「栄光なき天才たち」
― 特別編「Tucker(P・T・タッカー)・前編」 ―
作.伊藤智義
1.タッカー車の完成予定図に ―
声「(かぶって)見てくれ。車体は空気力学を取り入れたティングース・ノーズ。ブ
レーキはディスク・ブレーキを使って63%の性能アップ。エンジンはリアに積む。
そして最大の特徴は安全性だ。シート・ベルトの採用、強化ガラスに…」
声「(さえぎるように)タッカー」
2.一室
― 1945年 アメリカ ミシガン州 イプシランチ ―
その完成予定図を前にしている二人の男。
― タッカー(44)とキャラッツ。
キャラッツ「車はダメだ。タッカー」
タッカー「どうしてだ?キャラッツ。この車のどこが気にくわない?」
キャラッツ「いや、その車は素晴らしいよ」
タッカー「そうだろ?オレが長年あたためてきた車だからな。より速く、美しく、そ
して何よりも高い安全性…まさに未来の車さ」
キャラッツ「だけど、車はダメだ」
タッカー「なぜ?絶対売れるよ。このタッカー車なら…。自信があるんだ」
キャラッツ「自動車市場はすでにビッグ・スリーに支配されている。新参者の入り込
む余地なんかない。だいいち、会社を作る金がないだろう!?」
タッカー「株式会社を作る」
見るキャラッツ。
タッカー「株を発行して一般から金を集める。だからあんたを呼んだんじゃないか。
キャラッツ。あんたは株式市場に顔がきく」
キャラッツ「(見ている)…無理だ」
ニヤッと笑ってみせるタッカー。
タッカー「ここをどこだと思ってるんだ?キャラッツ。自由の国アメリカだぜ」
*
N「第二次世界大戦直後のアメリカ。巨大に膨れ上がった自動車産業界に、一人の男
が挑んだ。アメリカン・ドリームを求めて。 ― プレストン・トーマス・タッカー。
彼の武器は、卓越した先見性と、熱い情熱のみであった ― 」
3.当時のアメリカ自動車市場
N「K・ベンツによりドイツで19世紀後半に始まった自動車産業は、アメリカに渡
って飛躍的な発展を遂げる」
図(K・ベンツの肖像画とベンツの三輪自動車:「歴史を動かした発明」平田寛・
岩波ジュニア新書より)
N「そして1940年代頃までには、初期の群雄割拠の時代がすぎ、巨大に膨れ上が
った自動車産業界は、三つの企業に支配されるに至っていた。G・M(ゼネラル・
モータース)、フォード自動車会社、クライスラー・コーポレーション ― この三
社を総称して“ビッグ・スリー”と呼び、その影響力は広く政財界に及んでいた」
・GM 1908年設立
「T型フォード」に対抗して、「キャデラック」「シヴォレー」など多車種戦略を
展開。市場第一位の座を獲得。
・フォード 1903年設立
19年間市場を支配した名車「T型フォード」により自動車産業の礎を作る。
・クライスラー 1925年設立
名車「ダッジ」を世に送り急成長。ビッグ・スリーの一角にくい込む。
マーケット・シェア(円グラフ)(1946−50)
GM 41.8%
フォード 21.4%
クライスラー 21.6%
その他 15.1%
4.広告用のスチールを撮っているタッカー
N「これに対して、資本力のないタッカーは、直接一般大衆にアピールする作戦をと
った。イメージ先行型の作戦である」
5.雑誌に掲載されたタッカーの広告
“未来の車 タッカー・トーペッド!!”
