いっぺんに騒がしくなる教室。休み時間。

少女1「(雪絵に)ゴムとび、しに行かない?」

雪絵「うん」

 女の子数人、かたまって出て行こうとする。

女教師1「(それを見て)あ、高梨さん」

 雪絵を呼びとめる。

雪絵「はい。何ですか?」

女教師1「高梨さん、最近急に明るくなったわね。先生、安心した。でも、どうして?

 何かいいことあったのかな?」

 雪絵。

 間。

雪絵「(ちょっと考えてから)…山田君の…おかげかな」

 雪絵、ちょっと照れたように舌を出して、行く。

 女教師1。

 間。

女教師1「…へえ」

 広志を見る。

 広志、友達としゃべっている。

女教師1「山田君!」

広志「(ビクッとして)はいっ」

女教師1「ありがとう」

広志「はい…?」

 

31.裏門(下校)

 広志と雪絵、来る。他には誰もいない。

広志「ねえ、どうしていつも裏門から帰るの?」

雪絵「どうしてって…」

 

32.回想

 男A、B。

 

33.裏門

 雪絵、門のところからキョロキョロと外をうかがう。

広志「?」

 つられて広志もキョロキョロする。

 

34.道G

 あたりに人影がないのを確認すると、雪絵、安心したように裏門から出てくる。

広志「ねえ、ねえ、何なの、一体」

雪絵「何って…」

広志「…?」

雪絵「…」

広志「…ま、いいか、そんなこと。人間秘密が多いほど魅力的だって言うしね」

雪絵「え?」

広志「あ、これ、うちのねえちゃんの口ぐせなんだ」

雪絵「へえ」

広志「そんなことより、今日はきっと回せるようになるね」

雪絵「そうかな」

広志「絶対だよ。きのう、もうちょっとだったんだし…」

 二人、行く。

  *

 二人の去ったあと、物かげから男A、B現れる。

男A「(二人の去ったあとを目で追い)裏門を使ってたとはな。どうりで見つからなか

 ったはずだな」

男B「はい」

 

35.公園

 広志と雪絵、コマを手にしている。

 広志、まずお手本として回してみせる。

 コマ、見事に回る。

 続いて雪絵、回してみる。

 ― だが、惜しくも失敗。

 雪絵、首をかしげる。

広志「(コマを拾い上げ)もっとひもを、しっかり巻かなくっちゃ。ぼくが巻いてあげ

 るよ」

 雪絵。

  *

 雪絵たちから大分離れている隅のベンチに、男A、Bが座っている。

 雪絵と広志を遠くに見ながら、

男B「もう、かれこれ一時間ですよ」

男A「まあ、気楽に待つさ」

 男A、腰をずり落とし、居眠りに入る。

  *

 雪絵、コマを持って構えている。非常に緊張している。

 広志も緊張して見ている。

 雪絵の手に光る、朱色のコマ。

 雪絵、思いきって―コマを回す。

 コマ 見事に回る!

 雪絵

(回っているコマ)

