「栄光なき天才たち」
― W・C・デュラント ”Never Mind, I'm Still Running” ―
― C 挫折 ―

 作.伊藤智義


1.GM本社
 N「1908年9月16日、ゼネラル・モーターズは設立された」
  出社してくるデュラント。
 N「創立者デュラントはなぜか社長ではなく自ら副社長の座に座ったが、もちろん実権
  はデュラントが握っており、ここから、自動車市場の統合をめざして、デュラントの
  企業大合同作戦が展開される」

2.図説(”株式交換”)
 N「GMの企業買収は、主に”株式の交換”で行なわれた。この方法だと現金の支出を
  最小限に抑えられる。
    *
   証券市場の発達していたアメリカでは、よく行なわれていた方法である。
   また、当時のGMは特殊会社だったので、買収した企業は自社内に吸収するのでは
  なく、GM傘下の子会社として系列化された。
    *
   つまり当時のGMは一つの企業体ではなく、企業連合体という形をとっていた」

3.フォード本社・社長室
  フォードとコウゼンスがデュラントの噂をしている。
 フォード「そうか…GMはキャデラックを買収したか…」
 コウゼンス「はい」
 フォード「落ち目とはいえ、キャデラックの名はまだまだ第一級のブランド名だからな。
  しかもリーランド(キャディラックの創立者)は技術者としても優れている」
 コウゼンス「キャディラック社の社長には今まで通りヘンリー・M・リーラントがあて
  られ、息子のウィルフレッド・リーランドはGMの取締役に抜てきされたようです」
 フォード「さすがはデュラント、行動がすばやいな」
 コウゼンス「T型車が好調とはいえ、注意しないと奪い返したばかりのトップの座を再
  び奪い返されかねません」
 フォード「フム…二強時代の到来か…」
  秘書1、入ってくる。
 秘書1「お客様がお見えですが…」
 フォード「誰だ?」
 秘書1「GMのデュラント様が…」
  秘書1の後ろからデュラント、顔を出す。
 デュラント「やあ、ヘンリー。久しぶり。元気かい?」
 秘書1「(あわてる)困ります!勝手に入られては…」
 フォード「やあ、デュラントさん…」
 デュラント「ビリーでいいよ。ビリーと呼んでくれ」
 フォード「(困惑)今日は何か?」
 デュラント「私と手を組まないか?GMとフォードが手を組めば、天下無敵だ」
  顔を見合わせるフォードとコウゼンス。
  デュラント。
 N「自動車市場の統合をめざすデュラントにとって、最大の獲物はフォードであった。
  デュラントは自分の夢を実現すべく、再びフォード獲得に乗り出したのである」

4.別室
  交渉に入っているデュラントとコウゼンス。
 N「フォード側の交渉役にはフォードの右腕的存在のコウゼンスがあたった」
 コウゼンス「H・フォードの考えは二年前モルガンが策した合同案を断わった時と変わ
  っていません。あなたと手を組むつもりはありません。あなただけでなく誰とも手を
  組むことはないでしょう」
  デュラント。
 コウゼンス「企業合同をするくらいなら、フォード社を売り払って、また一から自分の
  会社を作る ― H・フォードの考えは二年前と全く同様です」
 デュラント「では、売る意思はあるわけですね?」
 コウゼンス「(うなずく)ただし、金額は違いますよ」
 デュラント「(うなずく)二年前は300万ドルだったが…」
 コウゼンス「800万ドル。もちろんキャッシュです」
 デュラント「(見る)」
 N「それは、当時の常識からすれば法外な値段だった」
  コウゼンス。
 ― さすがのデュラントも、これであきらめるだろう ―
  思案顔のデュラント。
 N「しかし、自動車の将来を確信していたデュラントには、その値段が決して高いもの
  とは映らなかった」
 デュラント「わかりました。用意しましょう」
 コウゼンス「え?(と見る)」

