『国籍 ― 中編 ―

作.伊藤智義


1.空港

 特別機から外相、降りてくる。

 出迎える首相。

首相「ごくろうさん」

 外相、疲れ切ったその表情に、笑みを浮かべる。

新聞見出し「(かぶる)ソ連、東欧諸国から外相、帰国」

「一ヶ月の猶予期間を取りつける

 

2.国会・対策本部

 外相、閣僚たちに報告している。

外相「…つまり、今から一ヶ月後の五月三十日までに解決すれば、我が国の国内問題と

 して東側諸国は一切干渉しないが、もし一ヶ月以上こんな状態が続けば、ソ連及び東

 欧諸国は、どんな動きに出るか保証できない、ということです」

法相「つまり軍事介入もありうると?」

外相「かもしれません」

 驚きの閣僚たち。

外相「期限はきっかり一ヶ月です。一ヶ月でケリをつけなければ、大変なことになりま

 す」

「一ヶ月…」

 苦渋に満ちた閣僚たちの面々。

 首相

 間。

 通産相、ドンと机を叩いて立ち上がる。

 見る閣僚たち。

通産相「強硬しましょうっ!総理。こんな脅しにのっていては国家のこけんにかかわり

 ます」

首相「しかし核があるんだぞ」

通産相「私はないと思います。確かに中根産業は我が国有数の一大産業グル−プですが、

 いかんせん戦後の新興グル−プです。原子力関係の仕事は旧財閥系から一切しめ出さ

 れています。中根が核兵器を作ることは不可能です!」

法相「何も作れる必要はないだろう。買うことだってできるはずだ」

通産相「買う?どこから?」

法相「たとえば…ソ連とか…」

通産相「ソ連?!」

 驚いて見る閣僚たち。

法相「そうだ。今回の事件に関するソ連の動きは異常だ。独立宣言のすぐ後にそれを承

 認するなんて、常識では考えられない。これは中根とソ連の間に非常に緊密な関係が

 あったことを示しているんじゃないか」

外相「なるほど…確かに中根とソ連政府との間に何か大きな裏取り引があったことは私

 も聞いている。しかし、核の取り引まであったとは考えにくいな。一民間企業とはい

 え、西側諸国に最高軍事機密ともいえる核兵器を引き渡すなんてよほどの勝算がなけ

 ればできないことだ。しかも我々に一ヶ月の猶予を与えている

通産相「だいち、衛星写真から明らかなように、佐渡にはミサイル発射施設はおろか、

 飛行機一機もないんだぞ。たとえ核を保有していたとしても、宝の持ちぐされじゃな

 いかっ」

法相「核が佐渡にある必要はないだろう。むしろどこかに埋まっていると考えるべきだ。

 中根建設は日本一の建設会社だ。基礎工事に似せかければ、日本全国、好きな所に埋

 められたはずだ。そうすれば手元には起爆装置だけを置いておけばいいんだからな」

通産相「しかし…」

法相「(にらむ)しかし、何です?もし核が爆発したら、十万単位の人が死ぬんですよ」

通産相「…」

法相「(首相に)とにかく今は、一刻も早く核の所在をハッキリさせることが先決だと

 思います」

 首相、うなずく。

 

3.新聞見出し

「核の影 あるのか、ないのか」

「ソ連と取り引きの可能性は

 

