「栄光なき天才たち」特別シリーズ 〜 宇宙を夢見た男たち 〜
 ― CV2号(3) ―

 作.伊藤智義


1.イメージ
  V1号とV2号。
 N「1942年以降本格化した連合軍のドイツ本土爆撃に対する反撃策として、ドイ
  ツはV号兵器に最後の望みを託した」

  (図)
  V1号(Fil03)〜無人飛行爆弾
   全長 7.9m
   全幅 5.3m
   最大直径 0.84m
   発射重量 2.2t
   弾頭重量 850kg
   巡航速度 600km/h
   航続距離 約250km
   動力:パルス・ジェット・エンジン

  (図)
  V2号(A-4ロケット)
   全長 14m
   本体最大径 1.68m
   尾翼幅 3.57m
   打ち上げ重量 13t
   燃え切り速度 1600m/s(5800km/h)
   最終到達高度 96km
   射程 306〜320km

 N「V1号は西ペーネミュンデで空軍が開発を進めていた無人飛行爆弾であり、V2
  号は東ペーネミュンデで陸軍が開発していたA−4ロケットであった。V1号は後
  の巡航ミサイルの祖であり、V2号は後のICBM(大陸間弾道弾)の祖である。
  いずれも当時としては想像を絶する新兵器であった」

2.ロケット研究所
  発射台で爆発炎上するV2号。
 N「だが、V1号はともかくとしても、最先端技術を集めたV2号の量産化は難航し
  た」
   *
  技術者幹部会議。
  フォン・ブラウンに食ってかかっている技師1。
 技師1「精度をあげる改良、安全に動作するための設備、機械の扱いになれない軍人
  が簡単に使えるようにすること…こんな要求を春までに実現しろだなんて不可能で
  す!絶対無理だっ!」
 フォン・ブラウン「無理かどうかは私が判断する」
 技師1「しかし!」
 グルートルップ「(横から)そう熱くなるなよ。今、我々がなすべきことは、受け持
  っている部門で、各部品の性能を少しでも高めるように努力することだよ。全体的
  なことは、フォン・ブラウンさんにまかせておけばいい」
 技師1「そうはいっても、現時点でのV2号の成功率は30%底々だ。これではとて
  も量産化は…」
  そこに将兵1、入っている。
 将兵1「フォン・ブラウン博士。SS(ナチス親衛隊)長官ヒムラー閣下から呼び出
  し状が届いています」
  ドキッとして見る一同。
  フォン・ブラウン。
 ― 親衛隊が何の用だ… ―
  不安感が一同に漂う。

3.親衛隊・野戦本部
  ヒムラーのもとに出頭しているフォン・ブラウン。
 ヒムラー「ようこそ博士。私は、重要な仕事に携わっている君をわずらわせるのは気
  が進まなかったのだが、今から話すことは、もっとも重要なことなので…」
 フォン・ブラウン「どんなご用でしょうか」
 ヒムラー「私は君が目下障害に直面しているという情報を得ているのだが…」
 フォン・ブラウン「ええ、でも、われわれは間もなく解決するつもりです」
 ヒムラー「そうかもしれないが、今は時間が問題だ。君たちが作っているV2号ロケ
  ットは、ドイツにとってきわめて大切な兵器だと私は思う。そういう大切な兵器は、
  陸軍のもとではなく、親衛隊のもとで開発した方がうまくゆくし、早く良い結果が
  得られると私は思うのだが、君はどう思うかね」
  ビックリするフォン・ブラウン。
 ― なんだって! ―
 フォン・ブラウン「(慎重に言葉を選びながら)ありがとうございます、閣下。しか
  し、V2号の開発は、いまの陸軍の組織でも、十分に進められると思います」
 ヒムラー「そうかね。私が思うには、陸軍は官僚的であり、事務が遅滞しすぎるよう
  だ。我々は陸軍よりはるかに能率的な援助をしてあげられると思うのだが…」
 フォン・ブラウン「お言葉を返すようでおそれいりますが、開発が遅れているのは陸
  軍の官僚機構のせいではなく、純粋に技術的な問題です。ドルンベルガー将軍のも
  とで十分やっていけると思います」
 ヒムラー「そうかね」
  ニヤリと笑うヒムラー。
  背筋がゾッとなるフォン・ブラウン。

4.フォン・ブラウンの家
 N「それからひと月ほどたった1944年3月15日早朝 ― 」
  激しくドアが叩かれる。
  出てくるフォン・ブラウン。
  秘密警察(ゲシュタポ)の男3人が来ている。
 男1「すぐに服を着て、私たちと一緒に来なさい」
 フォン・ブラウン「どういうことですか?私は今この研究所を離れるわけにはいかな
  いのですが…」
 男1「上からの命令なんだ。シュテッテンの警察まで来てもらいたいのだ。すぐにし
  たくをしなさい」
 フォン・ブラウン「何かの間違いではありませんか?私が何をしたというのですか?」
 男1「とにかく、すぐしたくをしなさい。逆らうと、ろくなことにはならないだろう」
 フォン・ブラウン「…」

5.警察署
  連行されてくるフォン・ブラウン。
  鉄格子に入れられる。
  中には、リーデルとグルートルップもいる。
 リーデル「ウェルナー!」
 グルートルップ「博士!」
 フォン・ブラウン「いったいこれはどういうことなんだ!?」
 リーデル「さあ…それがさっぱりわからんのだよ。誰も教えてくれもしない」
 フォン・ブラウン「つかまったのは我々三人だけか?」
 グルートルップ「そうみたいです」
 フォン・ブラウン「フム…」
  途方に暮れる三人。

