『国籍 前編

作.伊藤智義

ヤングジャンプ第12回青年漫画大賞原作部門最終候補作品(1985年春)


 

○登場人物

 

  中根哲男(35)

  中根重雄(70)

 

  部長(48)

  高梨雪絵(26)

  小林広志(23)

 

  首相

 

  その他

 


 

1.裁判所・前

 一台の車が止まり、中から中根哲男(35)、出てくる。

 待ち構えていたように、一斉にたかれるフラッシュ。

 群がる記者たち。

「裁判について一言!」

「脱税が発覚して、それを支払わないとは、どういうつもりですかっ!」

「勝算はあるんですかっ!」

 先頭に立って哲男に迫っている女性記者、

 高梨雪絵(26)。

 雪絵のうしろにくっついている新米記者、

 小林広志(23)。

 記者たちを制する付き人たち。

 哲男、いっさい動じてない。

 ― その日本人離れした顔つき。

 そこに新聞の見出しが次々とかぶっていく。

「中根哲男(中根建設社長)、巨額の脱税発覚

 

 入口へと向かう哲男。

「脱税額は史上空前、百億を越す

  *

 哲男に追いすがる雪絵。

  *

「中根哲男、税金の支払いを拒否。裁判へ

  *

 もみくちゃにされている広志。

  *

「脱税で裁判になるのか?」

  *

 堅い表情の哲男。

  *

「本当の狙いは!?」

  *

 哲男。

  *

「その真相は!?」

  *

 追いすがる記者たちを残し、哲男ひとり裁判所内へ入っていき、

 とびら、バタンと閉まる。

 

2.第一新聞社・報道部

 広志、くたびれて帰ってくる。

広志「部長、ただいま戻りました」

部長「オウ、ごくろうさん。で、どうだった?裁判について、何か新しいことでもわか

 ったか?」

広志「いやあ、全然。ただもみくちゃにされに行ったよなもんですよ」

部長「(笑って)記者なんてもんは、そんなもんよ。どれだけくつの底をへらしたかで、

 そいつの力がわかるんだ。おまえも一つ、勉強になっただろう」

広志「ハア」

部長「ところで高梨君は?一緒じゃなかったのか?」

広志「はあ、途中まで一緒だったんですが先輩、何か調べものがあるとかで…。すぐ戻

 るって言ってましたけど…」

部長「ほう…お、戻ってきたな」

 広志、振り向く。

 雪絵、足早にくる。

部長「ごくろうさん」

雪絵「(興奮気味)大変ですよ、部長!中根哲男は国籍を持っていませんっ!」

部長「ん?国籍がない?…どういうことだ?」

雪絵「はいっ、中根哲男は終戦後の混乱期に進駐軍のアメリカ兵と日本女性との間に生

 まれた私生児なんです!」

部長「へえ…ま、そう言われてみると、確かにハーフっぽい顔してるな」

広志「ええ」

雪絵「詳しいことはまだわかりませんけどその父親のアメリカ兵が、中根が生まれる前

 に本国に帰ってしまったらしいんですね。そのため日本国籍…もちろんアメリカ国籍

 も取れなかったようなんです」

部長「なるほど、それで無国籍か…」

雪絵「ええ」

広志「でもどうしてそんな人が日本一の建設会社、中根建設の社長になれたんですか?」

雪絵「そこなのね、小林君。どうも中根産業グループの創始者である中根重雄、現在の

 中根商事会長が、貧しかった中根哲男の母親から、哲男少年をひきとって、無国籍児

 のまま育てたようなのね」

広志「無国籍児のまま?」

雪絵「ええ」

部長「何かありそうだな…」

広志「裁判と関係があるんですか?」

雪絵「部長っ!!何かありそうじゃありませんよっ!!」

部長「え?」

雪絵「国籍がないってことはですね、」

 部長。

雪絵「税金を払う”義務”がないってことなんですよっ!!」

部長「…」

 部長、考えつつボンヤリ広志の顔を見る。

 広志。

部長「(ハッと気づいて立ち上がる)そうかっ!」

 回りに叫ぶ。

部長「一面トップは決まりだっ!!全段ブチ抜きで空けとけっ!!」

 いっぺんでザワめきたつ社内。

                        

