「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
― BH・オーベルト(1) ―
作.伊藤智義
1.本屋
飛ぶように売れていく一冊の本。
“惑星間空間へのロケット”
― 1923年 ドイツ ―
N「ツィオルコフスキーがソ連でようやく認められ始め、ゴダードがアメリカでいま
だに不遇の時代を過ごしていた頃、ドイツでは一大ロケットブームが巻き起こって
いた」
2.大学
偉そうな教授連を前にして、訴えかけている一人の男。
― H(ヘルマン)・オーベルト(ルーマニア、29) ―
オーベルト「研究費は出ない!?どうしてですか?」
教授1「どうして? ― フン。どこの世界にできもしない“夢”に金を出すお人好し
がいる」
教授2「(フフッと笑って)キミの著作、読ませてもらったけど、アレ、まさか、本
気じゃないんだろう?」
オーベルト「(見る)」
3.イメージ
一冊の本。
“惑星間空間へのロケット
H・オーベルト”
N「ロケットブームに火をつけた一冊の本、それはオーベルトの大学卒業時の学位論
文であった。内容は極めて学術的なものであったが、その中でオーベルトは、非常
に大胆な予言をしている」
(1)現在の科学技術では、地球大気圏外へ飛び出すことは可能である。
(2)さらに発展すれば、地球の引力圏外へ飛び出すことさえできる。
(3)このような機械は、人間を乗せることもできるように作れる。
(4)20〜30年後には、経済的にも採算がとれるようになるだろう。
N「その大胆な予言ゆえにこの本は売れ、それゆえに有名教授の反発をかった」
4.大学
オーベルト「私はいたって真面目です。宇宙ロケットは必ずできると思います」
「ハハハッ…」
笑い飛ばす教授たち。
N「いまから見れば、オーベルトの予言は見事なまでに的中している。
しかし当時は ― 」
オーベルト「…」
屈辱に耐えかねたようにうつむいてしまう。
5.街
消沈して歩いているオーベルト。
リヤカーに札(さつ)を山積みしている男が通り過ぎる。
その札が風で二、三枚、舞い飛ぶ。
オーベルト「落ちましたよ」
男、振り向く。
無表情で手を振り、そのまま行く。
N「第一次世界大戦に敗れた当時のドイツ。超インフレが襲い、街は荒廃していた」
当時の街並。
N「圧迫された生活の中で、人々は“夢”を欲していた。そこに、ソ連でもアメリカ
でも起きなかったロケットブームの下地があったといわれる。
だが、権威者たちは、がんこなまでに保守的であった」
舞い落ちた札を拾おうともせず、行くオーベルト。
N「研究者の道を断たれたオーベルトは、ドイツを去った」
6.のどかな村の風景
― オーベルトの故郷 トランシルバニア(ルーマニア) ―
高校が見える。
― メディアシュ高等学校 ―
7.教室
淡々とした数学の授業。
教えているのはオーベルト。
退屈そうな生徒たち。
オーベルト「…この問題を解くのには、たとえば、図の容器に液体を満たすとします
…」
生徒1「液体といえば先生」
オーベルト「ん?何だね?」
生徒1「(茶目っ気たっぷりで)液体といえばロケットですが、」
見るオーベルト。
クスクス笑いがもれる生徒たち。
生徒1「どうしてロケットの燃料は固体ではなく液体が良いのですか?」
オーベルト「うむ。それは大変良い質問だね」
ドッ!と受ける生徒たち。
オーベルト「?」
生徒2「先生はドイツに留学していたというのは本当ですか?」
生徒3「先生は本当は有名なロケット学者だというウワサもありますが?」
オーベルト「有名かどうかはわからないけど、ドイツでロケットの勉強をしていたこ
とは事実です」
生徒4「それじゃなぜ、教師なんかしてるんですか?」
オーベルト「それは…」
生徒たち。
オーベルト「まあ、はっきり言えば…ロケットではメシが食えなかったからだな…」
*
N「その頃、オーベルトの影響は、ヨーロッパ各地に広がり始めていた」
8.イメージ
次々に出版される宇宙飛行に関する本。
「空間への突撃」
「宇宙旅行」
「天体に到達する可能性について」
「宇宙旅行の可能性について」
.
.
.
9.教室
オーベルト「…私は医者の家の生まれでね、はじめは、ドイツにも医学を勉強しに行
ったんだ。医学部もちゃんと卒業した。だけどどうしても宇宙ロケットが作りたく
てね、工学部に再入学したんだ」
生徒1「先生、宇宙ロケットは本当にできるんですか?」
オーベルト「(見る)それは…」
生徒2「ぼくたちが生きているうちに、乗れるようになるんですか?」
オーベルト「それは…」
返答できないオーベルト。
そこに用務員のおじさん、来る。
用務員「先生、電報だ」
オーベルト「私に?(受け取る)」
開いてみる。
“ウチュウ リョコウ キョウカイ セツリツ サンカ サレタシ”
オーベルト「…」
グッと顔を上げる。
オーベルト「諸君!私は断言しよう、近い将来、宇宙ロケットは必ずできる!」
10.出迎えを受けるオーベルト
数人のメンバー。
初代会長、ヨハネス・ウィンクラーが握手を求める。
「お待ちしていましたよ、オーベルトさん。あなたがいなければ、話になりませんか
らね」
― 1927年6月5日 宇宙旅行協会(VFR)設立 ―
*
N「わずか7人で発足した宇宙旅行協会だったが、1年足らずで会員は500人を越
えた。しかし」
11.イメージ
大学教授。
「宇宙旅行協会?くだらんね」
N「大学の権威者からはソッポを向かれ、研究体制は遅々として進まなかった」
12.宇宙旅行協会
創設メンバーが話し合っている。
一様に重い雰囲気。
メンバー1「とにかく彼ら(権威者)を動かさなければ、研究費は集まらないし、研
究者も育たない」
メンバー2「このままでは、この協会は、ただの愛好家団体になってしまう。将来の
発展は望めない」
メンバー3「どうしたもんか…」
一同。
そこに男2、入ってくる。
男2「オーベルトさん、お客さんです」
映画のプロデューサー、入って来る。
プロデューサー「私、ウーファー映画会社の者ですが…オーベルトさんは?」
オーベルト「私ですが…(立ち上がる)」
プロデューサー「初めまして」
オーベルト「はあ…初めまして」
プロデューサー「実は今度、我が社で『月の女』という、宇宙旅行を扱った空想科学
映画を作ることになりましてね、その映画の科学顧問をオーベルトさんにして頂き
たいんですが、どうでしょう」
オーベルト「科学顧問?」
メンバー1「ダメだダメだ。オーベルトさんは忙しいんだ。高校教師のかたわら、宇
宙旅行協会の面倒もみてもらっている」
プロデューサー「金なら払いますよ」
オーベルト「それじゃあ…本物を作るっていうのはどうです?」
一同「(見る)本物!?」
オーベルト「本物のロケットを作って、映画の中で飛ばしてみせるんですよ」
プロデューサー「そんなことができるんですか?」
オーベルト「(ややためらうが)私が…作ります!」
驚きの一同。
オーベルト。
(B−1・終)
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