「栄光なき天才たち」
― W・C・デュラント ”Never Mind, I'm Still Running” ―
― D シボレー ―

 作.伊藤智義


1.夜空
 N「1910年11月11日、デュラントはGMの支配権を失った。世間はデュラント
  を、その年初頭、夜空を彩ったハレー彗星に例えた。突如現われ、あっという間に消
  え去った、と ― 」

2.街頭(朝)
  新聞を読んでいるデュラント。
  デュラント、その紙面を破り捨て、行く。
 デュラント「ふん、ハレー彗星は再び戻ってくるんだ」

3.サーキット
  ビュイック車のテスト走行が行なわれている。
  それを眺めているデュラント。
  そのデュラントの顔に、背後から煙がかかり、思わずむせるデュラント。
 「どうです?新しいビュイックは」
  せき込みながら振り向くデュラント。
  たばこをふかした男が立っている ― ルイス・シボレー。ビュイックのレーシング・
  ドライバーである。
 デュラント「なんだ、シボレー君、運転しているのはてっきり君かと思っていたが…」
 シボレー「俺はあんなに下手じゃありませんよ。それより、俺に何か用があるって」
 デュラント「ウム…。うわさを耳にしてね。最近、車を作りたがってるんだって?」
 シボレー「やだなあ…デュラントさんの耳にまで入ってたんですか。まあ、自分なりの
  車をデザインすることは長年の夢だったんですよ。最近はレースにも飽きてきたし…
  だけどビュイックじゃ自由にやらせてもらえなくてね」
 デュラント「私が出そう」
 シボレー「え?」
 デュラント「君の、自動車作りの資金を私が出そうじゃないか」
 シボレー「GM本社がオレのために!?」
 デュラント「GMがじゃないっ!私がだ!」
 シボレー「(けげん)」
 デュラント「私は確かにGMの副社長だか、残念ながら今はGMを動かすことはできな
  い」
  シボレー、ハッと気づく。
 デュラント「私には新しい車が必要だ。それはGMの外で作らなければならない」
 シボレー「わかります」
 デュラント「君は新しい車を作りたがっている」
 シボレー「ええ」
 デュラント「だから私は君のために新しい会社を作ろうと思うのだか…」
 シボレー「まかせて下さい!」
  うなずくデュラント。
 N「1911年11月3日、デュラントはデトロイトにシボレー自動車会社を設立する」
  去って行くデュラント。
  ふと振り向き、
 デュラント「シボレー君。金持ちになりたかったら、まず紳士にならなければならない。
  たばこはやめたまえ。吸いたければ葉巻にしたまえ」
  シボレー。

4.フリントの街
  その一角にあるフリント・ワゴン会社。
  そこに姿を現わすデュラント。
 N「その一方でデュラントは、地元フリントでも行動を起こす」
 デュラント「(会社を見上げて)ずいぶんさびれてしまったなあ…」
  入っていく。

5.同・社内
  入ってくるデュラント。
  入口近くに試作車が置かれている。
 デュラント「ほう…なかなかの車じゃないか。ホワイティングが作ったのかな」
  事務をとっている女子社員。
  デュラント、来る。
 デュラント「ホワイティングさんはいるかね?」
 女子社員「(無愛想に)社長なら奥にいます」
 デュラント「勝手に入っていいのかね?」
 女子社員「どうぞ」
 デュラント「フム…」
  と入っていく。
  デュラント。
 ― どうもうまくいってないらしいな ―

6.同・社長室
  ヒマそうに新聞を読んでいる男 ― ホワイティング。かつてデュラントにビュイック
  の再建を頼み込んだ男である。
  ノック。
 ホワイティング「どうぞ」
  デュラントが入ってくる。
 デュラント「やあ、ホワイティング。久しぶり。元気かい?」
 ホワイティング「ビリー!いつフリントへ?」
 デュラント「デトロイトには居づらくなってね」
 ホワイティング「ああ…大変そうだな。新聞で読んだよ」
 デュラント「(自嘲気味に笑う)どうだい、景気の方は?」
 ホワイティング「さっぱりさ。もう馬車の時代は終わったよ」
 デュラント「下になかなか良さそうな自動車があったけど?」
 ホワイティング「ホワイティング・カーだ。自動車への転身をはかったんだが、なかな
  かうまくいかん。もう歳だし、そろそろ引退しようと思っているところさ」
 デュラント「そいつはちょうど良かった」
 ホワイティング「ん?」
 デュラント「私に売ってくれないか?この会社丸ごと」
 ホワイティング「そりゃ、あんたになら喜んで売るが?」
 デュラント「巻き返したいんだ、このフリントから」
  *
 N「1911年10月30日、フリント・ワゴン車を核にして、昔の仕事仲間を集め、
  リトル自動車会社を設立」

7.ホテルのホール
  大勢の人が集まっている。
 ― 地元主催のデュラントの誕生パーティー ―
  盛大な拍手の中、デュラントが紹介される。
 N「失脚したとはいえ、デュラントは地元フリントでは依然として英雄であった。何も
  なかったフリントの町を全米一の馬車産業の街に変えた後、ビュイックを通じて一大
  自動車産業を興したデュラント。そのデュラントが再びフリントで事業を始めたので
  ある。市民は興奮した」
 司会者「まもなく新会社から新車の発表があるそうですが」
 デュラント「シボレーです」
 司会者「シボレー?ビュイックの専属レーサーの名前ですね?」
 デュラント「ええ、現在彼がデトロイトで開発中です。しかし量産体制はこのフリント
  の街に築きます。そしてこの街から再び全米一の名車を世に送り出します」
 司会者「全米一の?」
 デュラント「(力強く)ええ、期待して下さい。フォードT型車さえをも抜いてみせま
  すよ」
  歓声があがる。
  盛大な拍手。
  デュラント。