3.回る輪転機

見出し「中根哲男に国籍ナシ」

   「裁判の行方は!?」

 

4.テレビスタジオ

 討論会。

学者A「無国籍ということはですよ、日本国民としての”義務”というものを果たす必

 要がない、ということを意味しているわけですよ。もちろん、”権利”もないですけ

 れどね」

司会者「ハア…」

学者B「はやく言えば、”国民ではない”ということですから、憲法に拘束されないわ

 けです」

司会者「なるほど…」

学者A「ということはですよ、無国籍者である中根哲男は、巨額の税金を払う必要がな

 い、ということになるわけですよ。ご存知のように、日本は累進課税をとっています

 から、中根哲男ほどの権力者になれば、その収入のほとんどは税金でもっていかれて

 しまうはずです。所得税だけでいえば収入の75%…。それがもっていかれない、と

 なれば、アッという間に巨額の富が築けるわけですよ」

学者B「最近では、戦後小さな一会社から始まった中根産業グループが、現在日本第5

 の巨大財閥にのし上がったのは、その資金を中根哲男に集中したためだろうと考えら

 れています」

司会者「それでは、中根グループの創始者である、中根重雄、現中根商事会長が、計画

 的に中根哲男を引き取り、無国籍のまま育てたっていうことですか?」

学者B「おそらくそうでしょう。ま、当時は一会社の社長にすぎなかったとはいえ、そ

 れくらいの後ろだてがあれば、国籍なんかはすぐに取れたでしょうからね」

アシスタント(女)「国籍をとるとか、とらないとか、おっしゃってますけど、私には

 無国籍ということが、よくわからないんですけど…」

学者A「(微笑)なるほど。…いや、昔から無国籍児の問題っていうのは、よくあった

 んですよ。日本は伝統的に父性の強い社会ですから、子供は父親と同じ国籍となると

 する流れがあるわけですよ。このことは、国籍法第二条に明記されています。ちょっ

 と書いてみましょう」

 学者A、立ち上がり、うしろに備えつけてある黒板に書き出していく。

 見ている司会者、アシスタント。

 

5.黒板

 書き出されていく文字。

 「 国籍法

   第二条 子は、左の場合には、日本国民とする。

    一 出生の時に父が日本国民であるとき。

    二 出生前に死亡した父が死亡の時に日本国民であつたとき。

    三 父が知れない場合又は国籍を有しない場合において、母が日本国民であると

      き。

    四 日本で生まれた場合において、父母がともに知れないとき、又は国籍を有し

      ないとき。                             」

 

