「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
 ― Eエクスプローラー(1) ―

 作.伊藤智義


1.イメージ
  アメリカ。
 N「グルートルップたちがソ連で強制的にロケット開発に従事させられていた頃、ア
  メリカに渡ったフォン・ブラウンは逆に、宇宙開発の意義を、ロケット兵器の重要
  性を懸命に訴えかけていた。
   しかしアメリカの反応は冷淡だった」

2.イメージ
  議会。
  演説しているOSRD(科学研究開発局)のバンネバー・ブッシュ局長。
 「原爆を積んだロケットが大洋を飛び越えて、目標地点に正確に落下することなど、
  私には夢物語だとしか思えない」
   *
  その様子を残念そうに見ているフォン・ブラウン。
   *
 N「当時のアメリカは戦略的にICBMを必要としていなかった」

3.イメージ
  自動車工場。
 N「戦後世界の中で、アメリカだけが戦争による直接被害を受けず巨大な産業を温存
  していたし、アメリカだけが核を持っていた」

4.世界地図に ―
 N「加えて、ソ連の周囲には、トルコ、日本、西ドイツ、フランスなどに航空基地を
  設けて包囲網を施いていた。
   アメリカはソ連に対して、圧倒的な優位を誇っていた」

5.イメージ
  原爆実験。
 ― 1949年8月29日 ソ連 原爆実験成功 ―
 N「アメリカがようやくその重い腰を上げたのは、」

6.イメージ
  戦火。
 ― 1950年6月25日 朝鮮戦争勃発 ―
 N「世界情勢が緊迫の度を増し始めた1950年代に入ってからであった」

7.研究所・外観
 ― アラバマ州ハンツビル ABMA(陸軍弾道弾研究所) ―
 N「1950年、ついにアメリカは中距離ミサイル、レッドストーンの開発をフォン
  ・ブラウンに命じた」

8.同・中
  駆け込んでくるフォン・ブラウン。
 フォン・ブラウン「やったぞっ!ついにGoサインが出たぞっ!」
  見る一同。
 フォン・ブラウン「やるぞ、やるぞ、やるぞ!5年間のブランクを取り戻すんだ!」
   *
  ロケット開発を指揮するフォン・ブラウン。
 N「レッドストーンは核弾頭を搭載できるアメリカ最初の核ミサイルを目指していた。
  しかし射程距離はわずかに300kmで、ソ連はこの一年も前に射程3000km
  のロケットの設計をグルートルップに命じていたのである。アメリカは致命的なほ
  ど出遅れていた。しかしこの時はまだ、そのことに気づいた者はいなかった」

9.イメージ
  打ち上がるレッドストーン。
 ― 1953年8月20日 レッドストーン打ち上げ成功 ―
   *
  満足そうにうなずくフォン・ブラウン。
 フォン・ブラウン「よし!まずは第一歩」

10.会議
 ― 国防総省 ―
 男1「人工衛星?」
 フォン・ブラウン「1957年は国際地球観測年に指定されました。その時に人工の
  “星”を打ち上げて宇宙の観測を行うのです」
 男2「そんなことが可能なのかね?」
 フォン・ブラウン「陸軍はレッドストーンミサイルの開発に成功しました。その上に
  小型のロケットを載せれば、十分に可能です!」
 一同「ほう」
 N「フォン・ブラウンの計画は採用された。いわゆる“オービター計画”である。
   しかし、」

11.ABMA・司令部
 フォン・ブラウン「オービター計画が中止になった!?どういうことですかっ!?」
  司令官のメダリス、なだめるように、
 「海軍が今、バイキングというロケットを開発中なのは知ってるね?」
 フォン・ブラウン「はい」
 メダリス「海軍はそのバイキングを使って人工衛星を打ち上げたいと言い出してきた。
  そして国防総省(ペンタゴン)もそれを承認した。海軍の“バンガード計画”を採
  用すると」
 フォン・ブラウン「そんなバカな…海軍はまだロケット打ち上げの実績がないじゃな
  いですかっ!しかも一度決まっていたものが、こうもあっさりくつがえるなんて…
  なぜですかっ?」
 メダリス「それは…君が一番良くわかっているのじゃないかね?」
  ドキッと見るフォン・ブラウン。
 フォン・ブラウン「…(唇をかみしめる)」

12.同・研究所
  やりきれない思いの技師たち。
 技師1「どうしてだ…どうみても陸軍(われわれ)の方に分があるのに…」
 技師2「理由は簡単さ。オレたちがドイツ人だからだよ。アメリカは、人工衛星の打
  ち上げという史上初の栄誉を元敵国人に与えたくはないのさ」
 技師3「何を言ってる!オレたちはアメリカ市民権を得てるんだ。もう立派なアメリ
  カ人じゃないかっ!」
 技師2「もっとはっきり言うと、我々はナチスに協力した」
  ドキッと見る一同。
 技師2「…そういうことだ」
 一同「…」
  そこに、フォン・ブラウン、努めて明るく来る。
 フォン・ブラウン「おいおい、手を休めている暇はないぞ」
 技師1「でも、オービターが…」
 フォン・ブラウン「チャンスはまた来る。きっと来るよ」
  やる気のおきない一同。
  フォン・ブラウン。
 フォン・ブラウン「ちょっと集まってくれ。ジュピターCの設計を変更する」
 N「その頃、陸軍は核弾頭の大気圏再突入の際の影響を調べるため、ジュピターCロ
  ケットを開発していた」

