「栄光なき天才たち」
― W・C・デュラント ”Never Mind, I'm Still Running” ―
― F デュラント帝国 ―

 作.伊藤智義


1.建設現場
 ― 1919年 デトロイト ―
  視察に来ているGMの社長デュラントとラスコブ。
  それにGMの副社長クライスラー。
  その回りを記者団が取り巻いている。
 記者1「いよいよGMの本社ビルが着工されますね。計画によると、世界一のビルにな
  るそうですが?」
 デュラント「(上機嫌)世界最大の企業を目指すGMには、世界最大の本社ビルがふさ
  わしいということだね」
 記者2「ビルの名前はデュラント・ビルと決まったそうですね。何でも、ビルの一角に
  ”D”の文字を刻むそうですが、Dとは、デュラントのDですか?」
 デュラント「ナポレオンに習ってね。ま、余興だよ、余興。ハハハ…」
   *
 N「銀行シンジケートからGMを奪回(1915年)して以来、デュポンのGMへの投
  資は本格的になり、資金力を得たデュラントはその地位を強固なものにしていった」

2.イメージ
  GM系列の車種。
  キャデラック。
  ビュイック。
  オークランド。
  オールズモービル。
  シボレー。
 N「1917年8月1日、GMは特殊会社から事業会社に改組、それまで子会社として
  独立的に経営を営んでいたビュイック・キャデラック・オールズモービル、オークラ
  ンド(後のポンティアック)などがそれぞれ一つの『事業部』としてGMの中に組み
  入れられた。
   さらに翌1918年にはシボレー社を吸収、現在のライン・アップが完成した」

3.建設現場
  デュラントが記者たちに得々としゃべっている。
 デュラント「戦争が終わって軍需産業がストップした。これから人々はいったい何に金
  を使おうとするかね?」
 記者1「自動車ですか?」
 デュラント「その通り」
 記者2「デュラントさんは、自動車産業は今後ますます発展するとお考えなわけですね
  ?」
  うなずくデュラント。
  デュラントの横でニコニコして話を聞いているラスコブ。
 記者3「ラスコブさんはどうお考えですか?デュポンから派遣されてGMの経営に関与
  しているわけですが、今後ともデュポンとGMの関係は強くなっていくんでしょうか
  ?」
 ラスコブ「もちろんです。デュポンはもう単なる火薬商ではありません。これからは…」
   *
  そのかたわら、クライスラーが一人、浮かない顔をしている。
 ― 世界一のビルか…その前にやることはいくらでもあるというのに… ―
 N「膨張を続けるGMの一方で、デュラントのワンマン経営に耐えきれず、優秀な人材
  が去っていったのもこの時期である」

4.ビュイック社・社長室

 ― 1916年 ―
  ビュイック社長(当時)のクライスラーの所にGM社長(当時)ナッシュが来ている。
 クライスラー「(驚き)やめる!?」
 ナッシュ「ああ」
 クライスラー「やめるって、GMをか?」
 ナッシュ「ああ」
 クライスラー「GMの社長をか?」
 ナッシュ「そうだ」
 クライスラー「どうして…」
 ナッシュ「昨日決めた」
 クライスラー「デュラントさんに追い出されたのか?ストロウ(銀行シンジケート)の
  下で社長をしていたから…」
 ナッシュ「デュラントさんはそんな人じゃないよ。逆に引き止めてくれた。自分は副社
  長のままで構わないからと」
 クライスラー「だったらどうして?」
 ナッシュ「私とデュラントさんとの付き合いは、もう何年になるかな…デュラント・ド
  ート馬車会社で目をかけてもらって依頼だから、20年ぐらいか…長いな、ちょっと
  疲れたよ」
  クライスラー。
 ナッシュ「彼は間違いなく天才だ。会社を作ることに関しては右に出るものはいないだ
  ろう。私は心からデュラントさんを尊敬している。本当だ」
  うなずくクライスラー。
 ナッシュ「だけど、管理者としては余りにもワンマンすぎる」
 クライスラー「ワンマンなのはなにもデュラントさんに限ったことではないだろう。ヘ
  ンリー・フォードなんかはそれに輪をかけたような絶対主義者だというじゃないか」
 ナッシュ「今まではそれで良かった。一人の天才がいれば自動車会社は大きくなれた。
  だけどこれからは違う。余りにも会社の規模が大きくなりすぎた。一人の人間ではも
  はや面倒見切れない。それでも一人でやろうとすると、回りにしわ寄せがくる」
 クライスラー「財務委員会があるだろう。デュポンからきたラスコブという男…」
 ナッシュ「彼は駄目だ。デュラントさんとすっかり意気投合してしまって、歯止めやく
  にはならない」
 クライスラー「フム…」
 ナッシュ「私もデュラントさんと波長が会えば良かったんだが、残念ながら私は堅実主
  義者でね」
 クライスラー「しかし思い切ったことを…。これからどうするつもりだ?」
 ナッシュ「自分の会社を作るよ。そろそろ自分の好きなようにやってみようと思う」
 クライスラー「GMの社長に座を捨ててまで?GMはこれからますます大きくなるぞ」
 ナッシュ「GMはいくら大きくなっても、デュラントさんの物だ。銀行シンジゲートか
  ら取り戻した執念をみただろう。GMはいつまでたってもデュラントさん個人の物な
  んだよ」
 クライスラー「…」

5.同・表
  クライスラーに別れを告げるナッシュ。
 ナッシュ「GMを支えているのは、リーランドさん(キャデラック)と君だ。後のこと
  はよろしく」
   *
  去っていくナッシュ。
 N「1916年4月16日、C・W・ナッシュ、辞職」

