「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
 ― Fボストーク ―

 作.伊藤智義


1.会議室
 ― NASA ジョージ・マーシャル宇宙飛行センター ―
  フォン・ブラウンをはじめ、技師たちが集まっている。
 N「ともに人工衛星の打ち上げに成功した米ソ両国の次の目標が有人宇宙飛行にある
  ことは、誰の目にも明らかだった」
 技師1「コロリョフは1〜2年の間に、人間を衛星に乗せるだろう。間違いない」
 技師2「周回飛行か?しかし我々にはそれだけの技術はない」
 技師3「でも、またソ連に負けるわけにはいかないよ。何とかしなくちゃ」
 フォン・ブラウン「そこでだ。私に一つ考えがある」
  見る一同。

2.イメージ
  エクスプローラー1号とスプートニク3号。
 N「ともに成功したといっても、エクスプローラー1号がわずか4.8kgだったの
  に対して、その4ヶ月後にソ連が打ち上げたスプートニク3号は1330kgと、
  当時としては想像を絶する大型衛星だった。そこには天と地ほどの技術力の差があ
  った」

3.会議室
 「弾道飛行!?」
 フォン・ブラウン「そうだ。確かに今の我々には、人間が地球をひとめぐりするだけ
  の力はない。だけど、もっと短い距離なら実現可能だ」
 技師1「具体的に言うと?」
 フォン・ブラウン「人間を乗せたカプセルをレッドストーンのてっぺんにつけて、高
  度240kmぐらいの所まで打ち上げる。そこでカプセルを打ち出すんだ。そこは
  もう宇宙空間だから、それはれっきとした宇宙飛行になる」
 技師3「なるほど。サーカスで若い女性を大砲から打ち出す曲芸がありますが、あれ
  と同じですね?」
 フォン・ブラウン「(うなずく)ゲリラ的な作戦だけど、今のソ連に勝てるとしたら、
  それしかないと思う」
  うなずく一同。

4.廊下
  記者団に囲まれるフォン・ブラウン。
 記者1「ソ連のルナ2が月に到達したことについて一言」
 記者2「空軍の3個のパイオニアがいずれも失敗したというのにソ連は成功した。や
  はりこれはアメリカよりソ連の方がすぐれているということですか?」
 フォン・ブラウン「いやいや、そんなことはありません。私たちは単にスタートが遅
  かったというだけです。すぐに追いつきます」
  フンフン、とメモを取る記者たち。
 フォン・ブラウン「NASAでは今、有人宇宙飛行をめざして努力しています」
 「有人?人間を宇宙空間に飛ばすわけですか?」
 フォン・ブラウン「そうです。それは“マーキュリー計画”として、すでにスタート
  しています。さらに将来は、人類を月に送ることも考えています」
 「月へ!?」
 フォン・ブラウン「ええ。“アポロ計画”として、政府に提出しました」
 「ほう」
 「まるで夢物語ですね」
 フォン・ブラウン「夢ではありません。私たちはそのために努力しています。そして、
  そのためには皆さんの理解がどうしても必要なのです」
  そこに男1、来る。
 男1「博士、ウィズナー大統領科学技術担当補佐官がお呼びです」
 フォン・ブラウン「(見る)すぐいく」

5.一室
  補佐官のもとに来ているフォン・ブラウン。
 フォン・ブラウン「何でしょうか?」
 補佐官「君は最近、盛んに宇宙飛行や月旅行について、ふれまわっているようだね?」
 フォン・ブラウン「まず国民の理解を得ることが大切だと思いまして」
 補佐官「困るんだよ」
 フォン・ブラウン「困る?なぜです?」
 補佐官「君は、今アメリカは一丸となって宇宙開発につき進んでいると思っているよ
  うだがね、政府は批判的なんだよ」
  フォン・ブラウン。
 補佐官「宇宙開発は金がかかり過ぎるんだ。有人飛行など、巨額な予算の割にはそれ
  に見合う科学的成果に乏しい。それだったら、もっと地上のことに金を使うべきで
  はないかね?」
 フォン・ブラウン「それでは再びソ連に先を越されてしまいます」
 補佐官「いいじゃないか。ソ連がそんなくだらんことに浪費してくれるというのなら、
  アメリカとしては結構なことだ」
  フォン・ブラウン。
 ― 甘い。やられてから後悔しても、遅いんだ ―
 補佐官「アポロ計画は見送られたよ。マーキュリーはまあ、すでに始まっているとい
  うことで、現段階では中止命令は出されていない。だが、PRじみたことは極力や
  めてもらいたい」
 フォン・ブラウン「…」