4.第一新聞社

 そこら中で電話がひっきりなしに鳴っている。

 その一台。

部長「(とる)ハイ第一新聞社 エ?核が本当にあるかどうか? イエ、まだわかって

 いません。 ハ?場所? だからわかってないんですよ(切る)」

 切ったとたんまた鳴る。

部長「(とる)ハイ第一新聞社 イエまだ、ハッキリしたことは はい、現在取材中で

 す ハイ(切る)」

 また鳴る。

 部長、取ろうとするが

 やめる。

雪絵「問い合わせですか?」

部長「ああ。 まあ気持ちはわかるけどね。自分の足元にもし核があるなんてことにな

 ったら、誰だって…」

雪絵「ええ」

部長「しかしこれじゃ仕事にならんよ」

雪絵、ちょっと笑う。

雪絵「核も国で持ってるうちは抑止力とかなるかもしれませんけど、個人で持てば単な

 る凶器ですね。 それもとてつもない」

部長「全くだ。(急に不安になって)でも東京は大丈夫なんだろうな?」

雪絵「東京は大丈夫だと思います。東京には中根グル−プの中枢が集まっていますし、

 だいち、中根重雄が住んでるんですから」

部長「うむ」

雪絵「ただちょっとわからないのは…」

部長「ん?」

雪絵「佐渡が独立して、何の得があるのかということです」

部長「…」

雪絵「昔のように金や銀が豊富に出るならまだしも、今の佐渡にどれだけのメリットが

 あるのか…」

部長「なるほど…。それじゃやっぱりこの事件は中根哲男の個人的なものなのかなあ。

 ”無国籍裁判”に対する…」

雪絵「いえ、そんなことはないと思います。確かに表向きはそうなんですけど、裏の動

 きは中根哲男個人というより、グループ全体で計画的に動いているように感じられま

 す。中心になっているのも中根哲男というよりも中根重雄の方が…」

部長「うむ」

雪絵「きっと何かあると思います。何か…」

 そこへ記者A、飛び込んでくる。

記者A「中根哲男が妥協案を提示しましたっ!」

 振り向く雪絵。

 

5.佐渡・中根邸

 哲男。

新聞見出し「(かぶる)中根哲男、妥協案を提示

 

6.第一新聞社

新聞見出し「(かぶる)政治的独立は要求しない。経済的独立のみ要求

 考えている雪絵。

 ハッと気づき、

雪絵「そうかっ!わかったわっ!」

 

7.新聞

「要求は三項目

 一、税金

 二、関税

 三、海上貿易量

 の、自治決定権

 

8.第一新聞社

 雪絵、記者たちに説明している。

雪絵「いいですか、今の佐渡は買占めによって、ほとんど中根グル−プのものとなって

 います。したがって佐渡に経済的自治権を与えるということは、中根グル−プに経済

 的な特権を与えるということと同じ意味を持ってきます」

記者B「本当の独立とどこが違うんだ?」

雪絵「本当に独立してしまえば、佐渡なんかは何のとりえもない弱小国となってしまう

 でしょう。他の国から干渉を受けたり、時には武力介入さえされうると思います。中

 根にとって何のメリットもない。むしろデメリットです。”経済大国日本”の中でこ

 そ、特権的地域が生きるんです」

記者B「なるほど…」

部長「つまり、今までの中根哲男の特権的立場を佐渡一島までに拡大する これが中根

 の真の狙いなんだな?」

雪絵「そうだと思います。もしこの経済的独立が認められでもしたら、中根の経済力は

 どこまで伸びるか…日本の経済支配も可能かもしれません」

部長「しかも一応、日本としても対外的なメンツは保てるというわけだ…」

雪絵「はい」

部長「問題は政府の出方だな…」

 雪絵、うなずく。

 

9.国会・対策本部

外相「経済的のみの独立だったら、一応の格好はつく。考えてみてもいいんじゃないか」

通産相「ダメだ!そんなことしたら相手の思うツボじゃないかっ」

法相「確かに相手の言い分をのむことは危険だ。日本の経済支配すらされかねん。しか

 し、何十万もの命にはかえられんだろう」

通産相「核があるとは限らんだろうっ!」

 法相。

通産相「これだけ捜査を続けて、ただのひとつも手がかりがつかめないんだ。核はない、

 と考えた方が自然じゃないか?」

法相「しかし、もしあったら?」

通産相「もしなかったらっ!」

 法相。

 通産相。

 にらみ合う二人。

 首相

外相「まあ落ち着いて下さい。こういう時こそ冷静にならないと…」

通産相「(視線をそらし、しぼり出すように)こんな前例を作ってはいかんのだよ…」

 法相も視線をそらし、考え込む。

外相「…」

 重い沈黙に支配される閣僚たち。

 首相 苦悩の色。

 そこへ男A、入ってくる。

男A「失礼します」

 注目する閣僚たち。

 男A、紙を読み上げる。

男A「報告します。ただいまアメリカ国防総省から入った連絡によりますと、CIA調

 査の分析結果より、中根とソ連との間で核の取り引きがあった可能性は20%程度と

 断定!」

「20%?!」

 顔を見合わせる閣僚たち。

首相「…よし!」

 

