「栄光なき天才たち」
― W・C・デュラント ”Never Mind, I'm Still Running” ―
― @ 自動車王への道 ―
作.伊藤智義
1.街
― 1990年 アメリカ ミシガン州 デトロイト ―
N「20世紀アメリカ文明の象徴 ― 自動車」
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二人の人物。
ヘンリー・フォード(1863―1947年)。
ウォルター・P・クライスラー(1875―1940年)。
N「そのアメリカ自動車産業のビッグ・スリー(GM・フォード・クライスラー)の創
設者のうち、H・フォード、W・P・クライスラーの名は今日でもよくしられている」
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GM本社。
N「しかし、世界最大の自動車会社GMの創設者の名はあまり知られていない。それは、
社名に自分の名前をつけなかったから ― そういう単純な理由だけではなかった」
4.証券街
― ニューヨーク ウォール街 1901年 ―
新聞売りの少年が駆け抜ける。
「号外!号外!モルガンがカーネギー・スティールを買収!超巨大企業を設立を設立し
たよ!」
足を止める人々。
その一人、ウィリアム・C・デュラント(40)、新聞を拾い上げ、読む。
デュラント「フーム… 」
その紙面にかぶって、
― 1901年4月1日 USスティール設立 ―
N「アメリカの20世紀は、鉄鋼王カーネギーが、全米一位の(世界最大)の製鉄会社
カーネギー・スティールを全米二位の製鉄企業系列を保有する金融王モルガンに売り
飛ばすという、史上空前の企業合同で幕を開けた」
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産業帝国を作った人々。
鉄鋼王A・カーネギー(1835―1919)
金融王J・P・モルガン(1837―1913)
石油王J・D・ロックフェラー(1839―1937)
N「当時のアメリカは産業帝国時代の真っ只中にあった。運と才能さえあれば、一代で
巨万の富を築くことができた。多くの人々がアメリカン・ドリームを胸に抱いた。
デュラントもそういう時代を生きてきた一人であった」
6.街
― ミシガン州 フリント 1904年 ―
入口に”FLINT VEHICLE CITY(フリントン馬車の町)”
のアーチが架かっている。
N「デュラントは2000ドル野借金で始めた馬車製造会社を15年足らずで業界屈指
の大会社にしたて上げ、当時すでに地元のフリントではスーパー・ビジネスマンとし
て名声を博していた。しかし、野心家デュラントはその成功に飽きたらずにいた」
7.同・駅
出て来るデュラント。
男が、デュラントの前に突然現れ、すがりつく。 ― フリント馬車会社社長ホワイテ
ィング。
ホワイティング「ビリー!助けてくれっ!」
デュラント「ホワイティング!どうしたんだ?」
ホワイティング「お願いだ。うちのビュイック自動車を救ってくれっ!」
デュラント「ビュイック…自動車会社?」
ホワイティング「もうあんたしかいないんだ。このフリントを馬車の町に変えたように、
今度は自動車の町に…」
そこに二人組の男1、2追いかけてくる。
男1「待ちなさい、ホワイティング社長っ!」
ホワイティング「ヒェ、来たっ!ビリー、はやく私の車に」
デュラント「しかし、私は自動車というものはどうも苦手でね」
男2「(追ってくる)今日という今日は、借金を返してもらいますよっ!」
ホワイティング「さあ早くっ!」
ホワイティング、強引にデュラントを引っ張り上げ、発車する。
ものすごい排気ガス。
男1「あ、待ちなさいっ!ホワイティング社長ーっ!!」
それにむせる男1、2。
8.道を行く自動車。
ホワイティング「へへっ、さすが我がビュイック車だ。完全に振り切ったな」
デュラント「どういうことなんだ、これは?馬車会社はどうした?」
ホワイティング「ごらんの通り自動車に乗り替えたんだよ」
デュラント「自動車に!?正気か?自動車なんていうのはやかましくて危険だし、交通
を混乱させ、馬を脅かし、そのうえ悪臭まで放つ最悪の装置じゃなかっ」
ホワイティング「そいつは偏見だよ、ビリー。少なくともこのビュイック車には当ては
まらない。まず第一にエンジンがいい」
デュラント「なら、なぜうまくいってない?どうして借金取りに追われているんだい?」
ホワイティング「(見る)…残念ながら私には力がなかったということだ。しかしあん
たなら…」
9.農村道
デコボコの荒れ道をガタガタ振るわせながらデュラントを乗せたビュイック車が行く。
デュラント「(振動で声が震える)どこまで行くつもりだい?もう借金取りからは完全
に逃げ切っただろう」
ホワイティング「あんたにビュイック車の素晴らしさを見てもらいたくてね。ほらこの
通りこんな荒れ道だって」
デュラント「確かに自動車というのは…」
ホワイティング「(うなずき)馬車にだって対抗できる!」
*
畑仕事をしている農夫たちが珍しそうに見つめている。
*
ホワイティング、農夫たちに愛想よく手を振る。
デュラント「(真顔)それで負債はいくらなんだい?」
ホワイティング「(見る。急に小声になって)40万ドルちょっと…」
デュラント「ふむ…資本金は?」
ホワイティング「(さらに小声になって)7万5千ドル…」
デュラント「なるほど…パンク寸前というわけか…」
ホワイティング「(あわてて)しかし、このビュイック車をもってすれば必ず…」
そのとたん、車、プスプスと止まってしまう。
ホワイティング「(さらにあわてて)いやこれはただ燃料が切れただけで、別に故障で
