「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
 ― AR・H・ゴダード(1) ―

 作.伊藤智義


1.大学
 ― 1912年 アメリカ クラーク大学 ―
  論文を熱心に読んでいる一人の男。
  その論文の表紙には『ロケットによる宇宙空間の研究 ツィオルコフスキー』とあ
  る。
 N「ツィオルコフスキーが、まだロシア国内でもほとんど注目されていなかった頃、
  その論文を熱心に読んでいる男がアメリカにいた」
 ― 物理学講師 ロバート・ハッチングス・ゴダード(30)―
 ゴダード「やはり、固体燃料では話にならないんだ…ロケットには液体燃料を、か…」
  スクッと立ち上がるゴダード。
 ゴダード「よし!作るぞっ。液体燃料ロケットを!」
  ビックリして見る同室の人々。
 「どうしたんですか?ゴダードさん」
 ゴダード「ぼくは作りますよ。宇宙ロケットを!」
  ポカンとして見ている一同。
   *
 N「しかしゴダードの研究は戦争のため一時中断する」

2.戦火
 ― 1914〜1918年 第一次世界大戦
   1917年 アメリカ参戦 ―

3.兵器実験場
  打ち出されるロケット弾。
  見ているゴダード。
  ロケット弾、遠方の的の近くで爆発する。
 「いやあ、お見事ですな」
  と将校1、来る。
 将校1「さすがロケットの専門家だ。これなら実験でも使えそうだ」
 ゴダード「ダメですよ。いくらこんな実験続けても」
 将校1「え?」
 ゴダード「火薬燃料ではダメなんです!火薬じゃ宇宙空間に打ち上げることはできな
  い。液体燃料でなければ…」
 将校1「?」
  近くの工兵が将校1に手を振って見せる。
 工兵「(小声で)博士はときどき、わけのわからないことを言うんですよ」
  将校1。
  はがゆそうに唇をかむゴダード。
   *
 ― 1918年11月 大戦終結 ―

4.農場
 ― マサチューセッツ州 オーバーン ―
  ゴダード、助手Aを連れて、来る。
 A「ここが新しい実験場ですか…いやあ…」
  何もないただの荒れ地。
 A「しかし戦争が終わって残念でしたね」
  見るゴダード。
 A「だってもう、軍から研究費がもらえないじゃないですか」
 ゴダード「だけど、自由がある」
  見るA。
 ゴダード「さあ、やるゾッ!」
   *
  コツコツと実験装置を組み立てているゴダードとA。
 A「液体燃料はやはり酸素と水素を使うわけですか?」
 ゴダード「確かにツィオルコフスキーの言うように液体水素を使えば理想的かもしれ
  ない。だけど液体水素は取り扱いがとても難しいからな」
 A「それじゃ、どうするんです?」
 ゴダード「かわりにエーテルやガソリンなんかを試してみようと思っている」
   *
  小さなタンクから勢いよく炎が吹き出している。
  地上での推進力実験。
 A「(メーターを見ている)…100…120…140…150sを越えました!」
  うなずくゴダード。
 N「ツィオルコフスキーがすぐれた理論家であったのに対して、ゴダードはすぐれた
  実験家であった。
   ゴダードは技術的な困難を克服しつつ一歩一歩、目的へと近づいていく。
   そして−」
   *
  一面の雪原。
 ― 1926年3月16日 ―
  小さなロケットが組み上げられている。

  (図 オーバーン農場での実験)

  最後の点検をしているゴダードとA。
 A「いよいよ初打ち上げですね」
 ゴダード「うん」
  気持ちが高揚してくる。
 ― ついにここまで来た ―
  そこに数人の男たちがやって来る。
 男1「ゴダード博士ですか?」
 ゴダード「(見る)そうですが…あなた方は?」
 男2「そうですか、あなたがゴダード博士…へえ、あなたが…」
  ジロジロ見る男2。
  顔を見合わせるゴダードとA。
 男1「いや、私たちは地元の新聞社の者でね、博士の論文を読ませてもらったんです
  よね。『超高空に到着する方法』とかいう…」
 男2「(馬鹿にしたように)あの論文によると、598.2sの重さを持つロケットを作
  れば、0.9sのものを月へ送ることができると書いてありましたが?」
 ゴダード「え、ええ…計算上は…」
 男2「どれです?そのロケットは?」
 ゴダード「ですから、あの論文は理論的なもので…」
 男3「オイ、これじゃないか?」
  例の小さなロケット。
 男2「ハハ…まさか。こんなオモチャみたいな…」
 A「さわるなっ!これから液体燃料ロケット初打ち上げをするところなんだっ」
 男2「初打ち上げ?」
 ゴダード「まあ、いわば、宇宙への第一歩というべき実験です」
 男2「ほう。それは面白い。拝見しましょう」
   *
 A「点火します」
 ゴダード「うむ」
  緊張している。
  導火線を火が走る。
  見ている記者たち。
  点火!
  大きな音を立ててロケット、飛び上がる。
  見るゴダード。
  A。
  ロケット、あっという間に落ちてくる。
  それでも、
 ゴダード「やった…」
 A「バンザーイ!」
 N「わずか2.5秒。距離56m。最高到達高度26m。しかしそれはまぎれもなく、人類
  の歴史上、記念すべき宇宙への第一歩であった。
   *
  だが−」
  笑いころげる記者たち。
 「ハハハ…何だい、ありゃ」
 「な、だからオレが言っただろ」
 N「その偉業に気づく者は誰もいなかった。この実験はスミソニアン研究所に報告さ
  れたが、印刷されて世に知れたのは、10年もあとのことであった」
 男1「いや残念でしたね、博士。ま、気を落とさずにガンバって下さい」
   *
 「だいたい宇宙ロケットなんかを本気で考えてるヤツなんか…」
 「ハハハ…」
  無遠慮な話し声を響かせながら帰っていく記者たち。
 ゴダード・A「…」
  A、フン然としてゴダードを見る。
 ゴダード「(笑顔を見せ)こんなことは気にもならんね」


 (A−1・終)


 Aゴダード(2)


[戻る]