10.第一新聞社

 部長、電話に出ている。

部長「拒否だな?拒否 よし、わかった(切る)」

 回り叫ぶ。

部長「拒否だっ!政府は中根の妥協案を拒否したぞ−っ」

 それに合わせて一斉に人が動き出す。

 

11.回る輪転機

「核の可能性は20% 米国防総省発表

「政府、一転、強気の構え

 

12.中根商事・会長室

 重雄、その紙面を見て、考え込んでいる。

 ひとつ息をつき、つぶやく。

重雄「まずいな…」

 そこへ男3、入ってくる。

男3「ソ連のイワノフ大使が抗議文書を持ってお見えになっておりますが」

 重雄、見る。ちょっと考えて、

重雄「わかった。すぐ通せ」

男3「ハッ」

 と出ていく。

重雄「…」

  *

(会談)

 静かに控えて立っている男3。

声「私たちの取り引きは”独立を一時承認する”ということだけだったはずだ」

 怒ったような口ぶりのイワノフ。

イワノフ「それをあたかも”核取り引き”があったかのように言われるは心外だ」

重雄「私は一度だってそんなことを言った覚えはありません。世間が勝手に騒いでいる

 だけです」

イワノフ「世間がどうかは知ったことではない。あなたがハッキリさせればすむことだ」

重雄「私はいつもハッキリと”核はない”と言明しています」

イワノフ「哲男は”ある”と言った」

重雄「哲男は哲男だ。私にはわからない」

イワノフ「(見る)」

重雄「まあしかし、余計な迷惑をかけたことはすまないと思っています。成功したあか

 つきには、惜しみなく技術協力をさせて頂きたいと思っていますが、それでどうでし

 ょう?」

イワノフ「(見ている)」

 重雄。

イワノフ「 まあいいだろう。本国に伝えておこう(立ち上がる)」

 (男3、ドアの開閉に立つ。)

重雄「よろしくお願いします」

イワノフ「ハッタリだけでどこまでできるか、お手並拝見といこうじゃないか」

 重雄。

 イワノフ、出ていく。

重雄「…」

 

13.中根商事・裏口

 イワノフ、出てくる。

 隠れるように車に乗り込むと、すぐに発車する。

 

14.同・会長室

 重雄、窓越しに遠去かるイワノフの車を見ている。

 ちょっと考えと、男3に、

重雄「ソ連大使と密談があったと流せ!」

男3「(驚き)そんなことしたら会長にも疑いが

重雄「(強く)わかってるっ!」

男3「(見る)ハッ」

 出て行く。

 重雄。

勝負だ

 

15.回る輪転機

「中根会長、ソ連大使と密談発覚!」

「深まる疑惑」

「核取り引きの裏づけか

 

16.首相官邸

 首相、新聞を前に考え込んでいる。

  *

「政府の対応、再び微妙に

 

