「栄光なき天才たち」
― W・C・デュラント ”Never Mind, I'm Still Running” ―
― A モルガンの密命 ―

 作.伊藤智義


1.電話
  鳴っている。

2.デュラント宅(夜)
  その電話をとるデュラント。
 電話の声「もしもし、ベン・ブリスコーだけど…」
 デュラント「やあ、久しぶり」
 電話の声「ビリーかい?いまニューヨークからの帰りでシカゴに着いたところなんだけ
  ど、明朝シカゴで会えないか?ウォール街のモルガン商会に頼まれた内密の話をもっ
  てきた。緊急要談だ。急ぐんだよ」
  デュラント、ハッとなる。
 ― モルガン? ―
  やや考えて、努めて冷たく、
 デュラント「君のほうに用があるのなら、そっちから来たまえ。(時計を見て)今夜10
  時発の夜行に乗れば、明朝7時にフリントに着く。朝食の時間をあけておくよ」
   *
  電話を切るデュラント。
 デュラント「モルガンが、動き出したのか…」

3.道
  早朝。
  デュラントがナッシュを連れて駅に向かう。
 ナッシュ「モルガン?あの金融王モルガンですか?」
 デュラント「(うなずく)USスティールを作って鉄鋼業界を手中に収めたモルガンだ。
  金融資本を背景に産業支配を強めている、あのモルガンだよ」
 ナッシュ「そのモルガンが何の用で…?」
 デュラント「モルガンといえば、独占」
 ナッシュ「それじゃ…自動車会社の大合同?」
 デュラント「私も企業合同(トラスト)は、いずれやらなければならないとは思ってい
  るんだ。独占市場を形成することがどれだけ生産者側に有利に働くか…計り知れない
  ものがあるからな」
 ナッシュ「自動車帝国への第一歩というわけですね?」
 デュラント「(見る)まあ、そういうことだ。その点で、モルガンと利害は一致する」
 ナッシュ「乗るんですか?」
 デュラント「相手しだいだな。怪物モルガンが何を考えているのか…」

4.駅
  列車が到着する。
  男が降りてくる。
 ― マックスウェル・ブリスコー自動車会社 B・ブリスコー ―
  出迎えるデュラントとナッシュ。

5.ホテルのレストラン
  朝食をとっている三人。
 ブリスコー「単刀直入に言おう。モルガンは自動車企業のコンビネーションをやりたい、
  そう言ってきているんだよ」
  一瞬顔を見合わせるデュラントとナッシュ。
 ― やっぱり ―
 ブリスコー「うちの会社はモルガンからかなりの融資を受けていてね、断れんのだよ」
 デュラント「(そっけなく)コンビネーションね?」
 ブリスコー「モルガン商会が考えているのはパッカード、ピアレス、ピース・アロー…
  などを核にして、当面、自動車企業20社を連ねた企業大合同案なんだよ」
 デュラント「そいつは無理だろう。いくらなんでも障害が大きすぎる。私が考えている
  のは…」
 ブリスコー「お、君も考えていたのか?ビリー」
 デュラント「あ、いや…」
 ブリスコー「ぜひ聞かせてくれ、君の意見を」
 デュラント「いや、なに…これはなんとなく思っていた程度のことなんだが…」
   *
  時計 ― 10時を回る。
   *
  しゃべっているデュラント、その口調が熱を帯びてくる。
 N「もともと企業合同に乗り気だったデュラントは、次第にモルガンの企業合同案にひ
  かれていった。
   その日の話は夜まで続いた」

6.駅・ホーム
  ブリスコーを見送るデュラントとナッシュ。
 デュラント「モルガン商会のパーキンズさんにお伝え願いたい。むやみやたらに、東部
  まで含めて、アメリカ各地に散らばっている20社連合を考える前にミシガン州界隅の
  有望企業だけで、合同を考えるべきだ、と」
 ブリスコー「具体的には?」
 デュラント「まずデトロイトのフォードを手に入れることが絶対だな。将来、あそこが
  最大のライバルになる。それから、フリントの私のところのビュイックと、ランシン
  グのREO、そして君のマックスウェル・ブリスコーだ。この4社合同を核にすると、
  全米自動車業界の支配は簡単だと思う」
   *
 N「REO自動車会社とは、アメリカ自動車産業のパイオニア、R・E・オールズの会
  社である。1896年にオールズ自動車会社を作ったオールズは、その後金融面の後
  援者スミス親子と対立し、1905年にオールズ社を飛び出している」
   *
 ブリスコー「(デュラントに)わかった。必ず伝えるよ」
  列車に乗り込むブリスコー。
   *
  発車する列車。
   *
 デュラント「ビュイックにフォードとREOを加えることができれば、5年か10年先
  にはアメリカ自動車産業の全市場を押さえることも不可能じゃない」
  ナッシュ。
 デュラント「モルガンを利用できれば…」
  決意を新たにするデュラント。

7.オフィス
 ― ニューヨーク モルガン商会 ―
  モルガン商会の共同経営者パーキンズにブリスコーが報告に来ている。
 パーキンズ「なるほど…デュラントの意見はもっともだな」
 ブリスコー「ええ、私もそう思いました」
 パーキンズ「ふむ…」
 N「企業合同は、具体案を示したデュラントを中心に動き始めた」

