「栄光なき天才たち」
― W・C・デュラント ”Never Mind, I'm Still Running” ―
― B GM誕生 ―
作.伊藤智義
1.フォード社・工場
― 1908年 ―
その奥に仕切られた一室がある。
”開発室・立入禁止”とある。
2.同・中
新型車の開発が着々と進められている。
N「モルガンの合併話を一蹴したフォードはその頃、後に自動車史上最大のセールスを
記録することになる名車フォードT型車の開発に全力を注いでいた」
3.同・社長室
フォードに、営業部門の責任者コウゼンスがディーラーたちの苦情を取り次いでいる。
コウゼンス「ディーラーたちは、我々がビュイックに抜かれただしたので焦っているの
でしょう。いろんなことをいってきます」
フォード「(顔つきがこわばる)ディーラーどもが、どんなことをいうのか」
コウゼンス「はい。もっと多彩なモデル…サイズもファッションも、もっと変化をつけ
てくれ!カラーの選択もできるだけ多いほうが売りやすい!それから、どんな坂でも
上がれるもっと強いエンジンがほしい!」
フォード「フン、まるでデュラントのやり方だな…それで車の値段はどうなんだ?」
コウゼンス「それは…(返事に窮する)」
フォード「コウゼンス君、君は毎日のようにディーラーたちと接しているので、心情的
に君が彼らの注文に応じてやりたい気持ちはわかるが、はっきりいっておこう。わし
は君とはまるきり正反対のことを考えている!」
コウゼンス「私はあなたという人が、最近わからなくなっています。何をお考えなのか?
はっきりさせて戴く必要がありますね」
フォード「私が考えていることは…。いいかね、自動車生産の標準化ということだ!」
コウゼンス「標準化?」
フォード「そう、単一化だな」
コウゼンス「単一化?…それはどういうことですか?」
フォード「モデルもカラーも、ファッションもだ。完全に一本化するのだ!色なんか黒
一色でよい。そのほうがお客にはペイントのメインテナンスが楽だ。それに部品も一
種類で標準化するのだ。そうすることで車のコストを下げる!」
コウゼンス「…」
フォード。
4.イメージ
フォード。
【略歴】1863年7月30日、ミシガン州ディアボーンに開拓農民の子として生ま
れる。1879〜1902年、技師として働く。1903年、40歳でフォ
ード自動車会社設立。
N「フォードにとって最大の目標は大衆車の生産であった。より安く、より広く
― 。
より値段の高い車を作る傾向にあった当時の一般的な風潮に逆らって、フォードはコ
スト・ダウンを求め続けた。そしてこのフォードの思想こそが、アメリカを短期間の
うちに自動車大国へと発展させる大きな原動力となるのである」
5.フォード車・社長室
フォード、コウゼンスに一通のカタログを渡す。
フォード「これをフォード販売店のディーラーたちに配ってきたまえ」
コウゼンス「これは?」
中を見るコウゼンス。
ビックリする。
コウゼンス「この数字は!?本当ですか!?」
フォード「(力強く)ああ、本当だとも!」
6.フォード販売店1
ディーラー1、T型車のカタログを手にしている。
ディーラー2、来る。
ディーラー2「どうだ?フォード・モーターが満を持して放つといってきた新車の性能
は?」
ディーラー1「スタイルは相変わらず実用性一点張りで優雅さに欠けるが、性能はなかな
かいいみたいだ。車体はバナジウム鋼というものを使って軽く、しかも丈夫になって
いるし、細部にまで最先端の技術を導入したらしい」
ディーラー2「値段は?」
ディーラー1「そいつが問題だな。いくら良い物でも、2000ドルや3000ドルも
したら売れないもんな。ええと、ちょっと待ってくれよ…(捜す)。あった、825
ドル…」
「えっ」
となる二人。ビックリ。
「825ドル!?」
ディーラー1「待ってくれ!こいつは売れるに決まっている!だか、R型とS型車の在
庫を一掃してしまうまでは、こんな車を出されては破産する!」
7.フォード社・社長室
コウゼンスから報告を受けるフォード。
フォード「売れるに決っているって?(自信たっぷり)そら、売れるに決まっているさ」
コウゼンス「しかし、現実問題として、いますぐT型車を販売すれば、売れ行き好調な
R型やS型車でさえピタリと売れなくなってしまうでしょう。それは経営的にマイナ
スです」
フォード「在庫を一掃するのにどれくらいかかる?」
コウゼンス「半年」
フォード「よし、10月1日にしよう!T型車発売のゼロ・デイは10月1日だっ!」
*
N「こうしてフォードは、10月1日のゼロ・デイに向け、彼の生涯を賭けた、アメリ