6.センター
 N「1961年3月、弾道飛行を間近に控えたフォン・ブラウンは、初めて躊躇(ち
  ゅうちょ)した」
 「有人飛行を延期する!?」
 フォン・ブラウン「うん。念には念を入れて、まず無人のカプセルで試してみて信頼
  性を確かめてから…」
 技師1「何を言ってるんですかっ!ソ連が有人飛行の準備をしていることは誰の目に
  も明らかですよ。いつ打ち上げられてもいい状態だ。もう一刻の猶予もありません
  よっ!」
 フォン・ブラウン「わかってる。わかってるけど…」
 技師2「ソ連は間違いなく周回飛行でくるでしょう。その後で弾道飛行をしてみせて
  も話にならない。とんだお笑い草だ。我々はソ連より先にやらなければ意味がない。
  そう言ったのはウェルナーさん、あなたじゃないですかっ」
 フォン・ブラウン「しかし万一、バンガードのようにロケットが爆発し宇宙飛行士が
  死ぬようなことにでもなれば、ただでさえ消極的なケネディ政権は宇宙開発そのも
  のを中止してしまうかもしれない。それではもともこもなくなってしまう」
 技師1「しかし」
 フォン・ブラウン「一ヶ月だ。一ヶ月だけ延期しよう」

7.ケープ・カナベラル宇宙基地
  発射されるレッドストーン。
 N「3月24日、無人のマーキュリー・カプセルを積んだレッドストーンは発射され
  た」

8.管制センター
 通信員「(振り向き)マーキュリー・カプセルは無事大西洋上に着水しました。成功
  です」
  関係者一同に、悔みの念がよぎる。
 ― シェパード中佐を乗せていれば… ―
  フォン・ブラウン。自分に言い聞かせるように、
 ― これでいいんだ。これで ―

9.宇宙センター
  急ピッチで有人飛行の準備が進められている。
 N「4月に入っても、ソ連は有人衛星船を打ち上げなかった。フォン・ブラウンは今
  度こそシェパードを乗せたマーキュリー宇宙船の打ち上げを決行すべく準備を始め
  ていた。打ち上げ予定日は5月5日に決められた」

10.ソ連・宇宙基地
 ― 1961年4月12日 ―
 N「しかし、この時、ソ連のバイコヌール宇宙基地では、今やソ連の英雄となってい
  たコロリョフが、巨大なボストーク・ロケットの打ち上げ準備を始めていた」
  円錐形をしたロケットの先端に据えつけられた球状の宇宙船。
  その中に乗り込もうとするガガーリン少佐。

11.同・宇宙船内
 ガガーリン「こちら宇宙飛行士。ラジオの接続良し、誘導システムのスイッチの位置
  確認、船内気圧1、温度65、湿度19、気分爽快、船内打ち上げ準備完了」

12.同・管制室
  出発の指示を与えるコロリョフ。
 「自動秒読み装置作動開始」
 「第一自動システム点検」
 「燃焼室、パイプラインに窒素注入」
 「全パルプ閉鎖」
 「出発準備完了」
 「第二自動システム点検…ジャイロ操縦装置作動」
 「ケーブル離脱、燃料バルブ開放、タービン作動」
 「出発!」

13.同・発射場
  ゆっくりと上昇を始める巨大ロケット、ボストーク。
 N「ボストーク ― それは“東”を意味する。まさに東側陣営の圧倒的勝利を象徴す
  るロケットであった」

14.NASA・宇宙センター
  作業をしている人々の手が、ビクッと止まる。
 「なにっ!?ソ連が…」
  手に持っていたファイルを思わず床に落とすフォン・ブラウン。
 フォン・ブラウン「…(ショック)」

15.イメージ
  宇宙船から地球をながめているガガーリン。
  その美しさに目を見はっている。
 N「“地球は青かった” ― ガガーリンのその言葉は、世界中の人々の心を打った」

16.イメージ
  アメリカ。
 N「しかし、アメリカ国民にとっては我慢ならない出来事だった。またもソ連に先を
  越されてしまったのである。アメリカは再び“ガガーリン・ショック”に陥った」

17.議会
  議員が訴えかける。
 「われわれはソ連と宇宙競走をしていることを指摘したい。宇宙競走には三つの劇的
  なゴールがある。最初の人工衛星、最初の宇宙人間、最初の月旅行だ。
  現在のスコアは2対0でソビエトの勝ちだが、まだ三番目のメダルがある。この三
  番目のメダルは最初の二つよりずっと高値だと思う。私はアメリカはソビエトより
  先に月へ行けるかどうかを知りたいのだ!」
   *
  壇上に上がるケネディ大統領。
 「アメリカは10年以内にアメリカ人を月に送り、無事地球に帰還させることを約束
  すべきだと信じます。月に行くのは一人ではありません。われわれ合衆国民の全部
  が彼を月に送るために働かなければならないのです!」
  そのとたん、場内から、割れんばかりの拍手が沸き起こって ― 。


 (F・終)


 Gアポロ


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