N「そしてこの作戦は成功した」
6.タッカー家・納屋
工場として使われている。
はがきの山に埋もれているタッカーと仲間たち。
高笑いのタッカー。
タッカー「一週間で15万通。この反響はどうだ。やっぱりオレは間違っちゃいなか
ったんだ!」
「イエイ!!」
盛り上がる一同。
7.銀行・投資課(Investment banking)
株式市場の大物に会っているキャラッツ。
キャラッツ「で、株式券の発行の条件は?」
大物「まず車だな」
キャラッツ「あるよ」
大物「動く試作車だ」
キャラッツ「ほら、この通り雑誌に出てる」
大物「重役名簿にデトロイトの大物が必要だな。趣意書用にね」
キャラッツ「例えば?」
大物「長年フォードの副社長だったベニントンだ。現在プリマスの社長だが名前だけ
なんだ。承知するさ」
キャラッツ「その人物は経営に口を出す?」
大物「そりゃ全面的に口を出すね」
キャラッツ「それはまずいな」
大物「投資家は人物を信用して金を出すんだよ。何といったっけ…」
キャラッツ「タッカー」
大物「タッカーが不満を言うのなら、中止だ」
キャラッツ「い、いや、彼なら大丈夫だ。心配ない。ほかには?」
大物「工場が必要だ。納屋では大量生産できまい」
うなずくキャラッツ。
キャラッツ「(つぶやく)試作車とベニントンは大丈夫だとして、問題は工場か…」
大物「どうだい?何とかなりそうか?」
キャラッツ「もちろん。何とかしてみせるよ。あてはないことはないんだ。どうも」
8.タッカー家・納屋
続々と届けられる手紙の山に浮かれっぱなしの一同。
工員A「(読む)タッカー車が欲しいんだけれど、どこで買えますか?」
工員B「(読む)販売店をやりたいんだけれども…」
工員C「オイ、アラスカからも来てるぜっ」
「ヘェー」
工員A「今やアメリカ中で、タッカー、タッカー、タッカーだ!」
工員B「やりましたね、タッカーさん」
タッカーも満足そうに、
タッカー「出足好調といった所だな」
その中で一人浮かない顔をしている工員D。
タッカー「オイ、どうした?気分でも悪いのか?」
工員D「いえ、別に…。ただ、ちょっと気になることがありまして…」
タッカー「何だ?」
工員D「キャラッツですよ。何者です?」
タッカー「元銀行家だよ。数ヶ月前に電車の中で初めて出会った。ラッキーだったよ」
工員D「(驚き)電車の中で初めて!?」
タッカー「ヤツは自分のことはあまり話したがらないから詳しい素性はわからないが
…」
工員D「大丈夫なんですか?」
タッカー「何が?」
工員D「何がって…」
タッカー「キャラッツがどんな男か、そんなことは大した問題じゃない。大切なのは、
今のオレたちにはキャラッツが必要だという事実だ。キャラッツがいなければ株式
会社は設立できない」
工員D「それはそうでしょうけど…」
タッカー「オレはこんなチャンスをずっと待ってたんだ。そしてついに来た。チャン
スを目の前にして躊躇(ちゅうちょ)するヤツは、一生躊躇したままで終わるんだ。
オレはこのビッグ・チャンス、絶対逃さない」
工員D「…」
そこにキャラッツ、来る。
キャラッツ「タッカー」
振り向くタッカー。
キャラッツ「工場の候補を探してきた。一緒に来てくれないか」
タッカー「オッケー」
行こうとするタッカー。ふと振り返り、工員Dに笑って見せる。
タッカー「大丈夫、キャラッツは悪いヤツじゃないさ。オレにはわかる」
9.工場
― シカゴ ―
来ているタッカーとキャラッツ。
広い。
キャラッツ「B29爆撃機の製造工場だったんだ」
タッカー「どうりで…」
キャラッツ「まずいかな、やっぱり…。だけど手頃な大きさの工場が見つからなかっ
たんだ」
タッカー「(見る)何がまずいんだ?」
キャラッツ「だって広すぎるだろ?190ヘクタールに工場が16棟。そのうち1棟
は30ヘクタールもある。そんな自動車工場なんか世界中捜したってどこにもない」
タッカー「いいじゃないか!最高だよ。世界最大の自動車工場…未来の車、タッカー
・トーペッドにぴったりだ!あとは政府に払い下げの交渉をすればいいわけだな?」
キャラッツ「ああ。連絡はつけておくけど…」
10.オフィスA
― 軍用資産管理委員会・特別補佐官 ビーズリー ―
来ているタッカーとキャラッツ。
ビーズリー「タッカーさん。シカゴの工場はあなたに払い下げます」
タッカーとキャラッツ。
ビーズリー「条件は、あなたが1500万ドル以上の資産を持ち、製造会社の資格と
して、一年以内に50台以上の生産をすること。承知ですか?」
顔を見合わせるタッカーとキャラッツ。
タッカー「それはもう…もちろん結構だと思います」
ビーズリー「それでは書類に署名を」
タッカー ― 署名する。
11.電話ボックス
並んで電話をかけているタッカーとキャラッツ。
タッカー「(浮かれている)やったぞ!ついに世界一の工場を手に入れた! ― そう。
― そう。ハハハ…」
隣でキャラッツ。
キャラッツ「ええ、順調です。重役のメンバーも何とかそろえられそうだし…。え?