は…」
デュラント「(考えている)…」
10.オフィス
― デュラント・ドート馬車製造会社 ―
共同経営者のドートと社員のチャールズ・W・ナッシュにデュラントが話している。
ドート「(驚いて)自動車会社を始める!?」
デュラント「ビュイックっていうんだ。なかなか良い車だよ」
ドート「それでこっちからは手を引くっていうのか?せっかく全米1の馬車企業に仕立
上げたっていうのに?」
デュラント「馬車では、ロックフェラーやモルガンのようにはなれない」
ドート「な…、またそんな夢みたいなことを…。じゃあ聞くが、自動車ならなれるって
いうのか?」
デュラント「可能性は秘めている」
ドート「ハハ…、聞いたか、ナッシュ。こいつはお笑いだ」
ナッシュ「(真顔で)私も少しは興味があります」
ドート「(ムっとなる)」
デュラント「ハハハ…、さすがはナッシュ、私が見込んだだけのことはある。どうだ、
君もビュイック社に参加しないか?」
ナッシュ「はい!」
と、はっきり返事をした後で、
ナッシュ「あ…(とドートの顔色をうかがう)」
ドート「(信じられないという様子)二人ともどうかしている。まあ、この会社がこん
なにも大きくなったのは、みんなビリーのおかげだから、私には君を引止めることは
できないが…」
デュラント「今日からデュラント・ドート馬社会社は君だけのものだ。好きにしてくれ。
(ナッシュに)さあ行こう!ナッシュ」
ドートの心配顔をよそに意気揚々と出て行くデュラント。
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アメリカ自動車産業のパイオニアたち。
ランサム・E・オールズとオールズ社(1896年設立)。
ヘンリー・フォードとフォード社(1903年設立)。
ヘンリー・M・リーランドとキャディラック社(1905年設立)。
N「アメリカ自動車産業が本格的に幕を開けるのは、1901年にオールズ社が425
台のカーヴド・ダッシュ社を生産し、自動車が量産できることを示してからである。
しかし当時はまだ、自動車は臭気と騒音を出すだけのオモチャ程度にしかみられてい
なかった。自動車産業のパイオニアたちもほとんどが機械工出身者だった。
そういう状況下で、デュラントは経営者側から本格的に自動車産業に参入していく
のである」
12.モーター・ショー
ビュイック車の試乗会を行なっている。
N「1904年11月、デュラントはビュイック再建を始めた」
試乗している客1。
戻ってくる。
デュラント「(客1に)どうですか、乗り心地は?」
客1「いや、いいね。気に入ったよ」
デュラント「そうでしょう。ビュイックはまずエンジンがいい。サスペンションだって
…。自信を持っておすすめできます。どうです?1台」
客1「ウーン、欲しいねぇ…」
*
その様子を少し離れた所からみているナッシュ。
ナッシュの袖を社員1が引張る。
ナッシュ「ん?(と振り向く)」
社員1「(青ざめている)デュラントさん、一体何台売るつもりですかね?」
ナッシュ「何台って?」
社員1「もう注文が 500台を越えてるんですよ!」
ナッシュ「へえ、そりゃ大成功だな」
社員1「なに言ってるんですか!うちには在庫が20台もないんですよ!どうするつも
りです?」
ナッシュ、キョトンと見る。
― 笑い出して社員1の肩を叩く。
社員1。
ナッシュ「20台でもあるだけましさ。前の会社では、工場もなかったときに馬車を6
00台以上売ったことがあるよ」
社員1「え…」
ナッシュ「それがデュラントさんのやり方だ。需要を広げるだけ広げて、その後で供給
を追いつかせる。私には真似できないがね」
*
精力的に動きまくっているデュラントの姿。
*
N「1904年には生産台数わずか28台だったビュイック社は、1905年には67
3台、1906年には2295台を生産し、はやくもキャディラックの4045台に
次いで第2位の座に躍りでた」
13.ビュイック車・工場
N「1907年には3848台を生産し、衰退気味のキャディラック(2867台)を
抜いたが、この年はフォードの伸びが著しく(8759台)、ビュイックは2年続け
て2位に甘んじた。
その一隅。
― エンジン開発部 ―
作業している工員たち。
彼らにハッパをかけているデュラント。
デュラント「パワーだ、パワーだ!どんな坂道でもぜったてに上がれるパワーが欲しい。
フォードを抜くのはパワー車しかない。いかなる車よりも絶対強力なエンジンを造っ
てくれ!」
ナッシュが来る。
ナッシュ「相変わらず”絶対、絶対”ですね、デュラントさん」
デュラント「フォードを抜かなければならないからな。フォードを抜いて、まずはトッ
プに立つ。そうだろ?」
14.サーキット(のようなもの)
新車のテスト運転が行なわれている。
運転しているのはビュイック社の専属レーサー、ルイ・シボレー。
その様子を見ているデュラントとナッシュ。
シボレー、快調に数周走る。
そして、二人の前で止る。
デュラント「どうだい、ビュイックの新車の乗り心地は?」
シボレー「(声を弾ませて)最高だよ。このモデル10は、今まで俺が乗ったどんなヨ
ーロッパ車よりも、断然強力で絶対に快適だ!」
デュラント「パワーはあるかい?」
シボレー「ありすぎるくらい」
デュラント「フォードを抜けるな?」
シボレー「必ず!」
笑みを交わすデュラントとナッシュ。
*
N「1908年、ビュイック社は生産台数8487台でフォード社の6181台を抜き、
ついにNo.1の座に踊り出た。デュラントが再建に乗り出してから、わずか4年目のこ
とであった」
(@・終)
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