『それぞれの道』
作.伊藤智義
(画.宮代良行「ヤングジャンプ1986/8/20増刊ザ・グレート青春号」掲載)
1.球場
カッと照りつける太陽。
大観衆に埋まっているスタンド。
アナの声「さあいよいよ西東京大会決勝が始まりますっ!甲子園に行けるのは名門英和
学園かっ!?それともダークホース岩波高校かっ!?」
激しい応援が始まっている両校応援団。
2.マウンド
岩波のピッチャー、戸田広志(高3)、上がる。
アナの声「注目は何といってもこの人、岩波のエース戸田広志っ!一年の時から不動の
エースで、三年最後のこの大会、ついに無名の岩波高校を決勝まで引っ張ってきまし
たっ!」
広志、ロージンバックを手にする。
― いよいよ始まる。最後の勝負… ―
3.英和ベンチ
アナの声「対する英和は、名門の名のふさわしく、圧倒的強さで決勝まで勝ち上がって
います。このまま一気に戸田をも粉砕するかっ!?」
ベンチ前で素振りをくれている選手たち。
その奥に座っている控えの選手たち。
その中の一人、背番号12の選手 ― 石山浩二(高3)。
マウンド上の広志をじっと見つめている。
― いよいよだな、広志。正しかったのはおまえか、オレか… ―
アナの声「間もなく試合開始ですっ」
*
球場全体にサイレンが響き渡る ― 。
4.回想・球場B
― 三年前 ―
歓喜に沸く場内。
紙吹雪が舞い、テープが飛び交う中、抱き合って喜ぶ選手たち。
アナの声「やりました安岡中っ、東京大会初制覇っ!!四番石山が打ち、エース戸田が
守り抜きましたっ!!両輪、大活躍っ!!」
最高の二人 ― 広志と浩二。
5.校庭
中学生の広志と浩二。
浩二「えっ!?おまえ、英和に行かないのかっ!?オレはてっきりおまえも…」
広志「オレは岩波にいくよ」
浩二「岩波?何だソレ。…おまえ、甲子園に行きたくないのか?」
広志「行きたいさ。目ざすは甲子園だよ」
浩二「だったら」
広志「だけど英和の一員として行くのはイヤなんだ」
浩二「え?」
広志「オレは英和にくっついて、連れていってもらうのがイヤなんだ。この手で、自分
の力で甲子園に行きたいんだっ」
見る広志。
浩二「…」
二人 ― 。
浩二の声「そして広志は東京No.1のピッチャーとして自ら無名の岩波高校に進学し、
オレはといえば、東京No.1のバッターとして誘われるままに名門中の名門、英和
学園に進んだ」
6.最新設備のグランド
100人を越える部員が練習に励んでいる。
*
猛烈なノックが飛ぶ。
横っ飛びの浩二。
だが惜しくもハジく。
コーチ「どうした石山っ!そんなことじゃ万年補欠だぞっ!!」
浩二「はいっ」
すぐに起き上がり、構える。
浩二「お願いします」
激しいノックが続く。
*
その様子を見ている監督。
監督「(残念そうに)あいつがもう少し守備がうまければなあ…バッティングは申し分
ないんだか…」
7.グランド全景
浩二の声「中学時代は不動の四番だったオレも、日本全国から有望な選手を集めている
英和の中では、その他大勢のうちの一人でしかなかった」
8.甲子園球場
熱い興奮に包まれているその中で、
試合をしている英和学園。
浩二の声「一年、二年と英和は、二年続けて甲子園に出場」
9.同・スタンド
浩二の声「だがオレは、ベンチにすら入れなかった」
練習用の真白のユニフォームを着て、声をからして声援を送っている英和の残りの部
員たち。
その中にいる浩二 ― 。
10.ベンチ(現在)
座って戦況を見つめている浩二。
― 正直言えば、おまえをうらやましいと思ったこともあったぜ、広志 ―
11.グランド
広志の快速球が決まり、
審判「ストライークッ、バッターアウトッ!」
*
「いいぞ、戸田ーっ!」
「その調子だーっ!!」
*
堂々たるマウンドさばきの広志。
アナの声「今日も快調、戸田っ、強打の英和打線を完璧に抑えていますっ」
12.スコアボード
|
一 |
二 |
三 |
四 |
五 |
六 |
七 |
八 |
九 |
計 |
英和 |
0 |
0 |
0 |
0 |
0 |
|
|
|
|
0 |
岩波 |
1 |
0 |
0 |
0 |
0 |
|
|
|
|
1 |
アナの声「ここまで初回にあげた一点を守り切り岩波リード。予想をくつがえす大健闘
を見せていますっ。このまま逃げきるか、岩波っ!?はたまた英和打線、火を吹くこ
とができるかっ!?」
13.グランド
アナの声「打ったーっ!四番佐藤、ジャストミートッ!!」
鋭い打球がピッチャー広志の右を襲う。
グラブを出すが届かないっ。
と同時に二塁にいたランナー、スタートをきる。
14.放送席
アナ「抜けたーっ!センター前ヒットッ!これはタイムリーになるぞっ!同点か…(と
言いかけるが)アアーッ」
と身を乗り出す。
15.グランド
ショートが横っ飛び。
精一杯体を伸ばし、その打球を ― とるっ!