5.銀行A
 男1「800万ドル?一体何に使うんです?」
 デュラント「フォードを買うんですよ」
 男1「自動車会社に800万ドル!?バカを言っちゃいけないよ」
 デュラント「安い買物ですよ。今に自動車は生活必需品になる」
  笑いだす男1。
 男1「(馬鹿にしたように)君は面白い男だ」

6.イメージ
  各銀行を訪ね歩くデュラント。
 N「当時自動車は、まだまだ遊び道具としか思われていなかった。自動車の将来を豪語
  するデュラントは銀行家の間でメリー・アンドル(道化師)とあだ名され、融資話は
  ことごとく断わられた」
  ため息をつくデュラント。
 N「フォード買収はついに失敗した」

7.イメージ
  フォード社・工場。
  流れ作業により、次々と車が作られていく。
 N「その頃、フォードは、ベルトコンベアによる流れ作業=フォード・システムを導入
  し始めており、まさに自動車は大量生産時代に突入しようとしていたのである」

8.列車・中
  バッタリ出くわすデュラントとコウゼンス。
 N「数年後、デュラントは列車内でばったりコウゼンスに出会った。その時、こう話し
  ている」
 コウゼンス「惜しいことをしましたね、デュラントさん。昨年のフォードの純益は35
  0万ドルを越えましたよ。今年はもっといくでしょう」
 デュラント「銀行家どもは悔しがってるよ。しかし私は悔しいとは思わない」
 コウゼンス「そうですか?」
 デュラント「フォードかそこまで発展できたのは、ヘンリー・フォードがいたからだ。
  私には真似できない。フォードはやっぱりH・フォードの会社だったということだろ
  う」
   *
 N「フォード買収に失敗したあともデュラントは積極的に企業買収を進めた」

9.表
  (「GMの研究」P50)
 N「わずか二年の間に買収した企業の数は実に22社。巷ではGMのことをデュラント
  帝国と呼んだ。
    *
   が、それもつかの間 ― 」

10.ビュイック社・表
  労働者たちが詰めかけている。
 「給料を出せーっ!」
 「俺の賃金をくれーっ!」

11.同・社長室
  男2、顔面蒼白で入ってくる。社長のC・ナッシュに泣きつく。
 男2「社長!このままでは暴動が起こりますよっ」
  立ち上がるナッシュ。
 男2「社長っ!どちらへ?」
 ナッシュ「デュラントさんに会ってくる」

12.GM本社・副社長室
  デュラントに詰め寄っているナッシュ。
 ナッシュ「どういうことですか、これは。売上は2倍以上も伸びているのに、社員に払
  う給料もないとは…」

13.イメージ
  仮設テントで暮らす自動車労働者。
 N「GMの余りの急膨張のため、住宅が不足し、この異常事態が生じていた。
   原因がデュラントの急激な拡張戦略にあったことは明らかだった。あまりに急激に
  拡張したため、運転資金が不足したのである」

14.GM・副社長室
 デュラント「心配ないよ、ナッシュ。今さえ乗り切れば、すべてがうまくいくんだから。
  大丈夫…」

15.イメージ
  証券市場。
  GM株が25ドルに書き替えられる。
 N「GMの株価は急落し、デュラントに非難の声が集中した」

16.GM・副社長室
 ナッシュ「あてはあるんですか?」
  デュラント、立ち上がり、
 デュラント「ニューヨークに行ってくる」
  ナッシュ。
 デュラント「ミシガン中の銀行はすでに借り歩いてしまったからな、あとはウォール街
  にすがるしかないだろう」

17.イメージ
  銀行を借り歩くデュラント。
  A銀行で。
   *
  B銀行で。
   *
  C銀行で。
  しかし、行く先々で断わられる。
 N「デュラントは、ニューヨークの銀行を、モルガン商会を除いて総なめに借り歩いた。
   が、モルガン商会の同意なくしては、ウォール街が動くわけなく、GMの資金源は
  枯渇した」

