「栄光なき天才たち」
― W・C・デュラント ”Never Mind, I'm Still Running” ―
― E 復活 ―

 作.伊藤智義


1.イメージ
  戦火。
 N「1914年、第一次世界大戦勃発」

2.工場
 ― アメリカ ―
  フル生産が行なわれている。
 N「主戦中となったヨーロッパ各国からアメリカの各企業に注文が殺到した(アメリカ
  の参戦は1917年)。注文は軍需物資にととまらず、広く生活必需品にまで及んだ。
  アメリカは戦争景気に沸いた」

3.デュポン社
 N「この戦争で莫大な利益を上げたのがデュポンであった。火薬の販売により、売り上
  げはわずか4年で13倍を越えた」
  デュポンの概要。

4.同・一室
 ― 1915年 ―
  デュポン社の財務担当取締役業P・S・デュポンの施設財務顧問のJ・J・ラスコブ
  のもとにデュラントが来ている。
 デュラント「GM株をお買いになりませんか?」
 ラスコブ「おや、シボレー株を買うんじゃないのかね」
 デュラント「いや、GM株ですよ。高級車のビュイックとキャデラックも、この戦争景
  気でものすごく売れているじゃないですか」
 ラスコブ「しかしGM株は無配当を続けていて人気がない」
 デュラント「それは銀行管理下にあるからですよ。それも今年の秋で終わる」
 ラスコブ「ん?どういうことだ?」
  意味ありげに笑顔を見せるデュラント。
 ラスコブ「…」

5.同・社長室
  P・S・デュポンとラスコブが話している。
 ラスコブ「GMの自動車株を、私は500株買いましたよ。儲りますよ。デュポンさん
  もお買いになりませんか」
 デュポン「GM?ヘンリー・フォードの株じゃないのかね。デュラントのGMはあまり
  拡張が過ぎて、破産寸前で銀行管理になっていたはずだろう」
 ラスコブ「いえ、GMは完全に立ち直っていますよ。借入金も予定通り今年の秋には完
  済するとのことです」
 デュポン「ん?そんな情報をどこから?」
 ラスコブ「デュラントという男、なかなか面白いですよ」
  デュポン。

6.GM本社・重役室
  男1から報告を受けているストロー。
 ストロー「何?デュラントがデュポンに近づいている?」
 男1「はい。デュポンはデュポンで戦争でもうけた金の投資先を捜していたらしいです
  から、あながちデマとは決めつけられません」
 ストロー「投資目的でGMに介入しようということか?」
 男1「はい。現在GMは急騰を続けています。これはおそらく」
 ストロー「デュラントの買占め」
 男1「はい。その資金源がデュポンだとすると…」
 ストロー「…」
  顔つきが険しくなる。
 ストロー「全役員を集めてくれ」
 男1「はい」
  出て行こうとする男1。
 ストロー「あ、(と男1を呼び止める)」
  振り向く男1。
 ストロー「当然わかっていると思うが…」
 男1「デュラントを除く全役員ですね?」
  うなずくストロー。

7.事務所A
  電話に向かって怒鳴っている男たち。
 男2「買いだ、買い!GMだよっ。売りに出ているGM株全部…えっ?いくらだって?」
 奥に座っているデュラント。
 男2「200ドル!?」
  受話器を持ったまま、デュラントの顔をうかがう。
  デュラント、大きくうなずいてみせる。
 男2「(受話器に)買いだ!かまわん!買いまくれっ!」
  男3がデュラントの所に来る。
 男3「もう限界ですよ、デュラントさん。今年1月には85ドルだったGMの株価が夏
  に入ってすでに200ドルに達した。急激すぎたんですよ。このままのペースで買占
  めを続ければ、あっという間に資金が底を着く」
 デュラント「わかっている。しかし私には時間がない」
 男3「時間が?」
 デュラント「10月1日には、GMが銀行心事げーとへ最後の返済金250万ドルを支
  払うことになっている。つまり、その日を持って私と銀行側との議決権信託協定が切
  れる」
 男4「(口をはさむ)つまり、GMの支配権が再びデュラントさんのもとに戻ってきて、
  銀行側は出て行くというわけですね?」
  あきれたように男4を見る一同。
 男2「馬鹿か、おまえは」
 男4「へっ?」
 男2「そんなんだったら、こんなに苦労してGM株を集める必要はなかろう」
 男4「そういえば、そうですね」
 男2「議決権信託協定が切れるということはだな、デュラントさんが普通の株主に戻れ
  るということを意味するだけだ。経営者の椅子まで返してくれるわけじゃない」
 男4「フーン」
 デュラント「企業家というものは、一度手にいれた物は絶対タダでは手離さん。銀行シ
  ンジケートは株主に、さらに3年間の管理継続を申し入れている。つまりだ、」
  見る一同。
 デュラント「返して欲しければ、力づくで奪い取るしかないのだよ」
 一同「…」
 デュラント「10月1日の協定切れに先立って、9月16日、取締役会が開かれる。そ
  の席上で私は、GMを奪回する!」
  一同。
 男3「いや、やっぱり無理ですよ」
 デュラント「無理じゃないっ!」
 男3「しかし、どうやって?現実の資金不足はもうどうにも…」
 デュラント「(低く)私を誰だと思っている?」
  不敵に笑みを見せるデュラント。
  その迫力に思わず息を飲む男3。

