「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
― CV2号(1) ―
作.伊藤智義
1.街
― ドイツ 1938年 ―
N「1938年、トランシルバニア(ルーマニア)の田舎町で、高校教師として平々
凡々とした生活を送っていたオーベルトのもとに、突然、ドレスデン工科大学から
一通の招待状が届いた」
走り行く一台の車。
*
運転している男1。
助手席にはオーベルト。
オーベルト「ん?あれは…」
*
道をトボトボと歩いてくる男 ― 初代宇宙旅行協会会長、ヨハネス・ウィンクラー。
車、止まる。
窓から顔を出すオーベルト。
オーベルト「ウィンクラー!」
ウィンクラー「(見る)オーベルト!」
ビックリしたように駆け寄ってくるウィンクラー。
ウィンクラー「どうして今頃ドイツなんかに…」
オーベルト「(ニコニコ顔)こっちの大学に、教授として招かれたんだよ。これで私
も、晴れてロケットの研究に専念できる」
ウィンクラー「バカな…ここはもう、かつてのドイツとは違うんだぞ。宇宙旅行協会
も潰された」
オーベルト「えっ!?」
ウィンクラー「あんたの弟子のフォン・ブラウンが、あんたの大嫌いな軍に、ロケッ
トを売ったんだ!」
オーベルト「…どういうことだ?」
ウィンクラー「今のドイツは…」
と言いかけた所に、秘密警察(ゲシュタポ)、ウィンクラーの両脇に現われる(男
2と男3)。
2「博士、たわ言はそれくらいにして頂きたい」
ウィンクラー「(鼻で笑って)この通り、監視つきだ」
オーベルト「…」
3「(運転手に)行け!」
うなずき、発進する男1。
オーベルト「あ、ちょっと待って下さい!」
行く車。
ウィンクラー「(叫ぶ)ウィリー・ライはアメリカに亡命したぞっ!あんたもまだ間
に合うのなら、早く故郷へっ!」
ガッ、と銃で殴られるウィンクラー。
オーベルト「…」
2.大学・研究室
入ってくるオーベルトと男1。
オーベルト「どういうことですか?あれは」
コートを脱ぐ男1。コートの下にはナチスの制服。
見るオーベルト。
男1「ウィンクラー博士は我々のロケット兵器の開発に協力することを拒否した。そ
ういうことです」
オーベルト「…」
3.イメージ
ウィンクラー。
N「宇宙旅行協会の創設者で、ヨーロッパで初めて液体燃料ロケットを打ち上げた男
― ヨハネス・ウィンクラー。彼はこの後、何の報いも与えられず、1947年、
50歳で病死する」
4.大学・研究室
オーベルト ― 不安がつのってくる。
オーベルト「帰る…私は、トランシルバニアに帰る!」
男1「おっと、それはできません。博士」
男4も現われて、オーベルトの前に立ちはだかる。
男1「あなたはロケットの秘密を知りすぎている」
オーベルト「それじゃあなたは、私を監視するために呼んだのか?監視するだけのた
めにっ!」
男1「そうです」
オーベルト「な…」
男1「博士に残された道は二つしかありません。一つは、ドイツの国籍を得て、ドイ
ツに帰化すること。それが嫌なら、外国人収容所に入ってもらうことになるでしょ
う」
背筋が凍るオーベルト。
渦まく後悔の念。
オーベルト「…ウェルナーに会わせてくれないか?ウェルナー・フォン・ブラウンに」
男1「いいでしょう」
5.険しい海岸道路
そこを行く一台の車。
乗っているのは男1とオーベルト。
視界の先にある小さな島。
6.その島に建設された巨大な研究施設
― ペーネミュンデ・ロケット研究所 ―
N「1936年8月着工、翌1937年に完成した秘密基地。西ペーネミュンデで空
軍が航空機開発を、東ペーネミュンデで陸軍がロケット研究を行っていた」
*
その中に入っていくオーベルトの乗った車。
7.ロケット開発部
来るオーベルト。
出迎えるフォン・ブラウン。
フォン・ブラウン「オーベルト先生!お久し振りです!」
手を差しのべるフォン・ブラウン。
しかしオーベルト、握手をしようともせず、つっかかる。
オーベルト「これはどういうことだ?ウェルナー。おまえがロケットの研究をしたい
と言ったのは、殺人兵器が作りたかったからかっ!?」
フォン・ブラウン「先生、ぼくは…」
オーベルト「ロケットというものは…宇宙への道は…」
そこに、かつての助手、ネーベルとリーデルが来る。
「先生、ようこそ!」
ネーベル「(誇らしげに)どうです、先生、この研究所。ビックリしたでしょう。以
前じゃ考えられなかったことです。ここじゃ予算が湯水のように使えるんですよ」
オーベルト「お前たちがついていながら…」
ネーベルの服に“かぎ十字(ハーケン・クロイツ)”の徽章。
オーベルト「(カッとなる)こんなものをつけて…」