17.第一新聞社

 人の行き来が激しい社内。

 部長、電話に出ている。

部長「 よし!わかった(切る)」

 記者Aに、

部長「空港、港が海外脱出組でパニックに陥ってるそうだ。行ってきてくれっ」

記者A「わかりました」

 記者A、上着をつかんで飛び出して行く。

 すれ違うように雪絵、戻ってくる。

部長「どうだった?」

雪絵「いやあ、全然ダメですよ。中根商事周辺は怪情報がうず巻いていて、全く手がつ

 けられません」

部長「そうか…」

雪絵「しかし冷静に考えてみると、核はないような気がしますね」

部長「(見る)ない? どうして?」

雪絵「はい。この独立事件はハッキリ言って経済戦略以外の何物でもないと見る方が正

 しいと思われますよね。今までの経過から見ると」

部長「そうだな。おそらくは」

雪絵「別に日本政府に恨みがあるわけでもないし、日本を混乱に巻き込もうとしている

 わけでもない…。とすると、万が一にも核を爆発させて多くの人々を殺傷するなんて

 ことは、しないんじゃないでしょうか」

 部長。

雪絵「だいち、核を爆発させるということは、中根のこの作戦が”失敗”した、という

 ことを意味するはずですし…」

部長「なるほど…つまり核はたとえあったとしても、爆発させることはまずないという

 わけか…」

雪絵「そうです。相手に核があるように思わせることができたら、それで成功なはずで

 す。それならわざわざ核なんて…」

部長「…(うなずく)」

雪絵「失敗した場合のことを考えてみても、もし核がなければ、中根哲男個人の事件と

 して逃がれることも可能ですが、核があれば、企業責任はまずまぬがれないと思いま

 す。そういうことを考えると核はないんじゃないかと…」

部長「なるほど…(フト気づいて)それじゃこの間の中根重雄とソ連大使の密談事件は

 中根側の作戦というわけか?核があるように見せる…」

雪絵「かもしれません。もし本当に核の取り引きがあったとしたら、ソ連側がこんなに

 おとなしくしてはいないでしょうから…」

部長「つまりはすべて、中根重雄の計画通りというわけか…」

雪絵「ええ、たぶん…。でも、あの報道はこの事件が企業犯罪である可能性をも印象づ

 けたことは確かですから、中根側も万全とは言えないんじゃないかと…」

部長「なるほど…」

 (電話が鳴る)

部長「両刃の刃だったわけだな…(受話器をとる)」

部長「(電話に)はい

 雪絵、イスに座り、一息つく。

部長「 なにっ?!中根建設事務所が投石?!(雪絵を見る)」

 雪絵。

 

18.はじけ散る窓ガラス

 

19.中根建設事務所A

 窓ガラスが次々に音をたてて割れていく。

 石を投げつけている男たち。

「バカヤロ−ッ!!」

「責任をとれ−っ!!」

 

20.同・中

 床に飛び散るガラス片。

 女子社員が物かげでおびえている。

 遠くからパトカ−のサイレンの音、近づいてくる。

 

21.新聞見出し

「各地で暴動続発」

「襲われる中根建設事務所

 

22.中根商事・会長室

男3「会長っ。やはりこの間の報道が…」

重雄「うろたえるなっ。中根建設は初めから捨てるつもりだったはずだっ!」

男3「ハッ、しかし…」

重雄「今は日本を手に入れられるかどうかの瀬戸際なんだっ。小さなことをといちいち

 気にするなっ。おまえがそんなことでどうするんだっ」

男3「ハッ、すいません」

  *

「期限まであと二週間」

「中根建設、ついに営業をストップ

 

23.中根建設事務所B

 メチャクチャになっている窓ガラス。

 そこから広志、出てくる。

 声「(かぶって)ぼくはその頃、中根哲男について調べるように言われていた」

 

24.公園・ベンチ

 広志、パンをかじりつつ、メモをつけている。

声「(かぶる)中根哲男、元の名前、石山哲男。昭和24年5月16日、横須賀で生ま

 れる。父、元米兵、ジェ−ムス・エドワ−ド・フィ−ガン(現在不明)、母、石山み

 どり(現在不明、当時18才)

 

25.佐渡・中根邸

声「昭和28年、4歳 国籍を取得できなかったため予防接種を受けられず、破傷風に

 かかり、生死をさまよう」

 無気味に静まり返っている中根邸周辺。

 ひとりとして、姿が見えない。

 

26.同・中

 だが各テレビカメラには、各所に潜んでいる自衛隊、機動隊の姿が、ハッキリととら

 えられている。

 それを見ている中根哲男。

 声「昭和30年、6歳 小学校入学を拒否される

 

27.第一新聞社

 報告書を読んでいる雪絵。

声「昭和33年、9歳 中根重雄に引きとられる。

  実母石山みどり、その直後、姿を消す

雪絵「ウ−ン…やっぱり、かなり悲惨な少年時代を送ったみたいね」

広志「少年時代だけじゃないんですよ。中根重雄に引きとられたあとも、かなりひどい

 です」

 雪絵。

広志「家出12回、自殺未遂がわかっただけで3回…」

雪絵「へえ…」

広志「中根重雄はまるでロボットでも作り上げるように中根哲男を育てたらいしですか

 らね。いや、育てるっていうより、扱っているという感じですかね。無国籍のまま、

 というのもかなりこたえたみたいですし…」

雪絵「…(うなずく)」

広志「あ、そうだ。当時の遺書らしきものを一通、手にいれたんですよ。ちょっと見て

 下さい」

 雪絵。

 広志、手帳の間から古ぼけた紙切れを取り出す。

広志「これなんですけど…」

 雪絵、受け取り、見る。

 