6.スタジオ

  学者A、手についたチョークを払いつつ席に戻る。

学者A「今度の中根哲男の場合のように、父親がアメリカ人であったりすると、この国

 籍法第二条のどの項にもひっかからないわけですよ。わかりますか?」

アシスタント「ハア…」

学者A「そのため日本国籍がとれない。かといって、すでに父親がアメリカに帰ってし

 まっていれば、貧しい母子のことだから、向こうまで行ってアメリカ国籍をとってく

 るなんてことは、到底ムリなんですよ。で、無国籍児となってしまう」

学者B「しかし今までは、無国籍児というものは弱い立場であって、日本国家を揺るが

 す存在では、決してあり得なかったわけですよ」

司会者「それが中根哲男の登場で一変した」

学者B「そうです。無国籍者の立場を利用して、一財閥を形成してしまったわけですか

 らね」

司会者「それでは今度の裁判は、単なる税金問題じゃないんですね?」

学者B「そうです。無国籍の中根にとっては、”脱税”などということばは、初めから

 存在しませんからね。むしろ、どこの社会からも拘束されていない中根が力を持ちす

 ぎたため、それを無視できなくなった国側が、なんとか理由をこじつけて裁判に持ち

 込んだ、ていうのが、本当のところでしょう」

司会者「なるほど…」

学者A「そしてこの裁判のもっとも根本的な問題は、無国籍の実力者、中根哲男の存在

 を認れば、権力者や富豪が、納税の義務を嫌って、国家から抜け出せる可能性を生み

 だすことです」

司会者「国家から抜ける?」

学者A「そうです。日本国民としてのすべての権利を放棄するかわりに、義務も果たさ

 ない つまり、自ら無国籍になる権利が中根哲男を認めることで生じるわけですよ」

学者B「つまり、現在の国家が社会契約説に基づいているとすれば、個人は国家との契

 約を解除できる、というわけですね?」

学者A「そうです。現に憲法二十二条に、”国籍離脱の自由”が明記されています」

学者B「しかし今までは誰もそんなことは意識していなかった」

学者A「そうです」

学者B「それが中根産業グループの大成功で、権力者たちが一斉に注目しはじめ、今後

 は自分たちの経営戦略の中に”国籍の有無”を取り入れるようになる可能性が出てく

 る

学者A「そのとおりです。たとえ”無国籍になる自由”が認められなくても、中根哲男

 のような無国籍者を育てようとする動きは必ず出てくると思います」

司会者「しかし、そんなことを認めてしまったら…」

学者A「そうです。大変なことになります」

司会者「それじゃ今度の裁判は…?」

学者A「純粋に法的に見れば、被告の勝利は間違いないと思われますが、実際には必ず

 負けるでしょう」

司会者「もし、被告中根哲男が勝ったとしたら?」

学者A「国家は崩壊してしまいます」

 

7.新聞・見出し

「中根哲男の立場をめぐって論争激化

「政財界をも巻き込み、紛糾

 

8.小六法

「第二二条【居住・移転及び職業選択の自由、外国移住及び国籍離脱の自由】

 @ 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

 A 何人も、外国に移住し、または国籍を離脱する自由を侵されない。    」

 

9.第一新聞社・報道部

 人の行き来が激しい中、赤ペンを手に持ち、その小六法を見ている広志。

部長「何を見てるんだ?小林」

広志「あ、部長。いや、ぼくも少し勉強しないといけないと思って」

 小六法のそのペ ジを見せる。

部長「(見る)ああ、今問題の憲法二十二条だな」

広志「はい。結構おもしろいですね、コレ」

部長「ん?面白いか?そんなもん」

広志「はい。いや…もしもですよ、もし本当にこの憲法二十二条にあるように国籍を抜

 ける自由があるとすればですよ」

部長「うん」

広志「誰かが国籍を離脱して無国籍になった場合ですね、その人の身柄はどうなるんで

 すかね」

部長「どうなるって?」

広志「例えばですよ、その人が持っていた土地とか…それはその人のものになるんです

 かねえ…それとも日本の…」

部長「ウーン…(考え込む)」

広志「もし、その人のものになるとすればですよ、そこはもう日本でなくなる…つまり、

 独立国のような意味あいを持ってくるんじゃないでしょうかね?」

部長「(考えつつ)なるほど…」

広志「そうすると、日本国憲法は、国内に独立国を作る自由をも認めているってことに

 なるんじゃないでしょうか?」

部長「…」

広志「まあ、そうはいかないとしても、例えば徴兵制になったら、兵隊に行きたくない

 人は国籍を抜けるとか…それくらいなら十分おこりそうなんですけどね」

声「いえ、そういうことはできないらしいわよ」

 振り向く二人。

 雪絵が資料を手に、戻ってきている。

広志「あ、先輩」

雪絵「今、大学の先生に話をうかがってきたんだけど、憲法二十二条は”無国籍になる

 自由”までは認めてない、とするのが一般的だそうよ。」

広志「(ちょっとガッカリ)そうなんですか…」

雪絵「ええ。この”国籍離脱の自由”は他の憲法には例をみない、日本国憲法独特なも

 のだそうで、本当に額面通りに受け取ったら、それこそ先、小林君が言ってたように

 大変なことになるでしょうね」

広志「そうですよね」

雪絵「実際には国籍法で規定されていて、国籍の離脱は、他の国の国籍を取得したとき

 のみ、許されるそうよ」

部長「しかし、憲法二十二条をたてに、裁判に持ち込んだらどうなる?国籍法より憲法

 の方が強いだろう?」

広志「ああ、そうですね…どうなるんです?」

雪絵「ええ、その点もちょっときいてみたんですけど、憲法十二条に”自由・権利の濫

 用の禁止”というのがあるんだそうです」

広志「憲法十二条?ちょっと待って下さい」

 広志、小六法をめくる。

広志「あった、あった。コレですね?」

 のぞき込む雪絵と部長。

 