*
アナ「(ビックリ)と、とったっ!とりましたっ!ショート、超ファインプレー!!」
*
三塁を回ったところで呆然と立ち尽くすランナー。
*
同じくバッター。
*
沸き上がる岩波応援団。
*
広志「ナイス、ショート」
ショート、軽くグラブを上げて応える。
アナの声「堅い守りで戸田を盛り上げる岩波高校!鉄壁の守りには定評がありますっ」
16.英和ベンチ
ガッカリする選手たち。
ただその中で浩二だけ、じっと広志を見つめている。
17.マウンド
広志。
― 浩二。オレが楽してここまで来たと思うなよ ―
18.回想・粗末なグランド
練習試合をしている岩波ナイン。
広志の声「オレが入った時、岩波は想像以上にひどいチームだった」
満塁のランナーを背負い、苦しいピッチングの広志 ― 肩で息をしている。
リー、リー、リー、とリードをとる各ランナー。
広志、セットポジションから ― 投げる。
バッター、打つ。
平凡な三塁ゴロ。
広志「よし!ゲッツーコース!」
が、三塁手、これをトンネル。
広志「!」
三塁手「アレ!(と股の間からボールを目で追う)」
呆然とする広志。
広志の声「10や20のエラーはザラだった」
三塁手「(悪びれず)いやあ、スマンスマン」
回りの野手たちも気軽に、
「ドンマイ!ドンマイ!」
まるで遊びの雰囲気。
ムカーッとくる広志。
19.部室
広志「(勢い込んでいる)もっと練習しましょうよ、キャプテン!うちのチームには練
習が必要なんですよっ」
キャプテン「しかしそんなこと言ったってなあ、戸田」
広志「週三日なんて甘すぎますよっ。ぼくたちは遊びで野球をやってるわけじゃないん
だっ!(ドンと机を叩く)」
驚いて見る部員たち。
キャプテン「(驚き)おまえ…」
と腰が浮くが、急に怒り出し、
キャプテン「何だっ、その態度はっ!」
広志。
キャプテン「中学No.1のピッチャーかなんか知らんがな、つけ上がるのもいい加減
にしろっ!岩波は野球だけやってりゃいいという野球学校とは違うんだっ!!」
ムッと見る広志 ― 。
20.グランド
― クソッ、クソッ ―
と一人、壁を相手にピッチング練習をしている広志。
その悔しさのにじみ出たその顔にかぶって ― 、
21.回想
激論している中学生の広志と浩二。
浩二「どうしてもオレにはわからないっ!なぜあんなに誘われてるのに英和に行こうと
しないっ!」
広志「英和だけが高校野球じゃないっ!」
浩二「おまえ、甲子園に行きたくないのかっ!?」
広志「英和だけが甲子園じゃないっ!」
浩二「英和イコール甲子園だっ!!」
にらみ合う二人。
間。
広志「(視線をそむけ)オレはその他大勢にはなりたくないんだっ」
浩二「フンッ結局英和でやっていく自信がないんだな?」
広志「なにっ!?」
浩二「おまえ、後悔するぞっ。三年後、オレが甲子園のグランドに立ったのを見た時、
おまえは絶対後悔するっ!!」
広志「…(にらんでいる)」
その顔がそのまま ―
22.グランド
広志 ― 。
間。
突然、
「クソオォ!」
と、その怒りをすべて投球にぶつける。
ものスゴイ豪速球。
ボールが壁にめり込む。
広志。
広志の声「俺は時期を待った」
23.雪
その中を一人走っている広志。
広志の声「新チームになる二年の秋を」
24.夏の太陽
その中を汗だくになって走っている広志。
広志の声「自分が主将になる、その時を ― 」
その汗みどろの顔がアップになり、
そこに ― ノックの音、響いてくる。
25.グランド