28.紙きれ

「 もうこんな世の中には未練はない。

  死のう。

  ただ一つ心残りなのは、復讐できなかったことだ。       」

 

29.第一新聞社

 読んでいる雪絵。

雪絵「復讐…か…(広志に)相当恨みがこもっているようね」

広志「そうでしょ?ま、もっとも、いくら死のうとしても、決して死なせてはくれなか

 ったですけどね。24時間、監視体制におかれて、まるで囚人扱いですよ」

雪絵「中根重雄にとってみれば、”切り札”だから、死なれちゃ困るわけね」

広志「そうなんですよ」

声「しかしそんな中根哲男も、20代に入ると、ピタリとおとなしくなってるじゃない

 か」

 報告書を読み終えた部長が口をはさむ。

部長「(報告書を雪絵に渡しつつ)逃亡と自殺未遂をくり返していた男が突然、従順な

 ロボットになってしまっている。どうしてなんだ?」

広志「それはおそらく、中根重雄の教育が功を奏したためか、中根重雄についていけば

 相当の地位が得られると中根哲男が気づいたためじゃないかと思いますけど…」

部長「なるほど…確かに今じゃ中根グル−プのbQになってるしな」

広志「今じゃホントに、ロボット以上に従順らしいですよ」

部長「そうだろうな。そうじゃなきゃ、こんな大それたこと、できないだろうからな」

広志「はい」

部長「それともう一つ、気になったのは、この最後の部分なんだけどな、 コレ」

 と、雪絵に渡した報告書のある部分を指さす。

 のぞき込む広志と雪絵。

部長「この南アとの…」

広志「ああ、これですか。 いや、詳しいことは僕も全然

 雪絵、報告文を見る。

 

30.報告文

「………

 三年前の昭和57年に不可解な行動あり。中根重雄に極秘で南アフリカ政府と接触。

 何か大きな取り引きを行った模様。詳細は不明…」

 

31.第一新聞社

雪絵「南ア政府…うわさじゃなかったの?コレ」

広志「うわさじゃないみたいですよ。事実だと思います。仕事関係の取り引きか、個人

 的なものなのか、ぼくにも全くわかりませんが、中根重雄に極秘で、というのが気に

 なったもので…」

部長「そうだな。極秘だっていうのが気になるな。何かあるのかな…(雪絵を見る)」

雪絵「ウ−ン…」

 考え込む。

広志「…」

部長「ま、これは今後調べてみることにして、ま、とにかく小林、ごくろうだったな。

 正直言ってここまでやってくれるとは思わなかったよ。(雪絵に)なあ」

雪絵「ええ、ホントに」

広志「(照れる)いやあ…」

 雪絵、微笑むが

 またフト、考え込む。

 

32.第一新聞社・全景

 夕陽に赤く染まってくる。

 

33.第一新聞社・報道部

 西日が差し込んできている。

 雪絵、広志の報告書を前に、検討を続けている。

 フト考え込む雪絵。

 間。

 首をかしげつつ、

雪絵「部長」

部長「(見る)なんだ?」

雪絵「こんな仕打ちを受けても、人はついていくんでしょうかねえ…」

部長「ん?中根哲男のことか?」

雪絵「ええ。こんな扱いをされても中根重雄についていくなんて、私にはどうしても理

 解できないんですけど…」

部長「まあ、それも場合によりけりだろう。中根哲男の場合、法外な地位が手に入るん

 だ。それにつられたんじゃないのか?」

雪絵「そうでしょうか。中根哲男に地位なんて入るんでしょうか。私にはただ利用され

 ているだけのようにしか思えないんですけど…」

 部長。

雪絵「たったひとりだけ危険な目に会い、悪者になって、犠牲も覚悟で中根のために尽

 くすなんて、この報告書を読むと、とても信じられないんです。」

部長「それじゃ中根の権力に脅されているとか…」

雪絵「それはないと思います。何度も死のうとした人ですよ」

部長「そうか…。ま、しかし、中根哲男が中根重雄に従ってるのは事実なんだ。今はそ

 んなことを詮索しているより、他にやることがたくさんあるはずじゃないか?」

雪絵「はい、しかし…」

部長「小林なんか、またすぐ福島へ飛んだぞ」

雪絵「え?福島へ?!」

部長「取材の続きだそうだ」

記者B「(口をはさむ)小林のヤツ、最近どうしちゃったんですかねえ。見違えるよう

 にハリキッちゃって…何かあったんですかねえ…」

 部長。何かに気づき、

  意味ありげに雪絵を見る。

部長「それはもしかすると、高梨君のせいかもしれないな」

雪絵「え?」

(電話が鳴る)