8.GM本社・会議室
  役員たちが集められている。
 ストロー「集まってもらったのは他でもない。GM乗っ取りをはかるデュラントの動き
  なんだが…」
 役員1「デュポンを後ろにつけたとか…」
 ストロー「そういう噂がながれている」
 役員2「シボレーを作って喜んでるとおもってたら…」
 役員3「シボレーがうまくいったんで、また良からぬ欲が出たんだろう」
 役員4「それで、実際はどうなんです?デュラントはどのくらい盛り返してきているん
  ですか?」
 ストロー「それがよくわからんのだよ。デュラント自信の資金力は取るにたらんと思う
  んだか…」
 役員1「問題はデュポンか…」
 声「デュポンなら心配いらん」
  見る一同。
  マクリメント老人が入ってくる。
 ストロー「マクリメントさん!調べはついたんですか?」
 マクリメント「ああ。結論からさきに言うとデュポンは動いてはいない」
  ホッとする一同。
 マクリメント「確かにデュポンはGM株を買った。P・Sデュポンの片腕J・J・ラス
  コブは盛んにデュラントと接触している。だが、肝心のP・Sデュポンがまだデュラ
  ントを信用しておらん。そりゃ当然だろう、昨日今日知り合ったばかりの男に大金を
  はたくほどデュポンは甘くない」
 役員1「しかし現実にデュラントはGM株を買いまくっている。その資金はどこから?」
 マクリメント「ニューヨークのチャサム・アンド・フェニックス・ナショナル銀行のカ
  フマンという男がシボレー株を5万株引き受けた。それによってデュラントは300
  万ドルほどを手に入れたらしい」
 役員1「300万ドル?」
  うなずくマクリメント。
 役員2「それくらいなら問題にならないだろう。デュラントがGMを奪回することは不
  可能だ」
 ストロー「デュラント得意のハッタリ戦術だったわけか。あやうく踊らされるところだ
  ったな」
 「デュラントはもう過去の人なんですよ」
 「ハハハ…」と笑う一同。
 N「しかし、銀行シンジケートの、デュラントに対する認識は甘かった」
  男1があわてて入ってくる。
 男1「た、大変ですっ!デュラントが…」
 ストロー「どうした、そんなにあわてて」
 男1「デュラントが、GMかぶぬしに大して、シボレー株5株とGM株1株との比率で
  交換すると ― 」
 一同「(ビックリ)何だってーっ?!」

9.事務所A
  大きな鞄を抱えて入ってくる男5。
 男5「本当にシボレーと5対1で交換してくれるんですか?」
 デュラント「ええ」
 男5「シボレーというのは、あのシボレーですよね?」
 デュラント「ええ。シボレー490のシボレーです」
  嬉しそうに笑顔をみせる男5。
 男5「(鞄を叩き)この中全部GMの株券なんだか…」
 デュラント「(うなずき)では、手続きの方を…」
   *
 N「この時期、著しい成長を見せていたシボレー。GM株主の多くが、この『5対1』
  の交換に応じた」
   *
  次々に訪れるGM株主に応対している秘書たち。
  奥ではデュラントが株数の計算をしている。
  男3、手続きを終えた書類をデュラントの所に持ってくる。
 デュラント「ありがとう(と受け取る)」
  男3 ― 立ち去らず、しばし不思議そうにデュラントの顔を見ている。
 デュラント「(気づき)ん?」
 男3「あ、すいません。あの…」
 デュラント「何だね?」
 男3「デュラントさんは、怖くないんですか?」
 デュラント「怖い?何が?」
 男3「もしGMがとれなれけば、シボレーまでも失ってしまうかもしれないんですよ」
  デュラント、一瞬呆気に取られる。
  が、フッと笑って、
 デュラント「これが私のやり方さ」

10.GM本社
  ストロー。
  ― 苦渋に満ちたその顔。
 N「このあからさまなデュラントの乗っ取り戦略に対して、銀行シンジケートはなすす
  べがなかった。
   形勢は完全に逆転した」

11.ホテル
 ― ニューヨークベルモント・ホテル ―
  大きな鞄を両手に抱えた秘書たちを引き連れ、現われるデュラント。
  入っていく。

12.同・282号室・表
 ― 1915年9月16日GM取締役会 ―
  デュラント一行、来る。

13.同・中
  ストローをはじめ、GMの役員が顔をそろえている。
  そこにデュラント、入ってくる。
  秘書たち、鞄の中をテーブルにあける。 ― すべてGMの株式。
  一同。
 デュラント「GMを支配するに足る株式、約40%を手中におさめた。よって再び私が
  GMを支配する!」
   *
 N「GM創立7周年目のこの日、デュラントは劇的な復活を遂げた」


 (E・終)



 デュラント F


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