  喜び。広志を振り返る。

雪絵「やった!回ったわっ!」

  *

 陽がずい分傾いてくる。

  *

 男Aにつづき、Bも居眠りしている。

  *

 西日に輝くベンチ。

雪絵「あー、疲れた!」

 と、さわやかな顔でベンチに腰をおろす。

 広志も腰をおろし

広志「良かったね。回せるようになって」

雪絵「うん。手のりはまだまだダメだったけど」

広志「そりゃムリだよ。今日回せるようになったばかりで」

雪絵「うん。そうよね(と、ちょっとテレ笑い)」

  *

 ぼちぼち帰り始める子供たち。

  *

 遊び疲れて座っている雪絵と広志。

 間。

雪絵「(ポツリと)私ね、ほんとに来るつもりなかったのよ」

広志「(見る)」

雪絵「あの日、コマをしようなんて、ほんとに…」

 広志。

 間。

広志「…本当に嫌われていたんだね、きっと…」

雪絵「あっ、そうじゃなくて」

広志「ぼくってダメなんだよなあ、早トチリで…。ぼくが転校してきた時、すごく寂し

 かったから、きっと高梨さんも、なんて決め込んじゃって…」

雪絵「だから、そうゆうのじゃなくて!」

広志「(見る)」

雪絵「…私ね、ここに転校して来るとき、思ったの」

 広志。

雪絵「もう友だちなんかいらないって。どうせまたすぐ引っ越しちゃうに決まってるん

 だから、もう友だちなんて…」

広志「え!?また引っ越しちゃうの!?」

雪絵「ううん、そうじゃないけど…、うち、突然引越ししちゃうから…」

広志「突然?」

雪絵「うん。いつも突然…だから明日引越ししちゃうかもしれないし…」

広志「明日!?」

雪絵「だからもしかしたら!…もしかしたら、ずっとここにいられるかもしれないし…」

広志「ふーん…」

雪絵「だからね、私、思ったの。もう友だちなんかいらないって」

 広志。

雪絵「友だちいなければ、いつ引越しになっても寂しくないし、つらくないし、ああ、

 早く転校になって良かったなって思えるかもしれないし…」

広志「…」

雪絵「(ちょっと笑う)私、五年生になって四回目なんだ、転校」

 広志。

  *

 赤みを増してくる夕日。

  *

 広志 ―。

 間。

 雪絵、立ち上がる。

 広志、見る。

雪絵「私、そろそろ帰らなくっちゃ」

広志「あっ、これ…あげるよ」

 と、朱色のコマを差し出す。

雪絵「(見る)」

広志「せっかく回せるようになったんだからさあ…」

雪絵「うん…。ありがとう」

 コマを受け取る。

雪絵「あ、そうだ。私もあげるものあるんだ」

広志「え?ぼくに?」

雪絵「うん。(カバンをあけながら)今日何の日だか知ってる?」

広志「今日?エート…」

 考えている広志。

雪絵「ハイ」

 と、小さな包みを差し出す。

 広志、ドキッとする。

雪絵「(渡すと)それじゃまた明日ね」

 と、少し恥ずかしそうに、足早に去っていく。

 広志。

 ― 包みをあけてみる。中身は小さなチョコレート。

 広志、またまたドキッとする。

  *

 男A、B、まだ眠っている。

 男B、クシャミをし、目を覚ます。

 寒さにブルッとからだが震える。

 まわりを見回し、ドキッとする。

男B「(慌てて)黒川さんっ(と男Aを揺り起こす)」

男A「ん?どうした?高梨の娘が動きだしたか?」

男B「いえ、それがもう、どこにもいないんで…」

男A「なにっ!?(はね起きる)」

 男A、B、ボー然と公園を見る。

男A「(いかりがこみ上げてきて)おまえは一体何をやってたんだ!この仕事はなあ、

 俺たちの首がかかってんだぞっ!」

 男B。

男A「それをなあ…」

 男A、ふと気づく。

 遠くに立ちつくしている広志。

  *

 ボーっと立っている広志。だんだんうれしさがこみ上げてきて、笑顔があふれる。

広志「へえ、そうかあ…。高梨さん、ずっとこの町にいればいいのになあ…なんてね、」

 自分で照れて、振り返ったその足が、ビクンと止まる。

 男A、Bが来ている。

 広志。

男A「ぼうや。今、一緒に遊んでたの、高梨さんだろ?ちょっとおじさんたちに高梨さ

 ん家、教えてくれないかな?」

 広志 ―。

 

36.回想

教師1「最近学校の回りに怪しい人たちがウロウロしています。何をきかれても、決し

 て何もこたえてはいけません。いいですね」

 

37.公園

 広志、表情を堅くし、グッと口を結ぶ。

男A「おじさんたちは怪しい者じゃない。高梨さんとこの親戚なんだ。最近高梨さん、

 引っ越してきただろ?それで今日、あいさつに行くことになってたんだが、道に迷っ

 ちゃてね。ホラ、高梨さん家の写真だって持ってるんだ」

 男A、写真を見せる。

 広志、のぞき込むようにして見る。

 確かに雪絵が写っている。

広志「…」

男A「教えてくれるかい?」

広志「(安心したように)うん。ぼくが案内してあげるよ」

 男A、B、顔を見合わせ、ニヤッとする。

 

38.アパート・前

 広志と男A、B、来る。

広志「(指さし)ホラ、あそこだよ」

 アパートの階段を雪絵が上がっている。

 男A、B、顔を見合わせ、うなずく。

 