13.ジュピターCロケットの解説図
 N「ジュピターCは宇宙圏に打ち上げる試験用の弾頭部分(ノーズコーン)を持った
  三段式ロケットであった」

14.研究所
 N「フォン・ブラウンは、弾頭部の後半分に火薬をつめれば四段目のロケットとして
  使えるように設計を変更した」
  説明を聞いているうちに、みるみる精気がよみがえってくる一同。
 技師1「つまり、弾頭全部に砂をつめれば再突入実験に適当な重さになるが、後半分
  に火薬をつめれば、弾頭がそのまま人工衛星なるというわけですね?」
 フォン・ブラウン「そうだ。しかも再突入実験は我々に与えられた任務だ。やらない
  わけにはいかない」
 技師2「なるほど。そのついでに人工衛星までも…。よーし!燃えてきたぞォ!」
   *
 N「しかしここでもまた国防総省から横やりが入る」

15.司令部
  メダリス司令官から一通の電文を渡されるフォン・ブラウン。
  見て、ガク然となる。

   アラバマ州ハンツビル ABMA司令官宛
   一、弾頭ノ大気圏再突入実験ノ実施ヲ要請ス
   二、陸軍ハ海軍ノ人工衛星ヲ認知シテイル
   三、陸軍ノ立場ハ次ノトオリ
     陸軍ハ認知サレタモノマタ秘密裏ノモノヲ問ワズ、
     衛生計画ニ加ワラズ ― 繰リ返ス ― 衛生計画ニ加ワラズ

 N「それは、再突入実験はやってもいいが、人工衛星の打ち上げはいっさい禁止する。
  偶然にも人工衛星になってしまうことがないようにせよ、というものであった」

  言葉もなくメダリスを見るフォン・ブラウン。
 メダリス「(視線を落とし)残念ながら、そういうことだ」

16.ロケット発射場
 ― ケープ・カナベラル ―
  発射されるジュピターC。
 N「ジュピターCは、弾頭部に砂がぎっしりつめられて打ち上げられた」
  それを冷めた表情で見ている技術者たち。

17.上昇するジュピターC
  一段ロケットが切り離され、二段ロケットが炎を吹き出す。

18.管制室
 技師4「高度1000km!速度、秒速7.1km!弾頭部切り離し!すべて順調で
  す!」
 技師1「クソッ!火薬を詰めていれば…」
 N「1000kmの高度では、秒速7.35kmのスピードがあれば地球の周りを回
  り始める。もしこの時、砂ではなく、弾頭部に火薬を詰めていれば、間違いなく史
  上初の人工衛星は誕生していた」
 技師4「予定進路を飛行中!大気圏に突入します!」
  フォン・ブラウン、パンパンと手をたたき、
 フォン・ブラウン「よし、成功だ」
 N「1956年9月20日、ソ連が最初の人工衛星を打ち上げる一年も前のできごと
  だった」

19.ABMA・所長室
 フォン・ブラウン「どういうことです?私たちは研究報告すらできないのですか?」
 メダリス司令官「それが国防総省(ペンタゴン)からの命令なんだよ。ジュピターC
  の打ち上げに関する一切のデータは発表を禁止すると」
 フォン・ブラウン「つまり、ジュピターCが海軍のバンガードより優れていることを
  世間に知らせてはいけないということですか?」
 メダリス「…」
 フォン・ブラウン「上層部には私たちのことを良く思わない感情があることは知って
  います。正直に言って私には触れてほしくない過去がある。でも今はアメリカ市民
  権を持つアメリカ人です。アメリカのために働いています。このままではソ連に先
  を越されてしまいますっ!」
 メダリス「ソ連?それはないだろう。ソ連は最近、盛んに人工衛星を打ち上げると言
  っているけど、あれはソ連お得意の“宣伝”さ。誰も信じちゃいないよ。ソ連にそ
  んな力はない」
 フォン・ブラウン「その考えは危険です。ソ連はツィオルコフスキーを生んだ国です。
  いわばロケット工学発祥の地です。その潜在能力はバカにできない。しかも来年は
  国際地球観測年に、ツィオルコフスキー生誕100年が重なる。ソ連は本気ですよ」
  笑って首を振るメダリス。
 N「ツィオルコフスキーを称えたソ連と、ゴダードを見殺しにしたアメリカ。宇宙開
  発についての意識は、常にソ連の方が高かったのは事実である。
    *
   そして今、希代の天才ロケット科学者フォン・ブラウンに致命的な通達が下る」
  副官が入ってくる。
 副官「今、国防総省から通達が入りました」
 メダリス「読んでくれ
 副官「(読む)長距離ミサイルは空軍が担当することとし、陸軍は射程320km以
  上のミサイル開発を禁止する」
  ビックリして見るフォン・ブラウン。
  口もきけないほどのショック。
 フォン・ブラウン「…(呆然)」
 N「ついにフォン・ブラウンは、宇宙への道を閉ざされた」

20.ソ連
 ― バイコヌール宇宙基地 ―
 N「そして運命の1957年10月4日、スプートニクは打ち上げられた」
  上昇していくロケット。


 (E−1・終)


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