 部長、ニヤッと笑って、受話器をとる。

部長「はい はい私だが

雪絵「…(首をかしげる)」

部長「(驚き)なにっ?!中根商事が襲撃

「!?」

 見る雪絵と記者B。

 

34.窓ガラス

 銃声とともにヒビが入る。(が、割れない。防弾ガラスなのだ)

 と同時に「キャ−ッ!!」という悲鳴。

 

35.中根商事・社内

 悲鳴を上げて逃げ回っている女子社員。

(間断なく続く銃声)

 うろたえている社員たち。

 

36.同・会長室

 うろたえている男3。

男3「会長っ!早く避難をっ!」

重雄「うろたえるなっ!社内の防備は万全だっ!出入口にすべて、シャッタ−をおろす

 ように指示しろっ!!」

男3「ハ、ハイ!」

 男3、飛び出していく。

 

37.走るパトカ−

 

38.中根商事・前

 警察が現場検証をしている。

 その回りには人だかり。

 その中に部長の姿も

 雪絵、来る。

雪絵「犯人はすべて逮捕されました。死者、負傷者はでていません」

部長「(うなずく)しかし、防弾ガラス張りだとはな」

雪絵「ええ。驚きました」

部長「ま、当然と言えば当然と言えるのかも知れないな。ここは中根にとっては、最大

 の砦だからな」

雪絵「ええ」

 と、ビルを見上げる雪絵。

 夕闇にそびえたつ中根商事ビル。

 雪絵、フト何かに思い当たる。

雪絵「そういえばこのビル、着工されたの、いつでしたっけ?」

部長「(見る)…あれは確か、三年前の昭和57年、9月頃だったんじゃなかったか?

  完成したのが去年だから、それぐらいだろう」

雪絵「そうでしたっけ…三年前…」

 考え込む雪絵。

部長「…?」

 雪絵

 

39.のどかな山道

 段々畑が広がっている。

 広志、ひとり歩いていく。

声「中根哲男の実母、石山みどりの実家がわかった。福島県大沼郡

 初夏の日ざしを浴びて、うっすらと汗がにじんでいる。

 一軒の家にたどりつく。

 表札を見る。

 ”石山浩三”

広志「ここだな…」

 

40.石山家・庭

 広志、来る。

広志「ごめん下さい」

 洗濯物を干している老婦、石山せつ(73)、振り返る。

広志「私、第一新聞社の小林という者なんですけど…」

せつ「新聞社の方…?」

広志「こちらに石山みどりさんって方、いらっしゃいますか?」

せつ「みどりなら、いませんけど…」

広志「(メモを用意しつつ)今、どちらに…?」

せつ「死にました」

広志「(見る)死んだ…?!」

 家の奥から老夫、石山浩三(75)、出てくる。

浩三「死んだんじゃない。殺されたんだ」

 広志、見る。

広志「殺された…?!」

 場面、そのままロングになり

 

41.列車

 窓の外、川が流れている。

 それをボンヤリながめている広志。

声「石山みどりは昭和23年、17歳の時、家出し、その後郷里とは一切連絡を断ち、

 再び両親のもとに帰ってきたのは昭和34年、遺骨としてであった。

 引き逃げ

 犯人はついに見つからず、迷宮入り。

 両親は石山みどりに子供がいたことを知らず、中根哲男のことを話しても取りあっ

 てはくれなかった

 ボンヤリ窓の外をながめている広志。

声「中根哲男が引き取られたのが33年。石山みどりが殺されたのが34年

 もしかすると…」

 ボンヤリながめている広志。

 だがその目は、風景など何も見ていない

 