10.小六法

「第一二条【自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止】

   この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを

  保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常

  に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。             」

 

11.第一新聞社

広志「(読み終え)ふーん…」

雪絵「ね?つまり、裁判になったとしても、公共の福祉を守る、ぐらいの理由で、”無

 国籍になる権利”は否定されるみたいよ」

広志「なるほど…」

部長「で、やはり最後に問題になってくんのが、今回の中根哲男の様な場合なのか…」

雪絵「そうです」

広志「なんていっても中根は、初めから無国籍ですからね」

部長「しかも子供時代に何度も何度も国籍を取ろうとして、それを国側が拒否してるんだ。

 だから、中根が大きな財産、地位を持ったとしても、国がとやかく言うことは、本当は

 筋違いなんだよな」

雪絵「だけど国にとって、現在の中根の権力は無視できなくなった…」

広志「なんていっても、本当なら脱税額が100億ですからね」

雪絵「(ちょっと笑う)まだまだ甘いな、小林君」

広志「え?」

雪絵「100億ぐらいじゃ、国家はビクともしないわよ」

 雪絵、手に持っていた資料を机におき、それをさして、

雪絵「ある調査では、もし税金を払っていたとすれば、その脱税総額は、10兆円をく

 だらないそうよ」

広志「(ビックリ)じゅ、10兆円ッ!!」

 部長も驚いて見る。

雪絵「(うなずく)そのほとんどが中根産業グループの発展につぎ込まれたそうです。

 いわば中根哲男は、中根産業の金庫のような存在だと考えられています」

広志「(つぶやくように)10兆円…」

部長「しかしこんなことを計算づくで計画して、着実に実行していった中根重雄という

 男…」

雪絵「おそろしいですね」

 部長、うなずく。

 広志

部長「よし!今後も中根周辺の洗い出しに全力をあげてくれっ!」

雪絵「はいっ」

広志「(あわてて)はいっ」

 

12.新聞・見出し

「国会紛糾

「”無国籍問題”問われる政府の責任」

「根本原因は長年の閉鎖的な政策か?」

「野党、鋭く追求の構え

 

13.国会

 答弁に立つ首相。

首相「みなさんご存知のように、わが日本国は法治国家でありまして、三権分立が確立

 しております。したがって、現在進行中の裁判については、政府は一切口をはさむこ

 とはできませんので、答弁を控えさせていただきます」

「逃げるのか っ!」

「責任をハッキリさせろ っ!」

 野党側から激しいヤジがとぶ。

 

14.その国会中継を映し出しているテレビ

 騒然となっている国会。

 画面、突然消える。

 

15.中根商事・会長室

 テレビを消して振り返る中根商事会長、

 中根重雄(70)。

 イスに腰かけて見ていた中根哲男、見る。

重雄「(二ヤッとして)いよいよ勝負の時だな」

哲男「はい」

重雄「うまくやれよ」

哲男「わかっています」

重雄「くれぐれも言っておくがな、貧困のどん底にあったおまえを、ここまで育ててや

 ったのは、このオレだということを忘れるなよ」

哲男「はい。ありがたく思っています、会長」

重雄「(聞きとがめて)これからは”会長”と言うのはよせ。”父さん”と呼べ、念の

 ためにな」

哲男「(見る)…はい…(うつむき)父さん…」

 重雄、うなずき、背を向ける。

 眼下に広がる大都会東京。

 重雄 決意を秘めたその表情。

いよいよ勝負の時が…

 重雄のうしろ姿を冷やかに見ている哲男。

 

