「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
 ― BH・オーベルト(2) ―

 作.伊藤智義


1.実験小屋・表
  ふさぎ込んでいるオーベルト。

2.回想
  映画のプロデューサー、宇宙旅行協会の人たちの前で、ロケット作りを宣言するオ
  ーベルト。
 オーベルト「…世界を変えるのは何百冊もの本ではない。一つの本物ですよ」

3.実験小屋・表
 オーベルト「ああは言ってはみたものの…」
  そこに宇宙旅行協会のメンバーの一人ウィリー・ライ、来る。
 ライ「どうですか、調子は?オーベルトさん」
 オーベルト「やあ…」
 ライ「ん?どうしたんですか?元気がありませんね」
 オーベルト「ライ…私は大変なことを口走ってしまったのかもしれない…」
 ライ「何言ってんですか。ぼくは猛烈に感動しましたよ。もし、液体燃料ロケットが
  作れるとしたら、それはソ連のツィオルコフスキーのグループか、オーベルトさん
  しかいませんからね」
 オーベルト「私は理論はわかるんだが、実際に工作をした経験がなくてね、いざ始め
  ようとしても…」
 ライ「だったら技術者を雇えばいいじゃないですか。金は出るんでしょう?」
 オーベルト「募集はしてるよ。しかし、ごらんの通り誰一人…」
 ライ「…」
  そこに、
 声「オーベルトさんでありますかっ!」
  ビクッとして振り向くオーベルトとライ。
  男が直立不動で立っている。
 オーベルト「ああ、私がオーベルトだが…」
 男「募集広告を見てやってまいりました。自分の姓名は、ルドルフ・ネーベルであり
  ます。技術免許証をもっております。ババリアの学徒兵として世界大戦に参加し、
  戦闘機の飛行士となりました。階級は中尉で、敵機を11機撃墜しています。終わ
  り!」
  あっけにとられて顔を見合わすオーベルトとライ。
  そこにもう一人、ヘラヘラした青年がやって来る。
 青年「ぼくも広告を見てやってきたんだ。アレクサンダー・ボリソビッチ・シェルシ
  ェフスキー。よろしく」
 オーベルト「キミはロシア人かい?」
 シェルシェフスキー「モスクワの中央航空研究所ってのは、すごい所だよ。そこにい
  れば、どんなでっかい研究だってできるんだ」
 オーベルト「キミはそこから来たのかい!?」
 ネーベル「なあに、ただの留学生ですよ。勉強もせずに遊んでばかりいたから、期限
  が過ぎても故郷(くに)へ帰れなくなってしまったんですよ」
 シェルシェフスキー「(ムッとなる)どうしてアンタにそんなことがわかるんだっ」
 ネーベル「見ればわかるさ」
 シェルシェフスキー「何だとお!?」
 ネーベル「何だ」
  ケンカを始める二人。
 オーベルト「おいおい…」
   *
 N「気が弱くて人の良いオーベルトと、軍人くずれのネーベル、留学生くずれのシェ
  ルシェフスキー、この奇妙な三人の研究チームはスタートした」

4.実験室
 オーベルト「まずは一番大切な燃焼実験から始めよう」
 ネーベル「どうして燃料は火薬ではなく、液体を使うのでありますか?」
 オーベルト「宇宙空間は真空だから、たんに火薬を詰めただけでは燃やすことはでき
  ない。酸化剤が必要になる。もちろん火薬に酸化剤を混ぜてもできないことはない
  んだけど、燃焼を制御するには、液体の方が圧倒的に有利なんだ」
  オーベルト、ポコポコと沸騰している液体をおわんに注ぐ。
 ネーベル「それは何でありますか?」
 オーベルト「液体空気だよ。いきなり液体酸素を使うと危ないかもしれないからね」
 ネーベル「なるほど…。そこに燃料をふき出させて、燃やしてみるわけでありますね
  ?」
 オーベルト「(苦笑)ネーベル君。頼むからその口調、やめてくれないか?」
 ネーベル「は?何ででありますか?」
 オーベルト「私も先の大戦では参戦していてね。当時、トランシルバニアはオースト
  リア領だったから、君たちドイツ人と同じ同盟軍の兵士だったんだ」
 ネーベル「は、そうでありましたか。階級は?」
 オーベルト「(苦笑して)私は君のような優秀な兵士じゃなかったから、戦場で負傷
  してね、野戦病院に担ぎ込まれたんだ」

5.イメージ
  野戦病院。
 オーベルトの声「それは悲惨な光景だった。回りで人が、バタバタ死んでいくんだ。
   その時だよ、私が医学の道をあきらめたのは。私には耐えられなかった」