39.高梨家・前

 雪絵、階段を上がって、来る。

 鍵をだし、開けようとする。

 そこへ男A、B、来る。

男A「お嬢ちゃん」

 雪絵、見る。ドキッとする。

男A「お嬢ちゃん、高梨雪絵さんでしょ?」

雪絵「…(不安)」

男A「ここ、高梨さんのお宅でしょ?お嬢ちゃん家」

雪絵「…」

男B「(Aに)表札がありません。間違いありませんよ」

男A「(うなずく)」

 ノックする男A。

 雪絵、慌ててドアの前に立ちはだかる。

雪絵「ち、違います。ここ、高梨さんのお宅じゃありません。私、高梨雪絵じゃありま

 せん」

男A「(見る)おかしいなあ。あの子が教えてくれたんだよ」

 男A、下の広志を指さす。

 雪絵、見る。

 広志、雪絵に笑顔で手を振る。

雪絵「…」

 雪絵、必死に男A、Bに

雪絵「違います。私、高梨じゃありません。あんな子、知りません」

 男A、無視してノックを続ける。

 中から

声「雪絵かい?今開けるから、ちょっと待って」

雪絵「開けないでっ!お母さん、違うのっ!変なおじさんが…」

男B「あ、このガキ…」

 と雪絵の口をふさぐ。

男A「(激しくノック)高梨さん、開けて下さいっ!高梨さんっ!」

 雪絵、男Bの手を振りほどき

雪絵「ダメーッ!!開けちゃダメーッ!!」

男A「(ドンドンとノック)いい加減にしろよなっ!高梨っ!!っちがその気ならこ

 っちにも考えがあるんだぞっ!えっ!!」

 中からは一切の物音が聞こえなくなる。

男A「くそっ!」

 男A、雪絵を見る。

 雪絵。

男A「鍵、持ってたな?」

 雪絵、ドキッ。鍵をしっかり握って、その手をうしろへ。

 男A、Bに目で指し図。

男B「お嬢ちゃん、素直によこしな」

雪絵「…」

 雪絵、緊張。二、三歩、後ずさる。

 男B、じりじりと迫まる。

 雪絵、つばを飲む。そして、

 ― 男Bの脇をすり抜けて逃げる!

 が、

男B「おっと!」

 と、あっさりつかまってしまう。

雪絵「やめて下さいっ!ダメーッ!!」

 もみ合う二人。

 

40.下の広志

 もみ合っている二人をボー然と見ている。

ぼくは…

 

41.高梨家・前

雪絵「(必死)やめて下さいっ!」

 逃げまどう雪絵。

男B「こら、手をやかせるんじゃないっ!」

 追いかける男B。

 

42.広志

 ボー然と見ている。

ぼくは…

 

43.高梨家・前

 男B、泣きじゃくる雪絵の腕をねじり上げ、鍵を奪い取る。

男B「鍵、(男Aに渡す)」

 男A、受け取り、ドアを開ける。

 雪絵、涙でグショグショの顔で広志に、

雪絵「バカーッ!!なんてことしてくれたのよっ!!これで…これで…(涙でつまる)

 …山田君のバカーッ!!」

 持っていたコマを思い切り投げつける。

 

44.広志

 ビクッ、として、持っていたチョコレートを落とす。

 コマ、広志の足もとで、はじける。

 広志

ぼくは…

 

45.高梨家・前

 開けはなたれたドア。

 手すりにもたれて泣いている雪絵。

 

46.広志

大変なことをしてしまった…!

 

47.地面に落ちたチョコレート

 

48.欠けてしまったコマ

声「次の日」

 

49.黒板

「二月十五日」の日付。

声「高梨さんはもう

 

50.教室

教師1「…という、お父さんのお仕事の都合で、急なことで残念ですが、高梨さんは昨

 日、引越ししていきました」

生徒たち「(驚き)えーっ?」

 広志 衝撃。

    こみ上げる深い後悔。

教師1「短い間でしたが、とても楽しかった。どうもありがとう。と、みなさんに伝え

 て下さい、と高梨さんは言っていました」

 生徒たち、ざわめく。

 広志。

教師1「それから山田君」

広志「(見る)はい?」

教師1「(歩み寄り)手紙、預かってるわよ。必ず渡して下さいって」

 広志。

 教室内のあちらこちらから、ひやかしの声。

 だが広志には、まわりの声は一切耳に入らない。

 立ち上がって手紙を受け取る。

 あけてみる。

 

51.手紙

「 きのうは『バカ』なんて言って、ごめんなさい。せっかくもらったコマ、投げつけ

 たりして、本当にごめんなさい。おケガ、ありませんでしたか?

  短い間でしたが、仲良くしてくれて、どうもありがとう。とっても楽しかったです。

 何年かしたら、必ず遊びにいきます。

  その時もまた、どうか一緒に遊んで下さい。

  さようなら

 

        山田広志君へ

              高梨雪絵」

 

52.教室

 広志、読んでいる。

 

53.回想

 コマをはじめて回すことができて、喜んでいる雪絵。

 

54.教室

 読んでいる広志。

 

55.回想

 アパートの二階から、泣きじゃくり、広志にコマを投げつける雪絵。

 

56.教室

 広志。

 ― つき上げる悲しみ。

 

57.回想(公園)

雪絵「(ちょっと笑って)私、五年生になって四回目なんだ、転校」

 

58.教室

 広志。

 ― 突然。

 ワーッと泣きだす。

 驚いて見る生徒たち。

 教師。

 広志、あたりをはばからず、ワーン、ワーン、泣く。

 驚いて見ている生徒たち。

 泣いている広志。

 その教室全景に

 雪絵が重なり、

 それが

 

59.道をいくトラック

 その荷台に、家具と一緒に雪絵が座っている。

 その隣には父。疲れている。

父「(ポツリと)すまんな、雪絵」

雪絵「ううん。もう慣れちゃったから…」

 と、笑ってみせる。

 父、すまなそうに笑う。

 雪絵。

 ― その手には、欠けてしまったコマが、しっかりと握られている ―。

  

                              (終) 


選評

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