― ああ、そうだね」
受話器をおさえ、
キャラッツ「タッカー」
タッカー「(見る。受話器に)ちょっと待って」
キャラッツ「試作車はいつ公開できるかな?」
タッカー。
キャラッツ「株式筋からなんだ。株式の売り出しに試作車を派手に披露する」
受話器を聞こえるように差し出すタッカー。
キャラッツ「鳴り物入りの宣伝をして、投資家たちに株を買わせるんだ!」
タッカー「ハハハ…(受話器に向かって)聞いたか、オイ!すべてはうまくいってる。
あとは1500万ドルと試作車だけだ。ハハハ…」
キャラッツ、その笑顔が一変して険しくなる。
タッカー「それじゃまたあとで」
電話を切るタッカー。
キャラッツ「(不安)試作車は?」
タッカー「まずは祝杯だよ」
キャラッツ「試作車は…」
タッカー「(見る)実を言うと…ない」
キャラッツ「(受話器に)あとでまた連絡する」
あわてて電話を切るキャラッツ。
― フラッとそのまま目まいをを起こす。
タッカー「大丈夫か?」
キャラッツ「(見る)ほかに言うことは?」
タッカー「試作車を作る金もない」
キャラッツ「…」
12.タッカー家・納屋
集まっている工員たち。
キャラッツとタッカーの話し合いを見守っている。
キャラッツ「一台の車に5万ドルだって!?」
タッカー「試作車で手作りなんだ」
キャラッツ「とりあえずいくら必要だ?」
タッカー「少なくとも1万」
キャラッツ「…6000渡すよ」
小切手を取り出すキャラッツ。
「ホウ」
と一同。
キャラッツ「後は販売店の権利が売れたらだ。もっとも、実在しない車に金を出す物
好きがいればの話だがね」
タッカー「(ニヤッと笑い)少なくとも一人いる」
キャラッツ「(見る)」
差し出した6000ドルの小切手。
キャラッツ「…(苦笑して)成功したら10倍にして返してもらうさ」
笑みがもれる一同。
キャラッツ「ただし絶対、60日以内に車を完成させるんだ」
タッカー「60日?」
顔を見合わせる一同。
キャラッツ「何か問題でも?」
工員A「問題?不可能ですよ」
タッカー「なぜ60日なんだ?」
キャラッツ「60日後の6月1日に工場の所有権を持つ。その日に、衝撃的に、謎に
満ちた世紀の車がベールをぬぐんだ。すべては株を売るためさ」
タッカー「わかった」
工員A「(ビックリ)わかったって…たった60日ですよ!?フォードだって試作車
には9ヶ月かけるっていうのに…」
タッカー「フォードが9ヶ月なら、タッカー(うち)は60日で十分だ」
工員A「しかし!」
タッカー「もう船は動き出したんだよ。誰にも止められん」
13.工場
あわただしく働いている人々。
試作車作りが始まっているのである。
上から中古車のフレームが降りてくる。
タッカー「このフレームは?」
工員B「何とか使えそうです。それより、このエンジンが問題ですよ」
タッカー「問題って?」
工員B「(見る)ボスの注文はきついから…」
タッカー「エンジンは後ろに積むのがミソだ。やればできる」
14.販売店A
タッカー車の販売権を売りに来ているキャラッツ。
パンフレットを広げて、
キャラッツ「二度とないチャンスですよ。新しい車の販売権が手に入る。それももっ
とも革新的な車“タッカー”です」
店主。
キャラッツ「安全面は至れり尽せり、走行性は安定して…」
15.工場
工員C「安定しないトランスミッションがいけない」
タッカー「なぜダメなんだ?」
工員C「開発の時間が足りないんだ」
各所で作業に忙しい工員たち。
工員Cの声「手持ちのトランスミッションはコード810だけ。あのオンボロだけで
すよ」
思案顔のタッカー。
タッカー「よし。とにかくショウ用に間に合わせて、後で改良するということにしよ
う」
16.販売店
契約書にサインする店主。
店主「75000ドル。これでうちも待望の車を売れる訳だ」
うなずくキャラッツ。
17.工場
キャラッツ来る。