16.第一新聞社

部長「なにっ?佐渡を買い占め!?」

雪絵「はい、間違いありません。中根系の会社全体での占有率は50%、あるいはそれ

 以上…」

 広志、資料の山から顔を上げる。

部長「(つぶやくように)中根グループが佐渡を買い占め…。どういうことだ?今度の

 裁判と、何か関係があるのか?」

雪絵「さあ、そこまでは私にも…。でもあの中根会長のことですから、何かものすごい

 ことを考えてるのかもしれません」

部長「ウム…(フト気づいて)佐渡と言えば、中根哲男が豪邸を建てているのは佐渡じ

 ゃなかったか?」

雪絵「そうです。佐渡です」

部長「ウム…何かあるかもしれんな(考える)」

 じーっと雪絵を見つめている広志。

雪絵「とにかく取材を続けます」

部長「よろしく頼むよ」

 雪絵、足早に出ていく。

 雪絵の後姿を目で追う広志。

広志「…」

 部長、さっそく記事に取りかかる。

広志「(ボソッと)部長」

部長「(見る)なんだ?小林」

広志「どうして先輩はあんなに次から次へと特ダネを持ってこれるんですかねえ?」

部長「ん?」

広志「どうして先輩はあんなに…(首をかしげる)」

部長「(ニヤッとして)小林、おまえ、高梨君にホレてるな?」

 広志、ドキッとして見る。

広志「な、なにを突然…。ぼ、ぼくはですね、純粋に記者として…」

部長「やめとけ。おまえにはムリだよ」

 広志、チラッと見る。

部長「確かに高梨君はすばらしい女性だ。おまえがホレるのもムリはない」

 広志。

部長「私自身ビックリするような仕事をしてくれるし、だいち、こんな二流の新聞社に

 いること自体不思議なくらいだ。 知ってるか?」

 広志。

部長「高梨君の入社とともに、うちの販売部数が急激に伸びてるのを」

 広志

部長「ありゃ十年に一度出るかでないかのスーパーレディだな…」

広志「…」

部長「だけどおまえはどうだ?高梨君と対等につき合えるだけのものがあるか?」

広志「…」

部長「おまえには…(フト気づく)」

 落ち込んでいる広志。

 部長。 小さく笑う。

部長「ま、おまえが本気なのなら、一発、大きな仕事でも決めてみるんだな」

 部長、仕事に取りかかる。

広志「…」

 小さく息をつく。

 

17.さっそうと社をあとにする雪絵

 

18.佐渡島

佐渡・金北山(標高1172m)

 その山頂に、中根の豪邸が建設されている。

 その要塞のような威容

 

19.中根邸・中

 テレビ画面が何十個も並んでいて、さながら近代建築のスイを集めたよう。

 哲男が男1から説明をきいている。

男1「…というように、すべてがコンピューターで制御されておりまして、このテレビ

 画面を通して、佐渡島内の動きはすべて把握できます」

 哲男、コンコンと窓を叩いてみる。

男1「窓はすべて防弾ガラスになっておりまして、非常の時にはシャッターがおりる仕

 組みになっております」

 窓の外 佐渡全体が一眺に見渡せる絶好の景観。

哲男「…」

男1の声「建物全体は強化コンクリートと合金の重層構造になっておりまして、並の核

 シェルターなど足もとにも及びません。どうですか?社長。わが中根建設が総力を上

 げて建築中のこの豪邸…」

哲男「(振り向き)食料はどうなってる?」

男1「はい。社長の指示通り、三年分は確保しておきました」

哲男「判決までには完成するんだろうな?」

男1「はい、それはもちろんです」

 哲男、満足そうにうなずく。

 男2が足早に入ってくる。

男2「社長」

 振り向く哲男。

 男2、哲男に耳うち。

 聞いている哲男。

  一瞬、表情が変わる。

 二、三度うなずく。

哲男「とうとうカンづいたか…」

 そこに新聞の見出し、重なる。

「中根産業グループ、佐渡買占めの動き」

「その狙いは何か!?」

 

20.中根商事・会長室

 その新聞が机の上に投げ出される。

 中根重雄、その新聞を前にして考えている。

 間。

重雄「(男3に)佐渡買い占めはどこまでいった」

男3「約70%です」

重雄「(うなずく)まずまずだな…。問題はソ連からの返事か…。どうだ?ソ連側から、

 何か言ってきたか?」

男3「いえ、まだ何も」

重雄「そうか…。裁判まであと一月…ウーン…」

 口びるをかみしめる重雄。

 