秋。
猛烈なノックをする広志。
部員A、打球の勢いに「ヒッ」と腰をひき、球をはじく。
広志「バカヤローッ!!しっかり捕れっ!!もういっちょう!」
猛烈なノックを繰り返す広志。
その鬼のような顔に ― 、
― これからが勝負だっ!浩二っ!! ―
*
広志の声「そしてオレは岩波鉄壁の守備陣を築き上げた」
25.大会・予選
広志の声「そして迎えた高校最後のこの大会 ― 」
力投する広志。
広志の声「一回戦2−0、二回戦3−0、三回戦1−0、準々決勝2−1、準決勝1−0…
すべて堅い守りで接戦をものにしてきた。
そしてついに、残すは浩二のいる英和との決勝のみとなった ― 」
27.道
泥だらけのユニフォームのまま、試合から帰ってくる広志。
― 甲子園まであと一つ。
浩二。今なら言える。いや、ハッキリ言ってやりたいっ。”オレの選んだ道は正し
かった”と ―
そう勝ち誇ったようにグッと顔を上げた瞬間、ハッとその表情が止まる。
逆方向から同じく浩二、来る。
二人、バッタリ会う。
見る浩二。
見ている広志。
広志「よう、久しぶり」
浩二「ああ、久しぶりだな」
広志「いよいよ決勝だな」
浩二「ああ。まさか岩波が本当に出でくるとは思わなかったよ」
広志「(小さく笑い)これが最後だからな。 ― あ、おまえもとうとう名門英和でベンチ
入りを果たしたそうだな」
浩二「(見る)ああ」
広志「これで、勝った方が甲子園ってわけか」
浩二「そうだな」
広志「これであの時の…」
と何か言おうとするが、躊躇する。
浩二「(見る)あの時の…決着か?」
広志「いや、何でもない」
浩二「(少し考えて)たしかにおまえはスゴイやつだよ。だがな、オレだって後悔しち
ゃいないっ。自分の選んだ道、これっぽっちも後悔なんかしちゃいないっ!本当だっ!!」
広志「…」
浩二「本当に…」
と、また何か言おうとするが、
浩二「(ちょっと笑い)まあ、すべては試合の結果次第だな」
広志「うん」
別れる二人。
が、広志、フト立ち止まり、振り返る。
広志「浩二」
振り返る浩二。
広志「うわさじゃ英和には甲子園用の代打の切り札がいるってきいたが、本当か?」
浩二「ああ」
広志「そいつ、今度の試合、出てくるかな?」
浩二「さあ。 ― だがもし岩波が英和を苦しめるようなことがあれば、出てくるんじゃな
いか」
広志「…そうだな。 ― じゃ」
別れていく二人。
そこに大歓声、よみがえってきて ―
28.球場(現在)
一塁 ― 、
塁審「アウトッ!」
沸き上がる岩波応援団。
29.放送席
アナ「とうとう九回表二死まで1対0できてしまいましたっ!岩波高校、あと一人で甲
子園ですっ!!」
30.岩波応援団
沸き起こる”あと一人コール”。
31.英和応援団
懸命の応援。
祈るような女子生徒たち。
アナ「一点を追う英和学園、しかしながらまだ二塁にランナーを残し、かすかな希望を
つないでおります。しかもここで迎えるバッターは四番の佐藤っ。最も信頼できるバ
ッターですっ!」
32.グランド
広志、チラッと二塁ランナーを見て、ナインに声をかける。
広志「ツーアウトォ!」
ナイン「オウ!!」
広志 ― 自信がみなぎっている。
― 四番だろうが何だろうが関係ないっ。最後に笑うのは、オレだっ!! ―
33.英和ベンチ
― そいつはどうかな ―
浩二がバットを手に、登場する。
監督、出てきて、
「代打、石山っ!」
34.グランド
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?」