カ・セールス史上前例なき一大宣伝戦略を展開していく」
8.イメージ
ニューヨーク・モルガン商会
N「一方、フォードとREOに合同話を蹴られたデュラントは、残ったブリスコとの合
併話を進めていた」
9.同・一室
話を進めているデュラントとブリスコ。
それにモルガン商会の顧問弁護士サッタリーとステッソン。
デュラント「それではビュイック・モーターとマックスウェル・ブリスコ・モーターの
両者が合併したとき、新会社設立時の新株式150万ドルのうち3分の1はモルガン
商会で引き受けてもらうということでいいわけですね?」
うなずくサッタリー。
ブリスコ「新社名はインターナショナル自動車会社で決定したし、後は、時期をいつに
するかだな」
もう一人の顧問弁護士ステッソンが横から口をはさむ。
ステッソン「ちょっと待って下さい。この話を進める前に一つだけ確認しておきたいこ
とがある」
見るデュラントとブリスコ。
ステッソン「デュラントさん。あなたはこの合併話とは別に、オールズモビルを買収す
る計画を進めているという情報が入っていますが、本当ですか?」
デュラント「進めてはいないが、そういう話があるのは事実です。オールズモビルのオ
ーナー、スミスは売りたがっている」
ステッソン「そりゃ売りたがっているでしょう。R・E・オールズ追放後、スミス一家
の放漫経営がたたって、いまじゃガタガタですからね。まさか買うつもりではないで
しょうね?」
デュラント「確かにスミスは無能だが、R・E・オールズの築いたオールズモビルのブ
ランド名だけでも結構200万ドルの値打がある。オールズを買ったら、キャデラックも
買収したい!」
ステッソン「なぜ?フォードとREOを買い損ねて、なぜ事業が傾いているオールズモ
ビルやキャデラックなんかを」
デュラント「ならばフォードやREOを買いますか?別に買い損ねたわけじゃない。買
わなかっただけだったんだから」
ステッソン「(険しい顔になる)それは我々モルガン商会に300万ドル出せという意
味ですか?」
デュラント「300万ドルなら安い買物ですよ。今に自動車は馬の数より多くなる。年
産50万台は必ずいく!」
ステッソン「(怒りだす)馬鹿をいうんじゃないよ。君は世の中がわかっていない。自
動車は鉄道とは違うのだ!」
デュラント。
にらみ合う二人。
10.同・玄関
出てくるデュラントとブリスコ。
ブリスコ「ありゃまずいよ、ビリー。ステッソンはホラ話が大嫌いなヤツなんだ。いく
らなんでも50万台は言い過ぎだったよ」
見るデュラント。
― 何か言おうとするが、やめる。
デュラント「フン」
と行く。
*
N「1908年のアメリカ自動車市場の年間生産台数はわずかに6万3500台にすぎ
なかった。しかし、自動車市場の将来を見誤っていたのはモルガン商会の方であった。
6年後の1914年には、デュラントの予測通り、早くも年産50万台を突破するの
である」
11.同・一室
窓越しに去って行くデュラントを見ているステッソン。
ステッソン「デュラント…どうもうさんくさい男だ。一度ちゃんと調べてみる必要があ
るな」
N「鉄や電気や鉄道に対して、貪欲なまでに資本介入を行い巨額の富を築いてきたモル
ガンが、なぜか自動車への認識は欠いていた。そしてこのモルガンの自動車業界に対
する見通しの甘さが、デュラントとの溝を次第に深めていくのである」
12.ビュイック社・工場
自動車が一台一台組み立てられている。
その様子をボンヤリと眺めているデュラント。しかし、目はそれを見ていない。
心ここにあらずといった様子でブツブツと考えごとをしている。
デュラント「…オールズモビルとキャデラックは手に入れるとしよう。問題はそのあと
だな。フォードと再び交渉するか…それとも…」
そこにナッシュが来る。
ナッシュ「どうしたんですか、デュラントさん。こんな所で…」
デュラント「いや、なに…。我がビュイックの状態はどうかなと思ってね」
ナッシュ「絶好調ですよ。どうです?企業合同なんていう面倒くさいことはやめにして、
ビュイック一本にしぼってみては?」
デュラント「しかし、ビュイックだけでは市場は取れんよ」
ナッシュ。
デュラント「市場が取れないようでは自動車業界に参入してきた意味がない」
*
N「機械工出身のフォードが生産第一主義だったのに対して、経営側から自動車産業に
参入したデュラントの基本戦略は、あくまで販売優先であった。自ら自動車を作った
経験のないデュラントは、企業買収による販売網の拡大に市場支配の夢を託していた」
*