42.中根商事・会長室

 イライラしている重雄。

男3「…昨日が88人、今日が135人…この間の銃撃事件を境に、退社希望者が急増

 しています。このままいきますと…」

重雄「被害者意識を徹底させろと言っているだろっ!悪いのは哲男ひとりだっ!自分た

 ちは被害者なんだとっ!!」

男3「徹底させましたっ。しかし、”会長とソ連大使との密談報道”や、第一新聞社が

 この事件をグル−プぐるみの犯行だと決めつけて報道を行っていることなどで社内に

 も会長に疑いの目を向けるものが増えております」

重雄「…」

男3「コンピュ−タ−の予測によりますと、このままの状態があと5日も続けば、たと

 え作戦に成功したとしても、何らかの影響が残り、もし失敗するようなことにでもな

 れば」

 重雄。

男3「中根グル−プでは空中分解してしまうだろうと

重雄「…」

 重雄 苦悩。

 間。

重雄「よしっ。第一新聞社を名誉き損で告訴しろっ!」

男3「ハ?」

重雄「勝負はあと数日で決まる。あくまで強気で押し通すんだっ!」

男3「はいっ」

重雄「これから各社を引き締めに回る。車を用意してくれっ」

男3「ハッ」

 

43.中根商事・表

 重雄、付き人を従えて、出て来る。

 そこへスッと現れる広志。

 付き人たち、すぐに広志の前に立ちはだかる。

広志「ちょっとすいません。新聞社の者なんですけど」

 重雄、一べつするだけ。

付き人「会長は今、忙しいんだ。あとにしてくれっ」

広志「(かまわず)会長っ!石山みどりを殺したのはあなたですね、会長」

 重雄、ギクッと立ち止まり、振り向く。

 見る広志。

重雄「…」

 広志。

 重雄

 間。

 が、重雄、フト我に帰り、

重雄「(小さく)フン、バカバカしい」

 重雄、何ごともなかったかのように行く。

 あとを追う付き人たち。

 広志

 重雄、車に乗り込むが、何を思ったのかフト振り向き、

重雄「若僧、名前は?」

広志「第一新聞社の、小林です」

重雄「第一新聞社?」

 改めて見る重雄。

重雄「 覚えておこう」

 ドア閉り、車、行く。

広志「…」

 