6.実験室
 オーベルト「それ以来、私は戦争の匂いのするものは苦手でね、軍とか、軍人とか、
  そういう軍人口調なんかも…」
 ネーベル「はあ…以後、気をつけるであります…」
  苦笑するオーベルト。
  ポケーッとしているもう一人の助手シェルシェフスキー。
 オーベルト「シェルシェフスキー君」
 シェルシェフスキー「はい?」
 オーベルト「今からガソリンをふき出させるから、それに火をつけてくれないか?」
 シェルシェフスキー「ぼくがですかあ?」
 オーベルト「嫌かね?」
  ネーベルがにらむ。
 シェルシェフスキー「嫌じゃないですけど…」
   *
 オーベルト「それじゃいくよ」
  液体空気の入ったおわんの中に、細い管からガソリンがふき出してくる。
  それに火を投げ入れるシェルシェフスキー。
  パン!と爆発。
  ビックリするシェルシェフスキー。
  ネーベル。
  パタンと窓が開く。
 オーベルト「(うなずき)これなら大丈夫だ」
   *
  燃焼実験をくり返すオーベルト。
 N「このような実験は、ゴダードがすでにアメリカで行っていた。しかも、3年も前
  に、液体燃料ロケットの初打ち上げにも成功していたのである。しかしそれは発表
  されなかったので、オーベルトは知る由もなかった」
   *
  オーベルト、実験に夢中になっている。
 オーベルト「ものは試しだ。ガソリンと液体酸素を直接まぜて火をつけてみよう」
 シェルシェフスキー「もうぼくは嫌ですよ。さんざん火をつけたんだから、ネーベル
  さんの番だ」
 ネーベル「わ、私ですか?」
 オーベルト「(笑って)いいよ。私がやる」
   *
  遠くで見ている助手の二人。
 オーベルト「いいか、つけるよ」
  火をつけるオーベルト。
  ダダーン!!
  大爆発。
  思わず身を縮める助手の二人。
  めちゃくちゃになった実験室。
  オーベルトが倒れている。
 二人「オーベルトさん!」

7.病室
  あわててやってくるウィリー・ライ。
 ライ「大丈夫ですか!?オーベルトさん!」
  片目を包帯でおおわれているオーベルト。
 オーベルト「大したことはないよ。それよりこれを見てくれ。寝ている間に考えたん
  だ」
  図面を開くオーベルト。

 ( 図 円錐(えんすい)ノズル )

  驚いてオーベルトを見るライ。
 オーベルト「これはロケットの燃焼室なんだ。この“円錐ノズル”の特徴は…」
  夢中で説明し始めるオーベルト。
 N「オーベルトはもうロケットに夢中だった。実際に作れる喜びで一杯だったのであ
  る」
   *
 オーベルト「ライ。私はやるよ。映画会社から金の出る間、やりたかった実験を、す
  べてやってしまおうと思ってるんだ!」
 ライ「…(あっけにとられている)」
  オーベルト。

8.イメージ
  実験を続けるオーベルト。
  昼も。
   *
  夜も。
 N「その言葉通り、オーベルトは寝る間も惜しんで実験をくり返した。この時のオー
  ベルトの仕事が、後に飛躍的な発展を遂げるドイツロケット工学の礎となるのであ
  る。
   *
   しかし、ロケットへの道は、想像以上に厳しかった」

9.実験室
  図面を引いているオーベルト。
  かなりやつれている。
  そのオーベルトに映画のプロデューサーがわめきたてている。
 プロデューサー「本当にできるんでしょうね?オーベルトさん。もう予定を大幅にオ
  ーバーしているんですよ、もし期限内に完成しなければアンタ…」
  オーベルト、プロデューサーに図面をつき出す。
 オーベルト「ロケットの設計図です。すぐに工場で作らせて下さい」
 プロデューサー「(コロッと態度が変わる)なんだ、あるんじゃないですか。オーベ
  ルトさんも人が悪いなあ…」
  オーベルト。
 プロデューサー「すぐ工場の手配をします」
  そそくさと出ていくプロデューサー。
 オーベルト「(ボソッと)本体はできたが、肝心のロケット・エンジンが…」

10.映画会社
  記者たちに囲まれているプロデューサー。
 記者1「今度の映画『月の女』では、世間をアッと言わせる仕掛けがあるそうですが
  …」
 記者2「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
  ニヤニヤしているプロデューサー。

11.実験室
  すえつけられた円錐ノズル。
  火をつけるネーベル。
  だが、思うように炎が出ない。
 オーベルト「酸素をもう少し多めにしてみよう」

12.映画会社
 記者3「何かロケットに関することのようですが…」
  ニヤニヤしているプロデューサー。
 記者4「まさか、実際にロケットを打ち上げるんじゃ…」

13.懸命のオーベルト
 「ダメだダメだ。こうなったら、ガソリンも酸素も、めいっぱい、開いてみよう」

14.映画会社
 記者5「まさかそんなことができるわけがない」
  自信たっぷりのプロデューサー。
 プロデューサー「そのまさかですよ」
 一同「えーっ!?」
 プロデューサー「我が社は近く、高度60kmに達するロケットを打ち上げる!」
 一同「おおーっ!!」

15.実験室
 ネーベル「つけます」
  火をつけるネーベル。
  しかし ― 、
  パン!! と破裂してしまう円錐ノズル。
  ビックリして腰を抜かすネーベル。
  ガク然となるオーベルト。
 オーベルト「(顔面そう白)もうダメだ…」
   *
 N「撮影期限が数日後に迫ったある日、オーベルトは失踪した」


 (B−2・終)


 Bオーベルト(3)


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