と、驚いて見る岩波選手たち。
広志。
*
ドーッとどよめきが走るスタンド。
*
アナ「これは驚きましたっ!四番に代打ですっ!しかも今大会初登場の石山ですっ!い
ったいこれはどうしたことかっ!?」
35.英和ベンチ
四番の佐藤、バットをかついでさがってくる。
浩二とすれ違う時に、
佐藤「頼んだぞ」
うなずく浩二。
英和ベンチからだけは盛んに声援がとぶ。
「まかせたぞーっ!」
「一発いけーっ!」
浩二 ― ギュッとバットを握る。
36.マウンド
広志、ロージンバックを拾う。
― そうか…”切り札”っていうのは、おまえだったのか、浩二 ―
*
二本のバットで素振りをくれる浩二。
― 二年の秋、守備の差でレギュラーをはずされたオレは、その時から守備を捨てた。
バッティングのみに活路を見い出したんだ ―
37.回想・英和学園のグランド
マシンを相手に黙々と打ち込んでいる浩二。
そこに部員B、来て、
部員B「オイ、いつまでバッティング練習してるつもりだ、石山っ!早く守備練習に行
けっ!」
浩二、無視。
部員B「オイッ!!聞こえないのかっ!?」
怒ってツカツカと行こうとする部員B。
その肩を誰かにつかまれる。
振り向く部員B。
部員B「監督…」
監督「あいつには自由にやらせとけ」
部員B「え?」
監督「あいつは使える。見てみろ、あの打球を」
見る部員B。
浩二のバッティング ― 鋭い当りがポンポン飛んでいく。
監督、ニヤッとして、
― あいつは面白い存在になる ―
浩二の声「それ以来、一度としてグローブに触ることはなかった。来る日も来る日もた
だバットだけを振り続けた」
38.黙々とバットを振る浩二
晴れの日も、
雪の日も ― 。
39.グランド(現在)
一本のバットを捨てて、バッターボックスに向かう浩二。
― おまえから見れば小さな歯車にしか過ぎないだろう代打屋だが広志、野球は一振り
で決まるんだっ!
来いっ!勝負だっ!! ―
グッと構えに入る浩二。
*
マウンド上の広志。
燃えている。
― しかし、しょせん補欠は補欠。オレはエースだっ!補欠に打たれるわけにはいかないっ!
いくぞっ!! ―
「ウオオーッ」
と、こん身の力を込めて投げ込む広志。
*
浩二 ― グッと踏み込んでいく。
― オレだって三年間、何もやってこなかったわけじゃないっ。
後悔なんかしていないっ!
甲子園に行くのは、オレだっ!! ―
”カッ!!”
と、打球をとらえる浩二のバット。
”ムン”
こん身の力を込めて振り抜く浩二。
次の瞬間、
”キーン!”
という金属音を残し、グンと伸びていく打球。
思わず振り仰ぐ広志。
アナの絶叫「いったーっ!!文句なしっ!!超特大逆転アーチッ!!!」
*
呆然とする岩波応援団。
その中を打球、場外はるかかなたへ消えていく。
*
沸き上がる英和応援団。
*
思わず全員が飛び出してくる英和ベンチ。
*
歓喜に沸き上がる場内。
その中、ダイヤモンドを回る浩二。
*
ガックリひざに手をつく広志。
*
浩二、その広志を横目で見る。
*
広志。
*
浩二。
*
広志もチラッと見る。
一瞬、目と目が合う二人。
浩二、ニヤッと笑う。
広志も ― ニヤッと笑い返す。
*
そこにかぶって ―
広志の声「まだ裏があるぜ」
*
二人の、野性味あふれる横顔が重なって ―
(終)
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