6.ロケット研究所
 「フォン・ブラウンが逮捕された!?」
  ビックリするドルンベルガー。
  飛び出して行く。

7.国防軍司令部
  カイテル元帥のもとにかけつけてきているドルンベルガー。
 ドルンベルガー「いったいこれはどういうことなんですかっ!?彼らが何をしたとい
  うのです!?」
 カイテル「フォン・ブラウンたちは、V2号の開発をさぼっていたのだよ。彼らはロ
  ケット兵器を作るのを、わざと遅らせていたんだ」
 ドルンベルガー「そんなバカな…。フォン・ブラウンやリーデルほどロケット開発に
  全力をつくしている人間はいませんよ。夜もろくろく寝ないで開発にあたっていま
  す。間違いありません!」
 カイテル「いや、証拠は上がっているんだ。もしかすると、彼らは処刑されるかもし
  れんな。ドイツにとって、これほど大切な兵器の開発にたずさわっているトップク
  ラスの技術者たちが、あんなバカげたことを考えているなどとは、思ってもみない
  ことだったよ」
 ドルンベルガー「いったい、彼らが何を考えていたというのですか」
 カイテル「宇宙旅行なんだよ。彼らは、宇宙旅行のためにロケットを開発していると
  いったのだよ。そのために、陸軍の金を使っているのだと…」
  ドキッとなるドルンベルガー。
 ― いったい、どこで、そんなことを… ―
  ドルンベルガー、動揺をおしかくすように、大げさに頭を振る。
 ドルンベルガー「そんなことは断じてありません。彼らはV2号の完成に骨身を削っ
  ています。フォン・ブラウンがいなければ、V2号は、おそらくまだ一機も飛んで
  いないでしょう。彼らがいなければ、V2号は、決して兵器にならないでしょう。
  進歩は今日で止まってしまいます。フォン・ブラウンたちを、すぐに返して下さい
  っ!」
 カイテル「(肩をすぼめる)そうはいっても、私にはどうすることもできない。それ
  をできるのはヒムラーだけだ」
  見るドルンベルガー。
 ― ヒムラー… ―

8.親衛隊・本部
  入り口でもめているドルンベルガー。
 ドルンベルガー「どけっ!ヒムラーに会わせてくれっ!」
 隊員1「ダメですっ!長官はお会いできないと…」
 ドルンベルガー「大事な用なんだっ!」
 隊員2「用件なら私たちがお聞きしますっ」
 ドルンベルガー「お前らでは話にならんっ!」
  そこにヒムラー、出てくる。
 ヒムラー「どうしたのですか?閣下。血相を変えて…」
 ドルンベルガー「(見る)頼むっ!今すぐフォン・ブラウンを返してくれっ!彼らが
  いないとV2号計画はストップしてしまうっ」
 ヒムラー「それはできません。彼らの“サボタージュ”は大罪です。V2号計画のた
  めにも彼らは排除されなければなりません」
 ドルンベルガー「彼らは無実だっ!それは私が保証するっ」
 ヒムラー「(見る)閣下がみずから彼らのことを?」
 ドルンベルガー「全責任を持つ」
  ヒムラーの口元が、ニヤリと笑う。
  ドキッと見るドルンベルガー。
 ― まさか、ヒムラーは陸軍からV2号を奪おうというんじゃ… ―
 ヒムラー「閣下がそこまで言うのでしたら、善処いたしましょう」
  奥に引っ込むヒムラー。
  ドルンベルガー。
 ― しまった…本当の狙いは私だったのか… ―

9.イメージ
  警察署から出てくるフォン・ブラウンたち。
 N「二週間後、フォン・ブラウンら三人は監視つきという条件で釈放された」

10.イメージ
  ロケット研究所を去るドルンベルガー。
 N「その一方で、ドルンベルガーは免職され、かわって親衛隊の上級将校であるカム
  ラーが所長に就任した。V2号計画はこうしてヒムラーの手に移っていく」
   *
 N「この時すでに“宇宙旅行”という言葉を口にすることさえできないほど、時局は
  悪化していた」

11.イメージ
  上陸してくる連合軍。
 N「1944年6月6日、連合軍はノルマンディーに上陸し、待望の第二戦線を形成
  した」

12.イメージ
  ヒトラー。
 N「これに対してヒトラーは、ただちにV1号による“報復”を指示。ロンドンに向
  けて発射された」

13.イメージ
  ロンドン市街を爆撃するV1号。
 N「当初ロンドン市民を驚がくさせたV1号だったが、原理的には空気中を飛ぶ飛行
  機であり、次第に戦闘機で撃墜され始めた。最終的には、英空軍により、飛んでい
  くV1号の73%が英本土に到達できずに撃墜された」

14.イメージ
  V2号に改良を加えているフォン・ブラウンら技師たち。
 N「その頃、フォン・ブラウンらの懸命な努力によって、V2号の成功率は80%に
  まで向上していた。
   *
   そしてついに9月8日、V2号は実践に投入された」

15.イメージ
  V2号により炎上するロンドン市街。
 N「マッハ3以上で天から突っ込んでくるV2号を防ぐ手段は全くなかった。
   イギリス国民は恐怖のドン底に叩き込まれた」

16.イメージ
  次々に発射されるV2号。
 N「しかし、このV2号も、ドイツの敗色濃い戦局を変えるまでには至らなかった。
  もちろん、もしこの時、ドイツが核弾頭を持っていたなら、歴史は確実に変わって
  いたはずである」


 (C−3・終)


 CV2号(4)


[戻る]