8.シボレー車・工場
  社員1に連れられて来るデュラント。
  相変わらずたばこをくわえたシボレーが待っている。
 デュラント「できたのか?」
 シボレー「こっちです」

9.同・一室
  大型の高級車が完成している ― ”クラッシック・シックス”
 シボレー「(自信満々)どうです」
  ア然としているデュラント。
 デュラント「何だ、これは?」
 シボレー「オレの自信作です」
 デュラント「(激怒)私が要求したのは小型車だぞっ!フォードに対抗できる小型車だ
  っ!それなのに…何だ、これはっ」
 シボレー「オレは小型車なんかには興味ないっ。これがオレが長年作りたかった車だっ。
  こいつが嫌なら…」
  デュラント、シボレーのたばこをむしりとり、捨てる。
 デュラント「仕事中にたばこを吸うなと言っただろう!」
  シボレー ― 爆発。
 シボレー「やめたやめたっ!オレはあんたに車も売るし名前も売る。だけどオレ自身ま
  で売るつもりはないっ!好きなだけたばこも吸うし、やりたいようにやるっ!」
  奮然と出ていくシボレー。

10.イメージ
  レースをしているシボレー。
 N「その後シボレーは再びレーサーに戻り、1920、1921と2年続けてインディ
  アナポリス500マイル・レースに優勝するなど、数々の栄光を手にする」

11.リトル社
  デュラントを始め、役員たちがホワイティング・カーを囲んでいる。
 デュラント「仕方がない。こいつを改良しよう」

12.工場
  シボレー開発が進められている。
 N「シボレー開発には、かつてビュイックでエンジンを担当し、後に独立したメイソン
  を始め、ビュイック時代の仲間が集まった」

13.イメージ
  販売店を回るデュラント。
 N「シボレー開発が進む中、デュラントは販売網の拡大に疾走する。かつてビュイック
  を全米No.1に押し上げたときと同じ方法をデュラントは力強く押し進める。
   そして再びビック・ヒットを飛ばすのである」

14.工場
  完成したシボレー。
  作業を進めた男たちが見守る中、デュラントが細部に至るまでチェックしている。
  そして満足そうに、
 デュラント「いいじゃないか。こいつは売れるぞ」
  笑顔がこぼれる男たち。
 デュラント「こいつならフォードに対抗できる」
 男1「しかしこいつは、とても490ドルじゃ売れませんよ。そんなことしたら破産し
  てしまう」
  うなずくデュラント。
 男2「ネーミングはどうします。変更しますか?」
 デュラント「いや、変更はしない。”シボレー490”でいく」

15.イメージ
  フォードT型車とシボレー490。
 N「1914年当時、フォードはT型車(年産23万台)によって、二位のGM(同6
  万台)を大きく引き離し、業界一位の座を揺るぎないものにしつつあった。量産・量
  販により、T型車の価格はこの時、490ドルにまで下がっていた。シボレー”49
  0”という名は、デュラントの、フォードT型車への挑戦を示していた。
   シボレー490は結局550ドルで売れ出されたが、大衆車に飽き足らない人々が
  飛びついた」

16.イメージ
  シボレー車で指揮をとっているデュラント。
 N「デュラントは特殊法人シボレー自動車会社を設立してシボレー関連の各社を一つ
  にまとめ、シボレーの量産体制に入った」

17.GM本社・重役室
  銀行団側の代表格・GM財務委員会議長のJ・ストロウが男3から報告を受けてい
  る。
 ストロウ「シボレーが売れてるって?」
 男3「ええ。数から言えばまだまだわれわれの敵ではありませんが、人気は上々のよ
  うです」
 ストロウ「フン、一人で何ができる」
 男3「しかし侮れませんよ。デュラントはこと会社作りに関しては天才的な男ですか
  ら…」
  ストロウ。

18.イメージ
  GMの組織。
 N「銀行団に経営権が移ったGMでは、一転して引締め路線がとられた。従来の11
  乗用車メーカーを4社 ― ビュイック・キャディラック・オールズ・オークランド
   ― に制限してその他を売却した」

19.イメージ
  GMの社長 ― ナッシュ。
 N「GMの新社長にはビュイック社社長C・W・ナッシュを昇格させ」

20.イメージ
  ビュイック社社長 ― クライスラー。
  【クライスラーの略歴】

 N「ナッシュの後任にはW・Pクライスラーが抜擢された」

21.GM本社・重役室
 N「フォードには大きく水をあけられたとはいえ、GM自体の財政は改善しており、
  銀行シンジゲーとへの返済はスムーズに進行していた。
   返済完了期限まで、一年を切った1915年初頭 ― 」
  ストロウと男3が話しているところに男4、来る。
 男4「(首をかしげながら)どうも変です」
 ストロウ「何が変なんだ?」
 男4「GMの株価が急騰し始めているんですよ」
 ストロウ「ん?」
 N「GM株はそれまで25〜99ドルで変動していたに過ぎなかったのだか、191
  5年に入って100ドルを越えたかと思うと、夏には200ドル、9月には350
  ドルにまで騰貴するのである。それは、誰かがGM株を買い占めていることを示唆
  していた」
 ストロウ「(ハッとなる)デュラントか!?」
  ハッと顔を見合わせる男3と男4。
 「間違いありませんよ!」
  そこに、不適な笑みを浮かべたデュラントの顔がかぶって、
 N「デュラントの反撃の開始であった ― 」


 (D・終)



 デュラント E


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