キャラッツ「タッカー」
来るタッカー。
キャラッツ「どうだい、調子は?」
タッカー「何とかなるよ。そっちは?」
キャラッツ「順調にさばけている。タッカー車の人気はすごいもんだな」
笑顔でうなずくタッカー。
キャラッツ「あ、そう、重役会のメンバーを揃えたんだ、ちょっと来てくれないか」
タッカー「ん?」
キャラッツ「これがそのメンバーだ」
とメモを渡すキャラッツ。
受け取るタッカー。
18.オフィスB
来るキャラッツとタッカー。
タッカー「(メモに目を通しつつ)どうも気に入らんな」
キャラッツ「必要なことだよ。大物の名前がないと株は売れない。いくらタッカー車
が良くても資金が集まらなければ何もならんだろう」
タッカー「しかし、経営に口出しは困るんだ」
19.会議室
ずらり揃った重役たち(5人)と、タッカーとキャラッツ。
重役A「タッカーさん。私はいつも革新的な人を尊敬している」
顔を見合わせるタッカーとキャラッツ。
タッカー「 ― どうも」
重役A「それで、車はいつ見せてもらえる?」
タッカー「もうすぐです」
重役A「急いでくれ。一週間以内に見られるね?」
タッカー「え?…ええ、それはもう…ハッハッハ…」
笑ってごまかすタッカー。
そしてキャラッツ。
20.工場・表
青空の下“TUCKER”の看板が取つけられていく。
N「そして、1947年6月1日 ― 」
*
続々と詰めかける人々。
テレビ局のカメラも入っている。
レポーターの声「タッカー工場から生中継です。世界一広い駐車場もすでに一杯で、
ワシントンやNY(ニューヨーク)など全国から大勢が参加。みんな家族連れで期
待に胸をふくらませタッカー車を見にきたのです」
21.会場
― 新車“タッカー・トーペッド”発表会 ―
超満員の会場。
重役たちがキャラッツに導かれて席につく。
異様な興奮が渦まいている。
22.舞台裏
シートがかぶせられた試作車。
それに群がって最後の調整をしている工員たち。
タッカー、幕から顔を出す。
タッカー「一時間も遅れてるぞ。大丈夫か?」
工員A「もう少しです」
*
階段を下りてくる男1の影。
男1、作業に大わらわの工員たちを遠くに見やりながら、警備員に、
男1「トラブルらしいな」
警備員「あの連中、徹夜続きで右往左往だよ。後ろへも下がらない。バック・ギアが
ないんだ」
男1「(警備員に金を握らせ)もっと詳しい話を聞きたいんだが…」
*
作業をしている工員たち。
工員A「よしOKだ。すぐタッカーさんに知らせろ」
工員B「はい」
23,会場
満を持して舞台に上がってくるタッカー。
沸き起こる大歓声。
タッカー。
― ついに来たんだ、この時が ―
24.電話ボックス
男1「(受話器に) ― ええ。ひどいもんですよ。ありゃハリボテですね。
― ええ、
ハリボテ」
25.会場
タッカー「みなさん、長らくお待たせいたしました」
会場の人々。
タッカー「未来の車 ― “タッカー・トーペッド”です!!」
沸き上がる大歓声。
幕が開き、真っ赤な新車が姿を現わす。
「ウォォー!!!」
興奮、極に達する。
26.重役室1
― G・M(ゼネラルモータース) ―
重役1「(部下に)何?ハリボテ?」
27.重役室2
― フォード自動車会社 ―
重役2「(不敵に笑い)そういうことか…」
28.重役室3
― クライスラー・コーポレーション ―
重役3「タッカー…、せいぜい浮かれるがいい。今のうちだけだからな」
29.会場
大興奮に包まれているタッカー。
仲間たち。
タッカー。
― 今日から車の歴史が変わるんだ。オレの手で!このタッカー車で!! ―
人生最高の晴れ舞台。
その姿に ― 、
貫禄十分のビッグ・スリーの重役たちの姿がかぶって ―
(前編・終)
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