44.喫茶店

 雪絵、口に運ぼうとしたコ−ヒ−が、フト止まる。

雪絵「(驚いて)ホント?!」

広志「間違いないと思います。中根重雄は哲男の母を殺しています」

 雪絵、コ−ヒ−カップを、飲まずに置く。

雪絵「すごいじゃないっ、小林君!もし中根重雄が殺人犯でつかまったりすれば、事件

 は一挙に解決するかも知れないわよ」

広志「(首を振り)残念ですけど、証拠は何もないし、それにもう、時効が成立している

 んです」

雪絵「(残念そうに)そう…」

広志「ま、そりゃそうですよ。そう簡単に中根重雄がシッポを出すとは…」

雪絵「そうね」

広志「しかし中根重雄という男は、つくづく恐ろしい男ですね」

 雪絵。

広志「確かにこの作戦を成功させるためには中根哲男を完全に私物化する必要があり、

 哲男の母親が邪魔になるだろうということはぼくにもわかります。だからといって、

 作戦を実行する25年も前に…」

雪絵「(フト)そのことは中根哲男は知ってるのかしら?」

広志「母親を殺されたことですか?」

雪絵「うん」

広志「それなんですけどねえ…どうも知ってるみたいですよ」

雪絵「知ってる?」

広志「はい。 いや、その石山老夫婦に中根哲男の話をしたんですけどね、」

雪絵「うん」

広志「その二人には全然信じてもらえなかったんですけど、でも

雪絵「でも、なんなの?」

広志「おかしな手紙が一年ほど前に来たんだそうです」

雪絵「おかしな手紙?」

広志「はい。宛名がない上に銀行のカ−ドが入っていたそうです」

雪絵「カ−ド?!」

広志「はい。カ−ドのお金を使って海外旅行でもして来て下さい、という内容だったら

 しいですよ」

雪絵「…(考え込む)」

広志「まあ、老夫婦はそんなもの、全く信用しなくて、誰かのいたずらだと思って、そ

 のままどこかにやってしまったらしいんですけど、もし、そのカ−ドに本当にお金が

 入っているすれば、それは中根哲男からの手紙じゃないかと考えられると思います。

 そしてもし、実際そうだとすると、自分の母親がどうなったかということは、知って

 いると考えた方が…」

雪絵「うん…」

 雪絵、考え込む。

 コ−ヒ−を飲む広志。

 考えている雪絵。

 雪絵「その手紙、もうないかしら?」

広志「いえ、手紙を捨てることはないって言ってましたから、見つかり次第、送っても

 らうように頼んでおきました」

雪絵「(満足そうに)そう」

広志「抜かりはありませんよ。すぐに見つかるだろうって言ってましたから、今日あた

 りもう、来てるかもしれません」

 雪絵、うなずく。

広志「もし来てたら、先輩、受け取っといて下さい」

雪絵「え?小林君は?」

広志「ぼくはこれから、佐渡へ行こうと思います」

雪絵「(ビックリ)佐渡へ?!」

広志「はい。佐渡へ行って、中根哲男に会ってこようと思います」

雪絵「よしなさいよ、そんな危いこと…最終期限まであと一週間しかないのよ。いつ何

 が起きるか…それにだいち、佐渡のまわりは海上自衛隊が封鎖してるのよ」

 広志「平気ですよ。夜中に手こぎボ−トで行きますから…いざとなったら泳いでもいい

 んですし…」

雪絵「そんなこと言ったって…」

広志「ぼくはこれに賭けてるんです」

雪絵「(見る)…賭けてる?」

広志「はい」

 広志、ちょっと笑って、うつ向く。

広志「(小さく)先輩に早く、追いつきたいんですよ、ぼくは…」

 雪絵。

広志「早く先輩と対等に…(見る)」

雪絵「…(ちょっと驚いている)」

広志「(立ち上がる)とにかく手紙のこと、よろしくお願いします」

 広志、行く。

雪絵「あ、小林君…(と立ち上がるが)」

 去っていく広志。

雪絵「…」

 間。

 雪絵、ひとつ息をつき、座る。

 が、何かが気になっていて、フト考え込んでしまう。

 店内の片隅にあるテレビからアナの声、流れてくる。

テレビ「最終期限までいよいよあと一週間…事件は一体、どのような…」

 

45.第一新聞社

 イライラしている部長。

部長「(回りに)あと一週間しかないんだぞっ!アッというネタはないのかっ。核心を

 ついた、アッという…」

女子社員1「(来て)小林さんに速達です」

社員2「小林なら佐渡に飛んでいないぞ」

部長「私が預かっておこう」

 受け取り、見る。

 差し出し人、石山浩三。

部長「石山…誰だ?(考える)」

 そこへ記者A、慌ててくる。

記者A「部長っ!我が社が中根グル−プに告訴されましたっ!」

部長「なにっ」

 部長、その手紙を机の上に投げ出し、

部長「どういうことだ?」

記者A「はい。中根グル−プが、今回の事件に関しての中根グル−プに対する我々の報

 道を、根も葉もない中傷記事だとして…」

部長「なんだと−っ」

記者A「どうしますか?」

部長「どうするも何も…」

 と言いかけるが

 記者A。

部長「いや、無視しよう。今はそんな小さな争いをしているヒマはないからな。事件が

 解決するまでは、とにかく今まで通りの方針で取材を続けよう」

記者A「はいっ」

部長「(うなずき、回りに)高梨君っ!」

 が、雪絵はいない。

部長「高梨君はどうした?」

社員2「さあ(首をひねる)」

部長「(舌打ち)この大事な時に…」

 部長、出ていく。

 机の上に投げ出された手紙

雪絵の声「(かぶる)ひどい扱いをされた上に、母親を殺され…」

 

46.第一新聞社・資料室

 雪絵、資料の山に埋まっている。

 次々とぺ−ジをめくっていく雪絵。

声「(かぶる)中根重雄に極秘で行動…それに異常なほどの従順さ…もしかすると中根

 哲男は中根重雄に復讐を考えてるのじゃないかしら…だとしたら、南アとの取り引き

 は何だったのかしら…一体何を狙って…」

 雪絵、めくっていた手がフト止まる。

 改めて見なおす雪絵 ドキッとなる。

雪絵「(ス−ッと血の気が引く)まさか……」

 

 

                               (中編・終)

 


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