6.イメージ
  AMC(アメリカン・モータース)とナッシュ。そしてその代表車種。
 N「その後ナッシュ・モーターを設立したナッシュは、ビッグ3系以外のインデペンデ
  ント・メーカーとしての地位を確立し、1954年、AMC(アメリカン・モーター
  ス)設立へと発展する」

7.GM本社・社長室
  対立するデュラントとリーランド。
 リーランド「(怒って)もうあんたとはやっていけん!」
  ドアをバタンと閉めて出ていくリーランド。
 N「キャデラック車担当のH・M・リーランドもGMを去っていった」

8.イメージ
 キャデラックとリンカーン。そしてリーランド。
 N「その後リーランドはリンカーン自動車会社を設立し、名車リンカーンを開発。リン
  カーン社はその後フォードに買収される。
   つまり、アメリカを代表する2つの豪華車、キャデラック(GM)とリンカーン
  (フォード)は、ともに一人の傑出した技術者H・M・リーランドによるものなので
  ある」

9.GM本社・社長室
 N「そして1919年4月 ― 」
 デュラントに食いついているクライスラー。
 クライスラー「どういうことですか?トラクターへの進出は財務委員会で否決されたは
  ずですよっ」
 デュラント「トラクターは必ず儲る。ヘンリー・フォードをみろ。あんなにうまくやっ
  たじゃないか。フォードにできてGMにできんことはあるまい?」
 クライスラー「しかしですね、これは委員会で…」
 デュラント「何をそんなに興奮している。まあ、落ち着きたまえ。私はね、トラクター
  を足場に、農機具のトップ・メーカー、インターナショナル・ハーヴェスターを打ち
  負かし、丹生器具販売に革命を起こそうと思っているんだ。いいかい?つまりね…」
 クライスラー「(渇となる)そいつは確かにすばらしい考えかも知れませんがね、そう
  いうことはキチンと委員会を通して…」
  と言いかけたところでぐっと言葉を飲む。
  クライスラーの脳裏にナッシュの言葉がよぎる。

10.回想
 ナッシュ「GMはいくら大きくなってもデュラントさんの物だ。いつまでたっても、デ
  ュラントさん個人の物なんだよ」

11.GM・社長室
 クライスラー「…」
 デュラント「ん?どうした?クライスラー」
 クライスラー「(静かに)ウォルター・P・クライスラー、本日を持ってGMを辞めさ
  せて頂きます」
 デュラント「え?」
  出て行くクライスラー。
 デュラント「おい、ちょっと待ちたまえ」
   *
  ドアの外。
  堅い表情のまま出て来るクライスラー。
 N「ついにクライスラーもGMを去った」

12.イメージ
  クライスラー社とW・P・クライスラー。
 N「ここから、1930年代にはフォードをも抜きビッグ3の一角を占めることになる
  クライスラー社が誕生するのである」

13.GM本社・社長室
  クライスラーと入れ違いに入って来るラスコブ。
 ラスコブ「クライスラーも去っていったか…。惜しいね」
 デュラント「しかたないよ。才能のあるものはいずれ自分自身の城が欲しくなるものだ。
  特に我々のような自動車産業の草分け時代を生きてきたものは、徒党を組むのが苦手
  でね」
 ラスコブ「我々?私は、の間違いじゃないのかい?ビリー(とニヤリとする)」
  フフッと笑うデュラント。
   *
 N「内部に矛盾をはらみながらも、1919年はGMにとっては間違いなく偉大な繁栄
  の年であった」

14.イメージ
  工場。
  生産されていく自動車。
 N「自動車生産は前年比約60%増で、純利益も前年の1500万ドルから6000万
  ドルに著増、従業員は8万人を越えた」
  働く従業員たち。
 N「銀行シンジケートが退いた1915年から1919年までに、GMの資産は580
  0万ドルから4億5200万ドルと、実に8倍もの増加を見せていた」

15.イメージ
  GMとデュラント。
 N「まさに、アメリカ産業史に、デュラント帝国が出現したかに見えた」

16.GM本社・社長室
 N「が、ここでデュラントは致命的な失敗を犯す」
 ラスコブ「で、これからどうするつもりだ?ビリー。引締めか?拡大か?」
 デュラント「決まっている。拡大だ」
 デュラント、一枚の紙をラスコブに見せる。
 ラスコブ「これは?」
 デュラント「新規事業の計画書だ。まずキャデラック工場の増設に700万ドル。ボー
  ルベアリング工場の新設に700万ドル。トラクター工場の建設計画には3300万
  ドル投入する。さらに…」
 ラスコブ「(計画書を見て絶句する)総額7000万ドル…」
  うなずくデュラント。
 ラスコブ「これだけの資金、どうやって調達するつもりだ?」
 デュラント「新株を発行する」
  ラスコブ。
 デュラント「戦争は終わったんだ。景気は必ず上昇し、農民層の底辺まで、巨大な自動
  車需要が生まれる。そしてその時、GMは世界最大の企業になる」
 ラスコブ「(口元が緩む)世界最大?」
 デュラント「そう、世界最大だ」
 ラスコブ「そいつはすごい!すごいぞ、ビリー!ハハハ…」
  無邪気に喜ぶラスコブ。
  デュラントも笑顔を見せ、
 「やるさ、必ず」
   *
 N「しかしこの予測は完全に誤っていた」

17.イメージ
  建築が進むGMビル。
 N「翌1920年、アメリカ自動車工場が初めて経験する急激かつ大規模な恐慌が、G
  Mを直撃するのである」


 (F・終)



 デュラント G


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