デュラント「ナッシュ。私はあくまで企業合同を進めるつもりだ。しかし、もはやモル
ガンをあてにしてはいない」
ナッシュ「どういう意味です?」
デュラント「私は私のやり方でやる」
そこに男1、来る。
男1「デュラントさん、こんな所にいたんですか」
デュラント「なんだ」
男1「モルガン商会から連絡が入っています。至急ニューヨークに出向かれたし、と」
顔を見合せるデュラントとナッシュ。
13.モルガン商会
来ているデュラント。
モルガン商会の顧問弁護ステッソンが、デュラントに問いただす。
ステッソン「急に君を呼び出したのは他でもないが、ビュイック・モーターの全株主に、
今度の企業合同の話を伝えてあるのか?」
デュラント「全株主には伝えていないが、主だった株主は知っている」
ステッソン「市場でビュイック株が大きく動いているのをご存知か?」
デュラント「少々は動くだろう」
ステッソン「合同話の進行中は株を動かしてもらっては困る!」
デュラントをにらみつけるステッソン。
デュラント「私が利食い目的でビュイック株を動かしているとでも?」
ステッソン「違うのかね?」
デュラント。
― 小声でつぶやく。
デュラント「フン、50万ドルばかりの参入で、合同後の利得を独り占めするつもりか
…」
ステッソン「(目をむく)なんと!」
デュラント「(強く)私にも顧問弁護士がいる。私は彼のアドバイスには従ううが、君
のアドバイスは受けない!」
ステッソン、石のように固い表情になる。
ステッソン「モルガン商会は、これをもって、あなたの企業合同計画から手を切る!」
デュラント ― 。
14.同・玄関
堅い表情のまま出てくるデュラント。
追いかけてくるブリスコ。
ブリスコ「おい大変なことになったな。モルガンと決裂したんだって?…これからどう
するつもりだ?」
デュラント「どうするもこうするもない。いままで通り企業合同を進めるだけだ」
ブリスコ「だけどオレん所はもうアンタの所とは一緒になれない。なんせモルガンには
借りがあるんでな」
デュラント「わかってる」
ブリスコ「それでもやるつもりか?あくまでインターナショナル・モーターズを作るつ
もりなのか?」
デュラント「(振り向く。強く)インターナショナルじゃない。”ゼネラル・モーター
ズ”だ!」
15.イメージ
GM。
― 1908年9月16日、GM設立 ―
N「フォード、オールズ(REO)を諦め、モルガンを怒らせ、ブリスコも切り離して、
デュラントは単独でGMを設立する」
16.イメージ
買収した企業群。
N「以降、資金力の不足していたデュラントは、株式の交換という方法をフルに活用し
て、次々に企業買収を進めていく」
17.イメージ
デュラント。誇らしげなその表情。
ビュイックを中心に、キャデラック、オールズ、オークランド(後のポンティアック)
を吸収し、GMは自動車市場に一大勢力を築いていくのである」
18.フォード社
社員総出で電話をかけまくっている。
N「その頃フォードは、”ゼロ・デイ”に向けた一大キャンペーンが大ずめを迎えてい
た。全米規模のダイレクト・メイルはもとより、電報と電話で直接消費者に呼びかけ、
さらには『フォード・タイムズ』という雑誌まで刊行した」
腕組みしているH・フォード。
N「大量の資金をつぎ込んだ一大宣伝戦略は、H・フォードの生涯を賭けた大ギャンブ
ル作戦であった」
H・フォード ― その堅い表情にかぶって
― 売れる。売れるに決まっている ―
19.フォード販売店
N「そして迎えた10月1日、T型車発売日 ― 」
ずらりと並んだ新品のT型車。
それに人々が群がっている。
ディーラー1「ひゃあ、これ皆、T型車がめあてかい?」
ディーラー2「そうみたいだな。しかしこれほどとは…」
20.フォード本社
山のように積まれた手紙の束。
社員1「(嬉しい悲鳴を上げる)社長!これみんなT型車の注文ですよ。初日にして千
通は越えています!」
フォード「当然だろう。売れるに決まっているからな」
満足そうな笑顔を見せるH・フォード。
*
N「この日以降、フォードT型車は19年間にわたって、合計1500万7033台と
いう驚異的なセールスを記録することになる」
21.イメージ
ビュイック、キャデラック、オールズ、オークランド各車とデュラント。
22.イメージ
フォードT型車とH・フォード。
*
両者がかぶって、
N「1908年、この年を境にアメリカ自動車産業は新たな時代に突入した
― 」
(B・終)
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