「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
― Eエクスプローラー(2) ―
作.伊藤智義
1.観測所
望遠鏡をのぞいている男。
「あれか」
その隣には受信装置に耳をあてている男。
「聞こえる。ピー、ピー、て。間違いない、スプートニクからの発信音だ」
2.イメージ
スプートニク。
N「スプートニクの出現は、ソ連が世界を射程に収めたことを意味する。アメリカ国
民は、天から核爆弾が落ちてくるんじゃないかとおびえ、それまで圧倒的だったア
メリカの軍事的優位は一変した」
3.議会
大荒れに荒れている。
「われわれの宇宙計画は言いわけのたたないほど遅れているっ!政府の経済政策がこ
の国の衛生計画を遅らせたのだ!」
N「“スプートニク・ショック”
アメリカは混乱した」
4.国防総省・長官室
国防長官に叫ぶように訴えるフォン・ブラウン。
フォン・ブラウン「長官!我々を縛っている縄を解いて下さい!お願いしますっ!
60日でやって見せます!そうです、60日と青信号を下されば必ずっ!」
一緒についてきているメダリス司令官があわててなだめる。
メダリス「ウェルナー、90日はかかるよ。90日と言っておこうよ」
フォン・ブラウン「長官っ!!」
長官「(険しい表情でつぶやく)君の手を借りる必要はない。アメリカにも、バンガ
ードがある…」
5.ロケット基地
大勢の人々が集まっている。
― 1957年12月6日 ケープ・カナベラル宇宙基地 ―
N「スプートニクの二ヶ月後、アメリカの威信を賭けて、バンガードは発射台に乗っ
た」
*
見守る政府要人。
アイゼンハウワー大統領。
マッケロイ国防長官。
*
詰めかけた報道陣。
*
世界中が注目する中、秒が読まれる。
「…三秒、二秒、一秒、点火!」
エンジンが動き出し、ものすごい噴射ガスとともに、バンガードは宙に浮き始める。
が、その瞬間 ―
横倒れになり、大爆発するバンガード。
*
思わず顔をおおうアイゼンハウワー大統領。
あわてて飛び出していく人々。
N「その瞬間、アメリカの威信は粉々に砕け散った」
6.陸軍弾道弾研究所(ABMA)
駆け込んでくるフォン・ブラウン。
フォン・ブラウン「Goサインが出たぞォ!とうとう我々の出番がやってきたんだ!」
技師1「よーし!やるぞっ」
一同「オウ!」
*
水を得た魚のように、はりきって作業をしている一同。
N「スプートニクは、フォン・ブラウンにとっては、幸運の星となった。宇宙への道
が、再び見えはじめたのである」
7.ロケット基地
闇夜をついて打ち上げられるジュピターC。
N「人工衛星エクスプローラーを乗せたジュピターCロケットは、バンガードの失敗
の二ヶ月後の1958年1月31日、打ち上げられた」
8.発射管制室
「Go、Go!」
と叫んでいる技師たち。
9.国防総省・陸軍通信センター
N「この時フォン・ブラウンは、国防総省の中にある陸軍通信センターで衛星の軌道
を監視していた」
男1「(受話器を持ったまま振り向き)午後10時55分、ジュピターCは予定通り
打ち上げに成功しました!」
うなずくフォン・ブラウン。
国防長官「人工衛星がうまく軌道にのったかどうかは、どうやってわかるのかね?」
フォン・ブラウン「それは、衛星が地球を一周して戻ってきた時にはじめてわかるこ
とです。エクスプローラーがアメリカの西海岸に戻ってくるのは、午前0時41分
の予定です。エクスプローラーからの電波をサンディエゴにある観測所でキャッチ
して確認します」
*
時計 ― 0時41分。
*
男2「(受話器に向かって)衛星の電波は?」
10.観測所
「まだです」
11.センター
不安になってくる一同。
フォン・ブラウン。
12.イメージ
ジュピターC。
N「ジュピターCはもともと衛星を打ち上げるべく設計されたものではなかった。一
段目はレッド・ストーン・ミサイルを長くしたものなので信頼度は高かったが、二、
三、四段の小型ロケットには操縦のための舵も姿勢を制御する装置もついていなか
った。そこで小型ロケットは軸の部分を回転させ、遠心力によって姿勢を安定させ
るという原始的な方法がとられた。
そこに一抹の不安があった」
13.センター
男2「(受話器に)まだか?」
14.観測所
「まだです」
15.センター
男2 ― イライラしてくる。
メダリス司令官「(小声でフォン・ブラウンに)どうしたんだろうね」
フォン・ブラウン「…」
ささやき声が聞こえてくる。
「どこか故障したのかな」
「やはりダメだったのか…」
「どうしたんだろう」
フォン・ブラウン。その顔に、
― 失敗は許されないのだ ―
16.観測所
ハッとなる。
「信号をキャッチしましたっ!」
17.センター
男2、振り返り、叫ぶ。
男2「キャッチしましたっ!」
ハッと見る一同。
フォン・ブラウン、壁の掛け時計を見て、それから自分の腕時計を見る。
フォン・ブラウン「衛星は8分遅れましたね。おもしろいことだ」
ニッコリ笑うフォン・ブラウン。
「ウオォー!!」
と大歓声が上がる。
歓喜に沸く一同。
18.イメージ
エクスプローラー。
N「スプートニクに遅れること4ヶ月、アメリカもついに人工衛星の打ち上げに成功
し、わずかながら威信を回復した」
19.大観衆に包まれるフォン・ブラウン
N「そしてフォン・ブラウンは一躍アメリカ全土に知られる有名人になった」
フォン・ブラウンに握手を求めるアイゼンハウワー大統領。
大統領「ありがとう、博士。博士はアメリカを救った」
フォン・ブラウン「ありがとうございます」
大統領「ついては私からプレゼントがあるんだが、受け取ってもらえるかね?」
フォン・ブラウン「(見る)何でしょう?」
20.イメージ
NASA。
N「この年の10月1日、科学観測など主として非軍事部門の宇宙開発を担当する新
組織NASA(米航空宇宙局)が誕生した。
アイゼンハウワー大統領は、フォン・ブラウン・チームを陸軍からNASAに移
管させるとともに、フォン・ブラウンをNASAのジョーシ・マーシャル宇宙飛行
センターの初代所長に任命した」
21.宇宙飛行センター・所長室
イスの感触を確かめているフォン・ブラウン。
技師1「ついに、長く暗いトンネルを抜け出しましたね」
うなずくフォン・ブラウン。
技師2「もう兵器の開発をしなくてもいいんですよね?」
フォン・ブラウン「そうだ」
技師3「宇宙旅行や、月旅行を、大声で語ってもいいんですよね?」
フォン・ブラウン「そうだ。もう誰に気兼ねすることもない。我々は、自らの意志で、
長年の夢を実現できるところまできたんだ」
思わず涙ぐむ一同。
フォン・ブラウン。
その顔に新たな決意がみなぎる。
― すべては今から…始まる ―
*
N「米ソ宇宙競走という思いがけない時流にのって、ついにフォン・ブラウンは歴史
の表舞台に姿を現した」
22.イメージ
フォン・ブラウンとコロリョフ。
N「そして今、アメリカ・フォン・ブラウンと、ソ連・コロリョフの宇宙開発競走は、
米ソ両大国の威信を賭けて、幕を開けるのである」
(E−2・終)
[戻る]