8.会議室1
 ― 1908年1月17日 デトロイト 第一回会談 ―
  フォード社のH・フォード、REO社のR・E・オールズ、それにブリスコーとデュ
  ラントの4社首脳が、それぞれ部下を従えて集まっている。モルガン商会からは顧問
  弁護士のサッタリーが同席している。
  進行役はデュラントが務めている。
 デュラント「まず合同方式についてですが、四社の資産評価を行なうことで、その資産
  に見合う株式の相互交換による合同方式を採るべきだと私は考えていますが、どうで
  しょうか?」
  一同、慎重になっているためか、口が重い。
 オールズ「まあ、公平なやり方だろう」
 デュラント「では、各社の評価を致しましょう。設備が一番優れているフォード・モー
  ターは1000万ドルでどうでしょうか?いかがですか?」
  一同。
 デュラント「オールズさんのREO・モーターは600万ドル、マックスウェル・ブリ
  スコー社は500万ドル…」
 ブリスコー「あんたのところは?」
 デュラント「そうですね、ビュイックも500万ドルとしておきましょう。よろしいで
  すか?」
  一同。
  重苦しい沈黙が続く。
 N「協議は難航した」

9.別室
  デュラントとナッシュ、入ってくる。
 デュラント「なかなか思うように進まんな」
 ナッシュ「はじめはみんな慎重なんですよ。次からはきっと乗ってくるはずです」
 デュラント「うん」
 ナッシュ「ただ一つ気になるのは、モルガン側の態度ですね。あまり積極的には見えな
  い」
 デュラント「確かにな。モルガンとすれば、合同による株価の変動で一儲けしたいだけ
  なのかもしれないな。積極的に経営にまで参加する意思はないみたいだ」
 ナッシュ「そうなると好都合ですね。経営権はこちらで握れる」
 デュラント「(ニヤッと笑って)金だけ出してもらってな」

10.会議室2
 ― 1月24日 ニューヨーク 第二回会談 ―
 デュラント「次に、合同後の経営体制についてですが…」
 ブリスコー「その前に、役員の配分はどうするんだ?」
 オールズ「それについてはだな、…」
  激しい議論が始る。
  その議論を傍観しているナッシュ、フォード側が無言を通しているのに気づく。
 ナッシュ「…」
   *
  議論は続く。

11.会議室2
 ― 同・二日目 ―
  吸いがらの山。
  一同に疲れの色が見える。
 デュラント「もう十分議論も出尽くしたと思います。大筋は合意に達したということで、
  そろそろこの辺で協定書をまとめたいと思いますが…」
 「ちょっと待ってください。デュラントさん。フォード社は合意したとは言っていませ
  んよ」
  と、H・フォードの隣に座っている男が口をはさむ。
 ― フォード社専務 コウゼンス ―
 コウゼンス「お話を聞いていると、デュラントさんは企業合同と体裁のよいことをおっ
  しゃっていますが、これは要するに、モルガン商会の肝入りで、よくある持株会社が
  つくられるだけの話でしょう。企業合同を支配するのは、この持株会社で、大衆車を
  造っている四社が一つになって、政策を一本化しようという狙いは、表向きの大義名
  分だけですね。モルガンさんは、投資家として大衆車の値段を上げるおつもりではあ
  りませんか。私たちは大衆車の値段を下げることしか興味はないのです!」
  モルガン商会のサッタリー、むっと見る。
  一同。
  困惑気味のデュラント。
 コウゼンス「どうでしょう。評価だの合同などとやっかいな話はやめて、300万ドル
  のキャッシュで、フォード・モーターをモルガンさんに売ろうじゃありませんか!」
  デュラント、
 ― チャンスだ! ―
  と、モルガン商会の弁護士サッタリーを見る。
 ― 300万ドルなら絶対得だ! ―
  サッタリー、フォードに冷たい視線を送っている。
 オールズ「(フォードに)売ってどうするつもりだ?」
 フォード「300万ドルあれば、もう一度やり直せる。一からやり直すさ」
 オールズ「なら、うちも300万ドルだ。(立ち上がり)フォード・モーターが300
  万ドルのキャッシュを要求されるのなら、REO・モーターも300万ドルだ!」
  デュラント、
 ― オ?これは意外な展開だ。労せずして、2社を吸収できる ―
  しかしサッタリー、渋い顔して首をふる。
 サッタリー「フォードさん。企業合同というものが、生産者側にどんな利益をもたらす
  か、あなたは御存知なのでしょうか?」
  堅い表情のフォード。
 サッタリー「いま300万ドルばかりちっぽけな現金を受け取られるよりは、企業合同
  で生まれる新会社の株式の将来の方が、どれだけお得か知れませんのに…」
 フォード「いや、現金なら売りましょう。私は株式などには興味はありません!」
 サッタリー「(にらむ)」
  デュラント、イライラしてくる。
 ― 何をぐだぐだ言ってるんだ。買いだ。迷わず買いだ! ―
 サッタリー「(静かに席を立つ)わかりました。この話はなかったことにいたしましょ
  う」
  フォード ―。
  デュラント、がく然。
 ― バカな… ―
   *
 N「ニューヨーク会談は決裂した ― 」


 (A・終)



 デュラント B


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