その徽章をはぎ取ろうとするオーベルト。
が、その手を制せられる。
振り向くオーベルト。
軍人が立っている ― ドルンベルガー。
ドルンベルガー「命は大切にした方がいいですよ、博士」
オーベルト「…」
フォン・ブラウン「ドルンベルガー将軍です。このロケット研究所の所長、最高責任
者です」
ドルンベルガー「お会いできて光栄です、オーベルト博士。あなたの育てた人たちは
みな優秀で、感謝しています。フォン・ブラウンをはじめ、彼をサポートしている
リーデル、ネーベル…」
オーベルト「…」
そこに研究員1、来る。
研究員1「フォン・ブラウン博士。A−3の発射準備ができました。すぐ来て下さい」
フォン・ブラウン「(うなずき)すぐ行く。(オーベルトに)すいません、今とりこ
んでいまして…。だけど、これだけは言わせて下さい。もし、あのままだったら、
100年たってもロケットは完成しないでしょう。今、我々がやっているこの仕事
が、殺人兵器となるのか、宇宙ロケットになるのか、現時点では誰にもわからない。
神のみぞ知る、です。ただ一つはっきり言えることは…」
オーベルト。
フォン・ブラウン「VfR(宇宙旅行協会)程度の組織では、何100年たっても、
宇宙空間へ飛び出すことはできないということです」
オーベルト「…」
フォン・ブラウン「失礼します」
行く一同。
オーベルト「ま、まってくれ、ウェルナー!私はまだ…」
男1「博士。もう気が済んだはずです」
オーベルト ― やりきれない想い。
去っていくフォン・ブラウンらの後姿。
オーベルト「(つぶやく)みんな、どうかしてるんだ…」
*
N「オーベルトからフォン・ブラウンへ ― この主役の交代は、ドイツのロケット開
発が、新たな段階に入ったことを意味していた」
8.イメージ
開発されたロケット。
A−1
A−2
A−3
N「ペーネミュンデで開発されたロケットは、Aシリーズと呼ばれた。Aとは、アグ
レガート=総合、という意味である」
9.開発にたずさわっている各部門
N「文字通り、あらゆる分野の専門家が集まり、各分野での最先端技術が一つのロケ
ットに“アグレガード”されていた。
それは、アメリカのマンハッタン計画(原爆開発計画)とともに、この時期に人
類史上初めて出現した“巨大科学”であった。
最盛期には、ドイツの研究者の3分の1が、何らかの形でロケット開発に関係し
ていたともいわれる」
10.ロケット発射場・管制室
来るフォン・ブラウン。
N「そしてその頂点に、20代の若きフォン・ブラウンが君臨していた。
この時期、時代は、個人的な才能に秀でた先駆者よりも、強力なリーダー・シッ
プを持った指揮者(ディレクター)を欲していた。そしてそこに、フォン・ブラウ
ンがいたのである」
研究員2「最終チェック完了!」
研究員3「点火準備完了!」
11.発射場
発射を待つA−3ロケット。
全長7.5m 直径45cm 発射時重量750kg
N「A−3ロケット ― それは、近代ロケットの原型であったといわれる。自動誘導
装置等、近代ロケットのあらゆる要素がおりこまれていた」
12.管制室
研究員3「点火10秒前!」
固唾をのんで見守る一同。
フォン・ブラウン。
(秒読みにかぶって)
― ロケットのためなら、何だって利用してやる。軍だろうと、何だろうと。そして
必ず、宇宙へ、飛び出してみせる! ―
研究員3「…3、2…点火!」
13.発射場
ものすごい爆音とともに浮かび上がるA−3ロケット。
14.管制室
「おおーっ!!」
窓から見上げる人々。
研究員4「(モニターを見ている)高度2,000…4,000…6,000…
10,000mを突破!」
沸き起こる拍手。
喜びが爆発する。
15.上昇を続けるA−3
N「1938年、A−3は高度12kmに達した。それは、当時としては、驚異的な
記録であった」
16.管制室
確固たる自信がみなぎってくるフォン・ブラウン。
― オレは間違ってない ―
握手を求めてくるドルンベルガー。
ドルンベルガー「おめでとう、フォン・ブラウン。素晴らしい成果だ!」
フォン・ブラウン「ありがとう」
ドルンベルガー「次はいよいよ1トン爆弾が積み込める…」
フォン・ブラウン「わかっています。さっそくA−4の開発にとりかかります」
いつまでも喜び冷めやらない一同。
その光景、ロングになって ― 。
17.イメージ
進攻するドイツ軍。
― 1939年9月1日 ドイツ ポーランド進攻 ―
N「翌1939年、ついに第二次大戦はぼっ発した ― 」
(C−1・終)
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