21.第一新聞社

部長「ソ連と!?」

雪絵「はい。中根会長がここ数年、ソ連政府と接触をくり返しているのは事実のようで

 す」

部長「…」

雪絵「しかも一年ほど前には、ソ連政府がのどから手がでるほど欲しがっていたと言わ

 れる、情報処理の最先端技術を、”タダ”で譲渡したんではないかといううわさまで

 あるほどです」

部長「タダで?」

雪絵「はい」

部長「ウーム…(フト気づく)一年前っていうと、ちょうど中根哲男の裁判が始まった

 頃じゃないか?」

雪絵「そうです。もしこれが事実だとすると…」

部長「事実だとすると?」

雪絵「何かとてつもない裏取り引があったんじゃないかと…」

部長「

雪絵「他にも哲男社長がアフリカに密航をくり返していたとか、いろんなうわさが飛び

 かっていますよ」

部長「中根哲男がアフリカへ!?」

雪絵「いえ、これはホントにうわさみたいですけど、中根グループはまだまだ隠された

 部分が多いですね」

 部長、うなずく。

部長「とにかく裁判まであと一月を切ったんだ。事実関係を急いでくれっ」

雪絵「はい。 あ、ところで最近小林君の姿が見えませんけど?」

部長「ああ、ヤツなら取材に飛んで回ってるよ。今頃は沖縄じゃないか」

雪絵「沖縄?」

 

22.デモ行進

沖縄

「国籍問題は国の責任!!」

 のプラカードを先頭に集団が進んで行く。

声「国はキチンと責任をとれっ」

 「責任をとれーっ!!」

 「我々も闘うぞーっ」

 「闘うぞーっ!!」

 激しいシュプレヒコールが続く。

 その様子を取材している広志。

 そこに新聞の見出し、かぶる。

”沖縄で市民団体、中根哲男支持を表明

 

23.デモ行進2

東京

 女性たちの大行進。

声「権力の一人じめは許せないっ」

 「許せなーいっ!!」

 「税金を払えーっ」

 「税金を払えーっ!!」

”東京で主婦団体、中根哲男反対を表明

 

24.新聞

「盛り上がる世論

「判決まであと二週間」

 

25.法廷(審議)