18.夜道
  肩を落としてトボトボ歩いてくるデュラント。
 ― 今さえ乗り切れば何とかなるんだ。今さえ… ―
  そのデュラントに一人の老人が声をかける。
 老人「ずい分お困りのようですね。デュラントさん」
  見るデュラント。
 老人「私、GMの一株主でマクリメントと申します。私に…それ相応のGM株を、謝礼
  のしるしとしてくださるのなら、不肖、この私がご融資のお手伝いをさせていただき
  ます」
 デュラント「え?」
 マクリメント「この老いぼれ、多少、ニューヨークの銀行家に顔がききますので…」
 デュラント「ホントですかっ!?」
 N「わらをもつかむ思いのデュラントは、老人の言葉に飛びついた。
   この時、このマクリメントと名乗る老人が、モルガン商会に通じた名うてのフィク
  サー(裏工作をする調停者、黒幕)であるということを、デュラントは知る由もなか
  った」

19.会議室
 N「マクリメント老人は、GMのために、ニューヨークとボストンで、22の銀行から
  なるシンジゲートを組織した」
  マクリメントを中心にした銀行団と、デュラントを中心としたGMの役員たちが対じ
  て席に着いている。
  マクリメントが融資の条件を提示する。
 マクリメント「貸付総額は1500万ドル。担当は、GM管下の全資産ですね。元金の
  償還は5年期限です。年利は6%。よろしいですか?」
  堅い表情で聞いているデュラント。
 マクリメント「それから、株式の配当はすべて金利にあてます。銀行団は、こんどの貸
  付の手数料として225万ドルを受け取ります」
  GM側の一人が概算して、聞き直す。
 「つまり、GMは実際には1275万ドルを受け取り、5年間で1800万ドル近くを
  返済しなければならないわけですね?」
  うなずくマクリメント。
 「さすがに厳しいな…」
  GM側から声がもれる。
 マクリメント「さらに」
 「まだあるのか…」
 マクリメント「銀行団はボーナスとして、GM優先株400万ドル、同普通株200万
  ドルを頂戴いたします」
 「なんと!」
  あまりの厳しさに声を失うGM側の一同。
  ナッシュ。
 ― こうも苛酷とは…これが弱みを見せた者の運命なのか…。デュラントは…どうする
  つもりだ ―
  じっと耐えるように聞いているデュラント。
  平然と話を続けるマクリメント。
 マクリメント「次に経営についてですが、現在の役人方にはすべて退陣して頂き、後任
  はわれわれ銀行団から派遣いたします。」
  一同。デュラント。顔がこわばる。
 マクリメント「ただ、デュラント氏はGMの大株主でありますので、現在の地位、つま
  り副社長兼取締役の座を保証したします。」
  ホッとする一同。
 マクリメント「但し、返済が終わるまでの5年間、デュラント氏保有株の議決権を銀行
  団側に信託していただきます」
  顔を上げてみるデュラント。
  一同。
  GM側の一人が、声を詰まらせながらも聞き直す。
 「そ、それはつまり、デュラント氏から、GMの経営権を剥奪するという意味ですか?」
 マクリメント「現在の苦況を招いたのは誰かを考えれば、当然のことだと思いますが」
  GM側の一同ざわめきが走る。
 デュラント「…」
  屈辱に耐えている。
 マクリメント「以上です。ご異存がなければ、書類に調印を」
  デュラントの前に協定書を差し出すマクリメント。
  注目する一同。
  デュラント。
 N「デュラントに選択の余地はなかった」
  デュラント ― 静かにペンを持ち、サインする。
   *
 N「1910年11月11日、創立後わずか2年余りで、デュラントはGMを失ったの
  である」

20.ビル・表
  出てくるデュラント。
  その顔には、屈辱感とともに強い決意がみなぎっている。
  ― GMは私の会社だ。必ず奪い返してみせる! ―
 N「ここからデュラントの、新たな戦いが始まる ― 」


 (C・終)



 デュラント D


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