検事「現在被告は巨額の富を獲得していますが、これはすべて、日本国内で、日本国の

 様々な制度を利用して、はじめて手にできた富であります。このように、日本国の様

 々な利点を利用しているにもかかわらず、その義務を果たそうとしない。これは大き

 な犯罪であり、被告中根哲男は、直ちに日本国籍を取得して、納税その他の義務を果

 たすべきであると考えます」

  *

哲男「直ちに国籍を取れ、とおっしゃいますが、私は何度も何度も国籍を取ろうとしま

 した。ですがその度、父親が日本人じゃないという理由で拒否され続けてきました。

 ですから私は、学校教育も受けられませんでしたし、健康保険もありません。現在私

 の父である、中根重雄に拾われるまではそれこそ野良犬のような生活でした。それが

 今、私に財産があるとわかったとたん、すぐに国籍を取れ、とは私には納得できませ

 ん」

  *

検事「たしかに過去において、いろいろな問題があったことは事実かと思いますが、現

 在の被告の地位、また、現在の国家社会を単位とした世界体制を考えますと、被告の

 社会に与える影響は極めて大きく、日本国籍でなくても、被告の父親の母国であるア

 メリカ国籍でもよいですから、直ちに被告はどこかの国の国籍を取るべきだと考えま

 す」

  *

哲男「国籍を持つことは、人間固有の”義務”でしょうか?人は必ず、どこかの社会に

 属してなければいけないんでしょうか?国籍のない人間は、”人間”ではないんでし

 ょうか?」

  *

検事「(ムッとして見る)そこまでおっしゃるのならハッキリ言いましょう。あなたは

 我々にとって脅威だ。もし強硬に現在の立場を貫かれるのなら、我々はあなたを”対

 外者”とみなし、断固として我々の社会から排斥することになるでしょう。我々の社

 会を守るために。この日本を守るために

  *

哲男「私はこの日本で生まれて、日本で育ったんだ。その私がなぜ、日本から排斥され

 なければならないんです?私はこの土地で生まれてこの土地で育ったんだ。この土地

 で生きていく”権利”がある」

  *

検事「あなたには”権利”などというものは一切ないはずだっ」

  *

哲男「(見る)あなたは、法律を勉強してきたはずのあなたは、私には、人間固有の

 ”自然権”をもないと、おっしゃるんですかっ」

 検事、目をむいて見る。

裁判長「静粛にっ!」

 哲男。

 検事

  *

検事「(読み上げる)被告の存在は、社会に対して、非常に大きな混乱の要因となって

 おります。したがって、社会の秩序、公共の利益を守るために、被告に、直ちに日本

 国籍を取得し、納税その他の義務を果たすことを要求しますっ!」

 検事、キッと見る。

 哲男

 

26.記者会見

 またたくフラッシュ。

 ブ然として座っている哲男。

記者1「「いよいよ判決まであと一週間と迫ったわけですが、今のお気持ちは?」

哲男「今の気持ち?いや、ふだんと変わらんよ」

記者2「もしこの裁判で中根社長が勝った場合、第2、第3の中根哲男が登場して、社

 会が大混乱に陥るとも言われてますが、その点については?」

哲男「いや、詳しいことはわからないよ。それは政府の問題だろ?」

 しきりにメモをとっている雪絵。

記者2「それでは敗れた場合は?控訴は考えてるんですか?」

哲男「控訴? 控訴なんか考えていないよ。だいたい私は日本国民じゃないんだ。裁判

 を受ける権利もなければ、義務もない。私にととっては、この裁判自体、意味がない

 と考えているがね」

記者3「しかしこの裁判、判決では九分九里、原告の国側が勝つと言われてますが?そ

 の時はどうするんですか?」

哲男「(見る。小さく)その時はこっちにも考えがある…」

 見る雪絵。

 哲男。

記者1「考えがあるってどういう意味ですか?」

記者2「判決には従うんですか?従わないんですか?」

記者3「黙ってないで何とか言って下さいよっ!」

 堅く口を閉ざしている哲男。

 騒然としてくる記者団。

雪絵「…」

 

27.テレビ(ニュース)

 記者会見の模様が映し出されている。

アナ「判決まであと一週間と迫りました。注目の『無国籍裁判』は本日午前の審議でも

被告側と検察側とで激しいやりとりが行われ、その後の記者会見でも…」

 

28.中根商事・会長室

 テレビを消す重雄。

 重雄、イライラしている。

重雄「あと一週間か…(男3に)まだソ連側からは何も連絡がこないのかっ」

男3「ハッ。まだ何も…」

 重雄、顔をしかめて舌うちする。

重雄「最近、新聞記者がうるさくかぎまわってるが あの小娘の 大丈夫だろうな?」

男3「はい。秘密は一切、もれておりません」

重雄「ウーン…」

 重雄、ソファにどっかり腰をおろし、葉巻をくわえるが、またすぐ、落ち着きなく立

 ち上がる。

 男4、入ってくる。

男4「会長、ソ連からイワノフ大使がお見えになっておりますが」

 重雄、ハッと振り向く。

重雄「すぐに通せっ!」

  *

 重雄、イワノフ大使から受けとった封筒を急いで開ける。

 重雄、手紙を開いて、見る。

 そこにはただ一文字

 ”Da”(yesの意味)

 重雄 顔色が輝く。

 大使とガッチリ握手をかわし

重雄「スパシーバ(ありがとう)」

 イワノフ大使。

 重雄。 その顔に自信がみなぎってくる。

これで勝てる…!

 

29.文字

 ”判決”

 

30.法廷

裁判官「(読みあげる)

  判決

被告中根哲男は、直ちに日本国籍を有し、納税その他の義務を果たすことを命じる」

ザワつく傍聴席。

  *

哲男。

かすかに口元が笑う。

 *

(傍聴席)

 重雄、ニヤリとして立ち上がり

 出て行く。

 

31.新聞

 次々に重なっていく。

「中根哲男、敗訴!」

「敗訴!!」

「敗訴!!」

 

32.新聞社

 ハチの巣をつついたような忙しさ。

 

33.テレビ(ニュース)

アナ「本日午前十一時、中根哲男の敗訴が確定しました

 

34.首相官邸

 首相と秘書がニュースに注目している。

テレビ(アナ)「現在国籍を有していない中根哲男、中根建設社長が、この判決に従う

 のか、従わないのか、今後の動向が注目されます

 首相、パチンとスイッチを切る。

首相「どう思うかね?この判決は」

秘書「ハ。当然の決定かと…中根の主張を少しでも受け入れたりすれば、国家は崩壊し

 てしまいますから…」

首相「うむ(うなずく)」

  そこへ男A、飛び込んでくる。

男A「大変ですっ!」

秘書「なんだ、騒々しい」

男A「中根哲男が判決を不服とし、本日午後三時、佐渡において、独立を宣言しました

 っ!!」

首相「(驚き)なにっ!!」

 

35.新聞社

 ものすごい大混乱。

部長「(電話に叫ぶ)佐渡だっ、佐渡っ!! バカヤロ ッ!!SMじゃねえっ!!佐

 渡ヶ島だっ!!!」

 

36.佐渡へ向かう自衛隊機

 

37.同じく艦船

 

38.佐渡島

 中根邸へ急ぐ警官隊。

  *

 同じく自衛隊員。

 

39.中根邸

 哲男、腕を組み、仁王立ち。

 真っ赤な夕日に染まっている。

 窓越しに見える、迫り来る自衛隊、警官隊。

 陸から

 海から

 空から

 それでもなお、不敵な笑みを浮かべている哲男。

 

40.海上

 夕日の波間に進む艦船。

 それがなぜか、ピタッと止まる。

 

41.国会・対策本部

 閣僚が召集されている。

 男A、飛び込んでくる。

 見る閣僚たち。

男A「大変ですっ!中根哲男が、核保有を表明しましたっ!」

「なんだって !?」

 

42.新聞社

 混乱している社内。

 その中で雪絵、ひとり座り、考えている。

雪絵「(つぶやく)裁判から佐渡買占め、独立宣言…これがみんな計画通りだとすると、

 ソ連との交渉はなんなのかしら…何かあるはず…」

 雪絵 ハッと顔を上げる。

雪絵「ま、まさかっ」

 

43.国会・対策本部

 喧々ごうごうとしている。

通産省「今すぐ中根をとりおさえるべきだ。国際情勢が緊張している今、こんな状態を

 一時でも続ければ、どんなことになるかわからんっ!」

法相「しかし核があるんですよっ」

通産省「中根にそれだけの力があるとは思えんっ。ハッタリに決まっとるっ」

法相「しかしもしあったら?」

通産省「(机をドンと叩き)もし、じゃ解決にならんっ!」

 見る法相。

首相「…」

 再び男Aが飛び込んでくる。

 ハッと見る閣僚たち。

男A「大変ですっ!」

「今度は何だ?」

男A「ソ連が…佐渡を独立国として、承認しましたっ!!」

「なにっ!!」

 震憾として色を失う閣僚たち。

 首相

 

44.テレックス

 外電が次々と飛び込んでくる。 

「ブルガリア、佐渡を承認!」

 

45.中根商事・会長室

 重雄、不敵な笑みを浮かべる。

「東ドイツ、佐渡を承認!」

 

46.佐渡・中根邸

 哲男、決意を秘めたその表情。

「ポーランド、ハンガリー、相ついで佐渡を承認!」

 

47.日本全景

 新聞の見出し、重なる。

「事件、ぼっ発!」

 視点、グングン近くなる。

「中根、真の狙いは!?」

「政府の対応は!?」

 視点、グングン佐渡に迫り

 

48.佐渡全景

 そこに

 重雄、

 哲男、

 首相、

 の三人が重なり

                             (前編・終)


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